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ヤンデレ後輩と異世界ライフを!  作者: 月代麻夜
第二章 平和な時の終焉//第零階層世界編
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第四十九話 Gehenna Gate

 風邪だと思っていたらインフルでした。お陰で小説が書けず、一日遅れてしまいました……。すみません。

 まだ本調子じゃないのでちょっとおかしいところがあるかも知れませんが、温かい目で見ていただけると有り難いです。



 優しく包み込むような温かい声色。それは恐らく女性のものだろう、甘く蕩けるような調べは、魔女の行う精神浸食のような下劣なものと違って拒絶感を残さずナツキ(・・・)の神経を満たしていく。


『本当に、諦めちゃうのかしら?』


 気が付けば、周囲は黒だけだった。

 鈍くも汚れても廃れてもいない純極の漆黒が世界を創り、その原初で終着の色は権利の無いモノの侵入を許さない。


『この場』に居るのは、ナツキと彼女だけ(・・・・・・・・)


 だが姿は見えない。声は聞こえども、視界はただ黒だけが支配している。

 今から話す言葉はナツキ(・・・)と彼女だけに届き、それ以外の招かれざる者達には一切伝わる事は無いだろう。

 会話を邪魔するモノはいない。魔女の人類最高峰の魔法位階である第五位階魔法で生み出した闇程度(・・)ではこの空間に侵入する事も干渉する事も出来ないし、もとより認識する事すら不可能だろう。

 あの後輩の少女も無理だ。そも、すぐ近くにはいないのだし、彼女は彼女で化け物相手に戦っている最中なのだから、気づいても阻む事は出来ない。

 ――いや、それ以前に、あの少女にナツキ(・・・)が誰かと会う事を邪魔する力は無い。

 だからナツキ(・・・)は、誰にも邪魔されないここで、語り掛けてくる彼女に『声』を届ける。


「……諦めるしかない、だろ。アレは無理だ。強すぎる。全ての絶望を込めたみたいに闇が唸って、まるで宿願のように世界を飲み込む影を、ただの人間ごときに止められる訳がない」


『――本当に?』


「……、何が」


『本当に、出来ないのかしら?』


「……ああ、無理だ。俺には出来ない。だって、」


『――本当に?』


 言葉に詰まった。

 返答出来ずに口を噤んだナツキ(・・・)に、彼女はなおも問い掛ける。


『本当に、諦めちゃうのかしら?』


「……、だから言ってるだろ。俺には無理なんだ」


『――本当に?』


 彼女の声は変わらない。

 何度も不可能だと言うナツキ(・・・)を、追い詰めるように問いを重ねる。


『本当に、諦めちゃうのかしら?』


「……、だって、普通に考えて無理だろ!? アレは第五位階、俺が使えるのは第四位階までだ! この星界の現人類の最高峰に劣化版をぶつけたところで、幾ら魔力があっても足りないッ!! 第一位階とか第二位階とは違うんだよ! 子供騙しの手品マジック程度の価値しかない底辺の魔法なら多少の下剋上だって可能だろうよ。でもな、『事象』を孕み始めた魔術まがいの魔法には、魔力の量なんざ殆ど関係ないんだよッ!!」


 理解していない事柄が、東雲しののめ菜月なつきでは知りえない筈の情報がすらすらと言い訳の中に出てくるが、しかしナツキ(・・・)も彼女も気にした様子は無い。

 この空間は人間にとって摩訶不思議で奇天烈な事実しかなく、この世の物差しで測れるような簡単なモノではないのだから、この程度の奇妙な違いを驚く必要はないのだ。

 何より今、彼女はナツキ(・・・)との円滑な会話を望んでおり、その為にナツキ(・・・)にはそれ相応の情報を手にしておく必要があっただけなのだから、わざわざスムーズに進むようになった会話を途切れさせるような野暮な事はしなくて良いのである。

 つらつらと自身の諦めを正当化する為の言葉を並べ、それでも足りないと新たな言い訳を口にしようとした菜月を遮って、彼女は初めて問いで終わらない言葉を放つ。


『本当にそうなのかしら。確かに「事象」を孕んで放たれた魔術まがいの魔法は強力だけれど、それでもただのまがい物……魔術の成り損ないだという事に、魔法である限り変わらないわ。なら魔法という同じカテゴリーに属している第四位階で、第五位階を超えられないなんて事は無いんじゃないかしら? 貴方には、この星界に居る限り、無限の魔力が有るのだから』


「…………」


 ナツキ(・・・)は答えられない。

 ただ俯いたような姿勢のまま、彼女の言葉を脳内で反芻する。

 ――やがて、


「……詭弁だ。成り損ないだという事に変わりが無かろうと、第五位階は準魔術程度の力はある。『事象』を組み込んでいない魔法止まりの第四位階では勝てない」


『そうかしら? 魔力という、万能の力があるというのに』


「……、ああ、無理だ。魔法は魔術に勝てない。それは人間が一番良く知っている事だ」


『そうね。どこの星界だろうと、その事実は変わらない。そういう神理しんりなのだから』


 そこで彼女は言葉を切った。

 しかしナツキ(・・・)が何か言葉を発するより早く、彼女は再び言葉を放つ。


『――でも、それならなおさら、貴方が諦める理由にはならないわ』


「…………は?」


 何を言っているのか分からないと、呆けたような声を漏らすナツキ(・・・)に、彼女はクスリと可愛らしく笑って続ける。


『確かに、第四位階では第五位階に敵わないかも知れないわ。そう設定されているのだし、そもそも今の貴方が使える魔法技術ではあの「二月」には酷く劣っている』


「……何が、言いたい」


『簡単な事よ』


 彼女はもう一度笑って、その一言を告げた。



『貴方が、天魔の力を使えば良い』



「――――」


 ストン、と。

 何かが綺麗に収まった気がした。

 他人にはとても理解出来る内容ではなくとも、ナツキ(・・・)にはそれだけで十分だった。


「そう、か」


 ぽつりと呟くように零し、ナツキ(・・・)は薄く笑った。


『それで――本当に、諦めちゃうのかしら?』


 幾度となく繰り返された問い。

 今度こそ、ナツキ(・・・)は答える。


「――諦めない」


 やる事は決まった。

 まがい物の絶望が迫ったくらいで、何を諦める必要がある。


『なら、力を振るいなさい』


 彼女は囁くように告げる。

 それは神託。迷える子羊にしるべを与える、慈悲深い女神のお告げ。

 逆らう必要は無い。身を委ね、その柔らかな声に、人間は何もせずただ包まれていれば良い。


『貴方の中に眠る、天魔の術を』


 今思えば、この視界に映る色は黒だけではなかった。

 赤や青、黄や緑、そして白といった、美しい星々がまるで夜空のように瞬き、世界を彩っている。


『神理を解き、神理を書き換え、神理を創る、傲慢な人間の術を』


 それらは散りばめられた宝石のようで――パリン、と。何かが心で割れた音がした。

 忘れていた空。いつか見た空。そして――また見たいと、約束した空。 


『――神をも殺す、魔術を』


 太陽の登らぬ星夜の世界で、彼女は微笑んだ。


『貴方はこんなところで終わりはしない筈。何故なら貴方はまだ、約束を果たしていないのだから』


「――……ああ、そうだった。こんなところで、終わる訳にはいかない」


『ふふっ、貴方らしいわ。……さあ、立ちなさい。そして、貴方の力を見せて。天魔の――「   」を守る為の力を』


 霞む視界。天を彩る宝石達はナツキ(・・・)との暫しの別れを惜しむように明滅し、どこからともなく吹き込む風が慈しむように肌を撫でた。

 名残惜しさはある。だが寂しさは無い。

 それはまだ何も思い出していない(・・・・・・・・・・)からか、それともすぐに会えると思っているからか。自分自身も分からないその問いは、溶けて崩れる意識と共に消えてゆく。

 やはりこの場に居るのはナツキ(・・・)と姿の見えない彼女だけ。だが何故か、はらりと風に靡く黄金の髪が見えた気がした。

 そして。

 五感が薄れ、再び現実へと切り替わる――その、直前に。



『――待っているわ、ナツキ』



 彼女はそう言って、ナツキ(・・・)の額にキスを落とした。


   ◆ ◆ ◆


 意識は現実へと回帰する。


   ◆ ◆ ◆


 夢想からリアルへ。

 しかし夢想は偽物ではなく、確かな事実として物質世界へとその効力を表す。


「――ああ、待っていろ。『俺』は、必ず追いつく」


 呟き、その決意を魂に宿して、東雲菜月はその眼を開いた。

 世界を犯す闇。全てを飲み込もうとするその絶望は、しかし確かな自信を持った彼にはもう、恐るる足らない一魔法に過ぎない。

 菜月はずっと離さず握り続けていたボロボロの緋色の杖と魔道書をインベントリーに仕舞うと、一つ深呼吸してから、ゆっくりとその唇を動かした。


(I )己が魂に(manifest )刻まれし(the magic )宿命に(to the )準じ(malchut in)其の力を(accordance)物質世界( with fate)へと( carved to)顕現す( the soul.)


 流れるように紡がれた呪文。一度も口にした事のない言葉は不思議なほどに口に馴染み、それが自身の一部なのだと頭の片隅でぼんやりと考える。

 ――刹那。九つの魔法陣が展開され、魔力回路を焼き切る勢いで溢れ出した膨大で濃密な魔力が菜月を中心に渦巻いた。

 闇ばかりの世界で圧倒的な力を渦巻かせるそのさまは、まるでブラックホールのようだ。

 圧縮され実体化寸前の魔力に反応した電磁が狂った引力と斥力を発生させ、鋼鉄をもひしゃげさせじり穿つ力球を生み出す。石造りの床がまるで飴細工を叩いたようにいとも簡単にバキバキと割れ、触れた空気が乱れて小竜巻を発生させた。

 それはただの余波。天魔の力を解放する前動作で発生した、取るに足らない被害の一端。

 数十秒、数百秒。一秒で人間一人分の全魔力を放出する菜月が長い時間をかけてそれだけの魔力を放出し続ければ、どんな魔法を――魔術を放つにも、事足りる。

 漆黒の相貌に鮮烈なあかが差し、茶髪は毛先に向けて淡い金が浮かんだ。荒れ狂い踊る魔力の波に揺れて燐光を瞬かせ、星の欠片がキラキラと七色の輝きを零す。美しい、幻想的な力が舞い、彼と周囲を天魔に相応しく彩っていくのだ。

 脈動する霊器が地の核の如く熱を発し、魔力オドを流す魔力回路は峻烈な痛みを体に刻むが、それら全てを受け入れ、菜月は右腕を前に掲げた。

 そして――闇へ伸ばした掌を、握り締める。


万物は(I order. )罪科を(All things)償い疾く( become )失せよ(extinct.)



 言葉が響いた、その瞬間。

 世界を食らい尽す闇が、ガラスを割るような破壊音を撒き散らして、一片残らず消え失せた。



「――え?」


 呟いたのはイアミント。呆けた声を零した魔女は、手の中で躍らせていたタクトを取り落とすと、信じがたい光景に唇を戦慄わななかせた。


「……どう、して」


 漏らす言葉に宿る感情は、困惑。

 どうして第五位階の魔法を食らった菜月が生きているのか、【暗黒閻導絶門法式フェアツヴァイフルング】の闇はどこへ消えたのか、何を以って消滅させられたのか――その全てが、彼女には分からない。

 しかしその問いに菜月は答えない。まるで闇を握り潰したかのように閉じていた右手を開くと、天魔はその手を頭上へと振り上げた。


我は命じる(I order.)


 頭上に生じる魔法陣。赤と黒で彩られた不吉な幾何学文様は、ゆっくりとその巨大な歯車を回し始める。連鎖して十五の魔法陣が動き出し、機械仕掛けを彷彿させるそれらは空気中に漏れ出た濃密な菜月の魔力を掻き混ぜるようにしながら吸収していく。

 がちり、ぎちり、と。神経を逆撫でる不快な音がそこかしこから鳴った。

 今やここは菜月てんまの支配する領域。その中に紛れ込んだ哀れなイアミント(ねずみ)は、ただ息の根を絶たれるのを怯えて待つ以外に許されていない。


「あり、えない、わ……ッ」


 見た事のない魔法陣。解き明かせない魔術式。同じ空間に居るだけで潰されそうになる魔力。

 それも当然、これは魔法ではなく魔術なのだから。

 星界の神理を一時的に改変し、超常の現象を引き起こす神秘の術。

 傲慢で強欲な人間達が使う、神をも殺す術。

 所詮、神の創った理法の中でしか扱えない魔法の、人類で最高レベルの才能がある程度(・・)のイアミントが、理解出来るものではないのだ。

 戦慄わななき、恐怖を見せる魔女に、菜月は薄く笑って死を告げる。


穢れた(A dark )許し難き(flame )罪人は(which )其の罪科(blazes )の示す死(eternally )に怯え(burns)永劫の闇焔(a tainted )に堕ちよ(soul out. )其の魂が(Give death)いずれ( suitable)浄化( for )し輪廻に(a violated)加わる( crime)( to )は許さぬ(a sinner.)


 それは、地獄の門を開く言葉じゅもん

 イアミントの正面に、黒き大門が出現する。

 ガキン、と。音を鳴らして魔法陣の回転が加速した。

 十五の魔法陣は術者の意思に従って、全て一つの魔術の為に構成されている。それら全てが禍々しき獄門を形作り、精神体エーテルすら焼き尽くす闇の炎を生み出すのだ。

 色を持った魔力が物理的被害を撒き散らしながら渦巻き、獄門の耐え難い霊圧が肉体をし潰さんと広がる。

 その力に懐く感情は畏怖。手の届かない、決して犯してはならない存在の振るう力に恐れおののき、おのずから平伏したくなるほどの絶望が面前に迫る感覚が、イアミントを飲み込む。

 死者が己が罪に怨嗟の声を上げ、与えられる罰に身が崩壊し、それでも終わらない絶望に精神が壊れ、永劫の懺悔に魂が嗚咽する。

 嗚呼ああ嗚呼ああ。終わりなき絶望の地へといざなう門が――。


「――死ね」


 振り下ろされた菜月の右腕とともに、重々しい音を立てて開いた。


「あ、ああ」


 死が、広がる。


「ああああ、あああああああああ」


 肉を焙り、骨を溶かし、血液を蒸発させ、臓器を焼き、神経を灼き尽くす暗黒の業火が、その黒曜の門から滑るように溢れ出してきて――。


「ああああああああああああああああッ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――ッッッ!?」


 哀れな魔女は、一瞬で飲み込まれた。


「――――」


 そして。

 面前に広がる闇焔あんえんに笑みを浮かべたまま、東雲菜月の意識は、ブツリと切れた。


   ◆ ◆ ◆


 その日。

 帝都リアードの一端が、奈落よりも深い闇色の炎によって、跡形もなく消し飛んだという。



 やっと天魔が出ました。

 ちなみに、英文と日本語の意味が微妙に違うのは仕様です。

 次回も読んで頂けると有り難いです。

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