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ヤンデレ後輩と異世界ライフを!  作者: 月代麻夜
第二章 平和な時の終焉//第零階層世界編
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第四十五話 見てはならぬモノ



「情報を引き出すって……一体何のだよ?」


 優莉ゆうりの言葉に菜月なつきが疑問符を返す。

 すると優莉は両の手に握る血器長剣ブラッドソードの一本を、足下で蹲るテニーの顔のすぐ横に勢いよく突き立てた。肉体に走る痛みに喘ぐテニーはその鋭利な刃に体をびくりと震わせるが、優莉は気にした様子もなく――むしろ愉快そうににこりと笑い、菜月の疑問に答え始める。


「この街を襲った集団――〝終焉教〟の情報を、ですね。運が良ければシャルちゃんの事も聞き出せるのではないでしょうか」


「あぁ……なるほどな。……ところで、なんで今剣を突き刺した?」


「え? 敵から情報を引き出すと言ったら拷問ですよね? ならきちんと恐怖を与えておく事は重要ですよ?」


 さらりと言ってのける優莉の顔はもの凄く可愛らしいのだが、口にしている内容はかなり黒い。どうしてこの少女は当然とばかりにそんな事を口に出せるのか菜月には理解出来なかったが、深く追及するのはやめておいた。答えてもらえるか分からないし、今はそんな時間は無い。こうしている間にもシャルロッテは危険に晒されているのかもしれないのだから。


「……って言ってもなぁ。この状態じゃ難しくないか?」


「そんな状態でも殺さず話し合いで決着をつけると言ったのは先輩ですよ」


「む……まぁそうなんだが」


 テニーを殺さず話し合いに持ち込んだ理由は命を奪いたくなかったからだが、全く後先考えずの行動だった為に、いざその状況まで来るとどうすれば良いのか分からなくなってしまう。


「うーん……。テニーさん、聞こえてますか、テニーさん?」


 とりあえず理性は残っている筈なので、菜月は地面に蹲るテニーに顔を近づけ、数回呼びかけた。

 しかし体内魔力の欠乏で体を襲う痛みに苦しむテニーはまともに返事も出来ず、ただ痛々しい呻き声を返すのみである。

 少しでも痛みが和らぐかと思い【治癒法式ヒール】をかけているのだが、効果は薄いようだ。これはまず足りない魔力を回復させなければならないだろう。

 だが、


「魔力の回復って、どうやるんだ?」


『永劫魔力』スキルのお陰で一度も魔力が尽きるという経験がなかった菜月には心当たりがなかった。

 そんな菜月に、魔力の扱いに関しては知り尽くしておく必要がある職業クラスである魔道士ウィザードのエミアリスが、相変わらずの無表情のまま答えてくれる。


「即時回復させるような方法は無い。魔力は時間をかけて自然に回復させていくものだから」


「うへえ、まじかよ。MPは宿屋に泊まって回復ってか……賢者の聖水とかエーテルとかは無いのな」


 どうやら某国民的RPGのアイテムと類似したものはこの世界には無いらしい。

 つまりガス欠したら魔道士ウィザードは文字通り致命的な訳だが、それでも魔道士ウィザードというクラスが廃れないのは、それを補っても余りある益があるからだろう。魔力というコストを支払って使う魔法が、強力で重要視されている証拠だ。

 しかし肉体と身体能力の強化や武技能力アビリティ、場合によっては武具にも纏わせて攻撃するたびに魔力を消費するというのに、その緊急回復手段が無く、自然回復を待てとはかなり厳しい。ダンジョン探索では無駄に消費しないように節約しなければならないという事か。


「もうレベル上げて物理で殴った方が良くね?」


 そう言ってしまうのも無理はないが、別に菜月は魔力の消費を気にする必要はないので物理云々うんぬんの話は今はいいだろう。

 しかし魔力が尽きて苦しみ痛みを訴えるテニーを放置して、自然に回復するのを待つというのは非常に心に来るものがある。

 どうにか出来ないものかと悩んでいると、テニーの症状を深く確認する為に体やら持ち物やらを探っていた優莉が、膝をついたまま菜月を見上げて言う。


純魔力マナが濃い場所で安静にしておけば、通常よりは早く回復しますよ。体内で魔力オドを生成する以外にも、ごく少量ずつですが大気の純魔力マナを吸収する事でも魔力は回復しますからね。この辺りはどうやら、城に張られた結界に吸い取られて使用されているみたいなので薄いですが、森とか川辺とかならば市街地の三、四倍は早いと思います」


「……純魔力マナって?」


「大気や自然に漂う魔力の事です。魔力オドより圧倒的に膨大で強力ですよ、何しろ星界の魔力の一部なのですから」


 どうして魔道士ウィザードでもない優莉が菜月も知らない詳しい事を知っているのかはいささか疑問に思うが、彼女は不思議な事ばかりなので今更である。『銀虐魔王の血脈アルジェント・ブラッド』の事も馬車旅中にちらっと聞いただけなのでいまいち良く分からないし、戦闘技術だってどこで培ったものなのか全く分かっていない。女は謎が多い方が魅力的、とも言われるが、これはちょっと謎が多すぎやしないだろうか。


「んー……ん? それってつまり?」


 理解したようなしていないような曖昧な反応をして、それから続きを促すように菜月が言うと、優莉は何でもないかのようにあっさりと事実を告げる。


「長時間痛みに耐えるしかないですね。その間、意識を保っていられずに気絶するでしょうが」


「うおおい!? それ駄目じゃん、情報引き出さなきゃいけないんだぞ!?」


 気絶なんてされたらたまったものではない。待つ分だけ時間を食われてしまうのだから。

 いっそテニーを純魔力マナの多そうな場所に移動させようかと思い始めた菜月だったが、そこへ優莉が助け船を出す。


「魔力を回復させる方法は、有りますよ」


「マジで!? ……え、でも、さっきエミアリスは無いって言ってたじゃん」


「……それは、この星界では、の話ですよ」


 その言葉を口にする優莉の声は小さく、菜月にも聞き取れなかった。


「魔力を回復させる方法が本当に有るの、ユーリ!?」


 存在しない筈の方法があると言われて、魔道士ウィザードとして知りたいとエミアリスは目を輝かせた。

 しかし優莉は赤髪の少女の期待をへし折るように「他人には見せられないのでどっか行っててください」と皇女姉妹を遠ざけてしまう。勿論エミアリスは見せてほしいと懇願したが、優莉の絶対零度の如き視線に射抜かれて消沈していた。念には念を押して何があっても完全にこちらに干渉してこないよう、優莉は魔術を使って結界を張ったが、魔術を知らない菜月もエミアリスもそれに気づけない。

 とりあえず探求心旺盛な若き魔道士ウィザードのフォローは妹君いもうとぎみに任せ、菜月は優莉の思想に合わせて小さな声で問い掛ける。……大声を出しても外部に漏れない結界なので、菜月の心遣いは全く無駄なのだが。


「それで、マジなのか? もし本当ならテニーの魔力を回復させてやりたいんだが……」


「ええ、本当です」


「おおっ! それなら、」


 すぐにやってくれ、と言おうとした菜月に、優莉が手を上げて待ったをかける。


「その前にやる事が有りますよ、先輩」


「やる事……? そういえばテニーさんが倒れた時に、今のうちにって言ってたが……それか?」


 半信半疑に問いかける菜月の言葉に、優莉が頷いて肯定を示す。

 しかしそう言われても、菜月には何をするのか皆目見当がつかなかった。

 少なくとも殺す事ではないのは言われた時に確認済みだが、その後すぐに話が逸れてしまったので具体的に何をするのか分からないままだった。流れ的に情報収集に関する事だと思うのだが、いかんせん菜月一人の頭では限界なので、見栄を張らず優莉に答えを聞く事にする。


「すまん、全く分からないんだが」


「…………、え? 本当に分かりませんか?」


「ああ、うん。ごめん。本当に分からない」


「…………」


 菜月の答えが悪かったのか、暫く沈黙が流れる。

 やがてこれ以上引き延ばしても菜月は答えを出せないと悟ったのか、優莉は少し呆れという彼女が菜月に向かって見せるのは珍しい表情を浮かべて答えを述べた。


「テニーさんに掛けられた魔法の解呪ですよ。……先輩は少し、『眼』を鍛えた方が良いと思います」


 付け足された一言はさておき、菜月はその答えに首をひねる。


「テニーさんに掛けられた魔法……?」


 そう疑問符を浮かべながら問題のテニーを見るが、彼が魔力の欠乏に苦しんでいる以外に何か異常があるようには見受けられなかった。

 まだ気づかない菜月に、優莉は少し出来の悪い生徒に教えるような口調で、


「肉眼で現実を捉える訳ではありません。『眼』で精神体エーテルを見るんです」


「……いや、エーテルとか言われても分からんが。あれか? ファ●ナルファ●タジーで飲んだらMP回復するやつ」


「違います。人間の魂魄、肉体とは違った霊的身体の事ですね。『眼』で見るには、眼球とそこから脳に繋がる神経を一時的に精神体エーテルとし、視覚情報を物質世界のものではなく霊魔世界のソレへと切り替えるんですよ。疑似的なものですから精霊やら悪魔やら神やらが見えたりする訳ではありませんが、肉眼では捉えられない魔法や魔術的効果を視認する事が可能になるんです」


「うん、簡潔に。初心者にも優しくお願い」


「……そうですね。目に薄く魔力を流して、スイッチを切り替えるような感覚を掴めば、掛けられた魔法の効果が見えるようになります」


「……なるほ、ど?」


 結局簡潔に説明してもらっても良く分からないのだが、それ以上優莉の補足が無いのだから、言われた通りにやってみるしかない。

 菜月は体内に流れる魔力を操作し、ごく少量を目に持っていく。ここで一気にやってしまうと、肉体強化などと同様に眼球が魔力に耐えられず破裂してしまうのだが、そんな失態は流石に起こさなかった。

 実はこの魔力の調節が一番難しく、魔術師(・・・)達は良くこの『真眼』をスムーズに使えるようになるのが一人前になる為の関門の一つと言っているのだが――。


「……、お? がッ、あっつ! うぉ、何だこりゃ!?」


 カチリ、と優莉に言われた通り体内なかでスイッチを切り替えるような感覚を行ってみたのだが――その瞬間、眼球から脳に伝わる情報に神経が焼き切れるような痛みを伝えるほど鮮明な、この世ならざる光景が視界を埋め尽くした。

 圧倒的に眼を惹くのは、色とりどりの光。

 或いは人体から、或いは木々草花から、或いは地面から――眩い蛍の光が浮かび上がり、大気を泳ぐように漂っている。ソレは春に降り注ぐ陽光のように暖かく、銀世界で輝く雪の結晶のように幻想的で、思わず感嘆の溜息を漏らして放心してしまいそうだった。

 恐らくこの光のようなものが純魔力マナなのだろう。これは通常肉眼で捉えられるようなものではない。とすれば今菜月の眼は、物質世界ではなく霊魔世界とやらを映しているという事か――。


「え、先輩? まさか、一発で成功したんですか!?」


 痛みに片眼を抑えつつも、視界に広がる非現実的な光景に感動している菜月の顔を覗き込んだ優莉が、驚きの声を上げた。その額には若干冷や汗が浮かんでおり、どれだけ彼女が驚いているかが良く分かる。


「才能……いえ、種族的な潜在能力でしょうか? ……調べた方が良いかもしれませんね」


 何事か、眼を細めた優莉が呟いていたが、眼球の痛みも消えて興奮気味の菜月の耳には届かない。


「すげぇ……魔力って、こんなに綺麗なんだな」


 まるで幻想郷に迷い込み、妖精がダンスを繰り広げているような光景に、菜月はすっかり魅了されていた。

 そんな菜月の意識を引き戻すように、優莉が菜月の腕を引っ張る。


「先輩、菜月先輩っ! 猶予もそこまでありませんから、本題に戻りますよ」


「っと、そうだった。……この状態で、テニーさんを見ればいいのか?」


 優莉が頷くのを確認すると、菜月は『真眼』のまま視線を下へと向ける。未だ痛みが癒えぬテニーの体を菜月の漆黒の瞳が捉え、テニー一人へ集中するよう菜月は意識を注ぎ込む。

 そして――その『眼』が映したのは、真っ黒な靄のようなものだった。


「なん、え? これは……」


 見た瞬間、直感した。

 一つは精神操作。そしてもう一つは、疑似的な霊格変動の一種だと。

 誰かがテニーの精神を操作する魔法を彼に掛け、菜月を襲わせたのだ。そしてあの異常な体の変化は、薬を飲む事で発動する形の魔法で、彼の霊格を無理やりに繰り上げたのだろう。

 しかしこの魔法に込められているのは悪意というより、純粋と呼ぶには躊躇われる黒い好奇心で――。


「ッ、ぐぉ!」


 しかし『眼』で『視えた』ものは、それだけではなかった。

 望んでもいないのに、ソレが、容赦なく入ってくる。


 ――第五位星界における第零階層世界に位置する『ムスペルヘイム』座標X125362643safuY392738510oaisZ6201suurb現地知的生命体による名称アルバーン大陸シュルフィード地方セルデセン帝国領土帝都リアード統治者種族ID0015人間種個体名称レオポルト=ジアーテ=カルデリシア=セルデセン領域保有純魔力マナ七億九千十二万二百四十八秒間消費純魔力マナ約二千六十四~二千百五十九全権領域管理者青の神派所属序列二十位イduabos@l@p, ]m ,v\aho akaj 3occ;io――


「あ、あああ、ああああああああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ? あ、あ。あ、あ、あ。あ? あ、ああああああ、あああああああああああ、ああ、ああああああああああ。ああ、あ、あああああ、ああああ!?」


 情報ナニカが、東雲菜月なかに入ってくる。

 痛い、熱い、灼ける、イタイ、裂ける、切れる、斬れる、イタイ、ける、れる、イタイ、欠ける、イタイ、砕ける、イタイ、壊れる、イタイ、イタイ、イタイイタイイタイ――。

 せきが切れて濁流のようにドバドバ流れ込んでくる情報が脳を埋め尽くし、未知で理解不能でそもそも理解する権限を持っていないデータが神経を蹂躙し、人の身ではあまりに重すぎる神のことわり精神体エーテルを侵し尽くす。

 それは全て『痛み』に変換され、十度百度千度殺されたある筈のない記憶――否、記録メモリ東雲しののめ菜月という存在の中で荒れ狂った。

 それは太陽に近付きすぎた蝋翼のイカロスが地に落とされたのと同じ、力に驕り神を冒涜した者に下る罰。

 愚かにも神理しんりを覗こうとした人間へ、神の怒りが落ちたのだ。


「――先輩ッ」


 すぐ傍に居る筈の少女の声が酷く遠い。

 頭が割れそうで、体が崩れそうで、全血管が破裂しそうで、耳から溶けた脳みそを吹き出しそうで、眼が、目が、メが、めガ、痛くて、痛くて、いっそ抉り出してしまいたいほどに苦痛で――。


「――あ、ぜはッ」


 反射的に菜月は、眼に集めた魔力を霧散させた。


「あぐ、はぁーッ、がぁ、ぐはッ、はぁーッ」


 危なかった。あと数秒でも遅かったのなら、今頃菜月の網膜神経は焼き切れていたかもしれない。それほどまでに、『眼』から流れてきた情報は膨大で、とてもまだ人間の部分が(・・・・・・・・)残っている(・・・・・)菜月には受け止められるものではなかった。


「先輩、菜月先輩っ! 大丈夫ですか!? 何を……何を見てしまったんですか!?」


 目じりに涙すら浮かべた優莉が、必死に菜月の意識を確認する為に体を揺さぶってくる。

 心の底から心配する彼女に大丈夫だと声をかけてやりたいが、肺が潰れそうなほど荒い呼吸を繰り返す菜月は上手く言葉を紡げない。

 あれは、見てはいけないものだった。

 人の身で見て良いものではなかった。

 もっと高位の、――とか、――とか、――とかでなければ――。


(……あ、れ?)


 何が高位なのか。自然に頭に浮かんだ言葉が引っかかって、しかしそれは氷解せず違和感を残し続ける。

 今はまだ駄目、と。声が聞こえた気がした。

 そう、言われた通り、今はまだ駄目だから、忘れろ、消えろ、封印してしまえ――。


「――……ぁ」


 焦点の合わなくなった相貌が、一瞬だけ魂が抜けた器のようにふっと光を失う。

 ――何かが飛んだ。

 それが何だったのか、コンマ一秒後には綺麗さっぱり菜月の中から消えていた。


「……あれ?」


 何をしようとしていたのか、菜月は呆けた顔で辺りを見渡す。


「先輩っ!」


「おおうっ!?」


 いきなり横から抱き着いてきた優莉に、菜月は倒れそうになる体を何とか足を踏ん張って耐える。ぎゅううっと力を込められて柔らかな感触が菜月の理性を揺さぶり、少女の甘い香りが忘却したモノ全てを完全に吹き飛ばすように脳を犯す。


「ちょ、優莉!?」


「先輩先輩先輩っ! 心配したんですよ! いきなり……いきなり眼から血を流して……っ」


「……え?」


 言われて、菜月は目元に指を這わせた。

 すると、ぬるりとした感触が伝わり、思わず素っ頓狂な悲鳴を上げてしまう。


「なん、え、血ぃ!? ちょ、何で眼から血が出てんの!?」


 それは間違いなく血液。紅い命の源だ。

 目元に感覚を集中させても痛まないので、今なお溢れている訳ではないようだ。だがそこに意識を無理やり捻じ曲げたような違和感が浮かんで、消えて――それ以上の追及は、無意識のうちにやめてしまう。

 ごしごしと擦って血を拭い取り、その手に付いた血の量に菜月は引き攣った表情を浮かべた。

 そんな菜月に抱き着いたまま、優莉が口を開く。――因みにエミアリス達がまるっきり反応しないのは、優莉が事前に張った魔術結界の効果が効いているからだ。菜月は知るよしもないが。


「『眼』でテニーさんを見た後、先輩が突然眼を押さえて苦しみだしたんです。血が出たのはその時でしょう。……一体先輩は、何を見たんですか?」


 ――何を、見たのか。


「それは――」


 ざ、ザザザざザ、ザザザざざザザ――と、五感にノイズが走る。

 思い出せない。思い出してはいけない。思い出し――いやそもそも何を思い出せというのか、分からない。

 いや、覚えている。そう、確か、テニーを見て――。


「あぁ、うん。ただテニーさんに掛かってる魔法を見ただけだ」


 口を、自分以外の誰かに動かされたような不快感があった。

 だがそれを疑問に思うよりも早く、優莉が疑いの眼差しを向け、


「嘘ですよね? それだけを見たのなら、眼から血を流すなんて有り得ません。わたしだって無事なんですから」


「……うんや、でもそれしか覚えてないしな。やっぱそれだけだろ。ほら、血は……初めてだったからとか、そんな理由だろ。うん、大丈夫だ。そんだけだから」


 楽しくもないのにへらっと笑顔を浮かべ、言い聞かせるように小刻みの言葉で話し、意味もなく視線を彷徨さまよわせる。


「でも……」


「大丈夫だって。……ほら、とっととテニーさんの魔法を解かなきゃ拙いだろ? ちょっと離れてくれ」


「…………」


 菜月の説得に、納得のいかない顔のまま優莉は抱擁をやめた。

 それから菜月はポンと優莉の頭を撫でて笑みを浮かべると、切り替えるように一度杖を鳴らし、テニーに向き直った。

 少しは魔力が回復したのだろう、呻き声は最初よりマシになっている。ただそれはあくまで最初と比べてマシなだけで、凄絶な痛みは未だにテニーの体を蝕んでいるようだ。

 だが魔力を回復させるより、先にしなければならない事がある。


「魔法の、解呪……」


 詳しい魔法の種類とか、効果とか、条件とか、テニーに掛かっている魔法は特殊なようで、菜月には分からない。

 だがそんなもの関係なく、菜月には一発で解決出来るスキル(チート)があるではないか――。


「――『魔法解除ディスペル』」


 杖の先端をテニーの体に当て、菜月は保有するスキルの一つを発動させた。

 菜月の言葉に反応し、同時に流れ出た魔力が黄金の閃光を放つ。

 それは破邪の輝き。

 それは退呪の瞬き

 それは祓魔の煌めき。

 テニーに纏わり絡みつく黒い魔の靄は、その魔を祓う光に突き刺され、切り裂かれ、粉微塵こなみじんになって吹き飛ばされ――一片残らず消滅した。


「……よしっ」


 今まで一度も使った事が無かったスキルなのでぶっつけ本番だったが、きちんと成功したのだろうか。

 果たして、すぐに『真眼』でテニーを視た優莉が「解呪出来てます」と伝えてくれて、菜月はほっと胸を撫でおろした。


「……あとは、魔力を回復させるだけですね」


 交代とばかりに今度は優莉がテニーの傍に寄る。

魔法解除ディスペル』の効果は絶大で、彼に掛かっていた魔法的効果の全てが打ち消されている。精神操作も、肉体を異常改変させたものすらも、菜月のスキル(チート)の前には等しく打ち消される一魔法に過ぎないのだ。

 魔力以外すっかり無事になった少年を見下ろしながら、優莉は服のポケットから青い水晶のような透明度を持つ宝石が付いたネックレスを取り出し、テニーの右胸に垂らした。そこが霊器、即ち人間の魔力の器が有るとされる場所だ。


「あんまり使いたくないんですけどね」


 そんな事をぽろりと呟く優莉。

 しかし菜月が「無理しなくても良い」という言葉を挟むより早く、優莉はその思わず聞き惚れてしまうほど美しい声で、歌うように呪文を紡ぎ始めた。


廻れ(Ain)廻れ(Soph)生命の血よ(Aur)天使の導に従い流れよ(Kether)


 シャラーン、と。空間を揺らす鈴の音が響く。

 それに合わせるように、幾何学文様の魔法陣が術者である優莉を中心にして、空中へと展開されていく。

 一つ目は、ダイアモンドの輝きを持つ、剣と王冠を象徴とした美しき魔法陣。


知恵深き父の左肩へ(Cochma)理解ある母の右肩へ(Binah)慈悲満ちる王の座へ(Chesed)


 二を飾る銀灰色、三を飾る黒真珠、四を飾る青氷――。


峻厳な豹の悪魔へ(Geburah)美しき神聖の太陽へ(Tiphereth)勝利を祈る乙女へ(Netzach)


 五を飾る赤炎、六を飾る黄金、七を飾る翡翠――。


栄光の癒しの魚へ(Hod)基礎築く霊魔の男へ(Yesod)


 八を飾る橙、九を飾る紫苑――。


故に集うは我らが王国(Malchut)至高(logos)論理(logic)星幽の(magic)三角形を陣とし(Triangle)疾く(And so us)三柱より(world The)降り来たし(Sephirot)――」


 十を飾る虹水晶の輝きが浮かび上がり、三重の三角が連なり――瞬間。

 肉眼でも捉えられるほどの膨大な純魔力マナの波が空気を振動させ、鮮烈な閃光を放った。


「――――」


 それはまさしく魔力の嵐。

 大気に満ちる純魔力マナ生命の樹(セフィロト)に存在する異界セフィラを通り、小径パスを繋ぎ、やがて魔力オドと成って物質世界マルクトへと帰還する。

 その一連の儀式は魔術。無謀にも人の身で神理に挑む、魔術師達の業。

 空間に満ち満ちた膨大な魔力が質量を持ち、この場に存在する生命体の霊器に注がれていくがまだ余る。これだけ大量の魔力溢れ出せば、優莉の張った結界など紙を裂くよりも簡単に破壊されてしまい、余り有る膨大な魔力はエミアリスやリリアーナも満たしていく。

 溢れ、満たし、零し、注がれ、それでもまだ残った魔力は、再び空間へと広がり純魔力マナへと還った。


「――――、は」


 最初に息を吐いたのは誰だったか。

 次いで、パリン――と優莉の手から垂れていたネックレスの宝石が砕けた。

 それを合図に、息苦しいほどに魔力が満たされていた幻想世界から、彼らは再び現実へと帰還する。


「す、凄い……」


 感嘆の声を漏らしたのは、エミアリスだった。

 さんざん消費した筈の魔力は、今や溢れるほどに満たされている。これほどまでの回復は、通常の自然回復では絶対に有り得ないものだ。

 だが事実、それは起こっている。


「う、ぅぐ……」


 次なる呻き声は、地面に横たわるテニーのもの。

 彼が一番魔力の本流を受けており、霊器を満たすというか破壊する勢いで魔力が溜まっている為、欠乏時の肉体の痛みはもう無い筈だ。

 テニーは酔ったようにふらつく体で何とか起き上がり、暫し周囲を見渡す。虚ろな視線がエミアリスを捉え、城を映し、リリアーナを通過し――やがて、菜月と優莉に止まると、


「――す」


「す?」


「すみませんでしたぁぁぁああああッ!!」


 いつか見たような必死な形相で、赤茶髪の少年は頭を下げた。

 未だその目から流れ続ける涙には、申し訳ない気持ちと、償え切れない罪への思いと、そして――それでも忘れられなかった、失恋の悲しみが詰まっていた。



 呪文考えるのってなにげに疲れます。楽しいですけど。

 まぁあんなに長い詠唱を使うのは、多分あの魔術くらいですが。それだけ魔力の回復というのは難しいって事です。

 あと補足ですが、菜月の持つスキルは大抵チート性能です。普通の魔道士ウィザードでは、精神操作の方はともかく、テニーの怪物化を治す事は理論上不可能です。……今回の話だと、エフェクト的に優莉の方が断然チートに見える気がしますが。


 次回も読んで頂けると有り難いです。

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