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ヤンデレ後輩と異世界ライフを!  作者: 月代麻夜
第二章 平和な時の終焉//第零階層世界編
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第四十四話 VSテニー



 バジィィッッッ!! と赤いスパークが爆発的に舞い散り、次いで衝突によって発生した衝撃が両者の全身を容赦なく叩いた。ぶつかり合った衝撃が大きすぎて一瞬脳内で火花が弾けるが、歯を噛み締め手に力を全力で注ぎ、相手の剣を押し返そうと負担を掛けっぱなしの足を更に酷使する。


「ぐ……っ」


「アア、アッ!」


 怒鳴り、気合を入れ直したテニーの剣撃が迫る。菜月なつきはそれを魔力で強度を高めた杖で打ち返し、続けて放たれる刺突を身を捻って必死に回避。休む事のない連撃は戦闘技術の無い菜月を苦しめるが、菜月は持ち前の身体能力にスキルによるブースト効果で何とか捌いていく。


「な、菜月先輩! そいつはわたしが、」


「いや、こいつは俺がやる! お前がテニーと戦ってもややこしくなるだけだろ!」


 血器長剣ブラッドソードを構え、テニーと菜月の間に割り込んで来ようとする優莉ゆうりを、菜月は声で制する。

 すでに何らかの理由で思考がおかしくなっていたテニーに、決定的なとどめを刺したのは優莉だ。そんな彼女と戦ったら、テニーの精神はそれこそ粉々になりかねない。テニーがあの薬を飲んでしまってもまた正気に戻れるかは定かではないが、今も涙を流しながら剣を振るっている事から、まだ完全に彼の意識が無くなっている訳ではないのだろう。

 ――ならば。


「……まさか、先輩」


 菜月の狙いに気付いた優莉が、咎めるように少し声を冷たくして言った。

 しかし菜月は気にせず、テニーの攻撃を防ぎながら自身の意思を再確認するように叫んだ。


「そうだ。テニーさんの意識が飛んでないのなら、戦いをやめさせる事は出来るだろ! 俺らは別に戦う必要なんてないんだ。伝えたい事が有るなら言葉で話すべきだ!」


「…………」


 どのように言い繕うと、結局の理由は殺したくないだけだ。

 別に争う理由のない相手ならそれも正しい。そいつの事が嫌いだとか、生かしておけば厄介だとか、よほどのバトルジャンキーとかでなければ、決着は剣や拳ではなく言葉でつけるべきだろう。

 だが――。


「菜月先輩。そいつはもう『堕ちて』ます。いかなる方法かは知りませんが、その状態から彼が正常な自我を取り戻すなんて不可能ですよ」


「いいや、出来ない事なんてない筈だ! まだ彼の自我は残っている。なんでこんな状態になったのかは良く分かんねぇけど、きっと戻せる!」


 まるで自分に言い聞かせるように叫び、菜月は杖を振るう。

 優莉はそれ以上何も言ってこなかった。菜月の意思を尊重したという訳ではなく、ただ菜月の思うようにやらせて、それで駄目だと分からせたら今度こそ自分で排除するつもりなのだろう。それが菜月の為になると本気で思っているのが少々問題だが、この状況において脅威を排除しようとする優莉の考えは正しい。

 なにせ、二人の目的は狂ったテニーを救う事でも、街の〝終焉教〟を撃退する事でもなく、攫われたシャルロッテを助ける事なのだから。

 その事は菜月も分かっている。シャルロッテの事を忘れた訳ではないので早く助けに行かなければと若干焦っているが、それでも目の前の少年を放っておけないと思うのは菜月のお人好ひとよしゆえか。

 頭を狙った刺突は、恐怖心を振り払えば回避するのは容易い。胸や腹を狙った斬撃は杖で弾き、肩への斬り込みは体を剣線から逃れるように移動させる事で躱す。カウンターで攻撃など出来ないのでまるっきり防戦一方の状態だが、菜月は二十五度目の斬撃をありったけの魔力を込めた杖で強引に打ち返すと、その余剰魔力をわざと爆発させてテニーを吹き飛ばした。


「ガァッ!?」


「ぐおっ」


 勿論、ほぼ密着状態での事なので自分も吹き飛ぶ。しかしそれは菜月の狙い通りであり、ちょうど彼我の距離が開いたところで菜月はやっと魔道士ウィザードらしく魔法を発動させた。

 緋色の杖の先端から生み出された、くるくると火の帯を巻いて回転する球が三つテニーに向かって飛んでいく。初歩の初歩、第一位階火属性魔法【炎球法式ファイアボール】だ。魔力量も標準程度に抑えたのでダメージは期待出来ないが、牽制には十分である。

 テニーが魔力を流した長剣で火球を打ち払っている間に菜月は更に距離を取り、インベントリーから取り出した自動魔法保存機能付き魔道書――以前エミアリスから貰ったものである――のページを荒く捲って目的の項目に辿り着くと、そこに記された魔法の情報を読み取り使用する。

 魔法式の構築は素早く。魔法陣の展開は迅速に。呪文は魔法名だけで事足りる。なれば後は魔力を注ぎ込むという一工程シングルアクションで魔法は発動する。


「【岩人形作成法式ゴーレムメイク・ロック】ッ!」


 第三位階に位置する土属性のこの魔法は、その名の通りゴーレムを生成する魔法だ。

 緋色の杖を伝って流れ出た菜月の魔力が一つに纏まり、やがて一体の岩人形へとその材質を変換する。

 魔法式を介した魔力が外枠の素材を完成し終えれば、残りはの人形の動力となるのだ。つまり菜月の無尽蔵な魔力が有れば、無茶な動作や外部からの衝撃で体が崩壊しない限りこの岩人形は永久に活動する事が出来るのだ。


「テニーさんを拘束しろっ!」


 やがて熱無き命を得た無機物はギヂギヂと関節部で岩石を擦り合わせながら新たな体を確かめるように蠢動し、それから菜月マスターから放たれた命令に従ってテニー(ターゲット)へと歩き出す。

 背丈は優に菜月を越している。長い胴に長い脚、長い手のその巨体は二メートルに届くだろう。ごつい拳を打ち鳴らし、自重で鳴るずしりとした足音がいかにも強そうで、菜月はこいつは活躍が期待出来そうだと思った。

 ――が。


「アアアッ! 【岩鉄一斬がんてついちざん】ンンンンッ!」


 叫ばれたのは『力と意味を持つ言葉』。

 瞬間、テニーの持つ長剣に流れ出した彼の褐色の魔力が峻烈な閃光を放ち――ズダンッッッ!! という強靭堅牢な物質を剛力で断ち切った音が響く。

 発動した武技能力アビリティは【岩鉄一斬がんてついちざん】。岩や鉄をも斬り裂く一撃を放つ、『長剣術』や『大剣術』などで習得出来る一斬必殺の攻撃技能アサルトアーツだ。

 そして――。


「んなぁ!?」


 ゴーレムはその岩石の体を両断され、これ以上動かせないと岩人形に内臓された機能が判断したと同時、注ぎ込まれていた魔力を四散させながら巨体は消えていった。

 思わず驚きの声を上げてしまった菜月に、すぐさま長剣を構え直したテニーが迫る。菜月は初撃をなんとか杖で受け止め、次撃を体を屈めて辛うじて回避すると、ゲームのコマンド入力的にノータイムの流れ動作で発動した魔法をテニーの足元に放った。

 生み出された水槍が地面を抉り、水飛沫と砂埃を爆発的に吹き上げる。


「グガッ!?」


 直接的にダメージを与える訳ではないが、目的であった目眩ましの効果はきちんとあったようで、テニーは両手で顔を覆って降りかかる飛沫と砂埃から目を庇った。

 彼の視界に何も映らなくなったその時を狙って菜月は素早く後方に退避し、手早く発動出来る第一位階の魔法を多重詠唱マルチキャストかつ高速連射ラピッドファイアする。威力が弱くとも当たればそれなりの衝撃はある火球、水槍、力弾、影の矢が連続で撃ち出され、薬で強化された六感で自身に迫る危険を察知したテニーはそれらを尋常ならざるスピードで打ち落としていくが、しかし菜月の無尽蔵で生み出される魔法に終わりはない。その間も菜月は後退を続け、徐々に徐々にテニーから距離を取っていく。

 魔法を遠距離から連発して敵の攻撃を許さない――遠距離戦闘派の必勝パターンの一つだ。

 これまでの戦闘を経て、菜月の弱点が近接戦闘だという事は分かり切っている。

 空き倉庫でエルド達と戦った時やレギオンモンキーの集落を壊滅させた時など、味方が足止めをしている間に強力な魔法を組み上げて、味方が離脱すると同時に魔法を発動させて敵を薙ぎ払うスタイルならば順調に勝利を収められる。

 だが一人の時はどうだ。

 魔法を完成させる前に容易く接近され、それを回避するのに手間を取られて中々魔法を放てない。何とか距離を取って魔法を放ったとしても簡単に対処され、また接近されての繰り返し。それでは勝てない。

 ならば対策を立てるべし。すぐに思い浮かんだ対処方法は二つだった。

 一つは菜月も近接戦闘が出来るようになる事。これは一朝一夕でどうにかなるものではないので、今は意味がない。

 そしてもう一つは、誰かに足止めをしてもらう方法。

 ――そう考え、思いついた方法が先ほどのゴーレムだったのだが、テニーには一撃で屠られてしまったので碌な成果は上がらなかった。

 ならば大人しく優莉に手を貸して貰うのが最良なのだろうが、そうすればテニーがどんな反応するか分からないし、なにより――勝手な理由だが、これは菜月が戦わなければならないと思った。

 テニーは優莉の事が好きだったのだろう。どこでどういう風にしてそういう感情をいだくに至ったのかは知らないが、好意を寄せていた相手が他の男の事を好きだと言ったら、それはそれは傷ついてしまう。更に自分の事など興味ないなどと言われてしまえば、絶望するのも当然か。むしろ菜月や優莉に憎悪して然るべしであろう。

 しかし彼は優莉を恨むでもなく、涙を流し、恋敵へと感情をぶつけてきた。殺そうとするほどの愛だというのなら、それはきちんと恋敵である菜月は受け止めるべきだろう。……自分が優莉の恋人という訳でもないのに恋敵というのは少し違和感が有るのだが、事実テニーにとって恋敵である事に変わりはないので仕方がない。

 だから菜月は優莉の手を借りず、一人で戦う事を衝動的に選んだ。

 勿論エミアリスの手を借りる気もない。――もっとも、もとより手を出される心配はしなくて良いのだが。

 何故なら――。


「お姉様っ! ま、またあの化け物が!」


「ッ、リリィはわたしの後ろに居て。絶対に守るから」


「素敵ですわお姉様! 惚れ直してしまいます! その愛を戴ける事、嬉しく存じますわ! で、ですから今日の夜は一緒のベッドでごにょごにょごにょ……」


「妹の愛が重くてつらい……」


 目にハートマークを浮かべる妹と会話をしてこんな調子だが、彼女もまた、戦わなけれならないからである。

 敵は一体。先ほど二人で倒した化け物と同種だろう。エミアリス独りで倒せるのか不安だが、しかし魔法大国の皇女が自国の城を背後に簡単にやられる訳にもいくまい。それに、優莉がエミアリスを手伝うかは微妙なところだが、菜月が手を貸せるようになれば勝利は確実だ。

 その為にも――今は、目の前の相手をどうにかしなければ。


「――……」


 菜月は無詠唱――それも魔法名さえ唱えない完全なる無詠唱を無意識のうちに成功させ、途切れる事なく第一位階の魔法でテニーを牽制しながら、魔道書のページを捲り、魔法を探す。状況を打破出来る魔法を、テニーを拘束して話し合いに持ち込む為に、その魔法を唱える時間を稼ぐ足止めの魔法を、彼は魔道書から探し出そうと紙を捲った。

 そして、ある項目で手が止まった。

 これなら或いは――そう心の中で声を上げ、にやりと口元を緩ませながら杖を構えて、菜月は魔道書に記されている通りに魔法式を組み上げる。


「【火種妖精兵召喚法式サモン・イグニス】――ッ!」


 ルビーの魔法陣が菜月の目の前に展開され、呼びかけに反応した存在が紅炎を撒き散らしながら『穴』を通って出現する。

 現れたのは一つの炎球。

 火の粉が辺りを漂い、爛々と光熱を発する炎球は、その中で胎動するソレによって弾け飛び――再び纏まり、ソレに吸収されて一つの存在と成った。

 それは、火の妖精(イグニス)

 霊魔世界から物質世界へと召喚されたイグニスは、非物質の体をほぐすかのように全身を震わせる。揺らめく炎の尾がしなり、体長二百三十センチメートルの炎獅子はその牙を鋭く剝くと、菜月の意思に従ってテニーへと躍りかかった。


「ハァァアアッ! ッ、グ――」


 獅子の牙を長剣で受け止めたテニーだったが、力比べで拮抗する中イグニスの纏う炎熱が肌を焙り、何度も長い時間受け止めれば焼かれると気づいてバックステップを踏んだ。逃すまいとイグニスが追随し、獅子の軌道を縫って菜月が【土槍法式アースジャベリン】を放つ。

 穂先は潰しているから殺傷力は無い。一、二本ほどは骨が折れたりするかもしれないが、肉を貫くほどの力はないので間違いは起こらないだろう。

 タイミングは良し。即興にしてはコンビネーションも良し。狙いどころも悪くない。

 ――だが。


「【ワイドスラッシュ】ゥゥウッ!」


 三本の土の槍とイグニスがテニーの武技能力アビリティの間合いに入った瞬間、魔力が刹那的に爆発する。通常の倍以上の威力を一つの武技能力アビリティで引き出す為に、大量の魔力を一気に注ぎ込んだのだ。

 褐色の魔力剣が横一文字に振るわれ、菜月の魔法をイグニスもろとも薙ぎ払う。炎獅子はいかなる声帯からか悲鳴を上げ、土槍は一本残らず粉々になって消え失せた。


「第四位階でも足りないのか……!? くそっ」


 かなりのダメージを負い炎の大半が消されたが、イグニスはまだ現世に留まっている。しかしあと一度でも斬撃が当たれば霧散してしまうほどの余力しか残っていないのが、見るだけで分かった。

 ともあれ、今はイグニスに足止めを頼むしかない。主の命を受け取った炎獅子は最後の力を振り絞るように雄叫びを上げて突貫する。


「ジャマダァァァァアアアアア!!」


 だが、いかんせん力が足りない。

 力任せに振るわれた長剣の剣風に火種は容易く吹き消され、相手に与えた被害と言えば、せいぜい散らばった火の粉がテニーの肌を撫でるほどである。それすら気にした様子もなくテニーは長剣を片手に地を蹴り、涙の伝う顔を左手で拭ってから菜月に斬りかかってきた。


「く――【水種妖精兵召喚法式サモン・アクアエ】ッ!」


 先ほどのものと同種だが属性違いの魔法を発動。魔法陣から現れたのは水で形作られた大蛇だ。

 大口を開けてテニーを飲み込もうと待ち構える大蛇を囮に、菜月はまた後ろに下がって距離を取る。五歩ほど離れたところで大蛇がテニーの長剣に斬り裂かれ、状況は殆ど先ほどのやり直しだ。再びテニーが地を蹴り接近してくる。


(このままじゃらちが明かないッ)


 菜月が魔法でテニーの攻撃を防ぎ、一定の距離を取ったところで魔法を突破したテニーが再び斬りかかってくる。その繰り返し。

 一向に決着が付かず、体力の少ない者が先に倒れて終わりだろう。元運動部なので体力に自信が無い訳ではないが、あの怪物化したテニーに体力という概念が有るかどうか怪しいところだ。動き続けている限りいつかは体力切れを起こすだろうが、少なくとも菜月より先に切れるとは思えない。

 その代わりと言っては変だが、唯一の救いは、菜月の魔力の限界が無い事だが――。


(……ん、待てよ?)


 魔力の限界。それはどんなモノでも絶対に逃れられない事だ。

 菜月のような例外チートでもない限りは、必ずしも魔力の貯蔵は尽きる。体内に有する魔力も、物質に移した予備の魔力も、有限なのだから。

 先ほどからテニーは、菜月の魔法を突破する為に強引に魔力で威力を引き上げた武技能力アビリティを連発していた。彼の魔力量がどの程度かは知らないが、一般的に考えてこの年齢の魔道士ウィザード以外の冒険者が持つ魔力量は二千五百程度もあれば多い方だ。

 スキルレベルにも左右されるが、【ワイドスラッシュ】の魔力使用量は約三百。肌で感じた推定だと、テニーが放った菜月の魔法を軒並み消し去ったあの【ワイドスラッシュ】の魔力消費量は、オリジナルの六倍超――つまり、千八百以上もの魔力を一撃で消費したのだ。

 テニーが魔力を使ったのはこれだけではない。常時肉体と身体能力の強化を行っているだろうし、菜月と切り結んでいた時も一撃一撃に多大な魔力を消費していた。使用する杖に流せる魔力量に限界があるとはいえ、一発に大量の魔力を垂れ流す菜月と衝撃を相殺出来るほどなのだから、それはもう膨大な量になるだろう。

 彼の保有魔力量が常人と変わらないのであれば、もうとっくに魔力が尽きている頃だが――。


「アアアア、ア、ア――グ」


 果たして、テニーは突如苦しそうに胸の辺りを握り締めた。

 菜月の予想通り、魔力が尽きたのだ。すっからかんになった魔力の貯蔵庫である霊器れいきが悲鳴を上げ、人体に痛みとなって表れているのである。

 菜月はまだ知らないのだが――生物の体内に存在する魔力オドとは、大きくくくれば生命力である。

 それが尽きれば当然肉体は生命活動を停止せざるを得なくなる。だから普通は魔力が尽きるまで魔法や武技能力アビリティを使う者はいないのだが、しかし理性を失っていたテニーは限界を気にせずに使い切ってしまったのである。


「イ、痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ――ッ! アア、焼ケル、体ガ焼ケルゥゥウ!」


「え、て、テニーさん!? 大丈夫か!?」


 その場に跪き、唐突に苦しみだしたテニーに菜月は驚いて駆け寄った。これが演技で近寄ったら攻撃されるなど微塵も思っておらず、その思考は完全にテニーを心配する事だけで溢れているのだから、人が良すぎるのも考えものである。

 そんなお人好ひとよし平常運転の菜月の様子に、優莉はそっと溜息を吐きながら、愛する先輩の横に並んでテニーに近づいていく。

 途中で起き上がって攻撃を仕掛けてくる――などという事は無く、すぐ触れられる距離まで来ると、優莉はテニーの苦し気な顔を覗き込んで淡々と症状を述べた。


魔力オドの使い過ぎ、ですね。魔力オドの欠乏が原因で、全身を激痛が襲っているのでしょう」


魔力オド……?」


「人間が体内に持っている魔力の事で、一種の生命力とも言えるモノですよ。いつも先輩が魔法を放つ時に使っている魔力も魔力オドです。完全に無くなったら死にますよ」


「は、はぁ!?」


 突如告げられた事実に素っ頓狂な声を上げる菜月。

 まさか今まで大量に使っていたものが生命力だったと聞かされれば、驚くのも当然である。例え『永劫魔力』スキルのお陰で永遠に尽きる事がないと分かっていても、自分の命を削っていたと知れば恐ろしく感じるものだ。


「ちょ、それ拙いだろ!? テニーさん死んじまうじゃねぇか!」


 良く体を観察すれば、テニーの魔力が殆ど尽きている事は、魔力を扱うのが専門である魔道士ウィザードの端くれたる菜月にも分かった。

 だからこそこのまま放っておけば死んでしまうのではないかと慌てる菜月だったが、しかし反対に優莉は冷静――言い換えれば冷めた様子でテニーを睥睨し、


「この程度でしたら死にはしないでしょう。……さ、先輩。今のうちですよ」


「……え?」


 何の事を言われているのか、分からなかった。

 今のうち――テニーが倒れている今のうちに、何をするのか。

 考えられる選択肢はただ一つ。いたって単純な事である。


「――それは、殺すって事か? 悪いが俺は、テニーさんを殺す気は、」


「いえ違いますよ?」


 真剣な表情で真摯に言った菜月に、優莉はキョトンとした表情を浮かべた。


「え……いや、だってお前、さっきあんなに殺すべきって言ってたじゃんか」


「まぁ言いましたけど。菜月先輩に剣を向けたんですから、殺した方が良いって今も思ってます」


「おい」


 じとっとした視線を送ると、優莉は「ですが」と言って続ける。


「近くで見て、事情が変わりました」


 優莉が殺すという意見を変えてくれた。それは大変喜ばしい事なのだが、素直にもろ手を挙げて喜べないのは何故だろうか。


「……とか言って殺したり?」


「しても良いんですか?」


「やめてくださいお願いします」


 どうやら本当に殺す気は無いらしい。

 菜月はほっと安堵の息を吐く。

 と、そんな、どこかやり遂げた感を出していたところで、


「――て、終わったならこっち手伝ってよナツキッ!」


 背後から、エミアリスの悲鳴混じりの叫び声が聞こえた。


「あ、やべ、忘れてたっ!」


 テニーを倒すのにずいぶん時間がかかってしまった。

 一人だと防御に集中すればともかく、火力が足りないようで、菜月が終わるまでエミアリスは耐えていたらしい。

 菜月はすぐさま振り向いて敵の姿を捉えると、魔法式を構築。一度目、化け物を屠ったあの魔法を発動させた。


「――【雷電磁砲法式レールガン】ッ!」


 今度の威力は抑え気味。だが相手は菜月を全く警戒していなかったらしく、不意打ちで頭部側面から雷電の砲撃を食らった化け物は、面白いほど軽々と吹き飛んだ。潰れた頭部を軸にぐるぐると体を回転させながら化け物の肉体は白亜の城壁へとめり込み、血肉舞い散る独特な絵画を飾った。

 遅れてぶわっと余波が吹き、一番化け物の近くに居たエミアリスはよろけて尻餅をついてしまう。菜月が「【爆炎法式フレア】の時のお返し」と笑ってやれば、エミアリスはぶすっとした、でもどこか楽しそうな表情を浮かべた。


「――さて」


 弛緩した空気を再び引き締めるように、優莉が切り出す。全員が彼女の方に視線を送ると、紫髪ツインテールの少女はその細く奇麗な指を地面に蹲るテニーへと向け、


「それじゃあそろそろ、情報引き出しタイムと行きましょうか♪」


 華麗なる笑顔に、音符が飛ぶような弾んだ声。どちらも彼女の魅力を十分に伝える素晴らしいものなのだが、その内容にエミアリスとリリアーナの表情が引き攣った。

 そして、優莉がわざわざ菜月に牙を剝く存在を生かしておいた謎、それが氷解し、菜月はどこか遠い目をして「なるほど……」と呟く。

 結局この可愛い後輩に、慈悲という言葉は無いようだった。



 テニーまさかのガス欠。魔力のご利用は計画的に、という事です。菜月にはあんまり関係ありませんが。

 次回も読んで頂けると有り難いです。

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