第四十一話 帝都での戦い
非常に眠いなかで書いたので、途中「なんか無理やりだな」って思うかも知れませんがお許しください……。
いえ、大丈夫です。流れは間違ってませんから。はい。
時間は少々遡り、〝終焉教〟襲撃開始直後。
帝都リアードに到着していた菜月、優莉、エミアリス、そして御者の四人だったが、見事に足止めを食らっていた。
「【旋風法式】! ……くそっ、数が多いっ!」
第三位階風属性の魔法で生み出した旋風を菜月は目の前から迫る〝終焉教〟の武装者達にぶつけ、その体を軽々と吹き飛ばす。わざと殺傷性を無くしている為に飛ばされず踏ん張る者もいるが、そういった輩は二振りの長剣を手に戦場で踊る優莉や詠唱有りで発動が遅いが的確に魔法を放つエミアリスが次々と屠っていった。因みに御者――名前はラスタというらしい――は、いつの間にか腰に提げていた長剣を片手に戦場に躍り出て、エミアリスの近くの敵を重点的に倒している。優莉ほどの戦闘力ではないが、彼もただの御者とは思えない強さを誇っていた。
緊急事態なので優莉は吸血鬼種としての力をかなり引き出している。更に『肉体・身体能力強化』スキルによって機能向上した体を本人の持つ高い戦闘技術で操る為、今やこの戦場と化したリアードにおいて近接戦で彼女に敵う者はいないだろう。そう思ってしまうほどの圧倒的な強さだった。
そんな優莉の表情はどことなく暗い。思い詰めているのかはたまた何か気になる事が有るだけなのかは分からないが、この状況では尋ねる事も出来ない。
リアードに到着したのはつい先ほどの事だ。そして四人が都市の門を潜った瞬間に街のどこからか膨大な力が発生し、それによって引き起こされた地揺れがリアード全体を震わせた。それを合図だったとでも言うように〝終焉教〟の襲撃が始まり、帝都に居る冒険者や警備兵が対処を始めたが、〝終焉教〟はそれを上回る人数で、更に彼らのうち半分以上が魔宝石を所持していた為に戦況はかなり不利だった。
街に到着したばかりであっても当然冒険者である菜月達は街の為に戦う事になったが、四人程度の少数が新たに参加したところで劣勢を覆す事は難しいと思われた。人数差というものはそう簡単に覆せるものではないのだから。
しかし――。
「龍脈を駆ける電子の精よ、我が領域を紫電で彩れ」
魔法式の構築とともに素早く呪文を詠唱し、同時にエミアリスの流した魔力が長杖に注ぎ込まれて、先端に飾られる紅龍の瞳が威圧的な光を放った。杖の性質から赤と黄色の目が痛くなるような輝きを持つ魔法陣が、〈紅龍の杖〉を掲げるエミアリスの正面に展開されると、彼女の杖の一振りを合図に魔法が発動する。
第二位階雷属性魔法、【電麻痺法式】。
発動者の高度な技術によって調節された魔力が紫電に変換、そして解き放たれる。ビジジィッ! というスパーク音が周囲を駆け巡ると、エミアリスから半径二十五メートルの範囲内に居た〝終焉教〟達は次々に感電して倒れていく。
死なないように調節されているのは、うっかり巻き込まれた一般人が死んでしまわないようにする為と、生かしたまま捕らえて色々情報を引き出す為だろう。決して菜月の不殺の精神に合わせた訳ではないだろうが、そういった気遣いが殺人を好まない菜月としては嬉しかった。
「素晴らしい魔法です、エミアリス様!」
普段はエミアリスの専属御者、そして今は長剣を片手に颯爽と戦う一人の剣士ラスタは、賛美の声を主人にかけながら得物を持たない左手で目の前の敵の顎を砕いている。同時に右手に握る長剣で反対側から斬りかかってきた敵の戦斧を受け流し、身を捻って方向転換をするとともに鋭い突きを肩口に入れた。
「ぐうっ」
「はい次、次、次、次次次次次!」
二重にも三重にもぶれるほどの速度で突きを放って敵を翻弄し、決定的な隙を見せたところで剣の腹で顔面や鎧の隙間から覗く腹を殴って戦闘不能に追い込んでいる。
彼の武器は圧倒的な速さと技の練度だ。一度も武技能力に頼らず自身の技術だけで大勢の敵を手に取り、まるで指導するように隙を突いては最後に決定打を浴びせて終わらせる――その繰り返し。凄まじい集中力と技量が無ければ不可能な業だろう。
「何者なんだ、あの御者は……」
獅子奮迅の戦いをするラスタの姿を眺めながら、引き攣った顔で呟くように零す菜月。
しかし手を止めて良い状況ではないので、すぐに次の魔法を放って〝終焉教〟の武装者達を薙ぎ払いにかかった。
◆ ◆ ◆
菜月はエミアリスやラスタの強さに驚いていたが、しかしエミアリスやラスタから見れば菜月や優莉の方が異常だった。
まだ魔法名も唱えない完全な無詠唱は出来ないようだが、しかし呪文を詠唱せずに第二、第三位階の魔法を連発し、次々と敵を薙ぎ払っていく菜月。無駄な魔力消費が多い事が同じ魔道士であるエミアリスには分かっていたが、しかしそんな事を気にせず魔法を放つ菜月に密かに恐れの感情を抱いていた。彼の魔力は未来永劫尽きる事はないのだろうか、と……。
魔道士ギルドに加入する前に菜月の能力情報を測ったが、その時に表示された基礎魔力値の項目は『測定不能』という不可解なものだった。
駆け出し冒険者の平均的な基礎魔力値は、大体1700pt程度。多くても2500ptくらいだろう。魔道士としてしっかり修行を積んだ者ならば10000ptに届くし、ガーフェルのような2000000pt以上もある化け物もいるが、それでも測定出来ない事など有り得なかった。
ただ測定装置が故障したか、それとも測り切れないほどの魔力を菜月が有していたか――。
エミアリスには分からない。だがそれほどまでの魔力量を持ち、更に全ての属性に適性が有りながら魔法の技術が拙いのは、酷く勿体ないと思った。憤りもした。
しかしそれは、今まで菜月に魔法を教えられる人がいなかったからではないだろうか。
「……いつか、師匠に頼んでみよう」
ぽつりと呟いたエミアリスの声は、菜月には届かなかったようだ。
才能を潰しておくのはもったいない。しかるべき修行を積み、知識を学ぶべきだ。そして魔道士の高みを目指す。――競う相手が出来たようで、エミアリスは少しだけ頬を緩ませた。
「……? どうしたんだ?」
エミアリスの微笑みを偶々見た菜月が不思議そうに訊いてくるが、だがエミアリスは「何でもない」と言ってすぐにいつもの無表情の戻してしまう。
菜月は腑に落ちない様子だったが、しかし今はそれどころではないと気づくと、すぐにエミアリスから目を放して魔法の構築に取り掛かったようだ。
エミアリスも魔法で適当に〝終焉教〟にダメージを与えながら、視線を優莉に向ける。
「――――」
無音で双剣を振り、まるで戦場がステージであるかのように踊り、次々敵を倒していく紫髪の少女。今は菜月に気絶するにとどめておいてくれと言われた為に剣の腹や柄で殴っているが、もし殺しても良い状況なら今頃リアードの一角は真っ赤に染まっていた事だろう。
その速さはもう人間種のものではない。剣の技量も『一月の剣帝』に追いつかないまでも迫るものがある。
速さは優莉が吸血鬼種という高位種族だからなのだが、それを知らないエミアリスは優莉が『肉体・身体能力強化』スキルや魔法、魔道具などで異常強化しているのではないかと思った。
「……ユーリと本気でやりあえるのは、『剣帝』か『剣王』くらい、か」
「『剣王』――確か、グエンでしたか?」
エミアリスの独り言に声を返したのは、彼女の専属御者である――と菜月達には説明している――ラスタだ。
あらかた近くの敵を処理し終わった為に主人のもとへ一時的に戻ってきた彼に、エミアリスはこくりと頷いた。
するとラスタは、癖なのか血も付いていないのに剣を振って血払いをしながら、
「確かに、ユーリ様のあの強さは『剣王』と同レベルのものでしょう。あれは恐らく本気ではないでしょうし、殺し合いでしたら『剣帝』にも届きうる可能性もありますね」
「ん。多分、単独で『天霊樹の迷宮』の第十階層――次の世界に辿り着けると思う」
「でしょうね。守護者の討伐は単独では不可能だと思いますが、まぁ第十階層世界は〝真理の探究者〟が定期的に狩っていますから大丈夫でしょう」
エミアリス達A級クラン〝純白百合花〟でさえ第八階層までしか到達していないのだ。それだけ難易度が高い『天霊樹の迷宮』において十階層ごとに存在するとされる次の世界に単独で辿り着ける者は、『暦月の守人』やほんの一握りの冒険者のみだろう。
その中の一人に数えられる強さを持っていると、エミアリスもラスタも優莉の強さの一端を見ただけで悟っていた。それだけ優莉が秘めている強さが異常だという事だ。
と、短い間だったが二人が会話をしているうちに、また新たな〝終焉教〟の武装者達が集まってきてしまった。
エミアリスはうんざりした様子で溜息をつく。
「まだいるの……」
「――っ、エミアリス様」
「……? どうしたの?」
焦った様子で名を呼ぶラスタに、エミアリスはとりあえず牽制レベルの魔法で近づいてきた〝終焉教〟達を足止めしながら何事かと問う。
するとラスタは常時付けていたピアス――通信石を指さしながら、真剣な表情で言った。
「第二皇女の近衛騎士団から連絡が来ました。『現在交戦中。リリアーナ様が負傷された。至急応援を求む』と」
その言葉を聞いた瞬間、エミアリスは走り出していた。
「ひめっ、じゃなくてエミアリス様!」
「ラスタはここで奴らの足止め! わたしはリリィのところに行く!」
返事は聞かない。ただ早く妹の危機に駆け付けなければと、慣れない肉体強化を魔法で施して走った。
「おい、エミアリス!?」
菜月が引き止めるように叫んでいたが、しかし焦っているエミアリスはそれを無視した。
道中立ち塞がる敵を発動速度が取り柄の第一位階の魔法で吹き飛ばし、時に杖で殴り飛ばしながら走る。先ほどまでのような落ち着きは無い為、手加減なしの魔法は敵を易々と絶命させていった。
一つ魔法をぶちかますごとに血飛沫が飛び、千切れた人体の破片が舞い散り、血濡れの武器が散乱する。街に広がる血臭が一層濃くなった気がして軽く噎せ返るが、しかし彼女の足は止まらない。
その程度の事は、エミアリスは気にならなかった。
今の彼女の頭の中は、妹の事で一杯なのだから。
◆ ◆ ◆
「エミアリス! ……くそっ」
ラスタと何か話していたと思ったら、突然豹変したように走り去ってしまったエミアリスの方に目を向けながら、菜月は舌打ちを零す。
それからいくばくかの間、焦りを抱えて考え込むような表情を浮かべると、
「……、悪い、優莉! ここは任せた!」
「菜月先輩!?」
「俺はエミアリスを追いかける! 一人だと危険だからな!」
エミアリスと同じく、その後に続いた返事は聞かずに菜月は走り出した。
こんな状況で一人にはしておけない。しかもエミアリスは魔道士、本来は後衛戦闘の職業だ。単独で戦うのは危険すぎる。
すでにエミアリスとの距離は離れてしまっているが、菜月も拙いながらも肉体強化を施しているので見失うほど引き離される事はないだろう。道中の敵は殆ど無視して駆け抜け、どうしても避けられない相手は【旋風法式】の魔法で強引に吹き飛ばして突破した。
――だが。
「は、速すぎるだろあいつ! どこ行った……?」
結局見失ってしまい、地団太を踏む菜月。
そもそもこの街に来たばかりの菜月より、セルデセン帝国出身のエミアリスの方が帝都リアードの事をよく知っているのだから、移動が速いのは当たり前だ。更に魔法やスキルの扱いにおいてもこの『ラグナスヘイム』に生まれた時から住んでいるエミアリスの方が巧いのだから、無駄に多い魔力を現在の菜月に出来る精一杯でつぎ込んで肉体強化をしても追いつける訳がなかった。
このまま追いつけなかった理由を考えながら突っ立っている訳にもいかない。
目立つ林檎のように真っ赤な髪を探そうと、菜月は周囲を見渡す。
「――――」
しかしその目に映るのは赤髪の少女の姿などではなく、武器を取り戦う人々、パニックを起こして逃げ惑う者達、飛び交う色とりどりの魔法、鮮血や人体の破片、そして――数えきれないほどの死体。
魔法都市の代名詞として栄えていた姿はそこにはなく、ただここは胸糞悪い血臭が蔓延する戦場だった。
鋭い剣戟の音が聞こえる。炎に焼かれる人々の悲鳴が聞こえる。雷撃に蹂躙される轟音が地響きとともに聞こえる。風刃に切り刻まれる者達の怨嗟の声が聞こえる。まるでゴミのように人々が水に洗い流される音が聞こえる――。
どれもこれもが耳を塞ぎたくなる現実で――受け止めるなんて覚悟が、初日に付けたあの軽くて中身のまるで無いものしかない菜月は、それらを拒絶した。
自ら獣のように叫び、自分は何も聞こえないと言い聞かせて、ただ足を動かす事だけに専念する。
その姿は駄々をこねる子供よりも哀れで、言い訳を繰り返す犯罪者よりも醜くて、救いようがないほどに無残だった。
人殺しはしたくないし、人死にも見たくない。
それはある意味当然の事であり――しかしこんな世界で生きていくには、折り合いをつけていかなければならない事だった。
だが、菜月には。
「……嫌だ」
甘く、どうしようもなく弱い菜月には。
「見たくない、聞きたくない」
それが、認められなかった。
「人を殺すなんて、絶対に駄目だ」
甘ったれた事を、まるでそれが正義であるかのように自分に言い聞かせ、菜月はまた前を向く。
自分に潜む問題を、ただひたすら先送りにしているだけだというのに――。
――と、その時だった。
「グゴォォォォォォオオオオオオオオオオオ――ッッッ!!」
という怨嗟の塊を残さず溶かし込んだような恐ろしい雄叫びが、菜月の体を叩いた。
いや、実際に物理的に叩かれた訳ではない。強烈な勢いで放たれた咆哮によって発生した音の塊が、菜月の身を底から震わせただけだ。
「なん、だ……?」
恐る恐る音源へと目を向けた菜月が見たのは、赤髪の少女が角や翼を生やした化け物に殺されそうになっているところで――。
菜月の中で、何かが欠けたような音がした。
「あれは……」
漆黒の角。蝙蝠の翼。蛇の尻尾。呪いが刻まれた肌。爪は長く鋭く、少女の体など簡単に引き裂いてしまうだろう。
人間にはない構造。人間には有り得ない能力。
そう、だから、あの化け物は――。
「人間じゃないから、良いよな」
そして、どこか、なにか、自分の中にあったソレが外れた。
『人』ではないのなら、例え元の造形が『人』に似ていたとしても、それは『人』ではない『何か』なのだから――殺しても、良いのだと。
まるで溜め込んだ黒い何かを吐き出すように、菜月は自身に秘められた膨大な魔力を糧に、魔法を発動させる。
「【雷電磁砲法式】」
――瞬間。
ゴォォォォォォォォオオオオンッッッ!! という、世界を割る爆撃ような轟音が上がった。
第三位階雷属性の魔法によって放出された、高電圧を圧縮した魔力の弾丸を顔面に食らった化け物は、そのあまりの衝撃に吹っ飛び、延長線上にあった白亜の壁に激突。そしてその頭を跡形もなく消滅させて絶命した。
その体は一瞬の接触だけで回った雷電によって中身をズタズタにされているのだろう。外傷もいたるところが焦げて酷いものだが、血は蒸発していて殆ど外に出てきていない。代わりとばかりにひび割れた肌の隙間からぶよぶよの血管やら臓器やらが見え隠れしていて、気持ち悪いことこの上なかった。
だが菜月の胸の中に残っていたのは、安堵感。
少女が助けられた。怪物を斃す事で、少女を救う事が出来たのだ。
だが同時に、どこか虚しさのようなものが込み上げてきて――。
「――――」
しかしそれを振り払うように、菜月はグッと硬く拳を握る。
これ以上はこの感情の事を考える必要はない。人を救う事が出来た、今はそれだけで良いじゃないか、と。
だがあれは本当に化け物だったのか。人ではなかったのか。よく確認しなかっただけで、獣人種とか吸血鬼種とか、そういった人の種族ではなかったのか。
もしあれが化け物に近い形をした人の種族だったのなら、菜月は人を殺――。
「【爆炎法式】ッ」
悪い方向へと延々ループしそうになっていた菜月の思考は、エミアリスの魔法によって打ち切られた。
彼女の得意魔法なのだろうか、呪文詠唱を必要とせずに放たれた魔法は、彼女の怒りの感情も相まって凄絶な音を撒き散らして爆発を引き起こした。
しかし手加減はされていたのだろう。至近距離でダイナマイトの如く爆発を食らったにもかかわらず、〝終焉教〟の男は大きく吹き飛ばされるだけで済んでいた。体中のいたるところに火傷を負っているだろうが、【治癒法式】でも掛けておけば死にはしない筈だ。完治には【高等治癒法式】が必要だろうが。
やっと追いついたと溜息をつきながら菜月はエミアリスに近づく。と、そこで菜月はふと違和感を覚え、視線をエミアリスから助けた少女へと移した。
「あれ、めっちゃ似てる――」
という言葉が紡がれるより早く、菜月が今まで見た事のない柔らかな笑みを浮かべたエミアリスの言葉が放たれた。
「助けに来た、リリィ」
その言葉に、リリィと呼ばれた赤髪の少女は涙の浮かんだ顔で振り向き――待ち望んだ夢に飛びつくように、エミアリスにギュッと抱き着いて――。
「――お姉様!!」
「はぁッ!?」という素っ頓狂な声を上げなかったのは、ちょっと褒めても良いのかも知れないと、姉妹が感動の再会をしている間、密かに菜月は思っていた。
超電磁砲と書いてレールガ……いえ、何でもないです。あの魔法は雷電磁砲ですから。
次回も読んで頂けると有り難いです。




