第三十八話 囚われの少女
明けましておめでとう御座います。
努力して私自身の執筆能力を上げて『ヤンデレ後輩』をより良くしていきたいと思いますので、今年も拙作を宜しくお願いします。
菜月達がセルデセン帝国領最南の町アミストルテを出てから、一日と数時間が過ぎた頃。
シャルロッテ=エンフェイトは、鉄格子の中に居た。
爽やかに流れていた若草色の髪は今は土埃で髪質が荒くなり、数日間布で拭く事すら出来なかった肌も黒い汚れが目立つ。幸いな事に食事は硬い黒パン一つに野菜や少量の肉が溶けたスープという牢屋に入れられているにしては良質なものが出されたが、育ち盛りの子供には物足りない。若干細くなったように感じられる両腕には枷が付けられ、身じろきする度に金属に籠められた魔力が薄らと威圧するように光った。
わざとなのか数の少ない光明石では薄暗くしか部屋を照らさず、同じ牢屋の中に居る人の顔も三メートル離れれば正しく認識出来ない。この十畳ほどの牢屋には自分含めて五、六人いたと記憶しているが、途中で人の出し入れがあり、今は何人残っているのかすら分からない状態だ。少なくとも一人二人は居るだろうが、皆一様に自身の体を抱くように縮こまり、一言も発さずただ自分に訪れるであろう運命を嘆き呪っていた。
する事はない。誰も彼も脱出を諦め、食事と排泄以外全く体を動かさずにいる。
そもそも攫われて牢屋に放り込まれた彼ら全員の腕には、魔封錠が填っているのだ。武器も魔法も取り上げられ、元々着ていた服以外に何もない彼らには、反抗する能力も無ければする意思もバキバキに折られてしまっている。
意志を折られている理由は、全員が反抗したところでどうやっても勝てないと思っているからである。
それは単純に、所持している魔法技術の圧倒的な差からだった。
シャルロッテやラムル村の住人達が攫われたのは、今から八日ほど前。そしてこの牢屋に入れられたのは、その次の日だ。つまりこの牢屋がある場所は必然的にラムル村の周辺になる訳だが、しかしそれを完全に否定する会話を全員が耳に挟んでいた。
それは、牢屋に入れられた次の日――シャルロッテ達の他にどこからか新たに攫われてきた者達が幾つもある牢屋に押し込まれていた時。退屈だったのか、監視の男達が槍を片手にこんな会話をしていたのだ。
「くぁ……ねみぃ。なぁ、俺ちょっと宿で寝てきていいか? リアードの宿屋ってセルデセン帝国の魔法技術の賜物か、ベッドふかふかで気持ち良いんだよな」
「阿保か。勝手に任務外れたら罰として大司教様の実験材料にされるぞ。リーアドの観光をしたいなら後にしろ」
「いやいや、『アレ』の後だと観光とか出来ないだろ? だから先にしておこうと思ってさ。せっかくリアードまで来てるんだし。良いだろ?」
「駄目だ。監視の任務を放棄する訳にはいかないし、そもそも俺達は国に見つかったら駄目なんだから表を歩けねぇだろ」
「えー? 下っ端なんだから大丈夫だろ、顔割れてないって」
「駄目ったら駄目だ。……ほら、次の実験体が来たから、空いてる牢屋の鍵を開けに行くぞ」
「へいへい。……ったく、流石に多すぎじゃねぇの? これ全部が大司教様の実験体になるのか?」
「そうだ。大司教様の実験が成功すれば、絶大な戦力になるからな。我らの神ブラギ様の命を遂行する為、俺達〝終焉教〟には戦える手駒は多い方が良い」
「まぁ確かに。それに、転移魔法陣があるから、攫ってき易くなったしな。コストは高いけど」
「得の方が多いんだから良いだろ。ほら、無駄口叩かないで行くぞ」
「へーい」
――という監視役の男二人の話を聞いていた牢屋の中の者達は、彼らの会話が示す事実に思わず「あり得ない」と呟いた。
まず「せっかくリアードまで来てるんだし」という言葉は、ここが帝都リアードだという事を示している。
それはおかしい。何せ攫われた次の日にはこの牢屋に放り込まれていたのだ。シフォリール聖王国領の北東にあるラムル村からセルデセン帝国のやや南寄りに位置するリアードまで真っ直ぐ向かっても馬車で六、七日は掛かる。シャルロッテは憂莉に眠らされていたので気付いたら牢屋の中だったが、一緒に攫われていたラムル村の住人達が教えてくれたので間違いないだろう。
しかしそのあり得ない事も、監視役の男が口にした「転移魔法陣がある」という言葉が正しいのなら、辻褄が合う。――その事実が、どれだけあり得ないものであったとしても。
現状、生物を空間転移させる魔法は無い。各国家や魔法研究機関などが魔法の開発、研究に当たっているが、空間や時間という概念に干渉する魔法は難易度が高すぎて、せいぜい掌サイズの石ころのような小さい非生物を視界の範囲内に転移する程度しか出来ないのだ。人間、それも数十人単位で転移させる魔法など、それこそ神魔戦争時代に使われていたと言われる古代魔法などでなければ不可能だろう。
となれば、彼ら〝終焉教〟は何かしらの方法で人を転移させる事が可能な古代魔法を入手したか、自力で創り上げたか。そのどちらもあり得ないと研究者達が嘆く事態だが、数百キロ離れた場所へ一日足らずで移動させられたという事実がある以上、〝終焉教〟の魔法技術はシュルフィード地方、いや恐らく大陸最大の魔法技術を誇るセルデセン帝国よりも高いものだと認めなければならないだろう。
それはつまり、下手をすればどこの国も〝終焉教〟には敵わないという事を意味する。
〝終焉教〟の構成員の数にもよるだろうが、数万人を超える戦力がいる場合、優れた魔法技術を持つ彼らの襲撃に対抗出来る都市は少ない。事実、ラムル村は三十人の襲撃者を前に、碌に抗えずほぼ壊滅状態にされたのだから。
菜月や憂莉、そして村の護衛の兵士達が襲撃者達を撃退出来なかったのは、単純に数だけの話ではない。例え同数、もしくはこちらの数が勝っていたとしても、彼ら全員が所持していた大量の魔宝石――それも普通であれば不可能な筈の第三位階の魔法が籠められたものがある限り、どうしても壊滅していただろう。それほどまでに技術の差というものは重い。
だから何も持たない自分達が反抗したところで、現状を打破する事は不可能なのだ。
その事実を突き付けられ、元より牢屋にぶち込まれて先の見えない真っ暗な未来に悲嘆に暮れていた彼らは、更に絶望の色を濃くしてしまった。
「…………」
そして誰もが実験体という言葉に脅えて縮こまる中、シャルロッテは一言も発さないまま周囲の人と同じく蹲るようにして体を抱いていた。
もう何日も声を出していない。耳に挟む音も、人間の息遣いや数時間おきにやってくる見張りの者達がしている雑談くらいだ。何もせず、ただただ虚ろな眼で鉄格子の影を見つめるだけの日々。
(……このままわたし、どうなっちゃうのかな)
ここに放り込まれたばかりの頃、泣きじゃくっていたシャルロッテを慰めてくれた女性がいた。ラムル村の住人ではなく、また別の所から攫われてきたその女性は、自分も辛いだろうに小さな子供を放っておけないとシャルロッテに声をかけ、震える体を抱きしめてくれた。
彼女のお陰で何とか絶望せずにいられたシャルロッテだったが、しかし牢屋に入れられて二日目の昼。一日目と同じく見張りを兼ねて食事を運んできた男に何故か牢屋から出された後、二度と帰ってくる事は無かった。
彼女を連れ去る時に男が放った言葉は、「次の実験体はお前だ」という、とても人に向けて言うものではなかった。
それからシャルロッテは暗い表情で顔を固定し、ただ研究者が自分を選ぶまでの時間を消費する実験動物が如く鉄格子の中でじっとしていた。
また一人、また一人と減っていき、そして新たに攫われてきた者達が空いた牢屋に詰め籠められていくのを見るたびに絶望し、助けてと何度も願いながら枯れた涙を拭う。
大司教様とやらの実験に使われた者達がどうなったかなど知らない。ただ二度と帰ってこなかったという事実だけが、この牢屋に居る者達を怯えさせた。
そして――またいつもの実験体となる者が牢屋から引っ張り出された時、ふとある会話がシャルロッテの耳に届いた。それは、とある〝終焉教〟の構成員達の会話だ。
「――おい、聞いたか? 割と前から大司教様の命令で計画してたらしいけど、二、三班の奴ら、遂にエミルフィアを襲ったらしいぜ」
くすんだ灰色の髪を持つ男が、彼の横に並び牢屋の鍵を手の中で弄ぶスキンヘッドの男に声をかけた。それを聞いたスキンヘッドの男は驚いたような顔になり、
「うわっ、マジかよ? あそこって強い冒険者が一番集まってる町だから、区によっちゃリアードよりやり難い場所だろ?」
エミルフィアは『前線都市』だ。『天霊樹の迷宮』の攻略を目指す冒険者が大量に集まる場所であり、実力はピンキリだがなにぶん人数が多く、つまり総戦力は国家の直接な庇護下にある首都の警備よりも高い。全体の連携が兵隊と比べて稚拙でも、こと『殺す』事において冒険者ほど得意な者はいないだろうから、よほどの初心者や菜月のような人殺しをしない、もしくは出来ない者でない限り尻込みせず敵を屠れる。
それに自分達で連携が取れなくとも、冒険者協会の本部がエミルフィアの中央区にあるので、協会のトップないし幹部が指揮を執る為に壇上へ踊り出れば、『協会に逆らったら殺す』というルールが明記されている以上、それに従うしかない冒険者達は協会の手先となりその絶大な力を敵対者に向けて放つだろう。つまりは有能な指揮の下で強大な戦力は効率的に敵の殲滅に当たる事が出来るのだ。
即ちエミルフィアでの組織的犯罪は、全て――と言っても、エミルフィアに滞在しているのは六割程度だが――の冒険者を敵に回しても対抗出来るという絶対的な戦力が無い限り、ほぼ不可能と言って良い。
それを〝終焉教〟のある部隊はやってのけたというのだから、スキンヘッドの男が驚くのも無理はないだろう。事実、その会話を聞いていた部屋の全員が驚愕に目を向いているほどなのだから。
スキンヘッドの男が驚いた声を上げると、灰髪の男は「マジだ」と肯定の言葉を口にして頷き、
「って言っても、南区の林の辺りだけどな。ほら、壁を越え易い所。その近くの奴らを攫ってきたってさ」
「あー、なるほどな。確かにあそこなら協会も領主も出し抜けるか。何せ捨てられた区画なんて呼ばれてるスラムだし、監視の目も行き届いて無いだろうからな」
エミルフィア南区は、シフォリール聖王国領の南側や隣国であるアルバトリア王国から流れてくる冒険者や商人達を迎え入れる大事な門となる区だが、しかしそこは他の区と比べて廃れていると言えた。
理由は『何も無いから』という単純なものだ。『天霊樹の迷宮』を真ん中に据え、更に冒険者協会の本部もあり、人も金も一番集まる中央区は言わずもがな。東西区は冒険者協会の支部があるので中央区ほどではないがそこそこ賑わいを見せ、北区は魔法大国であるセルデセン帝国との貿易の効果で潤いがある。
しかし、南区は何も無かった。
南に隣接するアルバトリア王国との貿易は無い。何せ国境にセルハマ大森林がある為に移動に掛かる費用が高くつく。それだけならまだやりようがあったのだが、最悪な事にアルバトリア王国には高い金を使ってまで貿易するほどの価値が殆ど無かったのだ。
魔法技術に海産物と言う大陸の実権を握るに等しいほどの品が有るセルデセン帝国。『天霊樹の迷宮』というダンジョンから現在の技術レベルでは再現不可能な魔道具や『神魔造具』、武具に魔法が手に入るシフォリール聖王国。シュルフィード地方に存在する三国のうち二国はそれぞれの特産品があるのに比べて、アルバトリア王国は無いに等しかった。
いや、本当に何もない訳ではない。元々は金山があったのだ。今は枯れてしまったが、しかし他にも『暗黒山脈』と呼ばれる未開地域とシュルフィード地方を遮る広大な山脈がある。
だがこれもまた問題で、その中に巡る洞窟は『天霊樹の迷宮』と同レベルのダンジョンになっており、開発が全く進んでいないのだ。しかも何故か『暗黒山脈』は『天霊樹の迷宮』と違って魔道具や『神魔造具』といった宝は見つからず、ただ凶悪な魔物たちが救う巣窟となっている。つまり害だけがあって益が無いのだ。
魔物の素材などは手に入るが、それはより多くの冒険者が攻略にかかる『天霊樹の迷宮』の方が多いに決まっている。そして金の無い疲弊した国の軍隊などで高難度ダンジョンを制圧出来る筈も無く、精々がダンジョン化して破壊困難になっている場所を避けて、山の表面近くに大して鉱物の出ない坑道を掘る事くらいしか出来なかったのだ。
唯一の特産物となりえた筈の鉱物は乏しく金の入らない国は次第に潤いを無くし、しかしそれでも王族や貴族は金山の効果でうはうはだった時代と同じように贅沢がしたいのか、民に多額の税を納めさせた。当然納め切れない税に苦しむ民は次々と飢餓で死んだり犯罪者となったりし、そしてその所為で余計に金が減った王族や貴族は遂に『人』を特産物として売り出し始めたのだ。
シフォリール聖王国の幾つかの地域の領主は使い捨ての人手としてそれを買っているが、しかし人が自然に集まるエミルフィアでは人手などわざわざ奴隷を他国から買わずとも募集すれば幾らでも来る。そうして貿易先が自国の南側の領しか無くなった南区は潤い難くなり、次第に廃れてスラム化する場所が出来てしまったのだ。エミルフィアが一都市としては広すぎるのも原因の一つである。
そして需要が少ない為か何かと後回しにされがちな南区は、町を囲う壁が脆い箇所が幾つか有り、中々気付かず修理されない為に賊などが門番をすり抜けて容易に侵入出来てしまうのだ。
スキンヘッドの男が口にした『捨てられた区画』というのは、これらの場所の事を指す。
それらの事は、牢屋の中で男達の会話を漏らさず聞こうと体を起き上がらせたシャルロッテも知っていた。
何故なら心当たりがあったのだ。灰髪の男の言う、『南区の林の辺り』という場所に。
(もしかして……わたしの家も、襲われたの……?)
そう、そこはシャルロッテと家族が住んでいた場所だったのだ。
間違いであって欲しいと祈るシャルロッテの耳に、しかしその祈りを踏み潰すように男達の会話は続く。
「そう、そこだよ。で、そこで捕まえてきた奴らの中に、なんか妖精種が混じってたんだってさ」
「妖精種? 珍しいな、冒険者の奴か?」
「どうだろ、でも人間種に紛れて暮らしてたっぽい。なんか魔法と違う力を使った――とか言ってたけど、魔宝石を大量に持ち込んだ奴ら数人で簡単に捕まえられたらしいから、そんなに強くないってさ。多分冒険者じゃないんじゃね? もしくは実力ないからやっていけなくなって辞めたとか」
「マジかよ。人間種の町に居る妖精種とか超レアだな」
妖精種と人間種は仲が悪い。地域や部族によって違う場合もあるが、全体的に見れば二種族の関係はとてもではないが良好とは言えなかった。
それはとある宗教が関係している。
〝聖黄金教〟――女神イズンを祀る大陸最大の宗教だ。この宗教は教皇がイズンからの神託として人間種を至上とし、異種族を排斥した過去がある。その傾向は今も見られ、異種族とは決して相容れない宗教なのだ。
その〝聖黄金教〟の者が妖精種を見つければ捕らえて奴隷に落とし、場合によっては神罰などと称して殺す――などという事が起きる為に人間種と妖精種の仲はすこぶる悪い。人間種の町に妖精種が近付かないのもそれが理由であり、故に人間種に紛れて町で暮らす妖精種は珍しいのだ。……ガーフェルは普通に暮らしていたが、彼は『八月の賢者』として星界から選ばれて名を馳せている為、例外である。
また冒険者協会には〝聖黄金教〟も国も暗黙のルールだが不可侵な為、たまにだが妖精種などの異種族が冒険者として人間種の町に居る事がある。普通は種族間の因縁があれば人間種とパーティーを組まず妖精種だけで組んで人間種の町には近寄らないが、エミルフィアやダンジョンが近くにあるは例外だ。『流れ星の泉』や『神魔造具』の魅力に引き寄せられたのは人間種だけではないのである。
そして自分の家がある辺りに妖精種が住んでいたという話を聞いた時――シャルロッテは直感した。
更に彼女が気付いた事実を裏付ける言葉が、灰髪の男から告げられる。
「緑髪の妖精種で、結構美人らしいぜ。眼の色は何だったかな……青緑ってやつ? なんか不安げに揺れるところがそそられるって。……ああでも、そう言えば大司教様はそいつが目的だった、とかも言ってたらしいけど」
「お前何でそんなに詳しく聞いてるんだよ……」
スキンヘッドの男の呆れたような声が部屋に響くが、シャルロッテの耳には届かない。
緑髪に青緑の瞳の妖精種――間違いない。いや、間違いであってほしかった。
ミシア=エンフェイト――シャルロッテの母親だ。
魔法と違う力を使ったとは、恐らくシャルロッテも使える精霊術の事だろう。元々母であるミシアから「妖精種の血を引いていないと使えない」と言われて教えられたのだから、そのミシアが使えるのは当然だ。しかし灰髪の男の話だと、その力も〝終焉教〟には通じなかったらしいが……。
母親が捕らえられたと言う事は、恐らく父親も捕らえられたのだろう。
両親が捕まったと知り、絶望の表情を浮かべるシャルロッテ。彼女の脳裏に、あの日――シャルロッテが菜月と憂莉に依頼に付いて行かせてほしいと頼んだ日に母から言われた言葉が、今になって甦った。
その日、いつも通りのんびりと朝食を摂っていたシャルロッテに、母はいつになく真剣な表情でこう言ったのだ。
「――シャル。この前、冒険者登録したわよね? 今日から暫くは知り合いの冒険者に頼んで、依頼に付いて行かせてもらいなさい。冒険者として生きていく方法を学ぶの。出来ればこの町から離れている方が良いわ」
どうして、と訊くシャルロッテに、しかしミシアは少し悲しそうな笑みを浮かべ、
「いずれ貴女は独り立ちするの。その時の為に、知り合いの冒険者のもとで色々学んだ方が良いわ」
その言葉は理解出来た。だからシャルロッテは菜月達に頼んで依頼に付いて行かせてもらったのだ。
だがその次にミシアが自分に言い聞かせるように呟いた言葉が、シャルロッテの脳内で嫌に木霊する。
「――それに、この町に『血』を引く私達が残っている訳にはいかないし。あいつらがもうすぐ来る、この町には。……餌は残しておいても、シャルだけは絶対に」
それが、何を意味していたのか。
本人に直接聞かなければ正しい理由は分からない。
だがもしそれが、何かからシャルロッテを避けるという事を意味していたら。
そしてこのタイミングを考えて、ミシアの言う『あいつら』が〝終焉教〟だとしたら――。
(かあ様は……わたしを、逃がした…………?)
〝終焉教〟の二、三班は大司教様とやらの命令で、前からエミルフィアの襲撃を計画していた、と灰髪の男は最初に言っていた。
もしその情報をミシアが手に入れていて、シャルロッテを逃がしたのではないだろうか。
理由は分からない。だが灰髪の男が言った通りミシアが大司教の狙いの人物で、その『血』とやらを引くシャルロッテも同時に狙われていたのだとすれば、ミシアは自分を餌にシャルロッテを逃がしたのではないだろうか――。
推測でしかない。不確定であやふやな情報の破片を集めて作った、都合の良い解釈だ。信じるには根拠が乏し過ぎる。
だが同時に、真実に近いのではないかと思った。否――悟った。
しかしミシアがシャルロッテを逃がしたかったとしても、結局シャルロッテは捕まっている。母の思いを無駄にして、シャルロッテは目元に枯れた筈の涙が溢れ出すのを感じた。
そして――もうこれ以上の絶望は無いというほどにシャルロッテは打ちのめされているのに、更に絶望は加速する。
ミシアの特徴を得意げに語って見せた灰髪の男は、わざと牢屋の中に居る者達に聞かせるように、声を大きくして言った。
「――その妖精種の女を、次の実験体にするんだとさ」
瞬間、シャルロッテの顔から光が消えた。
灰髪の男はその口を嗜虐的に歪めながら、絶望を撒き散らす。
「なんでも、そいつが一番強力に作り変えられるとか何とか言ってたけど……。で、それを実験体達全員に見せるんだって。あの実験体が痛みに泣き叫ぶ様子を見るのは中々に愉しいと思うぜ。はははっ、何でも実験体に負の感情を与えた方が成功し易いんだとさ」
灰髪の男の言葉など、既にシャルロッテには届いていない。
表情が抜け落ち、真っ暗に沈んだ眼にはおよそ少女には似合わないものが浮かんでいて。
その底が無いほどに深い絶望感の中で、ヘドロのようにどろりとした黒い黒い感情が、幼き少女の心の中に湧き上がってくる――。
最近すっかりシリアスですね……。別にコメディはタグに無いですが、たまには明るくする方が良いのだろうか……そりゃそうか。(状況的にまだ無理っぽいですが)
因みに、女神イズンは北欧神話の黄金の林檎の管理人です。〝聖黄金教〟の黄金はそこからきています。
次回も読んで頂けると有り難いです。




