第二話 スキル=チート?
スキル紹介二回目です。
チート度はまだ分かりにくいでしょうかね。
「ま、まあ、俺のスキルはこれくらいにして。一条の方はどうだったんだ?」
「むぅ……」
菜月が憂莉の手に握る鋭利なナイフに冷や汗をかきながら話を振ると、憂莉は少し不貞腐れた様に頬を膨らませた。その表情は非常に可愛らしいのだが、ナイフを握ったまま不機嫌を表わされると必死に抑えていた恐怖がせり上げてくるのでやめてほしい。
「な、何か不満な事でもあったでしょうか……?」
菜月はややびくびくとした調子で尋ねる。後輩に敬語とか少し情けない気もしたが、この状況で下手に立ち回らないのは相当の胆力がないと不可能だろう。ちょっと菜月には無理だった。
だがその考えが裏目に出たらしく、憂莉はいっそう不機嫌になると、何かを訴えかけるように菜月を上目使いに見上げてくる。
「えっと……何か?」
「…………憂莉、です」
「はい?」
何のことか分からず訊き返すと、憂莉は焦れて一歩菜月に踏み込んだ。その迫力に半歩後退してしまいそうになるが、憂莉に追い詰められて碌な事があったためしはないので先送りはしないように菜月は踏ん張った。
そして憂莉は菜月の目を真っ直ぐと見据え、言った。
「憂莉、って呼んでくださいっ! ゆーちゃんとかハニーとかマイ・フィアンセとか下僕と奴隷とか豚とかでもいいですけど。それと、先輩のこと、菜月先輩って呼んでいいですか?」
「呼ぶのは別にいいが、お前願望駄々流れだな!? つかなに、お前Mっ気あんの?」
「MでもSでも先輩とならどんなプレイでもイケますけど、先輩の好み的には女の子を苛めたい方ですよね?」
「…………え、は、ちょ、なんでお前それ、」
「先輩の家の二階にある先輩の部屋の、ベッドの下に雑誌が三冊。同じく本棚の手前の本をどかした所にマンガ、同人誌が計十二冊。ノートパソコンに保存された体験版、正規版ゲーム合わせて二九本、DVDが三本。先輩の友人の石崎冬悟に貸したDVDとゲーム、マンガ総計十七。風紀委員長の二葉美咲に貸したゲームとマンガが八。そこから算出される先輩の性癖は、女の子を攻めに責めて嬲る物や精神的に虐める物など、基本的にサディスティックな傾向があります」
「…………」
――なぜそれを知っているんだ、と東雲菜月は驚愕に目を剥いていた。
信じ難い……というか信じたくない以上に何故知っているのか不思議でならないのだが、憂莉の言ったことは正しかった。確かに自室には色々隠したり密かに友人に貸したり、女子なのに何故かそっち系のゲームや漫画を気に入っていた委員長に勧めたりしていた。が、
「な、何でお前がそんなことまで知ってんだよ!?」
頬をぴくぴくと痙攣させながら問いただす菜月。しかし憂莉は何でそんなことを訊くのかと小首を傾げる。
「何でって、実際に確かめたからですけど」
「いやいやいやそこがまずおかしいよね!?」
「? 特におかしい所は無いと思いますけど……」
「お前本気で言ってんのか!? まずさ、俺の部屋に行ったことがないと確かめようがないよね。でも俺はお前を家に連れてきたことはおろか家の場所を教えたこともないよね?」
暴露された性癖に対し否定しない時点で既に菜月の性癖が確定してしまっているのだが、女子に自分の最高機密宝品を見つけられるという初めての事態に激しく気が動転しているため、冷静な思考が回らずどうやって確かめたかという方向に意識が持っていかれてしまっていた。
そんな菜月の様子が面白いのか、それともそんな簡単な事を訊くのがおかしいと感じたのか、憂莉はくすりと可愛らしく笑う。だが菜月にはその笑みが悪魔の嘲笑にしか見えない。
「先輩の家くらい、わたし、ちゃんと調べてありますよ? あとは普通にお邪魔させてもらって、先輩の部屋を探っただけです」
「不法侵入!?」
「いえいえ、ちゃんと玄関から入りましたって。お義母様にも挨拶しましたし、妹さんとも話してから帰りましたよ?」
「はぁぁあああ!?」
初耳だった。まさか堂々と部屋に入られた揚句、母親や妹とも会っていたとか、なぜ自分だけ知らなかったのだろう。しかしその前に母は本人がいないのに始めて会ったばかりの見知らぬ少女を部屋に上げるとか、もうちょっと人を疑おうぜ? というかお義母様ってなんだお義母様って。
「だから先輩、わたしの全てを好きに苛めていいですよ? 蹴ったり踏んだり鞭で打ったり、全裸の状態で晒し者にしても、体中を縛って棒で嬲っても、すべて先輩の好きにしていいですから♪」
うっとりと菜月を見つめ、表情を蕩けさせながらしな垂れ掛かってくる憂莉。彼女の甘い香りが鼻孔をくすぐり、腹の辺りに当たる柔らかい感触が余計に意識させられて妙な気分になってくる。
ヤバいヤバいヤバい、とだらだら額から汗を流しながら口の中で呟き、次いで平常心平常心平常心と念じる羽目になる。あの屋上での告白以来、体感的には一日も経っていないがずっと密着しっぱなしだったため多少慣れていると思っていたのだが、改めて意識させられると理性が吹っ飛びそうになる。
周りに人はいない。それどころか動物もおらず、この自然の中に監視カメラなんぞありはしない。しかも相手はOKを出し、自身の体を使って誘惑してくる。そしてここに地球の法律は通じない。ヤる条件はもうほとんど揃っているのではないだろうか。
だが菜月は、自身の中にある自制心の全てを総動員させて込み上げてくる欲望を封殺すると、憂莉の肩を掴んで体を引き剥がす。その際少し力が強かったのか憂莉が「あんっ」と色っぽい喘ぎを漏らすが努めて無視し、即座に背を向けて深く深呼吸をして心を落ち着かせようと試みる。
なんとか鼓動が平常に戻ると、菜月は今度こそ何をされても動じまいと決意し振り向いた。そんな菜月の様子に憂莉が天使の微笑みを向けると、先程固めた決意の一角がガラガラと崩れたような音がした。……頼むから勘弁してくれ。
(……ぐ、この際もうこの話はいいや。どうせもう向こうには戻れないだろうし)
よしんば戻れたとしても、菜月と憂莉はすでに死人だ。帰る場所などない。それに向こうですることも無いだろう。それ以前に、日本は住む場所が無くてもある程度生きていくことはできる平和な国だが、戸籍を抹消されている者には流石に無理があった。生活資金を稼ぐにしても、バイトにつくのが難しいだろうし。
はああ、と菜月は深く溜息を吐くと、気を取り直し話を戻す。
「……それで、いちじょ……憂莉のスキルはどうだったんだ?」
一度苗字で呼びかけ、鋭い眼光と銀の刃が光った気がして慌てて名前に訂正する。名前で呼ばれたことに憂莉は目に見えて上機嫌になるが、菜月は内心ひやひやしたままだった。
嬉しそうに口元を緩めながら憂莉が軽く右手を振ると、ピロリンと菜月と同様の電子音が鳴り、ウィンドウが出現する。憂莉はステータスのアイコンをタップし、菜月にも見えるように横に並んで体を近づけた。
一部崩れたとはいえ先程決意を固めた菜月は動じることなく受け入れ、自ら顔を近づけてウィンドウを覗き見た。
――そしてそこに記されていたのは、菜月に勝るとも劣らない衝撃的なものだった。
◆―……―◆
氏名 一条 憂莉
種族 人間種/真祖吸血鬼種
性別 女
年齢 十五歳
レコード 0000pt (評価E)
基礎体力値 13822pt
基礎筋力値 9635pt
基礎魔力値 4730pt
スキル 『星の断罪者』『受愛強化』『血器術EX』『魅了の魔眼』『吸血EX』『魅了A』『全武器術EX』『体術EX』『肉体・身体能力強化S+』『対魔力S』『魔力回復A』『ラグナスヘイム語』『女神の祝福』
◆―……―◆
「…………」
しばらくの沈黙ののち、菜月はふと呟いた。
「……お前、吸血鬼だったのか」
「……みたいですね」
吸血鬼ということは、血を吸ったりするのだろうか。というか、二人とも純粋な人間じゃ無かったし……。
「……まぁ、まず普通の人の数値が分かんないから、能力値は置いておくとして。……なんでお前には『女神の嫌み』が無いんだろ……」
「『祝福』もいりません。あの女の祝福なんて吐き気がします。消せたらいいのに」
「いや祝福は貰っとけよ、運気上がるかもしんねぇし」
「アレと先輩が同じ空気に触れてしまった時点でわたしにとっては最悪の事態です。運気云々とか関係ないですし、逆に幸せが崩壊してしまいます」
色々酷い言われようだった。だが、実際効果があるか分からないので何とも言えない。
菜月は苦笑いを浮かべるに留め、そして最後まで残しておいた最大の問題点に目を向けた。
「……『受愛強化』ってなんだ?」
RPGでも聞きなれないスキル名に眉を顰める菜月。『血器術』はその名から何となく血に関係するもの――器の字があるので、武器にでもするのだろうか――なのだろうと分かる。こういうものはその漢字を一単語ずつにばらしていくと、大まかな意味が読み取れてくる……のだが。
「受ける、愛、強化……なんじゃそりゃ? 説明文とかでねぇのかな」
そう思って菜月はスキル欄の『受愛強化』を横からタップしてみるが、反応しない。だが憂莉がタップすると反応し、新たなウィンドウが出現した。どうやら他人のウィンドウを操作することはできないようになっているらしい。
二人が新たに出現したウィンドウに目を向けると、そこには期待通り『受愛強化』の説明文章が記載されていた。
『「受愛強化」
東雲菜月からの愛を受けた分だけ、自身の基礎能力値が向上する。また、ある程度の行為(抱き締められる、添い寝、キスなど)をしてから二十四時間は程度に応じて能力値にプラス効果が上乗せされる』
「…………は?」
一度読んだだけでは意味が分からず、ではもう一度読んだからといって理解はできない。というより、理解したくないと脳が、理解しない方が身のためだと本能が、それぞれ拒否・警告を発していたからだ。
(愛を受けた分だけステータスアップ? なんだその曖昧な定義は。つかその前に、何故に俺、名指し? いやまてまてまて)
理解したくないと思いながらも頭を回転させ、少しずつ内容を噛み砕いていくうちに、どんどん顔から血の気が抜けて行くのを感じる。
なぜなら、この効果が書いてある通りの意味なのなら、これから憂莉に何を要求されるか分かったもんじゃないからだ。自身のステータスアップのためと言われれば断り辛い状況を憂莉は作ってくるだろうし、もしそうなれば自分も抵抗できるか怪しい。しかも抵抗するにも、先程のステータスを見る限り、基礎体力値と基礎筋力値は憂莉の方が高いから不可能かもしれない。
たらり、と菜月の頬に冷や汗が流れ落ちた。
そしてその直後、憂莉が地を蹴る。一つのウィンドウを一緒に見ていたため体が近い。そのため回避など予想していてもできるはずもなく、基礎筋力値9635ptの脚力で生み出された勢いに、憂莉に抱きつかれたまま菜月は地を転がった。
「へぶっ……ごぇ……なかなか、いい……タックルだった……」
実際には抱きついてきただけなのだが――と心の中で付け足し、菜月は憂莉を上に乗っけた仰向け状態のまま乾いた笑みを漏らした。強く打ったり擦り切れたところはあったが幸い骨折などはなく、五体満足である。
とりあえず上に乗っている憂莉にどいてもらおうと背中をタップする。だが、ツインテールの少女は身じろきせずに菜月の胸板に顔を押しつけると、すーはーと匂いを嗅ぎ始めた。
「ちょ、おまっ、なにを!?」
「えへへへへっ。先輩、いい匂いです。ずっとこのままで……ぁ、」
とろんと表情を緩めていた憂莉は、ふと何かに気づき菜月の匂いを嗅ぐのを中止する。そして数秒間葛藤のようなものを菜月の上で見せると、やがて決意した様に顔を引き締めた。
「お、おい、何をする気だ……?」
恐る恐る尋ねる菜月だが、既に憂莉に声は届かない。
憂莉は菜月の首元に顔を近づけると――牙を剥いて食らい付いてきた。
「あ、ぅお……!?」
(これは……吸血鬼の吸血行為かっ!?)
憂莉の白く鋭い牙は菜月の皮膚を破り、体内に侵入してくる。次いで菜月は全身から命を吸われるような感覚を覚え、そしてそこに僅かな快楽感が含まれていくことに気付くのにそう時間はかからなかった。
ずず、ずずっと紅い液体が吸われ、やがて永遠にも感じられるほど長い長い時間が経過し、憂莉は口を離した。菜月の血と憂莉の唾液の混ざった糸が憂莉の唇から引かれ、陽光に煌めく様はぞっとするほど美しかった。
「んぅ、ぷはぁ」
憂莉は吸血の余韻を楽しむように、しばらくの間眼を閉じ喉を鳴らしていた。それからポケットに入れていたティッシュで上品に口元を拭うと、蕩けた表情で菜月を見つめ、
「ご馳走様でした、先輩。吸血鬼種であるわたしは、本当に本当の意味で先輩だけがいれば生きていけます。ですから、ずっと隣にいさせて下さいね」
そう言って、憂莉は最上の笑みを浮かべた。
――この世界での吸血鬼種が、血だけを吸っていれば生きていけるのかは現時点の菜月たちは知らない。だが、真祖に近い高位吸血鬼種になるほど食事を必要としなくなり、結果的に血だけがあれば生きていけるようになるのだ。
そして憂莉はただの吸血鬼種ではなく真祖――真祖吸血鬼種なので、実質血を吸える菜月がいれば一生生きていくことが可能だった。
ちなみにこれは余談だが、真祖吸血鬼種の平均寿命は一万~三万歳だ。それもほとんどが戦死したものであるので、正確な上限は分かっていない。そして吸血鬼種は一定の肉体年齢に達すると完全に成長・老化が停止するため、十代~二十代の姿のまま死亡するのがほとんどであった。
「はは、ははは……」
血を吸われ、そして一生ものの告白もされ、菜月は乾いた笑みを返すしかなかった。
自分的には『受愛強化』が強いと思っています(笑)。
次回も読んで頂けると有り難いです。
◆ 2017年 7月31日:ステータス及びスキル表記を変更
Before
『氏名 一条 憂莉
種族 人間種≒吸血鬼種
性別 女
年齢 十五歳
レコード 0000pt
基礎体力値 13822pt
基礎筋力値 9635pt
基礎魔力値 4730pt
スキル 「全武器術/Lv:Over」「体術/Lv:Over」「肉体・身体能力強化術/Lv:87」「血器術」「真祖吸血鬼」「受愛強化」「ラグナスヘイム語」「女神の祝福」』
After
◆―……―◆
氏名 一条 憂莉
種族 人間種/真祖吸血鬼種
性別 女
年齢 十五歳
レコード 0000pt (評価E)
基礎体力値 13822pt
基礎筋力値 9635pt
基礎魔力値 4730pt
スキル 『星の断罪者』『受愛強化』『血器術EX』『魅了の魔眼』『吸血EX』『魅了A』『全武器術EX』『体術EX』『肉体・身体能力強化S+』『対魔力S』『魔力回復A』『ラグナスヘイム語』『女神の祝福』
◆―……―◆