第二十九話 そして平和は打ち破られ
三回連続で零時投稿に失敗した……。
ラムル村に到着したのは、予定通り馬車旅三日目の十七の刻の事だった。
馬車旅では馬を操作する御者のモルテン以外の三人は殆どする事も無く、ぼんやりと話したり人に寄り掛かって寝たり外を眺めたり本を読んだりと、時間を潰すのに苦労するぐらいであった。それは道中危険が無く平和に過ごせたという証拠だが、ずっと座りっぱなしで尻や腰が痛い。これは依頼に取り掛かる前に、きちんと体を解さないと駄目だろう。
何度もこの手の運搬仕事を経験しているモルテンは、道中一体も魔物に遭遇しなかった事に違和感を覚えていたようだが、さしたる問題がある訳でも無いので、菜月達は気にしない事にしている。今日が馬車も依頼も初めての人に、通常と違う事の違和感を感じて危機感を持てと言っても、どだい無理な話である。
馬車を村の大きめの厩舎に置きに行くモルテンと別れ、菜月、憂莉、シャルロッテの三人は、まず宿屋を探す事にした。
二度も野宿で夜を越したのだ。幾ら戦闘が無かったといっても、慣れない馬車旅が三日も続けば体に疲労が溜まってしまうし、更に言えば寝ている間に何が襲ってくるとも知れない野宿では見張りを立てる必要があったので、宿屋のベッドでぐっすり寝るより睡眠時間が少なく、寝ている間も張り続けた緊張感も段違いなのだ。それできちんと疲れが取れる筈が無い。
因みにだが、水を生み出す魔法を菜月が使えた為、風呂が無くても体を拭く事は出来た。が、しかし、シャルロッテやついでにモルテンには魔法で生みだした水をバケツに入れ、それと一緒に体を拭く布を渡せば済んだのだが、憂莉が全力で「直で! 直に! 菜月先輩が魔法で水を掛けながらわたしの体を拭いて下さい!」などと迫って来たのが問題だった。勿論、全力でお断りしたが。
ともかく色々な事がありながらも村唯一の宿屋『赤兎の安らぎ亭』にやって来た三人だった訳だが、ここで一つトラブルが発生した。
「一人部屋を一つ、二人部屋を一つで、二人部屋のベッドはダブルでお願いします!」
「よし、俺が一人部屋だな」
「それじゃあ菜月先輩、体を拭き合ったら早速ベッドインですね」
「阿呆ぅ!? 普通に考えて俺が一人部屋だよな!? つか拭き合いもしねぇよ!」
「わたしはただ、綺麗な体で菜月先輩と一緒にベッドの上で激しい運動がしたいだけですよ? 野宿でも菜月先輩の魔法があったので一応体は拭けましたけど、中々菜月先輩はわたしの体を拭いてくれませんし。……それにほら、最近体動かせて無かったんですから、明日の為にも体を解しましょう!」
「誰がするかっ! そもそも体を拭くのは俺がバケツに水を出せばいい話だろうが!」
「却下です。認めません。そのままお姫様抱っこでベッドに連れて行って貰う予定なんですから」
「何その予定!? そこまで考えてんのお前!?」
――というような事もあったが、結局は三人部屋を一つ取る事に収まった。
憂莉による二人部屋と一人部屋を一つずつ取って夜のらぶらぶ計画は、菜月の猛反対で中止。二人部屋に憂莉とシャルロッテが泊まるというのも、何故か次の日にはシャルロッテが消えていた――などという不思議な現象が発生するのを防ぐ為に却下である。憂莉なら本当にやりかねないと、この世界の者から言わせればかなり平和思考の菜月も流石に気が付いていた。
一人部屋を三つ取るというのも検討したが、それだと憂莉がシャルロッテを暗殺しても気づけない事に変わりは無いし、その後に憂莉が菜月の部屋に突入してくる事態を防げる訳でもない。というか、結局憂莉が菜月の部屋に来るのなら、部屋を多く取っても勿体無いだけ、という事に気付いたという理由もあるのだが。
ならば、最初から三人部屋を取り、しっかり憂莉を抑えておけば問題ないのではないか……という事で、三人部屋――は、無かったので、四人部屋――になったのは良かったのだが。
「……で、シャルちゃんは?」
無事部屋を取った後、荷物を置き、宿屋の一階にあるこれまた村唯一の酒場で食事を終え、彼女らの裸体を見ないようにと全力で抵抗した体を拭く作業も終わり、いよいよ寝るのみだ――というところまで来て、菜月は部屋に一人で入って来た憂莉に問い掛けた。
シャルロッテと少し明日の依頼の件について話がある――などと言って二人で部屋から出ていった憂莉とシャルロッテだったが、戻ってきたのは憂莉だけだったので、何かあったのではと菜月は質問を投げかけたのだ。
しかし憂莉はにこりと笑い、後ろ手にドアに細工を――勿論、菜月には見えないように――ちょっと特殊な方法で施す。これで、何人たりともこの部屋に入って来る事は出来ないし、憂莉の許可が無ければ中から出る事も出来ない。それが例え、スパイクの付いた大鎚で殴っても、魔法で火を放たれたとしても――というところが実に恐ろしい。
そんな、いつの間にか軟禁部屋に変えられた事に気付けていない菜月に、憂莉はゆっくりと近付いて行く。それに合わせて菜月が一歩一歩後退し、徐々に憂莉は目的の場所であるベッドに追い込んで行く――。
憂莉の準備は完璧だった。
当初の予定だった菜月と二人部屋で夜のらぶらぶ計画は失敗したが、邪魔者を追い出す事により、殆ど同じ状況に持って行く事が出来たので問題は無い。因みにシャルロッテは、部屋の外で少しばかり寝て貰っているので、途中で乱入してくる事も無い。
そもそもこの部屋は、憂莉が魔術で細工してあるのだ。あらゆる侵入者を拒み、閉じ込めた者の脱出を許さない結界を張ってある以上、憂莉の力を上回らない限りはこの部屋に突入する事は出来ない。この村に、憂莉の力を上回る者が居るとは到底思えないが。
後はもう、菜月さえ落としてしまえばオールコンプリート。どろどろになるまでするつもりである。何が、とは言わないが。
「お、おい待て。マジで、本当にシャルちゃんはどこに?」
「さあ? お花摘みにでも行ったんじゃないでしょうか?」
「嘘だッ!!!」
「ふふっ、大丈夫ですよ。ちょっとばかり外で寝て貰っているだけですから」
「いやいや、駄目だろそれ。風邪引いちゃうから中に入れよう、な?」
「嫌です」
「即答っ! 検討の余地無しかよ!」
そんな事を言い合っている間にも、ベッドはだんだんと迫って来る。
菜月はだらだらと冷や汗を流しながら、打開策を生む為に必死で脳を回転させた。
だが、焦っており、更に憂莉の微笑みに体が震えるほどの何かを感じて、空回りする思考では中々良い案は出てこない。
(貞操の危機貞操の危機貞操の危機! 何か閃けよ俺の脳味噌ぉぉ!)
悲鳴を心中で上げながら、じりじりと後退する事しか菜月には出来ない。その背にベッドが迫っていると言う事に気付きながらも、ここで憂莉に捕まってはいけないと、菜月は距離を取ろうと必死だった。
――別に、菜月は憂莉が嫌いだから、こんな事をしている訳ではない。
いや、一度自分を殺した人なのだから恐怖から来る拒否感情が無い訳ではないが、しかし面と向って自分に好きと言った少女――それも、全く未知の異世界に来てからずっと隣に居続けて、時に守ってくれた少女――を、嫌い続ける方が難しい。
それに、男ならば言い寄られたら断るなど考えられないほどの端整な容姿を持つ少女なのだから、別に男色家でもなければ極まった事情も無い普通の男である菜月も、惹かれないと言えば嘘になるだろう。
――だが。
何度好きだと言われても。幾度愛を向けられても。
その『好意』の意味が、分からない。
何故自分を好いているのか分からないと、菜月は――怖いのだ。
特に闇がある訳でも無く、純粋に、意味が分からないものには恐怖を感じるというだけ。
訳が分からない好意を受け入れる事は、菜月には難しかった。
故に菜月は、あの放課後の告白の返事が出来ない。
憂莉は菜月に恋人になってくれとは言わず、一緒に死んでくれと言って、そのまま問答無用で心中する事になったので返事をするというのもおかしいが、好きか嫌いか――そのくらいはいつか言おうと、菜月は思っていた。
――だから、まだ『行為』は早い。早すぎる。……別に、経験が無いから慌てているとか、そういう訳ではない。勿論、菜月に経験は無いのだが。
「待て、待て待て待て、憂莉。ちょっと待とうか。お話ししよう。うん、話せば分かる」
「では菜月先輩の要望通り、ベッドの上で愛を語り合いましょうか」
「うん待て、そもそもベッドじゃなくて良くね? ほらさ、話をするなら、窓の傍で夜風に当たりながらでも……」
「あ、菜月先輩は、初めてはベッドじゃなくて、外の方が良いんですか? わたしはどちらでも構いませんが、……その、外はちょっと恥ずかしいですね」
「じゃあやめようか!? 無理してやる必要はないから! うん!」
「ふふっ、そんなに焦らなくても大丈夫ですよ。きちんとわたしが先輩を気持ち良くさせてあげますから。まぁ、本当はわたしはリードして貰う方が好きなんですけどね」
全力で時間稼ぎを図る菜月だが、当然ながら憂莉に通用する筈もなく、遂にベッドに足が当たってそのまま座ってしまう。
それを隙と見た憂莉は朱に染まった頬でにこりと微笑み、床を蹴って一気に菜月に抱きつこうとしてくる――。
「うおおお! 待て待て早まるな――――」
だが。
――ゴォォォォォォオオオオオオンッッッ!! と。
菜月の叫びは、暴力的なまでの轟音によって、掻き消されてしまった。
次いで村に響き渡ったのは、幾つもの悲鳴。
それは、憂莉の結界に付与されていた防音効果をも打ち破り、部屋をびりびりと震わせる。
「――んなぁ!?」
突然の事態に思考が狂う。口から出た言葉も、ほぼ反射的に発せられたもので意味を成していない。
しかし、意思に関係なく体は動いた。
ベッドを勢いよく蹴って跳び出すと、木製の両開きの窓を乱暴に開け、外へ顔を突き出す。
二十の刻の村は、エミルフィアならば『天霊樹』から落ちる黄金の葉が明るく照らしたかもしれないが、流石にここまでは届かないので、通常ならば月と星の明かりしか照らさず真っ暗に近い状態の筈――なのだが、しかし。
村のそこかしこで、煌々と燃え盛る炎が夜闇を振り払い、舞い散る雷撃が影を引き裂いていた。
「何で……村が? ――しかも、魔法?」
意味が分からない。
何故、村で魔法が放たれているのか。
そして――何故、それが村人を襲っているのか。
魔物が攻めてきた――否。それは違う。
襲っているのは、魔物や獣などという異形ではなく――
「――人間、ですね」
菜月の横に並んで外を覗いた憂莉が、何の躊躇も無くそう断言する。
――そう。村を、家を、人を襲っていたのは、人間だった。
夜闇に紛れる黒い外套を羽織った人間が路地の影から次々と現れては、火炎や雷撃を放って村人を蹂躙している。
道路が砕け、家が崩れ、人が焼け、剣線に血飛沫が舞う。
静かだった村は、一瞬のうちに地獄へと化していた。
その光景を目にしても無表情のまま、憂莉が言う。
「……でも、多分これは魔道士の魔法ではなく、魔宝石のものでしょうか。魔道士はシフォリール聖王国領では希少なんですから、そんなに人数は集められないでしょうし」
何故、憂莉がそんなにも冷静に分析していられるのか、菜月には理解出来ない。
あまりの光景に声が出せない菜月の返事を待たず、憂莉は淡々と事実を述べていく。
「襲撃者は、ここから見えるだけで三十人ほどでしょうか。全員が武器ないし魔宝石を所持、純粋に魔道士は二人ってところでしょうね。この村には警備の兵士が居た筈ですが……ああ、もう殆ど死んでますね。――あ」
と、何か気になった事があったのか、別の場所へと視線を移し、指を刺す憂莉。
思考が追い付かない菜月は、何も考えられないままに流されるように憂莉が促した方向に視線を向ける。
そこには、二人の黒装束の襲撃者が、重い騎士甲冑をボロボロにした重傷の兵士を引き摺っていく姿があった。
「何だ……何、してんだ?」
「うーん、見たところ拉致でしょうか。実験にでも使うんですかね?」
えらく適当に憂莉は述べているが、内容は酷く恐ろしい。
しかし恐ろしい事を言っている自覚も無いまま、憂莉は続ける。
「……なるほど。菜月先輩、多分ですけど、アレ、魔力の多い人を攫ってますね。推測でしかありませんが、どこかに引き摺られて行っている人達は皆、そこそこ魔力を持っているようですし。まぁ、こんな辺鄙な村に魔力が強い人なんてそんなに居ないでしょうから、あまり人数は多くないようですがね。……菜月先輩?」
何も答えない――否、何も答えられない菜月に、憂莉はようやく振り向いた。
しかし憂莉が菜月の目をじっと見ても、二人の視線が合う事は無い。菜月は外の光景に目を奪われたまま、瞬きすら出来ず、固まってしまっているのだから。
憂莉はその菜月の様子を、自分に襲い掛かる危険に対する恐怖からだと判断したのか、憂莉はぎゅっと菜月を安心させるように抱きしめてくる。
「大丈夫ですよ、菜月先輩。何が来ても、わたしが絶対守りますから」
すっと、少しだけ菜月の中から恐怖が引いた気がした。
――確かに菜月は、襲撃者達が自分にも襲いかかって来るかも知れないと思い、その事に恐怖を抱いていた。
だが――そんな事よりも。
「何で――」
「……」
「何で――村で」
ギリッと、音が鳴るほど歯を噛み締め、吐き捨てるように言った。
「人が、人を殺してんだッ!」
殺人。
許容出来る訳が無い、忌むべき事。
それが、目の前に広がっていて。
そして――
「っ、そうだ、シャルちゃん!」
菜月は憂莉をやや強引に振り払って再び床を蹴り、扉を蹴破ろうとする。――が、その扉は憂莉が魔術で細工をしている為、菜月の蹴り程度ではびくともしない。
「くそっ!」
罵り、気が動転して居る為か、菜月は普段では取らないような強引な手段を選択した。
扉に向けて突き出した手に魔力を集束し、魔法式を構築。咄嗟で、しかも集中力を欠いている為に魔力の集まりが悪いが、それでも無駄に量と質だけはある菜月の濃密な魔力が、一瞬にして両手に流れ込んだ。
そして、菜月が『力と意味を持つ言葉』を口にすると、魔法が完成する。
「【圧縮弾法式】ッ!」
第一位階無属性魔法、【圧縮弾法式】。
集束した魔力が圧縮、そして高エネルギーへと変換され、放射された。
接触したものを渦巻くエネルギーで捻り潰す力弾が、安宿の木製扉へと問答無用で叩きつけられる。
ドガガッガガガッガッ! という、力が力を削る音が、放った弾の数だけ連続で上がった。
普通であれば、ぼろい木製扉なんぞ一発で吹き飛んでいただろう。
だが今は、憂莉の細工の所為で、魔法を以ってしても打ち破れない。
「な、何でッ」
想像もしていなかった結果に、益々焦りを重ねる菜月。
だがいつの間にか音も無く菜月の横まで移動していた憂莉がドアノブに手を掛けると、数秒の後に硝子が砕けるような音が部屋に響き渡った。と、その音に全く不思議がる素振りも見せず、憂莉は扉を押し開ける。
果たして、菜月が蹴っても魔法をぶつけてもびくともしなかった扉が、何の抵抗も無く開いた。
「助かった!」
憂莉の所為だというにも拘わらず、その事に全く気付いていない菜月は、短く礼を述べながら廊下へと跳び出した。それに苦笑しつつも憂莉が続く。
因みに、あのまま菜月を部屋に閉じ込めておけば安全だったのにも拘わらず憂莉が結界を解除したのは、あの菜月の様子だとそのうち【炎獄災禍法式】等の強力な魔法を放ち、部屋ごと崩壊させそうな気がしたからである。そこに、早くシャルロッテを助けに行こう、などという気持ちは欠片も無い。――いや、菜月が悲しむ顔は見たくないと思っているので、少しだけはあったかもしれないが。
「憂莉! シャルちゃんはどこに寝かしておいたん――」
と、言いかけて。
菜月の視界の端に映ったのは、黒装束に身を包んだ男と、眠ったまま彼に抱えられる若草色の髪の少女――。
「シャルちゃん!?」
「ちっ、まだ人が居たのかよ」
菜月がシャルロッテの名を呼ぶが、ぐったりとしたように眠り続ける彼女から反応は無い。恐らく、憂莉が眠らせた時の効果が残っているのか、もしくはあの襲撃者が何かしたのだろう。
代わりに返って来たのは、男の毒づくような言葉と、同時にシャルロッテを抱える手とは反対の手から放たれた、赤い宝石のようなものだった。
――魔宝石。
赤い魔宝石は、火属性の魔法。
「はぁッ!」
魔宝石に組み込まれた魔法が発動するよりも早く踏み込んだ憂莉が、吸血鬼の能力で伸ばした爪で魔宝石を砕いた。ガギィンと高い音を鳴らして砕け散った魔宝石の破片が周囲に飛び散り、足止めにもならなかった事に襲撃者は舌打ちを漏らす。
反撃などを悠長に待つ気は、憂莉には無い。
シャルロッテの事などは比較的どうでも良いと思っているが、菜月に危害を加えようとした時点で憂莉内裁判の判決は有罪。刑罰は勿論、死である。
約十五センチもの長さになった強靭な爪の刃で、憂莉は襲撃者の肉体を抉ろうと人外のスピードで駆けた。
彼我の距離は十メートルも無く、吸血鬼種である憂莉の身体能力を以ってすれば、一秒とかからず襲撃者の肉を突き刺し抉る事が出来るだろう。
だが、元より相手は身体能力の強化を施していた。
肉体の強化は彼の技術が無いから出来ないのかは定かではないが、その強化された反応速度で肉体を操ると、憂莉の一撃をひらりと躱してしまった。
「おおう、怖い怖い」
飄々と言いながら、しかし襲撃者は油断無く魔宝石を放っている。――間違いなく、彼は戦闘慣れしていた。それも、対人戦の、だ。
厄介ですね、と呟く憂莉。既に両手は振られ、魔法が発動する前に全て魔宝石は砕け散った。
――が、他の魔宝石で隠すように投げられていた緑の魔宝石が破壊出来ずに、魔法が発動してしまった。
「まずっ――」
舌打ちとともに、まずいと吐き捨てようとした憂莉だったが――しかし、魔宝石の魔法によって放たれた無数の風の刃は、憂莉の体を引き裂く前に全て空中で霧散させられた。
第一位階雷属性魔法、【電撃法式】。
それは、ほんの数秒の間に繰り広げられた戦いにすっかり呆然としまっている――と憂莉が思い込んでいた、菜月の魔法だった。
「大丈夫か、憂莉!」
「――大丈夫です。有り難う御座います、菜月先輩っ」
菜月に守って貰えた事に少し嬉しさを感じた様子の憂莉に、若干戸惑いを見せる菜月だったが、すぐに表情を真剣なものへと戻す。
正直、まだ思考は混乱したままだった。
外は襲撃者達が村人を蹂躙する地獄と化し、目の前ではシャルロッテが攫われようとしていて、その襲撃者を憂莉が殺そうとしている。
自分がどんな行動を取れば良いのか、全く以って分からない。
だが、一つだけやらなくてはならないのは、シャルロッテの救出。
「…………」
無言で体内を巡る魔力を練り上げ、魔法式を構築し始める。
憂莉は体勢を沈めてすぐにでも跳びかかれる姿勢を作り、襲撃者は魔宝石を隠してある懐に手を伸ばしている。
本格的な対人戦が、本来の目的だった魔物討伐よりも早く始まってしまった。
ただ一人菜月は、不殺の信念という足枷を外せぬままに――。
不殺は捨てるか捨てないか、キャラそれぞれ、作者それぞれですが、さてさて菜月はどうなる事やら。
若干スピードアップしましたが、予定通りです。別に急展開じゃありません。
次回も読んで頂けると有り難いです。




