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ヤンデレ後輩と異世界ライフを!  作者: 月代麻夜
第二章 平和な時の終焉//第零階層世界編
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第二十六話 初めての依頼選び

 やっと冒険者っぽく……なるのだろうか。

 異世界ライフ九日目が始まり、大分この世界での生活に慣れてきた菜月なつき憂莉ゆうりは、エミルフィアの東区にある石材で出来た外観の建物――冒険者協会の前に居た。

 冒険者登録をしに訪れた初日以来一度も来ていなかった菜月は、今日も暗い雰囲気が漂っているのだろうかと思いながら扉を開いたが、空気の出入り口を作った途端に押し寄せてきた熱気が菜月の全身を震わせた。


「うっ、お? なんだなんだ?」


 以前来た時とは全く違う中の様子に目を白黒させる菜月。

 主に冒険者同士の交流に使われるテーブルや椅子では、ダンジョンへの出立を前にする冒険者が受ける依頼や挑戦するダンジョンなどについて真剣に、時に笑いを交えながら大声で話している。依頼が貼られている掲示板の前には大勢の冒険者が群がっており、菜月では彼らの中に自分から突入していく事は出来そうにないほど勢いがあった。

 受付でも朝帰りの冒険者が依頼の達成報告や手に入れた魔石や素材の売却を行っており、人のやり取りが絶える暇が全く無い。どこも閑古鳥が鳴いてそうなほど静かだった前回と違い、冒険者協会は大いに賑わっていた。

 その理由は恐らく、時間帯の問題だろう。

 前回来た時は昼時――つまり、殆どの冒険者が出払っている時間帯だった。しかし今日は朝――出発する為に依頼を受けに来たり、ダンジョンに挑戦する前に仲間を集ったり、逆に夜型の冒険者が帰って来たりする時間だ。その人口の違いは明白だろう。

 外より体感温度も上がったように感じながら、菜月と憂莉は掲示板を遠くから眺めた。流石に最初から掲示板の前に群がる人々を押し出して依頼を受注しに行く度胸は無かった。

 しかし待っていても良い依頼が無くなってしまうだけのような気がするので、何とか決意を固めた菜月は、さほど気押されてもいなさそうな憂莉と共に、依頼が見える所まで苦労して冒険者達を掻い潜ってやってきた。


「スウィートスカーレットの素材採取、山ゴブリン二十体の討伐、ブラックボアの素材採取……え、サイクロプスの目玉三個の採取? 変わった依頼もあるんだな……」


 サイクロプス――三メートル越えの巨体を持つ、一つ眼の魔物である。

 恐らく目玉は魔道士ウィザードや錬金術師が実験に使うのだろう。標本だったら気持ち悪くともまだセーフだが、まさか料理に使ったりはしない筈だ。……実は珍味だ、などと言われなければだが。

 掲示板には他にもコボルドの討伐や薬草の採取など色々なものが貼られていたが、どれも次々に目を付けた冒険者達が取って行ってしまう為、ようやく菜月がゆっくり内容を眺められるようになった頃には割りの良い依頼は殆ど残っていなかった。

 依頼取り合い合戦で上手く立ち回るには、どれだけ早くに来て依頼を受けていくかという計画性、一瞬見ただけでその依頼が自分に合っておりなおかつ報酬が旨いかを判断する能力、そして他人に譲らず我先にと勝ち取る強引さが必要なのだ。勿論、初参戦の菜月にそんなものが備わっている訳が無く、次々取られていく旨い依頼を指を銜えて見ている事しか出来ない。

 ――が、しかし。

 そんな事などお構いなく、憂莉は一枚の紙切れをひらひらとさせながら菜月に笑みを向けた。


「菜月先輩、この依頼はどうでしょうか?」


 いつの間に勝ち取ってきたのか、憂莉が依頼の書かれた紙を菜月に手渡してくる。

 憂莉の落ち付き払った様子で依頼争奪激戦を潜り抜けてきた事に驚きを隠せない菜月だったが、憂莉が取ってきたこの依頼が良いもの――つまりは、自分達の今の実力でも達成可能範囲で、なおかつ報酬の良い依頼――でなければ意味が無いので、まずは依頼の内容を確認する事にした。


「ええっと……、『ミアレラ樹海に集落を作っているレギオンモンキーの討伐』? 討伐数は二十体以上で依頼達成と見做みなす。大軍を組んで近辺の村へ襲ってくる事があるので、早急に討伐を望む。報酬は……き、金貨三十枚!? おいおい、何だこりゃ?」


 金貨三十枚――需要と供給事情が全く異なる上に魔法もあるので大雑把にしか判断出来ないが、大体この世界においての金貨一枚が日本円で五万円とすると、実に一五〇万円もの稼ぎである。

 この世界の一般的な平民が一ヶ月で稼ぐ金額が金貨五、六枚ほどなので、優にその五倍はあるという事だ。それも、移動に馬車で三日、討伐に二日、帰りに三日かけた合計八日間だけで、である。

 実際には馬車の運賃や武器防具の準備、食料や怪我した時の薬やその他諸々に金をかけて報酬の半分は吹っ飛んだとしても、それでも金貨十五枚は残る。かなり良い依頼だと――報酬だけ聞けば思うだろう。

 ――そう、報酬だけ聞けば、の話だ。

 討伐対象となるレギオンモンキー。

 またの名を、大軍猿と言われるその人型二足歩行猿は、平均レコード1450ptの魔物だ。身長一四〇センチほどだが、木を削って作った槍や森の地形を生かした罠を使うなど、高い知能が窺える厄介さを持つ。一体一体はさほど強くないと言われてはいるが、彼らはその名の通り群れている事が常な為、大軍対一パーティーになればピンチに陥る事も少なくない。

 簡単に言えば、間違っても冒険者成り立てで一度も依頼を達成した事が無いド素人が戦えるような相手ではないのだ。


「いや……無理だろ、これ。普通に死ぬだろ」


 早々から自分達では達成不可能と結論付け、掲示板に戻そうとする菜月。依頼達成の見込みが少ない上に、どんな依頼でも命の危険が有るとはいえ、明らかに自分の手に負えない魔物と戦う依頼を受けようなどと、流石に思えなかった。

 実はここ一週間ほど、菜月は碌に町の外に出ていない。

 それは知識の収集に力を注いだからなのだが、まともに魔法を制御出来ていないうちに魔物と戦うのは早いと思っていたからでもある。

 実戦という実戦もエルド以下〝虐殺する双角獣(スローターバイコーン)〟の冒険者達との夜の(地獄の業火が荒れ狂った的な意味で)熱き戦いしかない。【炎球法式ファイアボール】の一発で終わったルアーナッチュや、エミアリスに助けてもらった上に逃げた初日昼の出来事は、確かに命の危険があって大変なものだったが、しかし短くて殆ど経験にならなかった。

 だから、まずはレコード500ptほどの生物と戦って慣れていこう――と思っていたのだが、憂莉はそんな階段などすっ飛ばし、いきなり1500pt近いレコードの魔物に挑もうと言う。まず最初はゴブリン退治が定番なのでは? という菜月のラノベ思考すらも軽く飛び越えられてしまった。

 ゆっくり慎重に、焦らずリスクを最小限に減らし、平和な異世界ライフを送る――というのが菜月の密かな目標の一つであった為、これは望まざる事態である。……まぁ、一番の目的は『流れ星の泉』を目指す事なので、結局は危険が付き纏う事にはなるのだが。

 しかし、それでも極力危険を回避して『いのちだいじに』をスローガンに掲げようとする菜月を、憂莉がにっこりと天使のような――菜月にとっては悪魔のような微笑みを浮かべながら止める。


「戻しちゃ駄目ですよ、先輩。今ある依頼の中では、それがわたし達に一番合っているんです」


「……いや、どこがだよ? 少なくとも、初心者が受けるような依頼ではないと思うんだが。下手したら死ぬよな、これ」


 非常に拙い流れに入ったと感じた菜月は、何とか抵抗を続ける。

 しかし、憂莉はやはり笑みを張り付けたまま、菜月の言葉を受け入れない。――何か、譲れない事でもあるのか、菜月には分からなかったが。


「いえいえ、そんな事ありません。菜月先輩の事はわたしが守るんですから、傷一つ付く事はありませんよ。ええ、ありえませんから。全部わたしが殺し尽くすので、先輩は報酬の使い道の事だけ考えていればいいんです」


「それは……流石に、」


 駄目だろ――と続けようとする菜月の言葉を遮って、憂莉は依頼の紙を菜月の手から奪ってしまう。取り返そうとする菜月の腕を掴んでその力で拘束し、貼り付いたような笑みを緩め、自然な笑みを作った。


 瞬間――血のような真紅に染まった憂莉の『眼』と、菜月の眼が合う。


 ルビーのように美しく妖しいそれから眼が離せず、精魂が吸い込まれるような感覚に陥る。

 まるで最初からこの場には菜月と憂莉しか存在しなかったかのように、周囲の音が消え失せた。

 まるで彼女しか眼に映してはいけなかったのだと錯覚するように、真紅の瞳から逃れられない。

 その真紅の瞳をずっと見詰めていたくて、その紅く引かれた唇を奪いたくて、その染み一つない白い肌を自分の手で汚したくて、その細く柔らかい体を自分だけのものにしたくて――彼女のあまりの美しく可憐な姿に、醜い欲望が無秩序に溢れ出す。

 例え、普段表面に出てこない感情でも。

 例え、押さえつけている衝動だとしても。

 それらは全て、関を切ったように『欲望』として表へ顔を出す。


 離したくない。――可憐だから?

 支配したい。――美しいから?

 犯したい。――純潔だから?


 彼女の為ならば、何をしても良い。

 それは――愛しているから?


 分からない、理解できない思考がぐるぐるとぐちゃぐちゃと、決して纏まる事無く暴れまわる。

 これは何だ――と、問いかける言葉を発しようとしても、口は石化したように動かない。

 そんな混沌とした思考が渦巻く菜月に、憂莉は紅く光る双眸を細め、微笑んだ。

 愛しい人に向ける笑みにはどこか妖しさと危ない色が映って――しかし、憂莉は菜月の思考を止めるように右手で頬に触れ、首筋を撫で、甘く甘く精魂こころに浸透していくように囁く。


「大丈夫、大丈夫ですよ。菜月先輩は絶対死なせはしません。何があっても、どんな敵が襲ってこようとも、ずっとずっとわたしが守るんですから。――この『血』に賭けて、誰にも、貴方を殺させはしない。だって――」


 貴方を殺した事があるのは、わたしだけで十分なんですから――と。

 蕩けるように甘く、深淵のように深く、一度足を取られれば底なし沼のように抜け出せない、狂った愛の言葉を囁いて。


「ぁ…………お、う」


 その妖しさに飲まれて、ただそう言う事しか、菜月には出来なかった。


「ふふっ。それじゃ、先輩。わたしは受付で依頼を受けてくるので、外で待っていてくれませんか? すぐ終わらせてきますね」


 呪を掛けられたような状態のまま夢現ゆめうつつに了承を示した菜月にそう言うと、憂莉は言葉通りに依頼の書かれた紙を持って受付に向かった。

 その姿を菜月は抜け殻人形のようにぼうっと眺めて――やがて、はっと我に返る。


「…………、あれ?」


 ぼんやりとしていた思考が徐々にクリアになるにつれて、テレビの音をリモコンの消音ボタンで一瞬の内に消すように無くなっていた周囲の喧騒が、息を吹き返して戻ってきた。

 手に握っていた依頼の紙は気付かぬうちに無くなっていて、憂莉はその菜月が危険だと思ってやめようとしていた依頼を受注しに受付に向かっている。菜月には、外で待っていろと言い残して。


「……まぁ、いっか」


 深く考えるのはやめよう、と。

 何故か避けるように、菜月は思考を止める。

 その事に、一欠片の疑問も抱かない――否、抱けないままに――


   ◆ ◆ ◆


 吸血鬼種は、古霊妖精種エルダーエルフと並ぶ、高位種族である。

 基礎体力値、基礎筋力値、基礎魔力値、どれも他の種族より優れたものをバランス良く持ち、更に生物の血液さえ飲めば軽く三千年の時を過ごせる。その外見的特徴は世界で一番数が多いありふれた種族である人間種と殆ど変わらないが、身に秘める強さは比べ物にもならないほど圧倒的な差があるのだ。

 曰く、自由に伸縮できる爪は、鋼をも断ち斬る事が出来る、と。

 曰く、自身から噴出した血液を操り、どんな凶暴な種族も、どんな堅牢な魔物も、そして幻獣すらも圧倒した、と。

 曰く、何のスキルも魔法も使わず、ただ種族からくる生来の能力だけで都市一つを滅ぼした、と。


 曰く、その瞳には、人を惑わす『魅了の魔眼』の力が宿っている、と。


「ふふふっ」


 渋る菜月を強引な形で了承させた憂莉は、依頼を受注しに受付に向かう最中さなか、上機嫌で笑みを浮かべていた。

 憂莉がこの依頼を受けたがっていた理由――それは、別に討伐する魔物の事ではない。

 勿論討伐する魔物が憂莉の実力では簡単に狩れると思っている事もあるが、憂莉が惹かれたのは、その報酬と、場所だった。


 憂莉は、菜月が知識を収集する為に地下書庫に籠っていた一週間の間、何もしていなかった訳ではない。

 半分の時間は菜月と違った方法――情報屋などに聞き込みや、酒場に集まる人々の話を盗み聞くなど――で情報や知識を集め、もう半分は菜月に無断で町の外へ出て、魔物を狩って資金を溜めていた。――だが、町の外へ出た目的は資金集めの為ではない。

 自身の戦闘力を、正確に測る為である。

 現在憂莉は、レコード1900ptまでの魔物なら、『銀虐魔王の血脈アルジェント・ブラッド』の力を使わなくとも仕留める事が出来ると分かっていた。だからレコード1450ptのレギオンモンキーが幾ら束になって襲ってきても、菜月を守りながら殲滅し切る事は可能だと考えていた。


 報酬が良いという事は一目で分かる。

 では、何故憂莉が場所を気に入ったのかというと――実は、そんなに深い意味ではない。

 ミアレラ樹海、その周辺にある村は、気候は温暖で川もある為水にも困らない、比較的豊かな地域である。

 つまり、この世界では数少ない平和な場所へハネムーン――もとい、菜月と二人で馬車に乗って向かうというシチュエーションに憧れたという、ただそれだけなのだ。……菜月がその理由を聞いたら、そんな事の為にリスクの高い依頼を受けるのかよっ、と怒りを滲ませて言って来そうだが。

 それならば他の場所でも良いのでは、と憂莉も思ったが、今日依頼に出ていた中で一番良い条件がこの依頼だけだったのだ。他の依頼は、じめじめしたダンジョンに向かったり気候が悪い地域だったりと、憂莉の要望には適さなかったのである。


(それに――)


 心の中でそう呟き、続ける。


(菜月先輩には魔物とどんどん戦って経験を積んで、強くなって貰わないといけませんし。勿論、わたしが守っている中での戦いで、ですが)


 またふふっと笑みを漏らし、憂莉はラズベリーの瞳を僅かに揺らす。


「……絶対、わたしが守ってみせる。――あの人の時と同じ結果にだけは、しないんだから」


 声に出した口調がいつもと違う事にすら気付かず。

 そして少女は、少しだけ悔恨の色を滲ませた、寂しそうな――悔しそうな微笑みを零した。



 いよいよ町を出ます。果たして憂莉のハネムーン計画(笑)は成功するのか!?

 次回も読んで頂けると有り難いです。

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