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ヤンデレ後輩と異世界ライフを!  作者: 月代麻夜
第二章 平和な時の終焉//第零階層世界編
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第二十五話 平和な八日目の終わり



 菜月なつき憂莉ゆうりが異世界『ラグナスヘイム』に女神の手によって放り込まれて、既に八日目になっていた。

 その間に菜月がしていた事と言えば、知識の収集である。

 この世界について知っておかなければならない事、冒険者として活動するにあたって知らなければならない事、国や地方、ダンジョンなどの場所や特徴、武技能力アビリティや魔法の特性や種類、危険な獣や魔物の事など、調べる事は山積みだった。『ラグナスヘイム』に来たばかりなのでそれは当然の事なのだが、知識や情報が有るのと無いのとでは真面目に命に関わるので、怠ける事無く菜月は調べた。

 幸い菜月が加入した魔道士ウィザードギルドは、魔道士ウィザードという職業クラスの性質上、知識の宝庫と言って良い書庫が存在した。加入時にもエミアリスに「この書庫の本を全部読め」と言われていたので、その通りに地下書庫の本を全て読み切るつもりで知識の収集をした。

 そのお陰と言うべきか、何と言うか、当初エミアリスに言われた「身体能力強化と肉体強化のブースト効果で一週間もあれば読み終わる」を何とか達成し、最初は持っていなかった『肉体・身体能力強化』スキルも手に入れ、気分上々で今、菜月は憂莉と共に夕食を取っていた。

 場所は、異世界での初飯を食べた、東区の冒険者協会の近くにある飲食店である。――アグリーフィッシュのペロップソースサンドなどという本気で火を噴きそうになるほどの地獄級の辛さを誇る料理をサービスという名の処刑で食わされた、あの店だ。

 ちなみみに、店の名は『甘みの赤い鳥亭』と言うらしい。勿論、どこが『甘み』だよっ、というツッコミを菜月は忘れなかった。

 まだ一週間ほどしか通っていないが、すっかり常連気分でいつものカウンター席に座りながら、菜月は木串が肉の重さで折れそうなほど無駄にでかい串肉に豪快にかぶり付いて咀嚼する。この肉はどうやら鳥系の魔物のドロップアイテムらしく、そしてタレは甘かった。そこから察するに、これが看板メニューなのだろうか。


「む、美味い。タレは甘いし肉は美味いし庶民的な味だし。……つか、タレは醤油ベースって……異世界なのによくあるよな」


 異世界なのに菜月達が居た世界の調味料がある事に驚く菜月。

 その甘く舌に馴染む味から、タレには間違いなく醤油が使われていると菜月は思った。醤油が食卓に欠かせない日本で十八年も過ごしたのだから、間違えようも無い。この串肉のタレに使われている調味料は、絶対に醤油だろう、と。

 しかし、何故この世界に醤油があるのだろうか。

 不思議がりながらもう一口齧り付いていると、大柄の店員――初めて来た時に菜月にあの地獄の料理を出した店員で、実はこの店の亭主だったらしい――がコップを磨きながら声をかけてきた。因みにコップは木製なので、バーでありそうな感じに磨いても格好良くは見えない。


「兄ちゃん、そのタレのショーユ(・・・・)ってやつはな、シルフィア様が作ったんだ。メッチャ美味いだろ?」


「ああ、美味い。故郷を思わせる味には涙が出る」


 まだ八日、されど八日。一週間近く経過すれば、日本の食が恋しくなるものである。

 ――が、そんな事より気になるのは、


(……今、醤油って……日本語だったよな?)


 ――そう、日本語のままの単語だった事である。

 普通、異世界に同じものが同じ名前である訳が無い。それこそ、自由に行き来する技術でもなければ、だが。

 菜月の知る限りではそんなものは無く、そして偶然生まれるのはちょっと信じ難い。であれば、


(俺や憂莉と同じ、異世界転生……か、異世界転移者か?)


 それが一番、納得出来る理由だろう。

 菜月と憂莉だけが転生者などと女神は言っていなかったのだから、その可能性を否定する事は出来ない。むしろ、それ以外の理由を思い浮かべる方が難しかった。

 菜月が思案気な表情を見せていると、夕食にチョイスしたこれまた醤油が使われている煮魚を食べていた憂莉が亭主に問いかけた。


「そのシルフィア様は、今どこに居るんですか?」


 どうやら、憂莉もこの話題に興味があるらしい。まぁ、異世界転生などという奇異な状況で同じ境遇の人がいれば興味が惹かれるのは当然といえば当然か。

 すると店主は木製コップを磨くのに使っていた布をカウンターに一度置き、木製コップを他のコップと同じように背後の棚に仕舞いながら、けろりとした調子で答えた。


「あー、シルフィア様はもう亡くなっちまったよ」


「「――……え」」


 思わず同時に声を上げる菜月と憂莉。

 予想外の事実に驚きながら、何とか菜月が出現した疑問を投げかけた。


「ちょ、死んだってどういう事だ?」


「ん? いや、どういうって、言葉通りの意味だよ。希代の天才シルフィアお嬢様は、もうこの世にはいない」


「……マジで?」


 希代の天才とかツッコミたい所だが、もし本当に彼女が菜月達と同じ元日本人なのであれば、異世界内政無双で色々やっちゃった故の呼び名なのだろう。

 亭主は菜月と憂莉が驚愕する表情を横目で見つつ、柔らかな――どこか懐かしそうな顔をした。

 そして菜月のコップに御代わりの水を注ぎながら、亭主は思い出すように話を続ける。


「マジだ。もう二、三十年も前の話だがな。……ややこしいから国とか家の事とかは飛ばすが、とにかく、訳あって妖精種エルフの里オルベイルに身を寄せていたシルフィア様は、夫である古霊妖精種エルダーエルフの男を殺してその血を飲んだらしい。で、それに激怒した里の人々が彼女を殺したんだとさ」


 妖精種エルフの高位存在である古霊妖精種エルダーエルフの血液には、特殊な力が宿っていると言われている。

 曰く、その紅き血を己が手で掬い啜れば、その肉体は不老となる。

 曰く、その清き血には星界中の精霊が服従し、取り込んだ者は精霊を従える力を得る。

 その事が事実かどうかは古霊妖精種エルダーエルフ本人達が語らないので分からないが、間違いなくシルフィアはその力を我が物にする為に夫を殺して血を飲んだのだろう。その結果、妖精種エルフの里の者達から殺されたというので、一人で里の妖精種エルフ達全員を相手にするほどの力は得られないのかもしれない。


「うわぁ……夫殺してその血を飲むとか、怖すぎるだろ」


 引き気味に顔を歪めながら言う菜月。

 まったく同感だ、とばかりに亭主は頷き、カウンターに肘をつきながら溜息混じりに続ける。しかしそのごついと形容される顔は、何か引っかかる事があるのか、渋面になっていた。


「だがな……あの人の性格から考えると、どうも不老とか精霊を従わせる力とか、そんな我欲を満たす為だけに伴侶を手に掛けるとは思えねぇんだよ。確かに何考えてんのか良く分かんねぇ時のある人だって言われてるが、仲間と認めた人は絶対に守るし裏切らない人だったしなぁ」


「……ん? もしかしておっちゃん、シルフィア様に会った事があるのか?」


 その見知ったような口振りに菜月が疑問をぶつけると、亭主は「おうっ」と肯定し、表情を笑顔に変えて自慢げに語ってくる。


「それこそ俺が兄ちゃんの半分ぐれぇの歳の時だな。商人だった親に連れられて一度レンリ地方に行った事があったんだが、そん時にたまたまシルフィア様と会う機会に恵まれて、少し話した。若草色の髪にエメラルドみてぇな瞳を持った、滅茶苦茶綺麗な人だったぜ。んまぁ、美女っつうよりは美少女ってやつだな。あの人の前ではどんな美人も、それこそ一国の姫ですら霞んじまうほどの美しさと、国王にも真っ向から張り合える威勢と度胸を持ってる人だった。……ああでも、嬢ちゃんなら張り合えるかもしれねぇな」


「わたしですか?」


 突然話に挙げられた憂莉が、キョトンとした様子で小首を傾げた。


「ああ、嬢ちゃんなら良い勝負出来ると思うぜ。嬢ちゃんほどの美少女、俺はシルフィア様以外知らねぇし。なあ、兄ちゃんもそう思うだろ?」


「いや、俺はシルフィア様見た事ねぇから何とも言えないんだが……まぁ、憂莉レベルの美少女はそうそういないだろ」


 あれだけ亭主が持ち上げていたのだからシルフィアも相当の美少女なのだろうが、憂莉もそこらの美人美少女では比べ物にもならないほどの絶世の美少女である。事実、通っていた高校では常に一番の美少女と言われていたのだから。


「そ、そうですか……」


 真顔で菜月が述べた言葉に、憂莉は顔を赤くして下を向く。短い言葉しか発せられなかったが、それは普通に恥ずかしくなったからだろう。その普通の少女らしい一面が菜月には少し珍しく感じられ、そして安堵を覚えた。


(やっぱ、普通の女の子……なんだよな)


 吸血鬼の力を使い、エルド達に一歩も引かない――それどころか、掌で転がすように余裕で相手取っていた憂莉。それでも、こういった平和な時間の中では、彼女も他の同年代の少女と変わらない、ただの十五歳の少女としての姿を見せている。

 自分でも気付かぬうちに自然に口元を緩ませ、菜月は少しの間目を閉じる。

 もう、元の世界に帰る事は出来ないだろう。

 方法が分からない。それを探す事を目的にするのも良いのかもしれないが、そもそもこの世界には女神の力で送られたのであり、従って人の力で異世界へと渡るすべが有るという確証は無いのだ。

 ――いや、一つだけ心当たりが有るには有る。

『流れ星の泉』――この『ラグナスヘイム』という星界に伝わる、全ての願いを叶える場所。

 そこへ行けば、或いは元の世界へ帰る事が出来るかもしれない。

 だが、


(まぁ……どうでもいいか)


 そう――そもそも、菜月は元の世界へ帰る気が無いのだ。

 あの世界で、菜月は既に死亡している。他ならぬ、今菜月の隣に座って夕食に手を付けている一条いちじょう憂莉の手によって。

 つまりは、もうあの世界へ戻ったとしても、菜月も憂莉も居場所は無いのだ。


(……まぁ、ちょっとぐらいは話ししたかったけど)


 一度死を迎えても、こうやってまた生きている。

 唯一悔やまれるとすれば、それは長い年月を共に過ごした両親や妹、一番親しかった幼馴染、世話になった風紀委員長、色々馬鹿やったりと仲の良かった友人――そういった、自分と関わりのあった者達と別れの挨拶も何も出来なかった事だろう。まぁ、自分は今日死ぬ――などという事が、特殊な経歴も無ければ際立った才も無い凡人の菜月に分かる筈も無いので、仕方が無いと今は諦めもついているが。


「――どうした、兄ちゃん? 腹でも痛いのか?」


 と、元の世界へ思いをせながら暫く目を閉じていると、心配した声色で亭主が顔を覗き込んできた。ちょっと顔が近すぎる気がするので、条件反射的に顔を遠ざけながらかぶりを振る。ごつい顔の男と距離が近くても、その手の性癖が無ければ嬉しい事は何も無いのである。


「ああ、いや、別に何でも無い」


「む、そうか? ならいいんだが……俺はてっきり、兄ちゃんが食った肉に毒でも塗ってあったのかと思って、ドキドキしたぜ」


「いやおい、これアンタが作ってアンタが商品として出した料理だよな!? それに毒があったら、それ完全にあんたが盛ったって事じゃん!」


「うんや、それ作ったのは俺の嫁だ。となると、毒盛ったのは嫁になるのか――」


 ガツンッ、と。にやりとした笑みのままあくまで冗談を言っていた亭主だったが、その脳天に奥の厨房から飛来した俎板まないたが直撃した。

 カウンターに落ちたそれを菜月は引き攣った表情のまま見ると、角には赤い液体が付着している。亭主のものだろうか――いや、そうだとしたらかなり危ないのだが、恐らく魚か肉か、ともかく飛んでくる直前まで切っていたものの血だろう。菜月は遠い眼をしながらそう思う事にした。

 直撃した頭部を押さえながら「いってぇ、マジいってぇ」と呻く亭主は、鈍器と化した俎板を手に取り、飛来した方へ投げ返した。扱いが荒い気がするが、暫くしても衝撃音が聞こえてこない事から、向こうで投げた人がきちんとキャッチしたのだろう。

 痛みが治まらないのか頭部を押さえたまま、しかしこれはいつもの事なのか笑みを浮かべつつ亭主は言う。


「ガハハハハッ! どうやら怒らせちまったみてぇだな!」


「ええっと……今の俎板投げたのって、おっちゃんの奥さん?」


「おう、その通りだぜ! いやぁ、無言の抗議とか、中々可愛げがあるだろ?」


「あ、うーん、可愛げ……?」


 俎板を夫の頭にガツンッという衝撃音を出して直撃させる事が可愛げかどうかはちょっと菜月には分かりかねたが、亭主は本気でそう思っているのか豪快に笑っている。痛い事は痛いのか、水で冷やした布を頭部に当ててはいるが。

 しかし、結構なスピードで俎板は飛来しており、亭主もかなり勢いよく俎板を投げ返していたがきちんとキャッチしている。亭主の妻は一体何者なのだろうか。

 菜月は疑問を抱きながらも、とりあえず残っている串肉を食べる事にした。


 それからいつも寝泊まりに使っている宿屋『ミリアードの止まり木』で風呂と睡眠を取り、異世界ライフ八日目の幕を平和に閉じたのだった。



 平和……良い響きです。でも、私はシリアスの方が好きなのですがね。

 次回も読んで頂けると有り難いです。


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