番外四 ある放課後の告白を阻止する為に Ⅱ
諸事情で少し遅れました。すみません。
「――……は?」
意味が分からなかった。
いや、理解したくなかった。
何故ここで憂莉の名が出てくるのか。何故それが奏渚の足止めをする事に関係するのか。何故菜月に関わってくるのか――何故、何故何故何故何故――
思考が凍りつく。表情が消し飛ぶ。視線が乱れる。呼吸が荒れる。
すぐ近くに居る美咲が「……やっぱり」と発する声も聞こえないほどに、奏渚は衝撃を受けていた。
しかし、混乱する奏渚にお構いなしに、広樹は笑みを湛えたまま続きの言葉を放つ。
「我らが主、一条憂莉様は、東雲菜月を愛してしまったのです。ですから、東雲菜月と関係の深い女子である奏渚様に今、近付かれてしまっては問題があるのですよ」
「……待っ、いや……は? 何、言って」
焦点の合わない蒼穹の瞳を揺らし、正しく意味を為した言葉を発せない口が空気を求めるように喘ぐ。脳は完全に思考を閉じ、これ以上理解したくないと、もう何も知りたくないと、――誰かに否定を求めるように立ち尽くした。
分からない。分かりたくもない。
だが――いや、駄目だ。考えろ、理解しろ――と、反対に奏渚の思考を再回転させようとする声も、どこからか響いた。
(――何を、何を――?)
何を、考えろというのか。
いや、そんな事は決まっている。
奏渚は、中々現実を受け入れようとしない思考を置き去りに、一度大きく息を呑むと、動揺を隠し切れない声色で自らの問いを発した。
「……どうして一条憂莉がなっちゃんを愛した事が、わたしがなっちゃんに近付いちゃいけない理由に繋がるの?」
どうにかして絞り出した奏渚の声に、少しばかり驚いた表情を広樹は浮かべた。恐らく、これほど奏渚が動揺している事が予想外だったのだろう。
しかし彼はすぐにいつもの人当たりの良い――と、本人は思っている――作った笑みを取り戻すと、努めて穏やかな声色で答えを返した。そこには彼なりの奏渚への配慮があったのだろうが、効果が皆無な事に彼は気付いていない。
「いえいえ、知ってしまえば簡単な事ですよ奏渚様。今朝、憂莉様は、思い人である東雲菜月に恋文を送ったのです」
古風ですが、中々味があると私は思ってますよ――と微笑む広樹。そこはかとなく、兄が微笑ましい行動を取る妹を可愛がるような雰囲気が彼から出ていた。
広樹は心から出た微笑みを更に深めると、そして――と続ける。
「――その内容は、告白ではなく呼び出し。ですがまぁ、どちらにせよ屋上で想いを告げるのでしょうが。……ですから、それを貴方に邪魔をされると困るのですよ、奏渚様。ご理解いただけましたでしょうか?」
「――……」
広樹の言葉に、しかし奏渚は何も返せなかった。
一条憂莉が菜月に告白をする為にラブレターを送ったのだと、そう事実を聞かされても、それをすぐに受け入れられるような精神の強さを奏渚は持ち合わせていなかった。何せ、その事は奏渚にとって、己の人生を左右するのと同等の意義を有しているのだから。
この男が真実を言っているのかは定かではない。いや、むしろ別の理由があって、今言ったのは奏渚を足止めするのに最も適した言葉だから使ったのではないのだろうか。
また、憂莉が菜月を呼びだしたのは、本当は告白の為ではないのかもしれない。菜月も一応――裏社会に殆ど関わっていないとしても――一之瀬家の分家の長男なのだから、ただ何か天道三大家関係の話があっただけなのではないのか。
何が正しくて、何をすれば自分の望む結果になって、何があれば幸せを零さずに済むのか。それが全く分からずに、奏渚は思考をオーバーヒートさせていく。
――だが、それでも。彼女は一つだけ理解した。
――今、自分が取るべき行動が、何かという事を。
「――行かなきゃ」
行かなくては、ならない。無論――菜月の所へ。
グッと足に力を入れ、乱れた表情を真剣なそれへと戻す。
眼に殺気を宿らせ、脳をただ一つの目的の為に動かし、最速の行動の為に身体を完璧に操作する。正に神速の一歩を踏みだそうとして――しかし。
「行かせるとお思いで?」
広樹の言葉を筆頭に、二階堂三兄弟が立ち塞がる。
彼らはそれぞれおのが得意とする武器を構え、既に臨戦体勢を整えていた。体勢自体は奏渚と美咲の前に姿を現した状態から戦闘に備えて取っていたが、今は武器も取り出し、明らかに敵対を示している。
――やらねばならない。自身の目的は、菜月の所へ一刻も早く辿り着く事なのだから。
奏渚は少しの間目を閉じ、そう胸中で言い聞かせるように呟いた。目的を明確化させ、目指す道がクリアになるほど、行動は鈍らず効率良く、そして速くなる。
誰にもその行動を気付かせないほどにそっと動かしていた両手が、それぞれ冬用制服の内側に仕込んでいた短剣と拳銃を握って、奏渚がゆっくりと再びその瞼を開いた。晴れ渡る蒼穹の瞳に映る力強く燃える太陽が、異様なまでの重圧を放つ。
――そして、
「――死んで」
たった、その一言を皮切りに。
魔術師達の、殺し合いが始まった。
◆ ◆ ◆
開戦一番、空気を切り裂く音すら置き去りにして飛翔した短剣を、二メートル越えの長槍を器用に操る広樹が弾いた。
間を空けずに、続けて三発の銃弾が奏渚の左手に握る拳銃から放たれる。しかしそれも広樹に捌かれてしまうが、奏渚はそこで攻撃の手を弱めたりせず、地を蹴って前へ進み出た。
「穿て水槍!」
その奏渚をサポートするように、後方から美咲が得意の水魔術で生み出した三本の水槍を三兄弟にそれぞれ一本ずつぶちかました。後ろから骨をも貫く槍が迫っているというのに振り向かないのは、奏渚が美咲を信用しているという証拠だろう。その実、美咲の魔術は奏渚には掠りもせず、狙い違わずに三兄弟の肉体を貫きにかかった。
――しかし、
「我が身に盾を」
「っらあ!!」
「軽いです」
広樹に向かった水槍は彼の魔術によって霧散し、俊也を貫こうとした水槍は彼の剛腕一閃によって弾け飛ばされ、和馬に向かった水槍も他の兄弟同様打ち砕かれてしまった。俊也は拳の強化すらせずにやってのけ、和馬も細身の短剣でそれを為して見せたのだから、彼らの実力は今の一手だけで十分高い事が分かる。
だが、そんな事は元より織り込み済みである。
彼ら三兄弟のうち誰かが二階堂家を継ぐのだから、全員かなり技術を詰め込まれているのだろう。彼らの対応から長男の広樹は魔術、次男の俊也は肉弾戦、三男の和馬は暗器が得意と言ったところだろうか。まぁ、今奏渚が持っている情報だけで考えても、いつまでも推測の域を出ないのだが。
奏渚は一瞬のうちに三兄弟――敵の情報を読み取ると、最初のターゲットとして俊也を指定した。
理由は、現状と照らし合わせた非常にシンプルなものである。
魔術戦闘特化の魔術師が相手の場合、多くは戦闘時間が長くなる。単純な攻撃魔術の応酬だけではなく、呪的魔術による言葉の駆け引きや、結界への誘導、魔力切れを狙うなど、短時間で決着が付くような戦い方をあまりしないからだ。実力が上がるほど、その傾向が強い。
それと違い、俊也のような脳筋魔術師――一応、彼らも魔術を使うので、魔術師と一括りに呼ばれるのだ――は、比較的短時間で決着が付き易い。下手をすれば一撃で終わるぐらいだ。人数で劣っている今、すぐに殺れる者がいるのなら、真っ先に狙うのは至極当然だろう。
ちなみに和馬は最初から論外だった。理由は、奏渚と同じ『ニオイ』がするからである。――勿論、比喩である。
和馬は暗器での戦闘が得意、つまりは暗殺者なのだろう。暗殺者同士だと戦闘パターンが似てしまい、どうしても決着が付け辛くなる。それを奏渚は忌避したのである。
「改変錬金・雷散弾」
小声で魔術を発動。奏渚の一番得意とする、【錬金】の魔術。錬金術を基とした魔術で、物質の改変や性質の変化を得意としている。今のは、拳銃に込めてあった単発の銃弾を、散弾に変えた上に魔術的効果を付与したまったく別のものに書き換えたのだ。
その効果は、字面の通りである。
ズダンッッッ!! という通常の銃弾を撃つ時よりも数倍も大きな破壊音を張り上げ、雷の弾丸がショットガンから放たれたように勢い良く飛び散った。幾重にも分散した雷弾は爆風の衝撃を伴って俊也を襲う。
外す腕ではない。そして――ガードが間に合う距離でもない。
魔術を発動した短い時間のうちに、奏渚は開いていた俊也との距離をかなり詰めていた。あと数歩で手が届くほどに至近距離である。
それほど近くになっても俊也が行動を取れなかったのは、単衣に奏渚の速度が速すぎたからだ。
しかし諦めず、絶望を見せず、脳筋俊也は正に獣のような雄叫びを上げ、右手にありったけの魔力を注ぎ込んだ。言われるまでも無く、戦闘序盤で魔力を使い切るなど馬鹿のする事である。いや、馬鹿でもするまい。
だがそうしなければこの攻撃は凌げないと、そう判断した故の行動であった。
――彼の全魔力でも足りるものではないと、薄々気づいていながら。
「お、お、おおおおおおおお――ッ!!」
過剰強化を施した事によりかすかに赤銅の光を纏う右手で、全力、そして文字通り必死で殴りつけた。
雷弾一つ一つに当てていたのではキリが無いし、何より間に合わない。ならば、強大な衝撃を壁のように放ってぶつけてやれば良い。
ドバンッ! と空気を破裂させたような衝撃音が響き、俊也の狙い通り壁のようになった衝撃波が、雷弾の嵐にぶつかった。バチンッバチンッと弾ける電子を撒き散らし、暴風のように覆い被さってきた衝撃を拳の衝撃で押し返し、全身に通る魔力をスパークさせて立ち向かった。
――だが、
「――、ぐ、がぁああ!?」
押し切れず、防ぎ切れず、抜けてきた雷弾が、俊也の脇を抉った。
一発ではない。右頬が、左耳が、腕が、脚が、腰が、肩が――灼かれ、穿たれ、貫かれ、鮮血を次々と散らしていく。
致命傷は何とか空いている左手で叩き落とした。
しかし――到底間に合うものでもなく、更に傷を増やして集中力を散らされた俊也は、次の攻撃に反応する事が出来なかった。
「――死んで」
奈落の底のように暗く、酷く、酷く冷酷な一言が耳に届いた時には、俊也の首に、一筋の紅線が引かれていた。
「あ、」
と、一言だけ、漏らすように呟いて。
俊也の首元から、関を失った鮮血が、暴れるように吹き出した。
やがて――びちゃん、と。
血液を大幅に失ってやや軽くなった肉体が、血海の中へと倒れ込んだ。
「…………」
その様子を、奏渚は既に見ていなかった。
短剣を軽く振るって血払いをし、雷弾の衝撃による負担から暫く使い物にならなそうな左手の鈍痛を感じながら、奏渚は次なる標的に向かって地を蹴っていた。――俊也の隣に立っていた広樹ではなく、若干遠い和馬である。
「しゅ、俊也!」
二階堂三兄弟の長男広樹は、一瞬で殺された弟の姿をやっと目に捉えると、驚愕の表情を浮かべた。そこに会話時に見せていた余裕の笑顔は欠片も無く、ただ弟の死とそれをやった者のかけ離れた強さに息をする事も忘れていた。
それは、明確な隙である。
すかさず、和馬の相手に専念する事にした奏渚の代わりに、美咲が呪文を詠唱、魔術を放った。
「穿て水槍!」
今度は二本、鋭く細い水槍を生み出し、限りなく威力と殺傷性を高めて放射した。狙いは一人に絞られるので狙い易い。先程より速度を二倍ほど上げても問題なく穂先は広樹を捉えていた。
「っ! 我が身に――ぐッ」
途中で魔術での防御が間に合わないと判断したのか、呪文詠唱を途中でやめた広樹は身を横に倒して水槍を回避した。しかし完全に躱し切る事は出来ず、掠めた槍の先端がザシュッと思いの外鋭い音を立てて広樹の左肩を斬り裂く。
致命傷には程足りないが、負傷させる事が出来て、更に注意を奏渚に向かないように引きつける事も出来た。美咲は心中でガッツポーズしつつ、次なる魔術の構築に取り掛かる。
その間に和馬の元まで辿り着いていた奏渚は、痛む左腕を無理やり動かして銃口を和馬に向け、注意を引く。その事で相手に死角を生ませ、そこを突くように素早く短剣を右下から振るい上げた。
「甘い、ですよ!」
だが、そのような捻りの弱い手は、和馬は簡単に気づいてしまう。
釣りの拳銃は手で殴打して弾かれ、下から攻めた短剣は和馬の手刀が奏渚の右手を叩く事によって落とされた。そこで動きを止めずに和馬は強く踏み込み、掌底を奏渚の胸部目掛けて放つ。
「――はぁッ!」
気合が籠った一撃。奏渚はそれを、腰を落とし両手を交差させて迎え撃った。
バジィンッ、とゴムが弾けるような音が鳴ったのは、どちらも魔力による肉体強化を行っていたからだろう。激しい音が耳朶を打ち、奏渚は予想外の衝撃の強さに五メートル近く弾き飛ばされた。
空中でくるりと一回転し、威力を完全に殺して着地。視線は和馬に向けたまま、防御に使った両手をひらひらと振って調子を確かめた。
(……まだ、使える、か。骨は折れてない……と思うし)
罅は入っているかもしれないが――と僅かに顔を顰めながら付け足して、奏渚は腰の短剣を手に取った。最初の一本目と同じ物だ。使い易くてしっくりくるので、こういった一本目を手元から失った場合の予備として同じものを常に複数携帯しているのである。
左手にも持ち、逆手に構えて和馬を睨む。
和馬は先程の一撃の手ごたえに納得が出来ないのか、どこか不機嫌そうに顔を歪めていた。
「……やりますね、奏渚様。箱入りじゃないみたいで何よりです」
「それ、称賛として受け取っておくけど、結構失礼だね。天道三大家に生まれた以上、鍛えるのは当然だと思うけど」
「うーん、それはどうですかね。少なくとも一柳は、本家の者には特に戦闘教育を施していないと聞きますが」
その話は奏渚も聞いた事があったが、それ以上会話を続ける余裕も無かったので、どちらともなく地を蹴った。
剣戟が、魔術が、体育館裏で巻き起こる――。
◆ ◆ ◆
これだけやっても誰も気づかないのは、既に三兄弟の手によって人払いの魔術が施されているからである。その効果のほどは、菜月が奏渚達に一切気付かなかった事から窺えるだろう。
それでも隠しきれない音は、しかし体育館から響く運動部の大声に掻き消され、やはり彼らの戦いは、彼ら以外誰にも知らぬものとなっていた。
――人間、ならばの話であるが。
「……おぉ、なんか面白そうになってきたねぇ」
洒落た黒いシルクハットを被り、場に似合わぬ燕尾服をきっちりと着こなす金髪金瞳の男は、にやにやと嫌らしい笑みを浮かべながらそう呟いた。
視線の先は、体育館裏。魔術師達の戦いを肴に、彼は紅茶を嗜んでいた。彼の腰掛けるベンチと体育館裏の温度差が激しすぎである。
彼は、オルクス。この星界の神域にも自由な出入りが可能な、紛れもない神の一柱である。
オルクスはどこから持ち出したのか謎のティーセットを腕の一振りで消滅させると、ふと空に――屋上に視線を向けた。
「もっと見ていたいって思うけど、そろそろ僕も仕事しないとね~。……もうそろそろの筈だし」
『その時』まで、あと少し。
オルクスの仕事はソレが起こってからだが、結果が付いてからでは遅いのだ。
「死ぬか死なないかの一瞬……て、滅茶苦茶面倒臭いな~。誰か代わってくれないかな~」
などと言っても誰も聞いてはいないし、よしんば聞いていたとしても誰も代われる仕事ではないので、既に彼も諦めているのだが。
「ま、仕方ないか。天魔の為、っていうか全星界の今後の為だし。こっちの星界で星鈴を失っちゃう、なんて事されたら困るからね~」
さして深刻そうでもなく彼は言うが、実際はかなりの大問題である。膨張など無く、現実に星界一つが滅びる可能性があった。
「それはそれで面白そうだけど」
娯楽に飢えているのか、そんな事を呟くオルクス。周りから見れば独り言の五月蝿いただの痛い人だが、彼の周りには全く人がいなかった。二階堂三兄弟が行っている人払いの魔術と似たような事を彼がしているのである。効果は、三兄弟のものとは比べ物にもならないくらいに強力なので、既に学校には、位置的に効きにくい建物を除いて殆ど人がいない。
眼前に広がるのは、終わりを告げる真紅の空。
夏だというのに、肌を撫でる風は酷く冷たい。
――東雲菜月と一条憂莉が屋上から落ちて来るまで、もう十分も無い。
美咲や広樹の魔術は、書き直す予定の『イリアステル』の設定を使っています。こっちだけで分かるように書いているつもりですが、分かり辛かったらすみません。
そろそろ第二章に入るつもりですが、少し遅れるかもしれません。申し訳ありません。……謝ってばかりですね。泣けてくる。
次回も読んで頂けると有り難いです。
◆ 2016年12月13日:魔術に関して少し修正。
・水溶魔術 → 水魔術
・錬金魔術 → 【錬金】の魔術




