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ヤンデレ後輩と異世界ライフを!  作者: 月代麻夜
第一章 始まりの異世界ライフ//第零階層世界編
29/84

番外三   ある放課後の告白を阻止する為に Ⅰ

 番外編です。きちんと番外編の続きです。

 オレンジに差し掛かった太陽光が廊下を照らす中、一之瀬いちのせ奏渚かんなはひたすらに駆けていた。

 良く見れば節々に黒ずみがある廊下も、疾駆する奏渚の視界にはただの白にしか映らない。もっとも、普段から廊下の端に付いた汚れをじっくりと見る者など少数派だろうが、なんとなく汚れているなーなどと考える余裕すら今の彼女には無かった。


「――……」


 家業の為に訓練で鍛えた効果か、大分速度を上げて走り続けても中々切れない息を更に抑え、無言のままちらりと後ろを振り返る。

 ――きらり、と一瞬陽光が反射した。


「ふッ!」


 一呼吸にも及ばない短い気合いを発した奏渚が、左脚の太股ふとももの辺りに隠していた短剣を素早く抜き放ち、飛んできたそれら(・・・)を打ち落とす。からん、からんと白い廊下に落ちては刃の部分が掠って傷をつけ、見慣れたリノリウム素材に非現実感を突き込まれる。


「――はぁ、また躱したんですか。やめて下さいよね。投げたナイフ回収するのも僕なんですから、手間をはぶく為にきちんと刺さってから持って来て下さいよ」


 そんな事を言いながら、先程奏渚への攻撃を行った少年は、くるくるとその右掌でナイフを弄んでいた。

 おおよそ、校内に持ち込んで良い物ではないソレを、少年は長年遊び慣れた玩具のように慣れた手つきで扱っている。左手には何も握られていないが、そちらは恐らく接近戦や先程のような武器の投擲ではなく、『魔術』を使うのだろうと奏渚は推測していた。

 ――魔術師。

 それは魔法(・・)ではなく、魔術(・・)を使う者達の総称。

 確実に、眼前の少年はその一人だろう。

 実際、ここに至るまでの経緯がそれを否定しようがないまでに証明している。


(……まさか、ラブレターの差出人が、あの人だったなんて)


 それが分かっていれば、自分もやりようを変えたかもしれないのに。

 少なくとも、こんな殺し合いには発展しなかっただろう、と――奏渚はこれまでの出来事を思い出すように薄く眼を閉じた。


   ◆ ◆ ◆


 中庭で昼食を取った後、五、六時間目の授業を菜月なつきに告白する言葉を考えているうちに経過し、ホームルームが終了して放課後に入ってからも思案にふけっていた奏渚だったが、流石に二十分もオーバーすれば正気に戻った。

 菜月はラブレターを受け取ったといっても、学校生活で発生する事柄がある以上、何より最優先とはいかないだろう。――と、そう判断した奏渚は、ラブレターの主が告白をする前に先んじて自分が告白してしまおうと考えた訳なのだが、


「すみません! なっちゃ――東雲しののめ先輩はいらっしゃいますか!?」


 と、菜月の所属するクラスの教室に顔を出した瞬間に叫んだのだが、生憎あいにくと教室に残っていた上級生から返ってきた言葉は、思わず二十分前の自分自身を殴り飛ばしてしまいたい衝動に駆られるものだった。


「ん? ああ、東雲ならもう風紀委員会に顔を出してくるっつって出てったぞ。残念だったな、十分くらい早ければ間に合ったのに」


 見事に、奏渚が思案に耽っていて周りが見えていない間に事は進んでいたらしい。

 答えてくれた礼もそこそこに身を翻すと、人目も気にせず――というか気にする余裕も無く――尋常ならざるスピードで廊下を駆け抜けた奏渚は、すぐに風紀委員会が活動している教室へと向かった。

 だがそこでも返された言葉は、「居たけどもう出ていった」というものだった。


「くぅ……っ! なっちゃんの行動がいつにも増して早い!」


 そんな台詞を吐きながらも速度を落とさず廊下を走る奏渚の横には、先程の教室で合流した美咲みさきの姿がある。

 風紀委員の仕事も「もう引退するから、つか普通の高校ならとっくに引退してる時期だからいいし」と言って放り投げた美咲は、奏渚の告白を応援――というよりは見て楽しむ為に奏渚に付いてきているのだ。まったくもって迷惑な話だが、この状況で美咲を責めている時間も惜しいと奏渚は切り捨てている。


「まー、なっつんもラブレター貰うなんて初めての体験だろうし。テンション上がっちゃってウッキウキ、自然と体も軽くなっちゃうーってやつなんじゃないかねぇ」


「ぐぬぬ……」


 否定できない部分に幾つか心当たりがあるのか、奏渚は唸るだけで何も言い返せない。

 しかし唸るだけで解決する状況でもないので、低く冷淡な殺意すら籠った声で口にしたくなるラブレターの主への恨み事を何とか飲み込み、奏渚は次に菜月が居る可能性の高い場所を割り出すと、更に速度を上げて廊下を駆けた。既に彼女の動きは、一般人が目で追えるレベルではない。

 次なる可能性の場所は、体育館だった。

 理由は単純で、引退してからもたびたび菜月はバスケ部に顔を出していたからである。そして今日は丁度バスケ部が体育館で練習する日だったので、その可能性が高いと判断したのだ。

 実際、その読み自体は正しかった。

 しかし奏渚に足りていなかったのは、ラブレターの送り主が誰だったのか。その周辺に誰が居るのか。そこから起こりうる事態は何か。――それらをきちんと考えていなかった事である。


「バスケ部は……うん、よし。やってる。あとはなっちゃんを見つけて――」


「あ。あそこに居るのなっつんじゃない?」


「どこですか!?」


 あっち、と美咲が指さす方向に奏渚が目を向けると、男子にしては若干長めに整えられた茶髪に左前髪を目立たないヘアピンで止めている漆黒の双眸の少年――東雲菜月が歩いていた。

 もうバスケ部への顔出しは終わったのか、その進行方向は体育館ではなく校舎に向いていた。

 手に鞄が無いのは今から取りに行くからではなく、まだ校内に用事があるからなのだろう。その証拠に、彼の向かう東校舎には三年生の教室は無く、また唯一屋上がある場所なのだから。

 やばい――と、瞬間的に思った。

 まだ、ラブレターで呼び出された場所が屋上だと決まった訳ではない。だが、ラブレターという方法を取る人が呼びだす場所で可能性の高い体育館裏はここなのだから選択肢から除外できる。教室だと、告白の為に静かで他人に邪魔のされ難い場所――という条件が叶う所は案外少ない。時々先生が通りかかるし、何より文科系部活動がほとんどの空き教室を占領してしまっている。

 ならば、残る選択肢は屋上のみ。そしてこの八重里第一高校では、東校舎のみ屋上が解放されている。――つまりは、最も可能性の高い場所なのだ。

 早く呼び止めなければ、彼は屋上に行き、奏渚の知らないどこかの女子から告白を受けてしまうだろう。その告白に菜月がイエスを示すとは限らないが、奏渚としては何としても避けたい事態なのに変わりは無かった。

 ――菜月が、自分以外のものになってしまう。

 ――最愛の幼馴染が、別の女に奪われてしまう。


「そんなの……駄目っ!」


 本人も気づかぬうちに僅かに眼尻に涙を引きながら、奏渚は愛する少年の下へ走り寄る。

 一歩、二歩、三歩でマックススピードに乗り、後々振り返れば自分にしては大胆な事をしようとしていたのだと思うが、奏渚はそのまま彼に抱きつこうとして――


 不意に奏渚の鼻先を、短刀の銀線が駆け抜けた。


「――ッ!」


 瞬時に奏渚は地を蹴り、後ろへと体を退避させる。菜月から距離が離れてしまう行動だったが、そんな事を言っていられる状況ではない。

 薄皮が斬り裂かれるのを手で触れて感じながら、奏渚は早くも思考のスイッチを切り替えた。

 殺気を滲ませる冷えた眼を細め、僅かに腰を落とし両手を冬用制服の様々な個所に隠した暗器に触れさせる。呼吸は抑え、ゆっくりとした一定のリズムを刻むように。相手の肉体や息遣いから次の行動を読み切る為に感覚を研ぎ澄ませ、逆に自身の行動を読まれないように体から程良く力を抜く。

 ――完全に、戦闘モードに入っていた。

 そんな彼女の視界に飛び込んできたのは、八重里第一高校の男子制服を身に纏う、三人の少年だった。

 その三人の特徴を上げるならば、全員揃えたように青髪黒眼で三つ子なのかと疑わせるほどよく似た顔と、裏稼業に生きる歴戦の仕事人を思わせる、ある種落ち着き払った佇まいだろう。しかしその体勢に油断は無く、一瞬の間も置かず動き出せるようになっていた。

 跳び下りてきた方向から考えて、彼らは先程まで体育館の屋根の上に居たのだろう。そこまで気を払っておらず、更に早く呼び止めて告白せねばという思考で頭が一杯になっていた奏渚は事前に彼らに気付けなかった。

 遠ざかり、恐らくラブレターの主に呼び出された場所であろう屋上に向かう為、東校舎に入っていく菜月の姿を、見ている事しか出来ない奏渚。その横に並んだ美咲も硬い表情で現状を見渡している。

 やがて、まるで何かの術に掛かったかのように全く奏渚達に気付いた素振りも見せなかった菜月が校舎の中に消えると、それを見計らって少年三人の中、中央の少年が一歩踏み出し、精錬された所作でお辞儀をした。

 三人とも同じ制服を着ていても、彼が一番しっかりした印象がある。その考えを後押しするように、少年は丁寧な言葉遣いで話しかけてきた。


「こちらの事情で勝手に引き止めてしまい、申し訳ございません、一之瀬いちのせ奏渚様、二葉ふたば美咲さん」


「……誰?」


 視線を鋭くし、奏渚は誰何すいかする。

 奏渚を様付けにし、美咲をさん付けにした時点で彼らが天道三大家に深く関わる者だと推測が付くが、しかしそれだけで決め付けるには理由がいささか不十分である。天道三大家の人間に様付けをするのは普通の人間でも割と良くある事で、ましてや分家でしかない美咲をさん付けにしても、一般人にしてはなんらおかしくはない事なのだから。

 しかし答えは奏渚が問いをぶつけた少年ではなく、横に立つ美咲から返ってきた。


「彼ら三人は、二階堂にかいどう家の三兄弟だよ。何回か会合で見かけた事があるのよね」


「二階堂……なるほど、美咲先輩の二葉家と同じ一条家の分家ですか」


「たしか、右から和馬かずま広樹ひろき俊也しゅんやだったと思う。……ああ、あと中央に立ってる広樹が長男だった気がするかな」


「ええ、そうです。覚えて頂いているとは思っていませんでしたよ、二葉美咲さん」


 正体を明かされた中央の少年――広樹は肯定を示すと、自己紹介の手間が省けたと笑みを浮かべながら漏らした。その笑みはどこか作り物臭くて、何を考えているのか全く分からない。

 しかし駆け引きに向いている心中を読ませない表情の長男と違い、次男はどうやら短気らしい。俊也はガツンと拳を打ち合わせると、苛立った声で広樹の横に躍り出る。


「あーあー面倒臭ぇ。対話とか会話とか手話とかどぉーでもいいから、とっとと殺っちまおうぜ。オレは殴るとか蹴るとか殴るとかしか興味ねぇーんだよ」


 三兄弟揃った髪色でも、一人だけツンツン尖らせている彼は明らかに異彩だった。眼は他の二人と比べて釣り上がっているようにも見えるし、何より制服の上からでも分かるがっしりとした体つきが二人の細身とは似ても似つかない。

 それでも顔だけ切り取れば三つ子と言わせるほど似ているのだから、不思議なものである。


しゅん兄さん。手話はしてないです。あと、殴る二回言ってます。被ってますよ」


 そう、俊也の台詞に指摘を入れたのは、三男の和馬だ。

 背は一番低く、体も一番細いが、感情の薄い表情は広樹以上にポーカーフェイスが上手い。ただ若干制服に着られている感があるのは、どことなく彼から醸し出される幼さ故だろう。彼も顔だけ見れば似ているのに、やはり他の二人とは違っている。――と言うか、言い換えてしまえば顔以外あまり似ていない兄弟だった。

 和馬は後ろでぼそりと小さく言ったつもりだったようだが、きちんと耳に届いていた俊也は漆黒の双眸を凶暴に鋭くして弟をギロリと睨みつけると、両の拳を鳴らしながら、


「オイてめぇー、オレに指図とか指示とか指紋とかしてんじゃねぇーよ。オレに指摘出来んのはオレの嫁だけだ」


「指紋するってなんですか……というか俊兄さん、人生で一度も彼女すらいないでしょ」


「いるわ、いたわ! 夢の箱に光を与えるトリガーを引いて、何回か軽やかに指を踊らせれば、天使が歌い奏でるメロディーと共にオレに屈託のない愛らしい笑顔を見せてくれるわ!」


「……ああ、電源を入れて、マウスの左クリック数回連打すれば、OPと共に二次元娘よめが笑顔を見せてくれるんですね」


「そうだ、その通りだぜ! 幼く小さい体で精一杯の愛をオレに向けてくれるんだ! 今夜お前もやるよな!」


「やりませんよ。僕はロリに興味はないです……というか、空気読んでください俊兄さん。奏渚様と美咲さんが引いてます」


 表情の薄い顔に呆れを滲ませながら和馬は話を切った。彼は空気を呼んだというよりは、これ以上兄の会話に付き合うのが面倒だと感じただけなのだが、実際その行動はグレイトの評価が送れるものであった。

 ――これ以上無駄な会話が続いていると、我慢の限界に達した奏渚が問答無用で短剣を投げつけかねないほどに殺気を強めていたからである。

 その横に並び立っていた筈の美咲は、奏渚から発せられる殺気に圧倒的な恐怖を感じさせられ、一歩引いてしまっている。二葉家を継ぐにあたって幾らか訓練を受けている美咲でも冷や汗を垂らして後退するほどなのだから、ここに一般生徒がいなくて本当に幸いであった。

 ――もっとも、その殺気を正面から浴びている三兄弟は、全くおくした様子も無いのだが。


「ん? おお? やる気満々じゃねぇーか。いいぜ、やろうぜ一之瀬の娘。オレのサンドバッグとかアイスバッグとかエコバッグとかになれよ」


「こら、いけませんよ俊也。相手は天道三大家のお方なのですよ。口調を改めなさい」


「アイスバッグにエコバッグって、どんどん離れていってますよ。俊兄さん、ちゃんと辞書引いてください」


 平常運転のように自らのペースを崩さない三人。

 しかし奏渚が彼らの言葉を遮って強行突破しないのは、彼らが会話をしながらもこちらの動きに常に気を張っていたからである。

 だが、


(向こうから襲ってこない……?)


 そこが奏渚の疑問だった。

 奏渚の鼻先を掠めた一度目の攻撃の後、彼らは一度も攻撃してきていない。彼らは三人でこちらは二人なのだから、十分に勝機はあると考えるのが普通なのだが。

 ――いや、


(一之瀬の『血』の力を恐れている……?)


 無い話ではない。と言うより、むしろこの状況ではその可能性が高いだろう。

 天道三大家一之瀬にも、一条家と同様に特殊な血が流れている。その力を危惧して中々襲ってこないというのなら納得は出来た。

 一之瀬に流れる『血』の力は強力だ。一条の『銀虐魔王の血脈アルジェント・ブラッド』にも引けを取らない力を秘めている。その力を使えば、二対三など差があるうちに入らない。

 だがそれならば、最初の一手で殺し損ねた段階で引くべきである。わざわざ標的の目の前に姿を晒す必要は無い。

 しかし現に彼らはこうして奏渚の前に姿を見せ、こちらの行動を阻害するように立ちはだかり――


 と、そこまで考えて。

 奏渚はやっとその答えに辿り着いた。


「まさか……足止め?」


 その言葉を口にした瞬間、注意を払って無ければ気付かないほど小さくではあったが、ぴくりと反応を見せた三兄弟の雰囲気が変化した。

 先程までは確かにそこにあった彼らのペースは霧散し、ただ今は、次にどう繋げるかを思考しているように奏渚には見えた。

 ――ビンゴだ。

 ならばわざわざこのまま足止めされたままになるつもりも無いと、多少強引にでも突破を図ろうとした奏渚の耳に、わざと彼女を止めるように美咲の声が届いた。


「なるほど、ねぇ。あんたら三兄弟は、憂莉様の差し金だった訳だ」


「……どういう事?」


 何故ここに一条憂莉の名が出てくるのか理解できないと聞き返す奏渚。

 しかしその質問に答えたのは美咲ではなく、一度崩れかけた笑顔を再び張り直した広樹だった。


「そう、その通りなんですよ。私達二階堂は一条憂莉様からめいたまわり、貴女達――特に奏渚様を東雲菜月に近づけさせない為に動いているんです。……まさか、五分も経たずにバレるとは思いませんでしたが」


 最後の方は少し悔しそうな気持ちが滲み出ていたが、再び放たれた奏渚の質問に、気を取り直して耳を傾ける。


「何故そんな事を? いつどこで何回わたしがなっちゃんに近づこうが自由だと思うけど」


「ええ、まぁ、普通でしたらそうでしょうね。一之瀬家の者でも特に相続関係に触れる事の無い奏渚様が誰と触れ合おうと勝手……しかし、今回ばかりは駄目なんですよ」


 意味が分からない。

 広樹が何故そう断言するのか、奏渚には全く理解できなかった。

 いや――あるいは、頭のどこかでは気付いていながらも、それだけは認めたくないと心が拒否していただけかもしれない。

 しかし、二階堂家の長男は、奏渚にとって最悪の現実を容赦なく突き付けてきた。


「――我らが主、一条憂莉様は、東雲菜月を愛してしまったのですから」



 まだ続く番外編。頑張れ奏渚。

 次回も読んで頂けると有り難いです。

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