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ヤンデレ後輩と異世界ライフを!  作者: 月代麻夜
第一章 始まりの異世界ライフ//第零階層世界編
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第十九話 空き倉庫の戦い

 菜月なつきを呼び出した〝虐殺する双角獣(スローターバイコーン)〟の指定した空き倉庫は、エミルフィア東区の廃れた一角にあった。

 ここは昔、まだ『前線都市』エミルフィアを治めるアーベルハン家の当主が先々代の者だった頃、他国との貿易で使われる筈の場所だった。しかしタイミングの悪い事に貿易相手の国がクーデターで滅亡、新しく出来た国も数年のうちにとある事件で滅んでしまった。その時から使われる事が無く現在まで空き倉庫として残された結果、ガラの悪い連中が住みついたり、今回のような争いに利用されたりと、手がつけられない場所になってしまったのだ。逆にそういった場所は東区ではここだけなので、東区の空き倉庫とだけ言われても菜月はこの場所だと分かったのだが。

 とはいっても、まだこの町に来て初日の菜月は流石に地理に詳しくない。本に載っていた事や町の人から聞いて得た情報で場所を割り出したのだ。


「ここ、か……」


 雨風に晒されて痛んだ木箱や、割れて残骸となったガラス瓶などが外に散乱している。石壁も蔓が無秩序に絡まっており、碌に手入れもされずに放置された倉庫だ。

 菜月はしばらく立ち止まって倉庫を眺めていたが、やがて意を決すると虫食いでボロボロの木製扉を開き、一度手に持つ魔道書を抱え直してから闇に足を踏み出した。

 外も既に夜の為、暗い。しかし光源一つ無い倉庫内は、まるで虚無に飲み込まれたかのような錯覚を覚えた。

 こつ、こつ、こつ、としばしの間不気味に反響する靴音が続いた。


(誰もいないのか……?)


 呼び出しておいて誰もいないとは考え難いが、もしかすると場所を間違えたのだろうか?

 そう考え始め、一度引き返そうと身を翻した所で――パッと、一瞬で倉庫内に光が広がった。突然明るくなった事で思わず目を覆ってしまった菜月は、続いて足元に響いた音に身体に震えが走った。

 タタタンッ、と連続して地に突き刺さる三本の矢。それはわざと菜月の足を撃ち抜かず、掠める事で脅しにかかっていた。


「っ!」


 一歩でも動いていれば足に風穴が空いていたという事実に肝が冷えた菜月は、ごくりと一つ喉を鳴らして後退あとずさる。左手に抱える魔道書を強く引き寄せ、全身を緊張させながらようやく明るさに慣れてきた目で周囲を見渡した。

 長い間人に手入れをしてもらえず荒れた倉庫。しかしその環境を上手く利用して、無造作に積み上げられた木箱や屑鉄の山などに身を隠して矢を射った者がいる事を思い出し、菜月は死角にどの程度のスペースがあるのかという事も考えながら注意深く視線を巡らせた。

 パッと見の推定だが縦約七十メートルに横約五十メートル、高さは一階の天井までで十メートルほど。規則性も無く置かれた荷物のお陰で正確には把握しきれない為、恐らくもう少し広いだろう。

 と、菜月が把握を終えたところを見計らったのかは定かではないが、丁度良いタイミングで男の声が倉庫に響いた。


「よく来たなぁ、魔道士ウィザード


 耳に届いた男の声に振り向くと、そこには二つ積み上げられた木箱の上に大剣を見せつけるように肩に担いで立つ、戦闘士ウォーリアーの男の姿があった。冒険者を長くやっている為かがたいの良い彼は、間違いなく昼間に菜月に仕返しをしてきた、〝虐殺する双角獣(スローターバイコーン)〟の男である。

 彼はにやりと獰猛に笑うと、大剣を肩で鳴らして木箱から飛び降りる。二メートルほどしかない高さなので、肉体強化を施す者ならば膝を折って衝撃を吸収する必要は無いのだが、しかし彼の場合大剣や身に纏う鋼の鎧が相当の重量を誇る為に、柔らかな着地とはならず周囲にドスンと重い音が響いた。

 明らかに敵意丸出しで睨みつけてくる戦闘士ウォーリアーの男に、菜月はやや気押されじりっ……と足を後ろに動かす。だが戦闘士ウォーリアーの男の着地音を合図にぞろぞろと木箱などの裏から〝虐殺する双角獣(スローターバイコーン)〟の冒険者たちが現れ、逃げ場を無くすように菜月を取り囲んだ。


(やっぱこうなったか……)


 彼らに呼び出された時点で、こうなる事は予想済みであった。

 だが火種を残したまま異世界冒険者ライフを堪能できるほど菜月の胆力は強くない。後の危険を残したままにして脅えて過ごすより、早々に片付けておくべきだと思ったからここに来たのだ。いつまでも怖気づいている訳にもいかない。


(十、十一……うわ、二十人もいんのかよ)


 各々自由な武器防具を持ち様々な職業クラスに属する冒険者達だが、彼らは全員間違いなく〝虐殺する双角獣(スローターバイコーン)〟のメンバーである。そして恐らく全員、戦闘士ウォーリアーの男の舎弟や部下なのだろう。

 深呼吸で気分をリセットすると、先程より幾分落ち着いた調子になり、菜月は眼力を強めて戦闘士ウォーリアーの男を見据える。


「一応確認しておくけど、あんたら〝虐殺する双角獣(スローターバイコーン)〟だよな?」


「ああ、そうだ。〝虐殺する双角獣(スローターバイコーン)〟所属の戦闘士ウォーリアー、エルドだ。名前ぐれぇは聞いた事あんだろ?」


 憤怒と憎悪をぜにした瞳で戦闘士ウォーリアーの男――エルドは菜月を睨み返す。

 菜月の記憶内にはエルドという名前は無かったが、脅すように自身の名を出すという事は、恐らくここらでは有名なのかもしれない。そもそも〝虐殺する双角獣(スローターバイコーン)〟はA級クランなので、その構成員であるのならばそれなりの強さを有しているのだろう。前回ベルガーの仕返しにやって来た時は菜月にやり合う気が無く逃げ出した為にエルドの真の実力を見る事は無かったが、もし正面対決をするのならば、恐らく菜月では相手にならない。一、二発はともかく、武術経験が小学校のみの菜月には、長年の経験がある冒険者の彼には敵わないのは容易に想像が付いた。

 それに、


(あいつ……なんか雰囲気違くないか?)


 前回会った時よりも、何か感覚的に彼が黒く見えた(・・・・・)


(気のせいか……?)


 雰囲気というか纏うオーラというか、菜月は咄嗟に言葉で表す事は出来なかったが、それ以外にエルドの身に変化は無い。少々ごつくなった印象もあるが、それはただ単に鎧の質が変わっただけだろう。前使っていた鎧も別にそこまで傷付いていたようには見えなかったが、何にせよ半日以内に鎧を取り替えたのは事実である。質の良い防具には魔法耐性が付いている事が多い為、菜月の魔法が効くか少々心配だったが、一度その思考を中断すると、エルドの質問に答えてやる。


「すまん、エミルフィアには来たばかりだから聞いた事無い」


「は? テメェマジで言ってんのか? シュルフィード地方に居る限り、〝虐殺する双角獣(スローターバイコーン)〟の恐ろしさぐれぇ知ってんだろ」


「あーうん、A級クランなのは知ってる。あと、最近はクランメンバーのエース達で『天霊樹の迷宮』の探索に乗り出してるって事も」


 実際はシュルフィード地方も何もこの世界に来たばかりなのでクランの事などよほど有名なものでなければ知らないのだが、ここは何とか町民や本から仕入れた情報を総動員させて話を合わせる菜月。

 しかし菜月の言葉のうち何かが引っかかったのか、エルドはガキンッと大剣を床に叩きつけて苛立ちを顕わにしながら怒鳴りつけた。


「ちぃっ! あんな奴らなんざエースじゃねぇ、ただの引き立て役の駒だよ! 真打しんうちはいつだってオレなんだからな!」


 知ったこっちゃねぇよ、つかそれ思い上がりの激しい雑魚の台詞……と思わず零しそうになる菜月だが、何とか声には出さず苦笑いに留める。だがその表情も気に障ったようで、エルドは剣風で菜月の前髪を揺らすほど力強く大剣を振るうと、怒気を孕んだ声で彼の仲間達に指示を下した。


「おいテメェら! 早くこいつを黙らせるぞ! 間違ってもすぐに殺すんじゃねぇぞ。ベルガーの奴の分と、昼の恨みをたっぷり払させてもらうんだからなぁ!!」


「っしゃあ! 行くぜぇっ!」「待ってましたぁー!」「ひゃっはー!!」「俺様の一撃を受けてみろ!」「ダチの恨みぃっ!」「喰らえっ」「【十字の火剣(クロスフレイム)】っ!!」「【三つ星撃ち】ぃっ!」


 思わず笑ってしまうほど雑魚が叫ぶ台詞を大声で言い、それぞれが武器を構えて跳びかかって来る。噛ませ犬の台詞を恥ずかしげもなくポンポンと出す彼らだが、しかしこれだけの数で一斉に襲いかかられれば、その質量で菜月は押し潰されてしまうだろう。

 一人の標的に大人数で食らいつく為に隣の仲間が邪魔になってしまうと思っていたが、しかし彼らも連携はきちんと取っているらしく、遠距離の弓矢を先に放ってから近接、と同士撃ちを避けているようだ。近距離戦闘派達も互いが互いを傷つけないように気を配っており、一定の距離とタイミングを開けていた。


「くっ」


 菜月の身体能力と戦闘技術では圧倒的に捌き切れない。本で覚えたばかりの身体能力強化と肉体強化はまだ上手く扱えず、逆に相手は惜し気もなく強化を施しているため、余計に分が悪い。

 しかし、彼らにも使えない事で菜月が使える事が一つだけある。

 それは――魔法だ。

 菜月は貰ったばかりの魔道書を開き、一度見た目次の記憶を頼りにとあるページを開くと、一瞬だけ魔法式と名称を確認。すぐに目を放すと、その視線を再び襲ってくる冒険者達に向けた。

 そこには先程までの怖気づいた様子は鳴りを潜め、菜月はしっかりとした視線で彼らをめつけると、


「【旋風法式サイクロン】!」


 第三位階に位置する風属性の魔法を発動。菜月の膨大な魔力によって尋常ならざる大きさに成長した旋風は、小竜巻となって正面から襲い来る冒険者達を蹂躙した。

「ぎゃぁぁあああ!?」「うおあがぁっ!」「へぶぐっ」などと複数の悲鳴と一緒に強風に殴りつけられるように飛ばされて倉庫の壁に叩きつけられた者が、骨を折るような音を鳴らして悶絶していた。

 どうやら重装備の者は飛ばされず踏ん張ったようだが、盗賊武者バトルシーフ剣舞闘師ソードアリアなどの軽装備の近接戦闘派は次々と荒れ狂う風の暴力に殴り飛ばされている。遠距離の戦狩人ワーハンターの矢は乱れる気流にからめ取られて菜月には届かず、剣系統の武技能力アビリティを発動させた者は武器を手放してしまい、炎を纏った長剣が天井に突き刺さった。あと数センチ左にずれていれば、照明を砕いていたかもしれないので危ない位置である。


「ぎゃははっ! 背後がガラ空きだぜぇ!」


 と、正面は対処出来たから良いが、後ろには手が回らず、易々と死角を取られてしまう。それでも律儀りちぎにかそれとも優越に浸ってか、わざわざ声に出して教えてくれたお陰で、間一髪反応し、身を捻って何とか体の中心をぶち抜かれる事だけは避ける。しかし攻撃事態を回避する事は出来ず、魔力を込めて振るわれた拳が菜月の左肩に直撃した。


「ぐああっ!」


 拳と肩の衝突の瞬間、脳にまで震動が響き、苦悶の声を漏らす口と共に首を通る神経が悲鳴を上げた。

 胸の中心を軸にして独楽コマのように回転し、勢いよく殴り飛ばされた菜月は、何度か地面でバウンドしてから仰向けに停止する。

 骨が折れたかと思うほど左肩が痛む。バウンドのせいで全体的にも痛みが駆けて思わず顔を歪めるが、休む間もなく武闘家モンクの少年によるかかと落としが腹を襲う。為すがままに受ければ、胃の中が空っぽになるほど中身をぶち撒けてしまうだろう。

 迫る危機を前に痛みを無理やり抑えつけて寝た恰好のまま身をよじり、その勢いを利用して立ち上がる。そのままバックステップで距離を取ろうとするが――しかし抑えていた痛みが舞い戻り、足を付いてしまった。


「チャぁーンス!」


 にやりと獰猛に笑い、武闘家モンクの少年が跳び蹴りを放った。――『体術』スキル武技能力アビリティ、【乱飛脚ミダレヒキャク】。


「くっ――ぐはぁあッ!!」


 痛みに身体が言う事を聞かない菜月は、胸を抉るように放たれた脚撃を躱せない。

 少年の体重と魔力によって引き上げられていた暴力的な速度が大砲を身体で受け止めたような衝撃を菜月に与えた。四肢がバラバラに引き千切れ、肉片が飛び散ったような感覚に陥る。

 ドガァァンッと木箱の山を割って吹き飛ぶ菜月。視界は火花が散り、足が胸を、石壁が背部を強打した為、空気が肺から一気に押し出された。鋭い木屑が皮膚を裂き、体のそこら中が鋭い痛みを脳に伝えてくる。


「がはぁっ、おぇ、うぇえ……っ」


 激しい嘔吐感が菜月を襲う。耐えられず吐き出したそれには、鉄臭い赤い塊が混じっていた。


「ハハハッ! 無様ぶざまだなぁ、魔道士ウィザード!」


 エルドの嘲るような笑いが倉庫に響くが、その声が菜月には水膜を叩くような鈍い音に聞こえた。耳に血が詰まった為か、脳がシェイクされてイカレた為かは分からないが、菜月は気にせず――というより、気にする暇もなく――険しい瞳で状況を確認する。

 すると、目が合ったエルドが更に口を吊り上げ、


「おいテメェら、もう手ぇ出すなよ。……後は、オレにらせろ」


 言ってエルドはゴキゴキと指を折るような音で骨を鳴らすと、革ズボンのポケットに手を突っ込み――そこから小瓶を取り出した。

 そしてコルクを取ると、何の躊躇いも無く中身を口に流し込んだ。


(アレは……薬?)


 決して健康に良いとは言えない量の錠剤を水も無しに口に含み、バリバリボリボリと噛み砕く。まるで大量のラムネ菓子を楽しむような咀嚼の末にゴクンと周囲に聞こえるほど喉を鳴らして飲み込むと、更に口元を三日月形に吊り上げ――そして、


「あぁ、ァあ、ア、あああAあアああアああアあああアあアああ亜ああ亜あアあ亜ああアああAあアアあああAアあああアああA亜ああああ亜アあアあアあAあ亜あああアAアああ亜アああアああアAア亜ああ亜ああAあアあアあAあ亜あアアああ亜あアあ――ッッッ!!」


 壊れたような雄叫びを上げるエルド。

 手に持っていた大剣を投げ捨て、薬の入っていた小瓶を地面に叩きつける。まるで取り憑かれたように奇声を上げ、激しく地団太を踏めば、頭を抱え込んでシェイクした。髪を掻き毟り、肌を抉って掻き乱すその姿は、まるで異常量の麻薬を服用した精神崩壊者そのものだった。


「お、おい、エルド……?」


 仲間の一人が、異常なエルドの様子に声を掛けた。

 しかしそれがエルドの気を引いてしまい、何を思ったのか、エルドは彼の顔を鷲掴みにすると、ぐしゃりと握り潰してしまった。異臭を放つ血液と脳漿のうしょうが砕けた頭蓋骨の破片と共に飛び散り、体を付けたままの脳と肉塊はポイッと投げ捨てられる。近くに居た者が「ひぃっ」と悲鳴を上げるが、誰もそちらに意識を裂かず、ただ変わり果てたエルドの姿に目を見開いていた。


「ハハッ、コレガ……コレガオレノ、オレダケノチカラ……!」


 先程までの彼の声とは似ても似つかない変わり果てた怪物の声。――いや、彼のその身体も、もはや怪物と呼んで差し支えないものに変貌していた。

 不自然なまでに盛り上がる胸筋が鎧という殻を割ってその紫色が侵食し始める肌を外に見せ、ゴリラのように茶色の剛毛が覆い尽くす右手はあらゆる障害を粉砕する大鎚を彷彿させる。対して左手はアンバランスなまでに細いが、それは硬質化した骨が刃となり、細身の剣と化している為だ。更に下半身はズボンが破れるほど筋肉が盛り上がり、すねから下が硬い馬のひづめのような素材へ変化していた。

 舌が飛び出し、刺激臭を放つ涎がだらだらと垂れ流しになっている口を歪めると、自身の変貌を実感して歓喜の声を上げるエルドは、その今にも鎖落ちそうな瞳で菜月を睨み――言った。


「サァ、今カラ存分ニ遊ンデヤルヨ、魔道士ウィザードォ!!」


 そして、容赦なく床を抉って加速したエルドの剛腕が、無防備の菜月に迫る――

 次回も読んで頂けると有り難いです。

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