第十六話 人の手で進化せし魔物
少々投稿が遅れてしまい申し訳ないです。
「うふふふ……なかなかイイわねぇ、ユーリちゃん。ここで食べてしまってもいいけど……うぅーん、もうちょっと熟れてからでもイイわねぇ」
唇に人差し指を当て、舌舐めずりするイアミント。『二月の魔女』は黒の長手袋に包んだ左手でアングリー・カウをまるで飼い犬を可愛がるように撫でながら憂莉をどうするか楽しそうに思考していると、やがて何か名案でも思い付いたのか唇に当てていた人差し指を放し、憂莉の方に向けた。
「そうだわぁ! どうせ食べちゃうなら熟れてからの方がイイしぃ……それに、『アレ』のためにも魔力の強い子はキチンと育ってから食べる方がお得だしね。よし、決めたわぁ!」
他人には全く伝える気の無い言い方で自己解決したイアミントはにっこりと笑うと、アングリー・カウを撫でる左手で軽く雄牛の頭を叩く。
アングリー・カウは全く気にした様子もなく「グゥルルルルゥ」と喉を鳴らして憂莉を睨みつけていたが、しかしイアミントの左手が淡く光を放った途端、その全身を不自然にビクリと震わせた。
(なにが……?)
理解不能な状況に憂莉は一度強く両手の長剣を握り直す。意識をイアミントとアングリー・カウ、そして奇襲にも備えて周辺警戒も怠っていなかったが、自身の監視役として付かされたはずのテニーが完全に意識外に追いやられているのは相変わらずであった。テニーはテニーで状況が全く分からず、明らかに戦闘能力が違い過ぎると分かっている者を前に既に放心気味なので、彼自身が自発的に行動を起こすことは無いだろう。つまりは、戦いに巻き込まれた場合、無事ギルドに帰れる可能性は低いと言うことなのだが。
そんなテニーの事は、憂莉は勿論だがイアミントの意識にも入っておらず、ただ妖艶な魔女の眼には、興味深い実験体である憂莉だけが映っていた。
そしてイアミントは奇妙な震えをして停止したアングリー・カウの額に左手を持って行き――
「――【魔性進化法式】」
紡いだ一つの呪文を合図に、歪で妖しい幾何学文様を描いた魔法陣がイアミントの左手に浮かび上がった。
そしてその毒々しい赤紫の魔法陣は引き寄せられるようにアングリー・カウの額に近づいて行くと、ゥヴォゥンという脳を震わせる重低音と共に雄牛の額に吸い込まれてしまった。
瞬間、眩い赤紫の閃光がアングリー・カウの額に浮かび上がった魔法陣から迸った。
反射的に瞑ってしまいそうになった瞼を細めながらも耐え、憂莉はアングリー・カウに対する警戒を最大限まで引き上げる。
――いや、それはアングリー・カウと言っても良いのか、憂莉には判断が付かなかった。
「ガあゴぇアゥゥオォォォオオぉオオおオオオぉオォオオおおオオオ――――ッッッ!!」
歪な全身を駆ける痛みに耐えるように、まるで多数の生物の悲痛な叫びをごちゃ混ぜにしたような雄叫びを上げるそれは、もはや肉が硬そうでステーキにはできなさそうだが、でも焼いたら食欲をそそる香ばしい匂いを漂わせてくれるであろうと思っていたあの雄牛ではなかった。
フラッシュからの数秒間でアングリー・カウはその肉体を内側から強引に変化させられ、ぼふぼふアフロヘアーは色素が落ちた上に頭皮からもごっそり抜けて悲惨な事になってしまっている。異常に盛り上がっていた硬い筋肉は、焦げ茶の肌が腐って剥がれ落ち、剥き出しになっていた。雄々しく黒光りする角は健在であるが、二十センチ程だったものがさらに伸び、倍化していた。突進でも喰らったなら、あの凶暴な角に貫かれて容易に身体を引き裂かれてしまうであろう事は想像に難くない。それほどに、元アングリー・カウは変化――いや、『進化』させられていた。
「うふふふふ、あははははっ! どうかしらぁ、私の作品ちゃんは! 可愛いでしょう? 素晴らしいわよねぇ!!」
嗚呼――こいつは完全にイっているなと、ただ憂莉は冷めた頭で思いながら、狂い笑うイアミントと彼女によって改造されてしまった憐れな魔物を眺めていた。
「生物実験……どこの世界でも、やることは変わりませんね」
その対象に異常で奇妙な生態を持つ魔物を当てることが出来る分、こちらの方が随分と厄介ですが――と憂莉は心中で呟く。
しかしそんな憂莉の心境など気にすることも無く、イアミントは笑いながら言い放つ。
「さぁさぁ可愛い実験体ちゃん達! 踊って死闘して喰らい合って――私を楽しませなさぁい!」
自分の言いたいことだけ好き勝手に告げ、イアミントが右腕を翳すと、魔女は影に溶けるように飲み込まれていった。
周囲にイアミントの気配と魔力が消えたことを確認した憂莉は、恐らく特殊な転移魔法の類だろうと勝手に判断し、一度イアミントの存在を意識の外へ追いやる。余計な事にまで意識を回していて勝てる相手ではないと、元アングリー・カウの化け物に対して憂莉は直感で判断していた。
(最初からちょっと歪でしたが、怒れる雄牛を元にして作り変えられた化け物……いや、進化させられた魔物…………進化せし魔物ってところですかね)
心の中で眼の前の怪物に対してそう名づけ、憂莉は双剣を構え直した。そしてこの世界に来て初めて確認したスキルのなかで、唯一レベルがOverではなく数字で表記されていた『肉体・身体能力強化』を発動させ、自身の肉体と身体能力を強化した。
肉体強化によって全身の皮膚と筋肉、骨に魔力が通って通常の二倍近く強化され、身体能力強化によって動体視力や思考速度が高まる。スーパーマンに変身するように劇的に強くなるわけではないが、それでも通常時からかなりの強さを誇る憂莉にとって二倍は大きい。
今はまだ憂莉の『肉体・身体能力強化』はレベル87だが、スキルレベルが上がればその倍率はさらに上昇する。それを楽しみにする反面、身体が慣れずに強化された肉体に振り回されないようにしないといけないですねと、密かにぶっつけ本番になったことを悔いていた。
だが、今後悔しても遅い。それに、強化を使わずに勝てるとも思えない。
面影はあるが、明らかにアングリー・カウとは違う姿の魔物。そして、既存の魔物を魔法で強制的に進化させた、異常生物。
それでも、殺せば死ぬという生物の本質は変わらないのだが。
「グゥルルルゥルルルルァァ」
アングリー・カウを基にした進化せし魔物は、幾多もの生物の声を合成したような奇妙で気色悪い唸り声を上げ、突進の構えを取って獲物――憂莉を睨んでいた。
対して、ネクストフォーマーの殺気を正面から受け止めたまま憂莉はゆっくり息を吐くと、一度肩の力を抜いてリラックスしする。――ただし、構えの体勢を解かないまま、だが。
そして再び全身に力を戻し適度な緊張を得た時には、先程までとは比べ物にもならないほど鋭利で底冷えのする殺気を宿していた。
「――……」
「グゥルルルルゥゥ……」
言葉は無い。元より、魔物に交わす言葉は持ち合わせていない。
これは、この世界に来て初めての強敵との殺し合いだ。これでどれだけ戦えるかで、これからの生存率が変わってくるだろう。
負ければ死しか無く、勝ったとしてもボロボロではこれからこの世界で冒険者として生きていくためにかなりの努力が必要となるだろう。
――だが、元より憂莉には、この程度で躓く気は無い。
(せっかく菜月先輩と二人で邪魔な奴らのいない世界に来たって言うのに、初日から死んでは元も子もありません)
だからこそ、殺る。
求めるのは完全な勝利であり、そこに敗北はありえないのだから。
これは、ルールのある試合でもなければ決闘でもない殺し合いのだ。
故に、合図は無かった。
「グラァァァァァアアアアアアアアアアアア――ッ!」
きっかけも無く地が抉れるほど強く蹴り、最大速度のダンプカーを彷彿させる勢いの突進をネクストフォーマーは繰り出した。それは異常なまでに強化された脚力が生み出す産物だが、しかし体勢から突進でくることを読んでいた憂莉はネクストフォーマーが突進の為に僅かに重心を変えた瞬間、右へサイドステップを踏んでいた。
明らかに平均レコード1000pt代の魔物とは一線を画した速度で突っ込んできたため、いくらか余裕を持った回避でもすれすれである。憂莉は誰にも聞こえないくらいで小さく舌打ちを零すと、相手が動くよりも早く走り出した。腰を低くし、両の手に長剣を提げたまま、大きくネクストフォーマーの周りを憂莉は駆け続ける。
「グルゥ……ゥアアアッ!!」
いつまでも攻めてこず、かといって高速度でぐるぐると周囲を回っているために方向転換の利きにくいアングリー・カウを元にしたネクストフォーマーは手を出せずにいた。
しかし、先に動いたらやられるのはネクストフォーマーだけであり、憂莉は違う。
「ふッ!」
相手の死角である背後に回った所で、憂莉は流れを絶つように地を蹴って進行方向を直角に曲げた。
ネクストフォーマーより二、三メートル離れたところを回っていたため、それほど離れていない。憂莉はネクストフォーマーが振り向くより速く得物のリーチ内に捉えると、双剣でクロスを描くように斬り込んだ。
「ブモォォァア!?」
アングリー・カウが色濃く残っているのか、牛のような悲鳴を上げて痛みに悶えるネクストフォーマーへ、憂莉は間髪入れず双剣を振るう。
だがネクストフォーマーも追撃をむざむざ喰らってやられる気など全く無い。
ネクストフォーマーは異常な筋肉で盛り上がった一見鈍重そうな巨体に似合わず軽快なフットワークで憂莉の斬撃を躱すと、素早く身を翻して突進を開始した。
(ぐ――近いっ!)
十分な距離があったならば、回避することも可能だった。
だが、攻撃を喰らわせた直後であるため必然的に互いのリーチ内に居た憂莉には、初速であり得ないほどのスピードを見せる怪物の突進を躱すことはできない。目で追うのが精一杯であった。
「ぐあっ……がはァッ!!」
反射的に双剣を動かしたお陰で長い角で腹に穴を開けられることは避けたが、数トントラックとの衝突時程の威力を殺すことは不可能だ。全身を押し潰されたような衝撃を受け、肺の中の空気を全て吐き出しながら憂莉は一秒の内に約十メートルを吹っ飛ばされた。
(うぐっ……これだけは使いたくなかったのに……ッ!)
このままでは硬い岩石の壁に全身を叩きつけられ、全身の骨を粉々に砕かれると判断した憂莉は、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべながら、意を決して眼を閉じた。
決してこれから襲い来る痛みに対して逃げているわけではない。神頼みで、誰かが助けてくれるのを待っているわけでもない。憂莉が目を閉じたのは、ただ自身の『力』と向き合うためだ。
思い浮かべるのは、体内を巡る――血液。
血液は、即ち力。
天道三大家一条の血筋に流れる、神魔の力――『銀虐魔王の血脈』を解き放つ。
「――解放」
憂莉がそう小さく呟くと同時、少女の小さな身体は勢いのまま圧倒的な速度で岩石の壁に叩きつけられた。
無事であるはずが無い。その暴力的なまでの速度で硬い物質に衝突し、無傷であるはずが無い。
ネクストフォーマーはそう確信したのか、「ブルルッ」と勝ち誇るように鼻を鳴らした。
――だが。
その刹那、牛に似たネクストフォーマーの黒い鼻は、その口ごと斬り裂かれていた。
「――……?」
口と脳が繋がっていないため、声は上がらない。しかしその呆然とした表情には疑問が浮かび、現常が理解できぬまま、次は太い巨躯とは不釣り合いに細い尻尾が斬り落とされた。
そこでやっと、宙に舞う紅い液体と自身の体を切断する者の姿を視界に捉え、ネクストフォーマーは理解した。
「――遅い」
淡く輝く月光のような銀髪のツインテールを揺らし、薄く開かれた瞼の奥から血のような紅の瞳を覗かせる真祖吸血鬼の少女は、二本の鋭利な牙を光らせる口より、ただ一言そう言い捨てて。
――右の長剣を振るい、妖しく美しく染める紅を周囲に散らした。
決着が早いのは私の力不足です……すみません。
もっと戦闘が上手く書けるようになりたい! と日々思ってます。
次回も読んで頂けると有り難いです。




