序章二 チートをくれない女神様
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――次に東雲菜月が目を開けた時に映ったのは、ただただ真っ白な空間だった。
果てなど無いかのように白一色の世界。目が痛くなるような光景だが、菜月は目はおろか体全体に何も感じなかった。
感覚がないわけではない。ただ地面すら白で立っているかも分からないそこに『居る』ことは実感しているし、左手には何かを握る感触があった。
「――……え?」
と、そこで菜月は初めて声を出す。
声が出てそれが聞こえるということはこの場に空気があることの証明だが、呼吸も忘れて思考を停止した菜月は、ギギギと壊れた人形のようにゆっくりと首を動かすと、自分の左側へ視線を向ける。
――そこには、紫苑の髪を紅のリボンでツインテールにした、男なら思わず誰しも見入ってしまうくらい可憐な少女、一条憂莉が、菜月と同じように手を握って白の世界を見渡していた。
高校指定制服にしてはお洒落な緑と茶のチェックのスカートと、暑さにも屈せず長袖のブラウス。盛り上がる胸元には青いリボン。あの放課後の屋上で彼女を見た時と同じ恰好だった。それは自分も同じで、身を包んでいたのは深緑の地に黒のラインが入ったズボンとYシャツだった。
憂莉は菜月の声に気付くと、こちらに振り向き、顔を赤らめせて菜月の腕に体を絡ませてくる。菜月はYシャツの袖をまくっていたため、どうしても肌が触れてしまう。
「せーんぱい♡」
ボリュームのある胸の間に腕を挟まれ、菜月は顔が赤くなるのを感じる。憂莉のとろんとした表情を見ていると色々まずい気分になってくるので顔を背けると、彼女の不満そうな視線をひしひしと感じる羽目になる。
(つか、それよりこれはどういうことだ……?)
左側に感じるものをいったん全て思考から追い出し、再び菜月は真っ白の世界に目を向ける。
するとさっきまで誰もいなかったそこに、一人の女性が立っていた。
酷く綺麗な女性だ。すらりと流れる金髪を足につくほど伸ばし、身に纏う純白の貫頭衣は女性の神々しさを引き立てていた。眼の色は輝かんばかりの黄金。ヨーロッパの絵画に描かれるような女神さながらの優美さと威厳を感じ、菜月は思わず息を呑んだ。
――だが次に放たれた言葉により、その息を吐くことになった。
「あ、いちゃいちゃしてるところ悪いんだけどね。とりあえず時間もないし私が『上』に怒られるから、話を聞いてくれない? まあぶっちゃけ私がしなくても現地で情報集めてもらってもいいんだけどさ、一応ね? すぐに死なれても困るし? あ、いやね、別に羨ましいとかそういう訳じゃ無いんだけどね?」
早口で捲し立てる金髪の女性。菜月は数秒間半眼のまま停止した後、
「いや、そもそも誰だお前!?」
至極当然の質問を返したのだった。
対して金髪の女性はなぜ質問されたのか分からないといった調子で首を傾げる。
「私? いやはや私は女神ですよ? 見て分かりませんかねぇ」
「あぁお前頭がおかしいんだなそうかそうか。今日はよく狂った頭の奴に出会うなー」
言いながら菜月は横眼に未だ菜月の腕に体を絡ませている後輩を見る。視線を向けられた憂莉も女神と名乗る頭のおかしい奴と同じように首を傾げた。その様子はとても可愛らしいのだが、菜月が感じたのは『頭のおかしい奴は同じような反応を返すものなのか』という妙な方向に逸れてきた思考に基づくものだった。
菜月は視線を自称女神に戻すと、呆れたという調子で質問を投げかける。
「で? メガミサマはいったいなんだってこんな場所に俺達を? つか俺ら死んでたよな?」
「あ、うん。死んでたね。学校の屋上から飛び降りて生きてるわけないよね、どこのアクションマンガだよ? そうそう、君らが死んだ数分後に哀れな教員が死体を発見して、そのグロさに失禁したんだけど見る? 録画してあるけど」
言いながら妙に気さくな調子の自称女神が軽く手を振ると、彼女の前に透明な空間映像が浮かび上がった。それをまるでタブレット端末を操作するかのように適当にタップしたりスライドしたりすると、最後に菜月の方に弾き菜月の目の前に飛ばしてきた。
まるでVRMMO系の小説によくある空中に浮かぶウィンドウのようなものの中に、夕日に包まれる校舎が映っていた。そしてだんだんとカメラが下がって行き、やがて地面が見え始めると、何かが潰れた赤いものが――
「もういい、もういいからとりあえずこれを消せ。自分の死体とか見てて気持ちのいいもんじゃねえ」
完全に映る前に目を逸らすと、降参とばかりに両手――は無理なので右手を上げる菜月。何故か憂莉は興味しんしんとばかりに食い入るようにウィンドウを覗いていたが、「それもそうかなー」と呟いて再びタップ&スライドをした自称女神(死体の盗撮趣味の可能性あり)の手によって映像を消され、少し不満そうに眉を顰めていた。
しかし、これで自分たちがすでに死んでいることが判明した……というかしてしまった。結局自分をクッションにしたくらいでは憂莉は助けられなかったようだ。それは残念だが、そこから別の疑問が浮上する。
「……それで? 何で死んだ俺らがこんなところにいるんだ?」
「ありゃ、あんまり混乱しないんだね、つまんねぇ……」
「オイ今つまんねぇとか言わなかったか」
額に青筋を浮かべ睨む菜月の視線から目を逸らす自称女神。ひゅーふすーと下手糞な口笛を吹き明後日の方向を向くが、白々しすぎる様子にもはや嘆息しか出ない。これが女神? コンビニの近くに病院があるから行ってこい。
「……まあそれは置いといて、貴方達がここにいる理由? そんなの死んだ魂を私が回収したからですけど何か?」
「先輩、この女もう駄目です。こんな痛い奴放っておいて、わたしだけを見て下さい」
「いや君も人の事言えないよね!? 二人揃って精神科受診して来いよ!?」
「ああ、ああ、あの女の事を先輩が口にする……殺った方がいいかな、いいよねそれがいい」
憂莉の赤紫の瞳から光が消えると、密着していた体を離し、どこからともなく二本のナイフを抜き放つ。その鋭利な刃は小さいが確かな殺傷性を持っており、首を掻っ切れば即死に持っていくことも可能な事が菜月に嫌な汗を噴かせた。
「オイちょっと待てお前、今そのナイフどっから取り出した!? つか相手が女神だったらそんな金属の刃なんて効かねえだろ……」
内心ひやひやしつつも羽交い絞めにして憂莉を止める菜月。憂莉は自称女神を恨めしげに睨んでいたが、やがて体が密着していることに気付くとすぐに身を翻して抱きついてくる。
一瞬、ナイフが刺さらないかドキッとしたが、背に回された憂莉の手には金属なんぞ握られておらず、取り出した時と同じく気付かぬ間に消えていた。
その状況を半眼で眺めていた自称女神は眉をぴくぴくと痙攣させると、眼尻に涙を溜めながら悲鳴を上げるように叫んだ。
「ねーちょっといちゃいちゃはあとでって言ってるでしょ!? 私への当てつけなの!? もう皆死ねばいいのに! 私だってイイ男といちゃいちゃらぶらぶしたいのにィ!!」
「……もう死んでるんだがな」
ツッコむ気力が消えかかっていた菜月は、フッと澄まし顔で呟いた。上げ足を取られた自称女神(欲望全開)はムキーッと何もない空間から取り出したハンカチを噛み千切らんとする。つか皆、何で何もない所から色々取り出せんの? むしろ出来ない自分がおかしいの? と、だんだん自分を疑い始める菜月。憂莉は憂莉で菜月の胸板に頬ずりをし、時折匂いを嗅いで顔をとろけさせている。……流石に身の危険を感じ始めるのだが。
「……それで、結局何で俺らはアンタに魂を回収されたんだ?」
この際魂とかあったのか、とかそんなこと出来んのか、とかは放っておくことにする。多分訊いてもよく分からないだろうし、理解可能領域を超えて脳の血管切れたら悲しいし。……あ、死んでるから脳の血管切れるとか関係ないか。
話しが進まな過ぎてだんだん質問するのにも疲れてきた菜月の問いかけに、自称女神は本当に噛み千切ったハンカチを虚空に投げて消滅させ(原理不明)、新たに取り出したハンカチで涙を拭うとけろっと調子を戻して答える。
「まあぶっちゃけ暇潰し? ……あ、ごめん本当は『上』から言われたからやったんだけど、何でやるのかは知らないから説明できないや」
「うわぁ使えねえ。お前ほんとに女神?」
「使えねえとか言うな! 私だって『上』の奴らがいなければこの世界ではトップなのよ!」
じたばたと暴れる女神(?)。じと眼で菜月はその様子を眺めていたが、自分より見た目年齢の高い人が子供のように駄々をこねているように見えるこの状況に笑えてきて思わず噴き出す。憂莉は菜月に抱きついたまま顔だけ女神(笑)に向けると、人を馬鹿にした嘲笑を浮かべていた。
しばらく暴れていた女神はぜえぜえと肩で息をすると、手の甲で汗を拭い、突然ビッと人差し指を真っ直ぐ菜月に向けてきた。
「と・に・か・く! 君達はこれから異世界に転生してもらいます!」
「帰れ」
「黙らっしゃい! というか、ここ私の空間なんだから帰るの君達だよね!? あ、この場合帰るのは輪廻の輪になるから」
死者が帰る場所だから当然だよねーと笑う女神。
「いやいや、転生するんだったら輪廻の輪に入るんだから、どちらにせよ変わんねえだろ。つかなに? 異世界? お前頭大丈夫?」
「五月蝿いもう黙って私の話聞いてよ!? ……まあとりあえず、異世界に転生するのはもう決定事項だから諦めて。意見があってもそれ私に言うのは筋違いなのでやめてね」
ああ疲れた面倒臭い誰か代わって、と全身からオーラで発する女神の言葉に反応したのは、菜月ではなく憂莉だった。
「その転生、東雲先輩と一緒に出来ますか?」
「え? うん、勿論そのつもりだけど」
「よし。女神たまにはいい仕事しますね」
だいぶ酷いことを言っているが、女神は涙を浮かべたまま「もういいや……」と諦めた調子だった。
その様子に菜月は苦笑いを浮かべると、かなり考えるのを放棄していた思考を戻す。今更考えたところで何かが変わるわけでもなさそうだったが、どうせこんな状況になったのなら楽しもうと吹っ切れることにする。
「その異世界ってのはどんなとこなんだ? やっぱ剣と魔法の冒険もの? チートもくれんのか?」
個人的に重要な質問である。なにせ異世界転生ものと言ったら剣と魔法と授かったチートで無双するもの、という印象があるのだ。それが出来ない転生はちょっと御免蒙りたい。
そんな心境を含んだ菜月の質問に女神は笑みを返す。
「うん、剣と魔法の冒険ものはばっちりだよ。ただまあ、貴方達にチートはあげないけど」
「…………は?」
「だから、剣と魔法の冒険ものはばっちりだって」
「いやそっちじゃねえよ?」
「え? ああ、貴方達にチートはあげないよ?」
「……………………お前、やる気あんの?」
こいつ馬鹿じゃねえの参考書読んで出直してこいよ? と続ける菜月に、女神は心外だとばかりに首を振る。
「だってまあ、貴方達にチートとかいらないだろうし。あ、でもこれだけは渡しておくわよ」
そう言って女神が手を振りウィンドウを呼びだすと、素早く操作し一つの項目を選択した。ピロリン、と電子音的な交換音が流れると、菜月の前にも同じような透明なウィンドウが浮かび上がった。
それと同時に憂莉も菜月から離れたことから、彼女にも同じ物が来たのだろう。
ウィンドウには、やけに綺麗な明朝体でこうメッセージが書かれていた。
『スキル「ラグナスヘイム語」を習得しました』
OKと書かれたボタンをタップすると、ピロンと先程よりも短めの交換音が鳴り、ウィンドウが消滅する。
「……これは?」
眉を顰めて女神に視線を向けると、大きな欠伸を零していた女神は慌てて笑みを作る。若干口元が引き攣っていて哀れだった。
「これで貴方達は異世界『ラグナスヘイム』でも会話や読み書きができるわよ。ただまあ、古代語とか形態が違う妖精種語や小人種語は無理だけど。そっちは自分たちで何とかしてー」
「マジで使えねぇこの女神!!」
くれるスキルも日常生活範囲であり、まったくチート効果無し。しかもあとは独学とは、こいつもう女神辞めて輪廻の輪に加われよ。
「まーまーそう言わずに。ほら、とっとと転生させるけど、最後に何か質問ある? 綿棒くらいなら持たせてあげるけど?」
「なぜ綿棒……? つか待てこれで行けと!? 制服に防御力とか皆無なんですが!?」
「あ、先輩大丈夫です。先輩を傷つけようとするゴミはきちんとわたしが掃除しますので」
「やけに自信満々だが、守るのは普通男の役目では……?」
言い切る憂莉に背筋が冷たくなるものを感じ、頬を引き攣らせながら言う菜月。だがその返答が返ってくるよりも先に、女神がポンッと手を叩いた。
「それじゃ! 転生といきますか!」
「え、ちょ、ま、本当にこれだけで行かせる気か馬鹿女神!?」
「勿論ですがなにか? あ、ハーレム作るときは女の子の心もきちんと考えてあげてね?」
「んなこと聞いてねえよ!?」
「先輩……ハーレム……? はは、ははは、沢山血が見れますねうふふふふふふふふふ」
「怖いっ!? ちょ、一条、さん? やめてねつかハーレムとか俺には無理だからとりあえずその笑いを止めようか?」
光の無い瞳をさ迷わせる憂莉に、だくだくと頬に冷や汗を垂らす菜月。そんな二人の状況なんぞお構いなしに女神は両手を上げ、にこやかに微笑んだ。
「それでは! 『九つの星樹界』での異世界ライフを、どうぞご堪能あれ!」
その一言を最後に、再び意識は暗転した。
ヤンデレ感はどうなんでしょうか。書いてると自分ではよく分からないです……。
でも個人的には憂莉好きなんですよね。
次回も読んで頂けると有り難いです。




