第十二話 適性属性
「はぁ、はぁ。……ここまで来れば、大丈夫」
以前憂莉が四肢を斬り落として芋虫状態にしたベルガーの仲間の男達から逃げるために、菜月が避けられない背後からの攻撃から何故か助けてくれた少女の先導で路地裏を駆けた菜月は、十分程かけて男達――遭遇したばかりの時のような覇気が無く、あまり追う気が無い者も数人見受けられたが――の追跡を振り切り、路地裏に建つとある小屋に身を潜めていた。
外見はぼろくて廃屋のように思えたが、中はそうでもない。こちらの世界では中流家庭と同程度の家具の質だろう。ただ、少しばかり古いのが気になるが、それはそれで雰囲気がある。
木製家具を基本とした内装は綺麗に整えられており、有名な職人の紋章が掘られた椅子や小道具などもあったが――何より目を引いたのは本棚の数だろう。
樫造りの壁のほとんどが見えない程に本棚が並び、その全てが書物で埋まっていた。古ぼけた物から真新しく傷一つないような物まで様々だが、魔道書や宮廷魔道士の魔法研究を纏めた本など、どれもこれもが魔法に関した物だった。
目を引く物はそれだけではない。棚やテーブルの上に魔法具や解析中の石版、思考錯誤の末に生み出したであろう魔法陣を描いた紙など、どうも魔法が浸透していない平民には必要の無いような物が溢れていた。
――いや、この小屋の持ち主が菜月を助けてここまで逃げながら連れて来てくれた少女だというのなら、それも納得できるかもしれない。
彼女は、戦狩人の男が放った【三つ星撃ち】の矢から菜月を守る際、【土壁法式】の魔法を使用していた。魔法が使えるのなら、魔法を研究する環境が整った場所に住んでいてもおかしくは無い。
菜月は駆けこんだ際に乱れた呼吸を整えると、視線を部屋から少女に戻す。
「――――……」
思わず息を呑んでしまう程、美しい少女だった。
腰まで流れる林檎の様な赤髪は、少女が肩で息をするたびさらさらと揺れる。肩から前に分かれる赤毛が豊富な胸に乗り、まるで魔性に惹かれるように視線を奪われてしまう。胸元に覗く鎖骨が走った後で身体が熱くなった為か朱に染まり、滲む汗が絹のように木目細かく白い肌を艶めかしく見せていた。
そのまま視線を上に向ければ熱い吐息が漏れる桜色の唇に引き寄せられる。思わず吸い寄せられそうになる思考を意思の力でねじ伏せた菜月だが、そのあまりの整った顔立ちに再び息を呑んだ。
少しだけ幼さが残るが、線が細く切れを見せた少女の顔は美しく、また憂莉には無い魅力があった。憂莉が妖精のような可憐だというのなら、彼女はまさに天使のような美麗だろう。憂莉という規格外の美少女に見慣れた菜月でも思わず見惚れてしまうほどに美しい少女だった。
そして、少女には身の内から溢れる、オーラがあった。人の上に立ち、人を従え、人を使う――支配者の雰囲気が彼女から感じられた。
一度目にしたら二度と忘れられない程に印象的な美少女。しかし菜月は、この少女にどこか見覚えがあった。
背に付けるのは剣ではなく杖。身に纏うは防御力など皆無の漆黒のローブ。金属製の防器具がブーツにしか付いていない。――そして、目を奪われるほどの美貌。
(……もしかして、昼の店に居たパーティーの魔道士か?)
昼食をとりながら職業について情報収集をしていた際、飲食店の店員が例として指した少女だ。
あの時は距離が離れていたため目を完全に奪われることは無かったが、間近で目にすれば憂莉で付けた耐性など虚しく消えてしまった。それでも菜月は前の世界で通っていた高校の異様に高い美少女率と自身のコミュニケーションが苦手なお陰《?》で身に付いた『相手は俺の事など気にも止めてないから自分も同じく気にするな』スキルを駆使し、なんとか平静を保ちながら口を開いた。
「えっと。助けてくれてありがとう」
少女が何者であれ、助けてもらったことに変わりは無い。少女が同年代であろうと推測していた菜月は敬語を使わずに――冒険者同士なのだから、相手がよほどの者でなければ問題ない――礼を述べると、少女は膝に手を付いたまま顔だけ上げ、金瞳の眼をぱちくりとさせた。
その表情が驚いているのだと悟ると、菜月は眉を顰めながら問いかける。
「……なんで驚いてんだよ? お前――じゃなくて、あんたが助けてくれたから礼を述べたんだが」
大して変わっていない言い直しをしながら問うた菜月に対し、少女は「ごめんなさい」と短く言って謝った。その表情は無表情に近かったが、少しぎこちない微笑を覗かせていた。恐らく、感情表現が苦手なのだろう。
「本当にごめんなさい。冒険者になる人ってほとんど教養を受けてない輩だから、礼なんて知ってたなんて驚きだった」
「失礼な言い方だな、あんた。貴族の三男とか没落貴族とかなら、冒険者になっても教養受けたことは変わらねぇのに」
「それが使いこなせない阿呆が多いの。あと、失礼なのはあなたも同じ。わたしの名前は『あなた』じゃない。エミアリス。エミアリス=ウェン=ウィーゼルハイト=セル――…………いや、今はただのエミアリス」
「…………はぁ。俺は菜月だ。苗字は東雲。よろしく、エミアリス」
言いかけた無駄に長く多い苗字から厄介な事情があるとびしびしと伝わってくるのだが、ここは我関せずで静かに流す。
ファンタジーものでは苗字が長いとかミドルネームがある人は大抵国の偉い貴族だったりするのだが、昼の店の店員から聞いた話ではこの世界でも同じらしい。例えばエミルフィアの統治国であるシフォリール聖王国の王の名はエルゴレスタ=ヴァン=ヘルヴァイス=シフォリールなのだが、ミドルネームを二つ付けることはシフォリール聖王国では王族だけに許されている。南方のアルバトリア王国は王族の男は三つ、女は二つなどのルールがあるらしい。北方のセルデセン帝国は聞かなかったが、似たようなものだろう。
推察中に菜月が微妙な表情を浮かべていると、少女――エミアリスは相変わらず無表情のまま口を開いた。
「宜しく、ナツキ。……それで、さっきの彼らは知り合い?」
「あの男達のことか? あいつらはあの時あったばかりだが、そいつの舎弟なら俺の仲間が半殺しにしちまった。その仕返しだそうだ」
「なるほど。それはどっちも悪い」
「……どっちも? つっても、今回も半殺しにした時も先に手を出してきたのはあっちだぜ?」
菜月としては相手が先に手を出してきたので正当防衛――憂莉のものは過剰防衛な気もするが――のつもりなので、どっちも悪いと言われても納得できない。だがエミアリスは首を横に振った。
「まず襲ってきたあいつらは悪い。そして、手を出されたからと言って反撃したあなたの仲間も悪い。それを止められなかったあなたも悪い。以上」
「いやちょっと待て。命の危険があったら攻撃しても文句は言えないだろ」
「そうでもない。確かに冒険者協会は事情がある場合は冒険者同士の殺人を容認してるけど、推奨してるわけじゃない。それに、これからはもっと冒険者同士の殺し合いについての罪は厳しくなると思う。……まあ、それは置いておくとして。一応死人はいないからお咎めは無いけど、問題を起こしそうになった以上注意は受けるはず。あまり注意を受けすぎると印象が悪くなって仕事を受けにくくなるから気を付けておくように。以上が冒険者の先輩からの忠告」
「……忠告はどうも。だが、殺されそうになったら普通は反撃するだろ。手を出すなと言われても無理だ。今回みたいに逃げても、逆に相手の勢いを増させるだけだ」
「後半については同感。だけど、攻撃しなくても相手を退けられるくらいの力を付ければ問題ない。力は正義。この世界はそれだけを求めているの」
確かに圧倒的な力を持ってしまえばあの程度の輩は手を出せなくなるだろう。だがそんな簡単に力の差がつくわけではない。日々生活するために冒険者をやっていれば、少しずつでも自然と強くなっていくものだし、相手が負傷で実力を失う以外に急激に差を広げることは不可能だ。
それに、そんなに簡単に強くなれるのなら、この世界に魔物なんて残っていない。人間が圧倒的な強さを得て蹂躙してしまえばいいのだから。
そのことを菜月が言うと、エミアリスは淡々と――だが、目を輝かせて言った。
「出来る。ナツキなら絶対に出来る。だって、あなたは魔法が使えるのだから」
そう言ってからエミアリスは「少し待ってて」と菜月を部屋の椅子に座らせ、自分は奥の部屋に消えて行った。菜月の座る角度からは中が見えなかったが、五分ほど経つと、エミアリスが水晶の様な物と拳サイズの無色透明な宝石を持ってくる。
そして先に無色透明の宝石を菜月に差し出すと、興奮しているのか鼻息荒く言った。……相変わらず、表情の変化は乏しかったが。
「これを手で包んで、魔力を流し込んで。そうすれば、あなたの適正属性が分かる」
魔法の事になると急に態度が変わってずいずい来るので菜月は戸惑うが、勢いに押されて宝石を受け取り、大人しく言われたとおりに宝石に魔力を流し込んだ。
なんとなくだが、全力で流してはいけない気がしたのでいくらか抑えて流した。感覚的には、先程【風刃法式】で男の大剣を切り裂いた時の三分の二くらいだ。あの時は大分相手や周りの人が驚いていたので、籠めた魔力量が異常だったのだろう。
実際、菜月自身は「あ、ちょっと入れすぎたかも」くらいの気持ちだったが、ミスリルの刃を切り飛ばしたのである。流石に認めなくてはならないだろう。自分の保有する魔力量が異常であることを。
それは今日、面と向かって初めて他人から告げられる。
しかし、魔力量より先に、菜月が魔力を流したことによって様々な色が入り混じる虹色の輝きを放った宝石をじっと見つめるエミアリスが、
「――ぜ、ぜ、全属性……適正……!? そんな、全属性適性者なんて、五百年に一度いるかいないかなのに……!」
「……それって、どのくらい凄いんだ?」
確かに五百年に一度いるかいないかの確率のものを自分が持っていたというのは凄いことなのだろうと理解できるが、全属性適性のどこが凄いのかいまいちよくわからない。適性というくらいだから普通一つか二つなのだろうと推測はできるが、実感が無いのが菜月が理解出来ない原因だった。
そのあまり驚かない菜月の様子にエミアリスは驚愕するように目を――僅かだが――見開くと、信じられないと言って菜月の顔にずいとさらに顔を寄せ、半ば悲鳴のような声で説明する。
「凄いに決まってる!! 一般的な魔道士の適性属性は一つか二つ、多くても四つが限界。それをあなたは九つ全て持っている! 通常、適性のある属性の魔法は十の魔力で十五の威力が出せる。でも、適正が無い他の属性の魔法は十の魔力で七、下手をすれば三や一ということも有り得るの」
「えと……それはつまり?」
「あなたは全ての魔力において、十の魔力で十五……才能と技術次第では、三十も四十も引き出せる! それは本当にあり得なくて、素晴らしいことなの!」
無表情だったエミアリスの顔も、今は真剣で必死なものに変わっていた。
そのあまりの迫力に菜月は屈し、「わ、わかった」と上擦った声で返す。情けない声だが、絶世の美少女に手一つ分の近さまで顔を近づけられ、さらに異様な迫力で迫られれば、よほどの剛胆な者でなければまともに返事をすることなどできないだろう。菜月は美少女――というか女性経験が少ないので、余計に駄目だった。異世界に来てから大分耐性は付いたと思っていたのだが、まだまだのようだ。
勢いに負けたとはいえとりあえず納得を示した菜月にエミアリスは一度息を吐くと、異様に上がったテンションを平時まで下げてから、時間経過でまた色が無くなり透明に戻った宝石と交換で水晶を渡した。
水晶を受け取った菜月が使い方が分からず首を傾げると、エミアリスが「水晶の上に手を翳して」と指示を出す。それに従い、菜月が淡い水色の水晶に手を翳すと――変化が起きた。
水晶の色と同じ淡い水色の魔法陣が幾重にも浮かび上がり、立体となってそれぞれの起動で公転を始める。その光景が幻想的で目を奪われていると、しゃらんという鈴に似た音と共に、空間映像が浮かび上がった。
それは菜月が自力で出せるステータスウィンドウと同じ――いや、映し出されている内容は菜月の出せるものより劣るし何故か一部文字化けも起こっていたが、外見はほとんど同じものだった。
そしてそこに記されていた数値は、前回見た時より多少数字が変動したものだった。
◆―……―◆
氏名 ナツキ=シノノメ
種族 人間種n,"eq.)~魔sシHy<
性別 男
年齢 十八歳
レコード 0024pt (評価E)
基礎体力値 9293pt
基礎筋力値 7646pt
基礎魔力値 測定不能
スキル 『不明スキル』『不明スキル』『不明スキル』『魔法制作』『魔法解除』『無詠唱』『千重詠唱』『魅了C』『魔法・全EX』『阻害系無効』『対魔力A』『魔力回復S+』『不明スキル』『不明スキル』『不明スキル』
◆―……―◆
前回、目覚めたあの森で確認した時のレコードは0000ptだったが、いくらか上がっていた。同じく基礎体力値は9288ptだったが5pt上がって9293ptになっており、基礎筋力値は7631ptから15pt上がって7646ptになっていた。基礎魔力値は測定不能と表記の仕方が変わっているが、元が///XXXXとおかしなものだったので気にしないことにする。正確な数値が分からないのは辛いのだが、測れないものは仕方がないだろう。
スキルの方は『???』だったものや『天魔術』に『永劫魔力』、女神から授かった『ラグナスヘイム語』『女神の祝福』『女神の嫌み』の三つのスキルが『不明スキル』となっていた。
この水晶ってあんまり機能良くないのかな? などと菜月が呟くと、それが聞こえたエミアリスが先程より真剣な顔で答えた。
「そんなわけない。うちのギルドの能力情報測定水晶はシフォリール聖王国に伝わるものと同等のものだし、故障は魔力切れ以外起こらないはず。……文字化けは初めてじゃないけど、『不明スキル』って一体どんなスキルを貴方は持ってるの……?」
「……まて。今、うちのギルドって言ったか?」
「言った。……ああ、そういえば紹介してなかったっけ」
話が逸らされて若干不満気味のエミアリスだったが、ふとまだ紹介していなかったことを思い出し、「仕方ない」と言ってから無表情のまま菜月を真っ直ぐ見詰めた。そして、どこか誇らしげに言い放つ。
「――ようこそ、魔道士ギルドエミルフィア支部、〝純白百合花〟へ。ナツキ、あなたが魔道士ギルドを探していると町の人から聞いた。わたしはあなたを歓迎する。共に、魔道の極みを目指そう」
本当は戦闘も書きたくて始めたのに、全くバトルしてない事実。
次回も読んで頂けると有り難いです。
◆ 2017年 7月31日:ステータス及びスキル表記を変更
Before
『氏名 東雲 菜月
種族 人間種n,"eq.)~魔sシHy<
性別 男
年齢 十八歳
レコード 0024pt
基礎体力値 9293pt
基礎筋力値 7646pt
基礎魔力値 測定不能
スキル 「全属性魔法」「精霊術」「tj=a1'&jツ@\」「魔力超回復」「阻害系無効」「魔法解除」「無詠唱」「魔法制作」「千重詠唱」「不明スキル」「不明スキル」「不明スキル」「不明スキル」』
After
◆―……―◆
氏名 ナツキ=シノノメ
種族 人間種n,"eq.)~魔sシHy<
性別 男
年齢 十八歳
レコード 0024pt (評価E)
基礎体力値 9293pt
基礎筋力値 7646pt
基礎魔力値 測定不能
スキル 『不明スキル』『不明スキル』『不明スキル』『魔法制作』『魔法解除』『無詠唱』『千重詠唱』『魅了C』『魔法・全EX』『阻害系無効』『対魔力A』『魔力回復S+』『不明スキル』『不明スキル』『不明スキル』
◆―……―◆




