番外一 ある放課後の告白の日の朝
番外編です。ちょっとキャラが増えますね。
――六月下旬にしては蒸し暑い気温により着崩した夏用制服で生徒達が登校する中、ミディアムで揃えられた滑らかに伸びる漆黒の髪を風に揺らしながら、一人冬用制服の少女は校門で誰かを探すようにきょろきょろと辺りに視線を彷徨わせていた。
少女の名は、一之瀬奏渚。
容姿は、そこらのモデルと比べても綺麗に整っているが、沢山の女子生徒達に紛れてしまえばすぐに見失ってしまいそうな特徴の少ない少女。別段地味ではないのだが、普段のあまり積極的でない姿勢や育ちの良い精錬された――お家事情により訓練された所作から、自然と目立たず周囲に潜んでしまう為、他人の印象に残りにくい少女だった。
歳はまだ誕生日が来ていないので十六。身長は高校二年生の平均より少し高い一六一センチ。生地が厚く露出度の少ない冬用制服の上からでも分かるほどに胸元が膨らんでいるため、先ほどから通り過ぎる男子生徒の目が揺れる胸に引き寄せられているのだが――しかし本人は気付いていない。
「うー……早く来ないかなぁ、なっちゃん」
奏渚はしばらくその蒼穹の瞳を動かして辺りを見渡していたが、目的の人物が一向に現れず溜息を零す。その所作一つからも彼女の育ちの良さが窺えた。
彼女の家名である一之瀬は、一条、一柳に並ぶ天道三大家の一つだ。
一之瀬は北方の最大権力を握り、その下に仕える二口、三股、四方堂等の分家を纏めて、世界中に強大な力を見せている。勢力的には一条や一柳と拮抗しているのだが、特に一之瀬家は天才的な頭脳を持った役人や軍師を送り出しているため裏表どちらの社会にも通じる伝手が多く、さらに暗殺家業においては他の追随を許さないため、天道三大家の裏仕事の五割を請け負っている。つまりは、他の二家と本気で事を構えるとすれば、最有力候補と言っても良いほどのものを持っていた。
実際は近接戦において最大戦闘能力を保持する一条、魔術戦闘において最強を誇る一柳というように、家ごとに大まかな色があるので一概に強弱を語ることはできないのだが。
ともかく、そんな一之瀬家の次女である奏渚は、家から任された仕事をこなすため、幼少の頃より暗殺技術をたたき込まれていた。その非情で苦しい修行を受けさせられていたため、奏渚は自然と気配を消し、普段から必要以上目立たないことを無意識のうちにこなすようになってしまっているのだ。本人の性格的に目立つのは苦手だろうが、時偶に名前すら忘れられてしまうこともあるため傷ついたり、『仕事』をこなすため幾度となく自らの手を汚したりと、彼女にとって良いことは少ないのだが。
「やっぱり起こしに行った方が良かったかなぁ? でもでも、わたしなんかが手をかけ過ぎるとなっちゃん気分悪くなっちゃうだろうし、うー……でもやっぱり、今からでも迎えに行った方が……」
そわそわあたふたと校門で落ち着かない様子を見せる奏渚。とても家から任された仕事で冷酷に暗殺任務をこなす暗殺者には見えないのだが、実は今も彼女の制服の中にはいくつもの暗器や拳銃が隠されていた。冬服は夏服と比べて隠し場所が大きく不自然な部分も少ない。まあ、奏渚は冷え性なので暗器が隠しやすいという理由だけで冬用制服を着ているわけではないのだが。
そんな奏渚に気付かれないうちに隣まで近づいていた一人の少年が、呆れた表情で声をかけた。
「おい、奏渚。こんな所で何してんだよ」
「何って、わたしはただなっちゃんを待って……って、なっちゃん!?」
声をかけた少年――なっちゃんこと東雲菜月の姿が目に入った途端、奏渚は素っ頓狂な声を上げる。
「どどどどどうしてここに!? なっちゃんの平均起床時間は六時十五分二四秒二二だから、校門を通過するのは八時十分四一秒七三のプラスマイナス八分三八秒五七のはずだよね? でもまだ八時前だよ?」
「どうしてお前がそんなに俺の起床時間について詳しいんだよ!?」
しかもコンマ単位で平均まで出してるとか細か過ぎだろ、と若干引き気味の表情で菜月は続けるが、奏渚はそんなことは気にせず、朝一番の笑顔を作って菜月に向けた。
「おはよう、なっちゃん!」
「……おう、おはよう」
菜月が苦笑で返すと、奏渚は満足そうに微笑み、菜月の手を取って歩き出す。菜月はそれに若干戸惑いながらも、昔は良くやったなぁとしみじみ呟き、彼女に引っ張られるように下駄箱へ向かった。
◆ ◆ ◆
東雲菜月と一之瀬奏渚は、所謂幼馴染というやつだった。
天道三大家・一之瀬の分家の一つである東雲家の長男である菜月と、一之瀬家の次女だが上に兄が三人と姉が一人いるため特に相続争いとは無縁の位置にいた奏渚は、幼い頃に家関係で出会ってからよく遊ぶようになり、菜月が一つ年上のため学校が違う時期は疎遠になっていたが、今でも一緒に居ることの多い、家族のような仲であった。
菜月にとっては家族を除く一番仲のいい女子で、奏渚にとっては――幼い頃より積み上げてきた恋心を向ける相手だ。菜月の方が一人の女子というより親友に近いものを感じているため、その長い間内に秘め続けていた恋が実ることは未だに無いのだが。
長い時を一緒に過ごしていたため、奏渚が恋心を懐くことは自然だった。ただ、彼に恋心どころでなく執着に近い愛情を向け始めるようになったのはある出来事が関係しているのだが――それはまた別の話である。
「……え?」
下駄箱で靴を履き替え、それぞれの教室に着くまで並んで歩いていると、突然菜月が驚きの声を漏らした。
どうしたのかと奏渚が視線を向けると、菜月はどこで受け取ったのか、一枚の手紙に目を落としていた。その手紙は可愛らしく柔らかい色合いで彩られており、ちらりと一瞬見えた文字は明らかに男子のものではない。
ということは、その手紙は女子から菜月に贈られたものだということだ。
(手紙……? でも、今のタイミングで読んでるって事は、受け取ったのは下駄箱?)
校門から二人で一緒に来たが、奏渚が見ている間に菜月に手紙を渡した者はいない。となると校門に来て奏渚と朝の挨拶を交わす前までに受け取った可能性も考えられるが、それならその時読んでいるだろう。しかし今読んでいるということは、学年の違う関係で一時的に別れた、下駄箱で受け取ったのだということが推測される。
(下駄箱……手紙……差出人は女子……)
これらのワードから導き出される答えは、一つ。
(まさか……ラブレター!?)
下駄箱に手紙を送るとは実に古典的な方法だがしかし、そんな方法を愛を伝える以外に使う者など少ないだろう。手紙を下駄箱に入れるところを見られれば妙な噂がたってしまうだろうから簡単な連絡などだけで使うわけがないし、そもそも現代は電話やメールを使えば済む話だ。
ならば告白か……あるいは苛めのどちらかなのだが、普段周りが菜月に向ける態度から、後者の可能性は無いに等しいだろう。
さらに言えば、前者の可能性は比較を抜きにしても実は高い。
本人に自覚は無いが、菜月はコミュ障で人付き合いが苦手と思っているだけで(実際にそういう部分もあるのだが)、周りからの評価はむしろ高い。顔は中の上か上の下辺りの安定範囲、部活引退前まではバスケ部で活躍していたためチームメイトやマネージャーからは慕われているし、風紀委員の仕事もきっちり真面目にこなしていたため性格も良しと思われている。
別にモテているわけではないのだが、一人や二人くらい好意を寄せる者がいてもおかしくは無い。実際に奏渚も菜月の事を好いているのだから。
(ぐ……誰なの、わたしからなっちゃんを奪おうとしてるのはっ!)
暗殺訓練で身に付けた高速思考と視覚による情報収集能力を駆使し、奏渚は手紙の差出人を探ろうとする。だが手紙の大きさに対して文が少ないのか、すぐに菜月が手紙を鞄に仕舞ってしまったためそれは叶わなかった。
仕方がないので奏渚はじとっとした視線で菜月を見、先程の手紙の差出人の名を問い質すことにする。
「なっちゃん。さっきの手紙、誰から貰ったの?」
「え? あーいや、まあ、ちょっと後輩から……」
どうやら同学年ではなく、年下だったらしい。菜月は三年生のため二年生か一年生となる訳だが、それでは特定しようがない。
奏渚は次いでにこっと笑みを浮かべると、眼だけ笑わずまっすぐ菜月を見据えて質問を口にする。
「で? その手紙の差出人はだぁれ?」
「ちょ、目が怖いんだが」
「だぁれ?」
「え、いや、」
「だぁれ?」
「あー……えーと、まあ、その、なんだ。……よし、もう教室着いたからまた今度な!」
「え!? あ、ちょっとなっちゃん!」
しかし奏渚の声に止まることは無く、菜月はそそくさと逃げるように教室に入ってしまう。奏渚はその後を追って教室に突入しようとしたが、木製の床板に足を踏み入れる前に背後からかかった声に引き止められた。
「ちょいまち、かなかな。なっつんに直接訊くのは悪手でしょ」
振り向くと、そこには長く艶やかな藍色の髪をポニーテールに纏めた、美しい女子生徒が立っていた。
切れがある目に輝く黒の瞳は真っ直ぐと前だけを見据え、一六五センチに届く身長に引き締まった体が見る者を惹きつける。圧倒されるほど美しい少女で、彼女が号令をかけるだけで全ての者が一瞬で姿勢を正す、そんな迫力とカリスマを持った、この八重里第一高校の風紀委員長だ。
二葉美咲。現在高校三年生で、七月上旬に風紀委員長を引退するはずの、菜月の友人の一人だ。
美咲は美人でスタイルが半端なく良い。その性格はさばさばしていて、一部の踏まれたい系の妙なファンがいるが、全体的に人気が高い――が、恋人にしたいという人は少なかったりする。それはこの高校の男子全体で密かに行われている『怒涛の八重里第一高校美女・美少女ランキング!』の順位がそれほど高くないことからも窺えた。
そもそもこの八重里第一高校には異様に美しいまたは可憐な女子が多いので票が割れてしまい、性格的に友達はともかく恋人にはどうなんだろ? な美咲にはあまり票が集まらないのだ。同じく存在感の薄い――というか無意識のうちに消している――奏渚も票が集まらず、結果的に『男の影が無く性格的にもルックス的にも財産的にも最上級』な一条憂莉が一位に押し上げられていた。ちなみに二位は美咲の妹だったりするのだが、姉は特に気にしていないようである。
「美咲先輩、どうして止めるんです? 先輩も気にならないんですか? なっちゃんの手紙の差出人」
「いやまぁ気になるけどねぇ。私の場合はちょいと心当たりがあるから、急がなくてもだーいじょーぶなのだよ」
にやりと笑ってみせる美咲。その余裕な美咲の態度と引っかかる台詞に奏渚は眼光を鋭くすると、ぐいぐいと美咲に迫り問い質し始めた。
「ど、どういうことですか美咲先輩!? 急がなくても大丈夫って、もし告白を止められなければなっちゃんが他の誰かに盗られちゃうんですよ!? そんなの嫌です! なっちゃんが誰かの毒牙にかかるのを指を銜えて見ているだけなんて、死んだ方がマシですから! というか、心当たりがあるって……ッ!」
「まぁまぁ落ち着きたまえやい。そろろチャイム鳴るし、かなかなは教室戻った方がいいよ」
「いえ、わたしからなっちゃんを奪おうとする不届き者の眉間に鉛弾をぶち込むまで、絶対に引きません!」
「めっちゃ物騒だね、かなかなは。殺すのは流石に取り返しがつかなくなるからやめれ。……まぁ、一之瀬家の力があれば簡単に揉み消せるんだろうけど」
美咲は呆れ顔になりながらも制服の腰に隠してある拳銃を抜こうとする奏渚を説得して、ホームルームが始まる前に教室に向かわせる。奏渚はまだ不満そうだったが、昼休みに美咲の予想を話すということを約束してどうにか手を打つことに成功した。
「あぁ誰なのわたしのなっちゃんを盗ろうとするのはッ。ぶっ殺す、絶対に殺してやるぅ。あは、一之瀬に伝わる暗殺術を舐めないでよね。人間なんて首の動脈をちょっと切ってあげれば、血がドバドバ出て死んじゃうんだから。あはははは」などと黒い事を呟きながら教室に向かう奏渚の後姿を見ながら、美咲は溜息混じりに言った。
「恋する乙女は大変だねぇ」
見てて面白いから良いんだけど、などとニヤつきながら漏らせば、ホームルームの始まりを告げるチャイムの電子音が廊下に響いた。まだ担任教師は教室に来ていないが、美咲は急ぎ気味に教室に入ると、今日は波乱の一日になりそうだと、心底楽しそうに笑うのだった。
一条、一之瀬、一柳で天道三大家です。ちなみに一柳ではなく一柳ですので。
あと、今回の話で登場した二葉美咲ですが(一応名前だけは第二話に出てました)、私が他に書いている『いつか終幕を迎える世界で//コード・イリアステル』に登場するヒロインの姉だったりします。ついでに言えば八重里第一高校とかも同じで、時系列的には同じくらいになる様に投稿していたり。
元々は『イリアステル』の話を考えてから、別アイデアで浮かんだ話を『ヤンデレ後輩』にしているので、メイン設定は『イリアステル』なんですよね。……投稿進んでないけど。
時々繋がった設定が出てきたりするので、併せて読んで頂けると嬉しい限りです(宣伝)。……まだどっちも話数が少ないので繋がった設定はあんまり無いですけど。
でも、別にこちらだけ読んでいて話が分からなかったりすることはありませんので。気が向いたら読んでみてください。
次回も読んで頂けると有り難いです。




