第十話 異世界の初飯はネタ料理で
少々事情で投稿が遅れました。申し訳ないです。
冒険者協会にて冒険者登録と先輩方からの手厚い歓迎(?)を受けた菜月達は、大して男たちの容体は気にしていない――というか生命安否すらどうでも良さそうであったが――受付の女性から注意と出来上がったばかりのギルドカードを受け取った後、そういえばこの世界に来てから何も食べていなかったなと思い、協会の近くにある中で適当に選んだ飲食店に居た。
協会の近くのため冒険者達がよく通うのか、選んだ飲食店は外見も内装もそこそこ綺麗に整えられていた。ただそれは周りとの比較であるため、衛生管理の行き届いていた八重里という普通の――と菜月は思っているが、実際は変わった――街に住んでいた菜月にとっては、少々不快になるレベルであった。が、しかしそんな不平不満を正直に漏らすわけにもいかず、菜月はこれから先に必要になるであろう情報を店員から引き出すことに専念して、その不平不満を意識の外に追いやっていた。
冒険者の良く集まるこの店では、それに比例して情報も集まってくる。それが理由で菜月は協会近くの店を選んだのだ。
「――ってことは、現在の職業は五つってことだよな?」
カウンターから大柄な店員を見上げて確認するように菜月が訊くと、問われた店員は菜月と憂莉に御代わりの水を木製コップに注ぎ込みながら答える。ちなみに水の御代わりは料理を一品以上頼んでいれば自由である。
「うーむ、まあ実質そんな感じだな」
「……実質?」
引っかかる言い方に菜月が問いを重ねると、店員は木材を削って造られた冷水淹れ用のポットをカウンターの上に適当に置き、自身の毛深く太い腕でもカウンターに頬杖を突きながら少し歯切れ悪い口調で説明した。
「今んとこ、エミルフィア……っつうか、世界冒険者協会連盟で大きく認知されてんのは、戦闘士、剣舞闘師、武闘家、戦狩人、盗賊武者の五つがメインだ。けど、実のとこ、マイナーなやつがいくつかあんのよ」
例えば、と店員は店の出入り口から最も離れた部屋の隅側に陣取っている冒険者のパーティーを指さした。そちらに視線を向けると、昼だというのに酒がなみなみと注がれたコップと大量の料理が並べられた円形テーブルで騒いでいる、五人ほどの男冒険者と、パーティー内唯一の女性冒険者が目に入る。
いかにも我がリーダーだというかの様に豪華な装備で身を固め、その大柄な体で馬鹿笑いする戦闘士の男のほかに、軽装備だが剣帯に宝石が散りばめられ、稼いでます感をアピールする剣舞闘師の青年と二十代後半の男性、最近仲間になったばかりなのか会話に馴染まず愛想笑いを続ける盗賊武者の少年、薄っぺらい笑顔を張り付けて自身のここ一ヶ月のナンパの戦果を他者に自慢する戦狩人の美青年といったように、装備や体の作りで職業が分かる者がほとんどだったが、唯一盗賊武者の少年の横で無表情を貫く、菜月と同年齢くらいの少女だけは予想がつかなかった。
人外種に見られる特筆した特徴が無いため人間種であると推測される少女の持つ細い腕ではとても金属の剣など振れそうにないし、見たところ金属製の防器具がブーツにしか付いていないため、近接戦闘職には思えない。スキルや魔法による身体能力強化や肉体強化を施せば剣舞闘師という線もあったが、身に纏う黒ローブは精霊術師や魔法使いにも見えるし、何より椅子に立て掛けていた杖が殴殺用でないことは明らかであった。
「魔法使い……? でも、そんな職業は無かった気が、」
「そりゃ、シフォリール聖王国での話だな。でも彼女の職業は、魔道士なんだぜ」
大柄の店員はにやりと笑って見せると、魔道士の少女の憂莉に見慣れていなければ思わず見惚れてしまうほど端整な容姿を眺めながら説明を続ける。
「ここ、エミルフィアもシフォリール聖王国の領域内の都市だから、魔法を使える奴は自称選ばれし貴族サマくらいしかいねぇけど、北のセルデセン帝国は違う。あそこは魔法大国なんて呼ばれるほど魔法で発達した国だからな、平民にも魔法の使い方が伝わってんだよ。だからああやって他国で魔法の使える奴が冒険者になると、そっちの方では大きい職業として魔道士になり、こっちに流れてくる奴もいるんだ」
「……なるほど」
現在菜月達のいるこの町、前線都市エミルフィアは、シュルフィード地方の中心近くに位置する中規模の国、シフォリール聖王国の領域内に存在する町だ。前線都市と呼ばれるのは理由があり、町の中心に聳える世界樹――天霊樹、その天を超えて伸びる大樹中の空間がダンジョンとなっており、その『天霊樹の迷宮』を踏破する目的で集まった冒険者が多く集まり攻略準備をする都市のため、最前線の都市ということでそういう名が自然とついたらしい。
ちなみにこの町は、冒険者がたくさん集まる=金の動きが盛んなため、他の町より経済的には格段に良いらしい。ただ、素行の悪い者が金銭目的の下・中級冒険者には多い傾向があるため、治安が少々悪いのだが。
そんな少々混沌とする町を統治しているのは、シフォリール聖王国の貴族でも最上位に位置する高位貴族、アーベルハン公爵だ。
アーベルハン公爵は気さくで魔道にも精通した人格者と聞くが、実際のところはそうでもない。政治的手腕は素晴らしいものであるのだが、奴隷制の強化、拉致誘拐等による不当な人身売買を行っていると平民の間ではもっぱらの噂である。――もっとも、奴隷制の強化や拉致誘拐は、他貴族の方が酷いものであるらしいのだが。
それはともかく、シフォリール聖王国では、魔法を使うことが出来るのは神より選ばれし血族の子孫である貴族にしか使えないと信じられており、その影響からか平民で魔法を使える者はほとんどいない。実際は八割がたの人間が魔力を持っているため、魔法自体は知識と努力次第である程度使えるようになるのだが、貴族にしか魔法の教養を身に付けることは許さないという風習から、平民は隠れてこそこそ勉学に励むしか道が無くなったのだ。
図書館に行っても魔道書は貴族しか入れない部屋に置かれ、教わる人も貴族以外いないため碌に学べない。そう言った事情から、シフォリール聖王国、そして南方にあるアルバトリア王国では平民の魔法習得率は一割にも満たなくなってしまっているのだ。
そんな中で魔法を扱える冒険者といえば、貴族同士の権力争いによって没落した元貴族か、当主になれず家を追い出され、騎士や宮廷魔道士にもなれなかった子女くらいだ。一握りほどは独学で身に付けた平民もいるだろうが、ほとんどが貴族の血を引く者である。
魔法大国と称されるセルデセン帝国では違うのだが、他地方でも大抵の国が同じようなものだ。そしてそう言った目に見える――例え自分たちの思想が生み出した結果だとしても――差異がある為か、この世界での平民の命は軽い。
気に入らないことがあれば懲罰権を笠に着て殺し、見た目に気が引かれれば無理やり連れて行っては犯し、金が必要になれば誘拐して奴隷市場に流す。そういった行動の対象になることが、既にこの世界では当たり前になっていた。
さらに言えば、既に人と認識されていない奴隷の扱いはもっと酷いものとなる。
(……嫌な世の中だ)
菜月は渋面を作り、内に溜まった膿を吐き出すように溜息を零した。
町の建物や雰囲気、人の表情や仕事を視た時点で、おおよそ理解はできていた。
この文明レベル――しかも、魔法という要素が付け足された代わりに科学レベルが著しく低い世界で、労働力確保のためには奴隷制度が欠かせない。さらには食糧などが満足に行き渡っている様子が無いというのも食料店の品ぞろえを眺めただけで分かるし、魔物という目に見えた外敵がいる世界で、平和というものはあまりに遠い。
戦争は今は落ち着いているようだが、どうやら火種は燻っているらしい。魔法の存在が原因か宗教思想の強い『ラグナスヘイム』ではそういった闘争が起きやすいし、それが理由で暗殺依頼が冒険者の下に秘密裏に届くことも多いのだ。
「――はいよ。兄ちゃんは新米の冒険者らしいからな、こいつはサービスだ」
と、そこで大柄な店員が、菜月の前に見慣れぬ食べ物(……?)の皿を置いた。
前の世界では絶対に避けたであろう、一目見ただけで顔を顰めるほど気持ちの悪い顔の魚の頭部と尻尾が、挟んでいるパンより大きいため皮付きで飛び出しており、さらにそのぱさぱさの黒パンにはべっとりと赤く禍々しいクリームの様なものが塗られていた。
離れて見てみれば、フィッシュサンドに見えなくもない。見えなくもないのだが、目の前に差し出されたためにその全貌を至近距離から目に入れてしまい、その魚の気持ち悪さと赤いソースから幻視する赤黒い霧の様なものに、菜月は思わず顔を引き攣らせた。
「……これ、なんて言う料理だ?」
恐る恐る菜月が訊くと、大柄な店員は白い歯を光らせてにかっと笑い、
「アグリーフィッシュのペロップソースサンド。ウチの裏メニューだ」
「ちょ、おっちゃん、アグリーフィッシュって確か魔物じゃ、」
「ああそうだな。クソ見た目がキモくて、その上クソ素早くて捕まえにくく、しかも味は泥池に住むゴミみてぇな魚よりクソ不味い。まず食用にはならねぇやつだな。あ、さらに言えば、ぺロップソースはウチ特製の苦味増し増し、辛さ十倍のデストロイモードだぜ」
「いやまてまてまて!? どう考えてもこれ、宴会の罰ゲームorネタ用だよな!? サービスとかハッピー系の時に渡すようなもんじゃないよね!?」
「ガハハハハッ! 兄ちゃん、このアグリーフィッシュってのはな、百万匹食べると頭が良くなるんだぜ?」
「それ多分迷信な上に頭の悪そうな数だな!? そもそもこんなの百万も食う奴いねぇよ!」
「よっしその意気だ! 食え兄ちゃん、そんだけ元気よくツッコミが出来るなら、お前はこいつの見た目や味なんて関係ねぇ! 一気だ一気! いーっき! いーっき!」
「やめろその宴会モード! つか、お前ツッコまれてる自覚あったのかよ!」
「ガハハハハッ! 兄ちゃんおもしれぇな! 冒険者辞めて大道芸人にでもなったらどうだ?」
「お断りだよ馬鹿野郎!」
異世界に来て初のマジギレをし、菜月は息を荒げながらガハハと笑う大柄の店員を睨みつける。その横では、わー菜月先輩頑張ってーと、自身の分の食べ終わり、菜月の食べ終わっていなかったアグリーフィッシュのペロップソースサンド以外の料理を片付けた憂莉が、若干棒読み気味に言っていた。
それから、御代わりの水二十杯を駆使し、菜月は三十分の死闘の末、最凶の魚アグリーフィッシュに勝利したのであった。――その後トイレに籠ることにはなったが。
◆ ◆ ◆
ちなみに余談にはなるのだが、吸血鬼種である憂莉は食事を取る必要は無いのである。
吸血鬼種に必要なのは食事から吸収する栄養ではなく、血から取れる魔力だ。だがそう頻繁に菜月の血を吸うのは菜月の負担になるため、自身の欲求を抑えられない時以外は食事から取れる栄養と、食材に含まれる魔力を接種して吸血の代わりとしているのだ。
あまり早いうちから人間種以外として見られるのは得策ではないと判断している菜月から「必要以上に吸血鬼の力は使うな。特性でもばれないよう気を付けてくれ」と言われている事も、こうやって共に食事をする理由にもなっている。もっとも、一番の理由は、菜月と一緒に食事を取ることで、デート気分が味わえるから――という理由が一番強かったりするのだが。
(まあ、前の世界では一度も血は吸ってませんでしたから、我慢は得意ですし)
心中そう呟き、憂莉は愛おしそうに菜月を見る。
自分の愛する少年の血を人生で最初に吸ったのは、『ラグナスヘイム』に来てからだ。
それより前――つまり、元の世界に居た頃から吸血鬼だった憂莉は、その十五の年の人生の中で一度も血を吸わず、生きて来ていたのだ。
(菜月先輩に出会うまでは、ただ吸う理由が無かっただけ。でも……先輩と出会ってからは、絶対にこの人以外からは血を吸わないって、心に決めました)
吸血鬼にとって吸血は人間の食事と同意儀で、自身の生命を保持するための行動だ。
しかしそれを抑え、ただ特定の人だけから血を頂くと。そう心に強く決めていた。
それだけ憂莉は菜月に惹かれ、恋い焦がれ、愛していた。
(……でも、あの女は、わたしから菜月先輩を奪おうとしました)
熱っぽかった視線は一瞬で黒いものへと変わり、光の無い表情で、憂莉は心中、ある少女の名を呟いた。
(一之瀬奏渚……ッ! あなたには、絶対に先輩は渡さないッ!)
この世界には居ないはずの、天道三大家・一之瀬の名を持つ少女の顔を思い浮かべ、憂莉は静かに殺意の黒い炎を燃やしていた。
今回は説明会のためギャグが少ないです。
少しでも世界観が伝わればいいなと思います。
次回も読んで頂けると有り難いです。




