第九話 レッツバトル?
「俺らのパーティーはよぉ、男三人のパーティでさ。花が無くてやってらんねぇんだよ。ああ、俺ら三人ともあのA級クラン〝虐殺する双角獣〟のメンバーだから、金も大量にあるし、待遇は良いぜぇ。嬢ちゃんみてぇな可愛い子は、みんな特に手をかけてやるしな」
代わりに夜は大変だろうけど、と醜く笑う男。それに追随して横の二人も嫌らしく笑った。
あのA級クランとか言われても、知らねぇよどのA級クランだよと思う菜月であったが、男三人の言動から恐らくこの世界においてはそこそこ有名な組織のことなのであろうと推測する。果たしてA級がどの程度のランクに位置するのか菜月は知らないが、威張る位なら上の方なのであろう。メンバーの素行は悪いようなので、これから関わらないように気をつけようとも心に決めておく。
(あー、やっぱこいつらそれが目的か。しっかし、お決まりの展開だと、この後バトルになるか、どっかの誰かが口を挟んできて助けてくれるってパターンだよな)
後者だとこの世界についてシャルロッテから聞けなかったもろもろの事情――要するにちょっと裏社会の情報的なやつを訊き易くていいんだがなー、あと冒険者についても訊き易いのになー等と思いつつ、話し掛けてきた男三人を無視すると余計面倒臭い事になりそうだったので、無駄に荒波を立てないよう気を付けながら菜月は返答をする。
「ええーっと、アンタ達のパーティーに入るかは入らないかは憂莉……こいつの意思次第だから何とも言えないんだけどそれじゃ駄目でしょうかっ!?」
言葉尻に向かうに連れて話す速度が上がり、最後には短く切って感嘆疑問符まで付けてしまう菜月。原因は初対面の人(しかも威圧的)と話すのは緊張するというものと、途中まで言って、男三人の不機嫌度が上昇したことである。
もしや言葉の選択間違えたのか、と冷や汗を垂らしながら口元を引き攣らせる菜月であったが、事実男三人の機嫌がやや悪くなったのは、菜月がすぐに憂莉を渡さなかったことと、むしろびくびくしながら突っかかって来る姿を見たかったが、最後はともかく序盤は落ち着いた言動で返してきたからであった。
そこへ、追い打ちをかけるように憂莉が口を挟む。
「わたしは菜月先輩以外の所に行く気はありませんよ? それにわたしの身体は隅々まで全て菜月先輩の物であって、貴方達のような屑に与えてやるような部分は一ミクロン程もありません」
そもそもこの世界にミクロン、またはそれに類似する単位があるのか分からないので通じるかは微妙だったが、馬鹿にされたことは理解したのか、最初に声を掛けてきた、恐らくパーティーのリーダー格であろう男が菜月達にも聞こえるように大きく舌打ちをすると、睨みを利かせて凄んでくる。
「オイオイ、新入りぃ。俺らはてめぇの先輩だぜぇ? 後輩が先輩に貢ぐのは当然の事だろう? そいつがてめぇのモンだって言うんなら、とっとと俺らに渡せよ。てめぇには勿体ねぇから、俺らが存分に使ってやるからさぁ」
「うわお、超理論。この世界の上下関係ってめっちゃ厳しいのな」
随分と無茶苦茶な事を言ってくる男に、茶化しながらも半ば呆れ気味の菜月。もしアンタの言ったことがこの世界では常識の事だったら、革命起こして世界の事情変えてやろうか、と冗談混じりに笑いつつ、そんなことは無いだろうなと心中で呟いていた。
菜月が転生してこの世界に来たことを知らない男からしたら若干おかしい菜月の言葉に、馬鹿にされたと感じた男は、額に湧き上がる怒りでぴくぴくと痙攣する血管を浮かび上げさせながら菜月を睨んだ。
「てめぇ……ふざけてんのか? ああッ? ボコされねぇと分かんねぇのか?」
ぎりりと右拳を握り締め、脅すように見せつける男。彼のパーティーメンバーの男二人はそれぞれの武器に手をかけ、同じく菜月に恐怖を与える為に数センチほど刃を覗かせた。
その様子に対し、菜月は少し身を固くはしたが、特に凶器に屈した様子は見せずに佇んでいた。
(あ、こいつらあんま刃の手入れしてない? なんか汚い上に、微妙に刃毀れしてるんですけど)
心中でそんなことを思っていられるのは、男たちの殺気に対して脅えがあまりないからである。森で二度も明確な殺意をぶつけられた菜月にとって、この男三人の殺気は弱すぎた。カッとすれば容易く一線を越えてしまうこともあるような奴らだが、この時点で命を奪おうとまで流石に思っていないからだろう。
拳や武器を見せつけるだけの脅しに屈しない菜月にさらにイラついた男三人は、ここが人目のある場所ということも意識外に散らし、我慢ならないと声を荒げた。
「てめぇ本気でぶっとばすぞ!? ボコされたくねぇんなら、とっととその女置いて消えろ!」
「おいおいベルガー。オレはボッコボコにして、泣いて謝らせねぇと気が済まねぇよ」
「ああ俺もだ。だからやっちまおうぜベルガー」
パーティーメンバーの男二人がそう言って武器を引き抜くと、ベルガーと呼ばれたリーダー格の男も「そうだな」と同調し、拳に魔力を纏わせ始めた。それが彼らの戦闘スタイルなのだろう。魔力を拳に流し続けて攻撃するのは燃費が良いとは思えない菜月だったが、ともかくこのまま無抵抗でやられる気はさらさらないので、いつでも魔法が発動できるよう身構えた。
狭い建物内で戦闘するのは躊躇われるが、わざわざ場所を変えるようなことを周囲が見えていない彼らは認めはしないだろう。となると、まだ上手く威力の調整できない魔法を使うのはまずいが、両者の体格を見ただけで、筋力や身体能力で彼らに敵うとは思い辛い。
運動部に所属していたため筋トレはきちんとしていた菜月はそこそこ筋肉が付いてはいるが、冒険者として生きてきた彼らも流石に一般人よりは筋肉質だ。それぞれ長剣と短刀を抜いたパーティーメンバーの男二人の体格は菜月と同等か下であったが、拳で戦うベルガーは、まるでプロボクサーのように胸板が厚く、腕も筋肉で盛り上がり太かった。
「骨が何本か逝っちまうかもしんねぇが、歯ぁ食い縛れよッ!!」
何も武器を抜かない菜月を怖気づいたと判断したのか、にやりと口元を釣り上げたベルガーが言い放つと同時に魔力を纏って強化された拳を菜月に叩きつけた。
――だが、その拳は菜月に衝撃を伝える前に、途中で割り込ませられた紅い刃によって阻まれてしまう。
菜月が刃の主に視線を向ければ、いつの間にか『血器術』を発動させた憂莉が、二本生成した血器長剣の左剣の腹でベルガーの拳を受け止め、右剣をだらりと下げたまま、光の無い冷たい瞳で男達を睨めつけていた。
「……菜月先輩に、何してるんですか?」
その視線に射抜かれた男三人は、これまでの冒険者人生で感じてきた殺気の中で最も絶望的なものだと感じ、息も詰めて体を硬直させてしまう。
訊いたのに返答が来ないと、憂莉は表情を変えずにもう一度口を開く。
「わたしの菜月先輩に、何してるんですか?」
返答は無い。――いや、出来ない。
「ひぃッ!?」と情けない悲鳴を漏らし、拳を突き出した体勢で固まっていたベルガーが、拳を引き戻しつつ後退る。それを追う様に憂莉が一歩詰めると――次の瞬間には、ベルガーの右腕が宙に舞っていた。
「え、あ、あがあああああッ!? う、腕が、腕がぁああ!?」
ボトリと床に落ちた右腕の音は、ベルガーの悲鳴によって掻き消される。鮮やかに血を噴出するベルガーの右肩の先は、綺麗な切断面を描いていた。それをやった張本人の憂莉は菜月もベルガーも気付かぬ内に振り上げていた長剣を軽く振り下ろすと、可愛らしく小首を傾げて唇を動かす。
「菜月先輩に、何をしようとしたのかって訊いてるんです。可及的速やかに自白したらどうですか?」
言うと同時に、憂莉は右剣を一振り。神速で描かれた剣線はベルガーの左脚を撫で、筋肉で硬く盛り上がった太ももを豆腐のように切断してしまう。
再び上がる男の悲鳴。ベルガーは血に濡れる床に尻餅をつき、必死に血を止めようと切断面を押さえた。
しかし憂莉は欠片も表情を変えず、ただただ質問を投げかける。
「貴方は、菜月先輩に何をしようとしたんですか?」
「あああ!? ぎゃ、ぐあぁあアあ!?」
右腕の切断面を押さえていた左腕が、二の腕の辺りで斬り飛ばされる。しかし悲鳴以外の返答は無い。
「そもそもわたしと先輩の間に入ってこようとしたのが罪なんですが。貴方は本当に何をしようとしたんですか?」
「あああ、たす、助けてくれぇ! し、死ぬ、ぐああぁああぁぁああッ!?」
憂莉の鈴の音のような声音で放たれる問いを訊くために酷使されていた右耳が、憂莉が左に握る血器長剣によって、浅黒い金髪を巻き込み飛ばされる。しかし命乞いと悲鳴以外の返答は無い。
そこでついに、やや後方で硬直していたベルガーの仲間の男二人がベルガーを助けるため憂莉を力尽くで止めにかかるが、憂莉が『血器術』を使って飛ばした五センチ程の大きさの血の刃によって眼球を刺され、思わず武器を離して目を覆ってしまう。
「ねぇ、早く答えて下さい」
血と一緒に硝子体が噴き出る男二人の両眼にさして興味を示さず、言葉と共に憂莉は再び左剣を振るった。
「ああぁあアアあ!? お、お前ら、助け、助けろよぉ!! がアッ、痛いいだいいアあああ!!」
しかし彼に助けは無い。
宙空に描かれた美しい半月の剣線によって、ベルガーの右脚が斬り離される。
四肢を全て失い、芋虫となったベルガーは、醜く泣き叫び、痛い、助けてくれと連呼する。だが協会内の誰も彼を助けようとは動かない。何故なら、もし邪魔でもすれば、すぐに憂莉の手によって斬り飛ばされてしまうと理解しているからだ。
その剣速は並の冒険者……いや、国に使える騎士すらも軽く凌駕していた。一応A級クランに所属するベルガー達は強いことでそこそこ有名だったのだが、それがまるで抵抗できないことに、他の冒険者たちは戦慄していた。だから自分では敵わないと理解していたし、別にベルガーを助けたところで得も無いため、命を賭してまで憂莉を止めようとする者は皆無であった。
菜月がちらりと受付の方に目を向けると、協会側はどうにかして止めないと命が失われてしまうため、焦っているようであった。それでも凄まじい剣速を披露する憂莉を止められる者がいないのか、誰も手を出せないでいた。
(やばいな、これ。もし憂莉がこいつらを殺したら、登録してすぐに契約解除、なんてことになっちまう)
冒険者同士での殺し合いは控えろがルールの一つであったが、これだけ人の目のある所で、しかも登録してすぐに破ってしまうのはまずいだろう。この『控えろ』という言葉によって黙認されているのは、依頼によって発生する殺害などが主な対象であって、多少のいざこざ程度で犯す殺人は対象外のはずだ。いや、少女の人権が侵害されそうになったことが多少のいざこざ程度で済ますのは問題か。……この国で、ひいてはこの世界で人権が認められているかは不明だが。
(奴隷のいる時点で人権はなさそうだが)
そう心中で呟き、菜月は「しょうがねぇ」と今度は声に出して呟くと、後ろから憂莉に近づき羽交い絞めにする。動きを封じられた憂莉はなおもベルガー達を殺そうと血を操り飛翔する刃を形成するが、
「やめろ憂莉! これ以上は駄目だ!」
そう言って菜月が止めると、やや不満げながらも憂莉は大人しく血を魔力に返還させて体内に戻した。
ギリギリの所で助かったベルガーは芋虫状態のまま後ろに倒れ、自身の血で形成された海に沈み、そのまま意識を失ってしまう。受付の所で待機していた協会の職員が慌てて動き、第一位階魔法【治癒法式】や第三位階魔法の【高等治癒法式】を駆使して治療を施し始めた。
通常は止血や傷の治癒程度しかできない【治癒法式】だが、その上位互換に当たる【高等治癒法式】では、失ってから三十分以内なら部位欠損も修復することが出来るのだ。
ただし、ただでさえ【治癒法式】は治癒するのに被魔法者の体力を奪って生命力を活性化させているのに、その上【高等治癒法式】によるさらに強力な効果によって被魔法者の体力はガンガン削られていく。よって、ベルガーの体力と生命力では両足を修復する程度が限界であった。残りはまた後でなのだろう。
協会の職員達は残り二人の目も治療すると、完全に意識を失った彼らを受付の奥――恐らく目覚めたら事務所で話を聞くのであろう――へと運んで行ってしまった。
男達が消えると、菜月ははあぁと深く息を吐いて憂莉の拘束を解いた。
すると憂莉がくるりと身を反転させて菜月の顔を覗き込み、褒めて褒めてとばかりに笑みを向けてくる。それに対し菜月は、流石にやり過ぎだと思いながらも、ご希望通り頭を撫でてやった。
憂莉は嬉しそうに、だが少し恥ずかしそうに顔を赤らめると、「これからどうしますか?」と菜月を見つめながら訊いてきた。
問われた菜月は憂莉の頭の上に手を乗せたまま周囲に視線を巡らせる。しんと静まり返った部屋では、沈黙を保ったまま冒険者達が二人の事を眺めていた。受付の方では職員達が忙しなく今回の出来事を処理しようと動いている。
そんな中、菜月達の冒険者登録を担当した栗毛の女性が受付の奥から現れると、二人の所まで迷わず歩いてきた。
「こちらが冒険者カードとなります」
そう言って、受付の女性は名刺サイズの鉄製カードを差し出してくる。菜月と憂莉がそれを受け取ると、受付の女性は眼光を鋭くして忠告した。
「今回は誰も死んではいないので問題とはなりませんが、もし私達の眼の届くところで殺れば、本当に冒険者契約を解除させて頂きます。血の掃除や飛んだ手足等はこちらで片付けますが、今度この場でこのような事があれば、自分たちで片付けてもらいますから。ですから、気を付けてくださいね」
「あ……はい」と菜月が若干気押され気味に返事をすると、受付の女性は「宜しいです」と微笑んだ。それから一度咳払いをすると、「その冒険者カードについて手短に説明させて頂きます」と言って説明を始めた。
「まずこれは、自身の身分の証明証となります。それが無ければ入れない場所や受けられないサポート等がありますので無くさないで下さいね。さらに、クランに加入する際や、依頼を受ける際にも使います。他にも預り所等でも使いますよ」
「預り所、か」
インベントリーがある限りはいらないかな、と思う菜月。それから菜月が呟いたことにより一度止まった説明を視線を向けることで続けてくれと促すと、受付の女性は唇を開き先程の説明を続けた。
「カードにはあなたの氏名、性別、種族等、申請書兼契約書に記した内容のものを彫ってあります。あと、その右上に浮かんでいる四桁の数字は、あなたのレコードとなります。簡単に説明すれば、レコードとはあなたの討伐記録を示しているわけですね。それを強さの基準として依頼の規定にしたり、ダンジョンに制限をかけたりすることも少なくないので、凶暴な動物や魔物を討伐し、稼いでおくことは良いことだと思いますよ」
「なるほど」
代わりに冒険者ランクが無い。クランにはランクがあるのだが、その辺は後ほど誰かに訊こうと菜月は心のメモに記しておく。
以上ならここから逃げよう、と考える菜月だったが、最後に受付の女性がアドバイスをしてくれた。
「冒険者に成り立てなので、職業ギルドに行くといいですよ。そこで戦い方を学ぶのが、冒険者の道で生き抜くための基盤となるのですから」
それだけ告げると、受付の女性は綺麗なお辞儀をしてから菜月達に背を向け受付に戻っていった。
菜月と憂莉は一度顔を見合わせると、
「じゃあ、まずはギルドに行くか」
そう菜月が言って、血生臭くなってしまった協会を後にした。
きちんとした戦闘が起こらないのが最近の悩み。
あと、序章一の憂莉を説明する所を二文ほど加筆しました。(既に他の文で分かっている情報なので確認しなくても大丈夫だと思いますが)
次回も読んで頂けると有り難いです。
八月二二日:『虐殺する双角獣』から〝虐殺する双角獣〟に変更。




