序章一 ある放課後の告白
ヤンデレ感が出せるよう頑張ります。
ヤンデレって可愛いよね!
「――好きです、大好きです。東雲先輩、愛しています。だからわたしと一緒に死んでください」
ある放課後のことだった。
大学受験を控えた、いたって普通の高校生である東雲菜月は、今朝下駄箱に入っていたいわゆるラブレターというやつによって呼び出され、所属していた風紀委員の仕事と引退したバスケ部への顔出しを済ませてから屋上へと向かった。
菜月は身長一七八センチ、中学から種目は違えど運動部に所属していたため体つきは良く、また顔の造形は自己判断だが中の上といったところだ。
風紀委員のため髪型には気を付けているのできちんと整えており、色は濃い茶がかっていて長すぎず短すぎずで揃えている。目の色は深い暗闇の黒だ。
告白されたことはおろか女友達も多くなく、電話帳に登録されている番号の九割は男子。一割の女子も部活や委員会で必要だからと登録しただけで、実際に使われたことは一度もない。あったとしても業務連絡的な簡素なものだけだ。
加えて成績はそこそこ、運動能力は良いが人付き合いはあまり得意ではない。気遣いとか苦手だし女心なんて分かるわけないからモテない、というのは自覚している。
――だが、この状況はなんなのだろう。
目の前にいる少女は、勿論菜月を呼び出した張本人。
一条憂莉。
菜月が通うこの高校の一年生で、まだ入学して三ヶ月ほどだというのに全校男子による美少女ランキング一位の座を二位と圧倒的な差で獲得し、学力、身体能力共に高成績。告白された回数は数えるのも馬鹿らしいほど。付け加えれば、彼女は世界的に有力な名門家の長女でもあり、次期当主候補筆頭でもあった。つまり、立場的にはお嬢様――菜月のような庶民から見たら、雲の上の存在なのである。
美女というよりやや幼さを残した美麗な顔立ち。透き通った瞳はラズベリーのような赤紫で、さらさらと風に流れる紫苑色の髪を紅のリボンでツインテールに纏めている。
身長は一五六センチくらい。夕日に照らされ朱に輝く肌はしっとりとしており滑らかで、普段は雪のように白い。出るところは出て、おおよそ男子の願いを積めたような肢体は見るもの全てを引き付ける天使のような魅力があった。
百人に聞けば間違いなく百人が美少女と答える、そんな可憐な少女。
――そんな少女からラブレターで放課後の屋上に呼び出されたという状況は、普通なら舞い上がって喜んでいる事だろう。実際、菜月も今日一日は滅茶苦茶上機嫌だった。
――実際に屋上で、この『告白』を聞くまでは。
(なぜだ……なぜこうなった……?)
菜月は頬を引き攣らせながら、全力で脳を回転させていた。それはもうわざわざ心の中で自分の紹介をしてしまうほどだったが、この状況に至る原因がまるで分からなかった。
(俺とこいつ、なんか接点あったか……?)
別に部活のマネージャーとかでもないし、同じ中学の出身だったかも怪しい。まさか昔約束を交わした女の子とか、生き別れになった妹とかでもあるまいし。
(……もしかしたら、風紀委員関係か?)
それが現状一番高いだろう。だが憂莉は委員会に所属していなかったはずだ。となると、風紀委員の定期点検で出会ったのだろう。確かに何度かチェックしたこともあった気がする。
(……でも、会話も最低限だったし、告白フラグ建てるようなことは無かったと思うんだけどな……)
しかも重度に心酔しているようである。というか、一緒に死んでくれってこいつもしかしてヤンデr――
「先輩」
「は、はい!?」
呼ばれたことによって思考が停止させられ、素っ頓狂な声を上げる菜月。その際無意識のうちに一歩後退ってしまうと、まるで逃がさないかのように憂莉は距離を詰めてきた。
その頬は赤く染まり、目は潤んでいる。そこだけ見れば可愛い後輩にドキッとしてしまうものだが、菜月の心中は穏やかではいられない。
また一歩、また一歩と後退れば、屋上の端まで追い詰められてしまう。落下防止用の金網を掴もうと後ろ手にさ迷わせるが、その手は冷たい空を切るだけだった。
「先輩……わたしと一緒に…………っ!」
最後の方は何を言っていたのか聞き取れなかった。だがそれを聞き返すよりも早く、憂莉が地を蹴った。
ドンッと体重をかけて抱きついてくる憂莉に、菜月は抗うことができずに後ろに倒れてしまう。
そして――菜月の背後に、受け止めてくれるものはなにも無い。
(しまッ……!)
背中を打つ冷風。足が屋上のコンクリートから離れる。横目に映る金網は何故か切り裂かれたような断面が見られ、とっさに手を伸ばしても離れていて届かない。
酷く遅くなって重力を感じる。二人分の重さは足場を失うと当然落下を始め、殴るように全身を打つ風に茶と長い紫苑の髪が宙に舞い上がった。
「あ、」
呆けたように口から洩れた声。だが視界いっぱいに夕焼けの夏空が映り込むと、次第に声は絶叫と化す。
「あ、え、はあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
耳を虐める空気摩擦は夏だというのに酷く冷たく、風で冷やされたか、死への恐怖か、体中の温度が抜けていっていた。
代わりに感じるのは、抱きついてくる憂莉の体温。見た目以上にふくよかな双丘が菜月の腹に押し当てられている。こんな状況でなければ嬉しく思えることだが、死へのカウントダウンが始まっている今そんなことを思えるほど菜月は肝が据わっていない。
刻一刻と、背中に迫る地面。ほんの数秒前まで立っていた屋上の縁がもう遠い。横眼に映る校舎はすでにいくつか窓を通過している。今は何階くらいの高さだろうか。確かめようにも首を動かす時間は無いし、確かめる勇気も無かった。
(俺の人生、こんな終わり方かよ……)
内心呟いた言葉は、自身で思っていたよりも落ち着いていた。というよりは、思考の許容量を超えたから脳が考えるのをやめたのだろうか。だが自由落下中の時の流れとしてはひどく遅く感じる。それは最期の瞬間に脳が何とか助かろうと本来の能力のリミットを超えて思考するからだという。ならばこれもそうなのではないだろうか。
そんなことを死の間際に考えるほど雑学に詳しかった覚えはないんだけどな、と菜月は密かに苦笑いを浮かべた。
死が迫る。
いよいよという瞬間が近付けば、人は走馬灯を見るのだろうか。だが、菜月の脳裏に浮かぶ者は不思議と誰もいない。それほどこの世に思い出がないのか、自分に優しくしてくれた人に対する感謝もないのか、と自分を腹立たしく思うが、案外そんなものなのかもしれないと一方で考える自分もいた。
部活のメンバーと過ごす時間も楽しかったし、クラスメイトと馬鹿やる時間も楽しかった。時に家族と衝突したこともあったが、良い人達だったと今は思う。だがそれでも、菜月は過去より今を見る。
「くそッ」
せめてもの悪足掻きとして菜月は憂莉の背中に手を回すと、自分が下になるように何とか空中で微調整をし、離れぬようぎゅっと抱きしめる。柔らかい少女の感触を全身で味わうことになっているが、どうせ最期なのだからこのくらいはいいだろう。
自分をクッションにして上にいる憂莉が助かる可能性は低いと思う。だがしかしそうしたのは、たとえ自分を殺した張本人で自分自身も死のうと考えている狂った頭の奴でも、自分を好きだと言ってくれた少女に死んでほしくないと心の片隅で思っていたからだ。
(お人好し、ってやつかね)
それがお前の良い所だ、といろいろ面倒を見てくれた風紀委員長が言ってくれたことがあったか。もし委員長が菜月が死の間際まで少女を生かそうとしていたことを知ったら、泣きながらそう言ってくれるだろうか。
そして、死が迫る。
憂莉を抱く力を強め、彼女の方も菜月に身を沈めるように抱き直す。
目に映るのは、終わりを示す真っ赤な空と、幻想的に銀に輝く紫苑の髪。
肌に感じるのは、腕の中の少女の体温だけ。
不思議と音は聞こえない。
あと数秒、あと数瞬で人生が終わるその時に、菜月の耳に届いたのは、鈴のように綺麗な少女の声。
「――愛しています。来世でも、ずっと――」
――そして、東雲菜月は、その十八年の人生の幕を閉じた。
次回も読んで頂けると有り難いです。
六月二七日 憂莉の髪型をサイドテールからツインテールに変更。(サイドテールが好きだった方、すみません)
七月二九日 二文ほど加筆。(憂莉の説明の所です)