兆し
「グルオオォォッ‼︎」
ギースが爪と牙をギラつかせながら勇者に襲いかかった。
「ふっ、化け物め……醜い姿だ、……」
勇者は余裕の表情でギースの攻撃をいなす。
でも、ダメだ……力の差がデカ過ぎる……。
俺が見てても一目瞭然で分かる。
勇者は強過ぎた。
ギースの攻撃は一切勇者に当たらないのにもかかわらず、勇者の重い一撃がギースに何度も何度も叩き込まれる。
「タフな獣だ……いい加減にくたばれ!」
「グアアアッ‼︎」
ギースの獣化が解け、ボロボロの状態で地面に投げ出された。
「グッ……リュート……様……」
(あのギースが、一方的に……)
「残念だったな……だが、無駄死にだ……」
そう言って容赦なく剣を振り下ろした。
俺は反射的に顔を背けてしまった。
グシャッ!という音がして、顔を上げると剣はギースの胸のあたりを貫いていた。
「ギース!ギース!そんな!」
嘘だろ……ギースが……まさか……。
「無駄だ、もう死んだ」
勇者は小さく息を吐きながらギースから剣を抜いた。
「うああああぁぁぁぉぁああ‼︎‼︎」
俺はがむしゃらに勇者に殴りかかった。
だが、所詮は子供の力だ。
たった8歳の子供の膂力など勇者はものともしない。
「放せ」
「クソッ!クソッ!よくもギースを……殺してやる!」
「……諦めた方が身のためだ。抵抗しないなら一瞬で終わらせてやる」
エルザが俺の前に立ち塞がった。
「リュート様には指一本触れさせない!よくもギース様を……」
一瞬、勇者の姿が掻き消えた。
「え?」
次の瞬間にはエルザの片腕が吹き飛んでいた。
「きゃあああああぁぁぁあ‼︎」
「雑魚が、邪魔をするな」
「エルザ‼︎大丈夫か⁉︎ち、血が……」
俺はエルザに駆け寄った。
エルザの右腕は肘から先が完全に欠損しているのだ。大丈夫な訳がない。
血が止まらない……エルザまで……そんなこと……もう耐えられない……。
しかし、エルザは気丈に歯を食いしばっていた。
「大丈夫ですよ……これしき……」
ズルッ!と音を立てながら切断面から何やら黒っぽい毛の生えた腕が生えてきた。
「ほぅ……体内に魔獣を飼っているのか……成る程な、確かに人間じゃあない」
体内に魔獣を飼ってる……?どいうことだ?
「私は昔、体内に魔獣を入れたんですよ。あの時はそうしないと死んでしまうところでしたから」
魔獣を……そんなこと人間が出来るのか……?
「まぁ、そんなことはどうでもいいだろう?数分後にはお前たちは意識どころか死体も残らんのだからな……」
「させませんよ!『獣化』!」
目が金色に輝き、エルザの頭から狼のような尖った耳が生えてきた。
両足も鉤爪のついた黒い脚へと変貌する。
「魔族というやつはどうも諦めが悪いな……」
勇者の剣が光を帯びていく。
「いい加減に終わらせて欲しいな」
ドゴォォッ!
周囲の木々が消し飛び、俺とエルザも吹き飛んだ。
「うぐっ!」
一瞬にして距離を詰めた勇者は俺の眼の前で剣を振りかぶった。
「死ね」
「リュート様っ‼︎」
俺は死を覚悟して固く目を瞑った。
ザンッ!
ゆっくりと目を開けると……目の前にはエルザがいた。
俺を……庇ってくれたのか……?
エルザがドサリと倒れこんできた。
ひどく冷たく感じた。生気が感じられないのだ。
背中から夥しい量の血が流れている。
まさか……まさか……。
「ようやく死んだか……タフな奴らだった……」
死……んだ……?エルザまで……?
「後は、お前だけだ……」
「そ……んな……」
目の前が真っ暗になった様な感覚がした。
いつも一緒にいてくれた、エルザとギースが。
2人はもう、いない。2度と会えない。
そう考えた途端に、急に何かが身体の奥底からこみ上げてきた。
これは悲しみなんて生ぬるい感情じゃあない。
何も出来なかった自分に対する怒りと勇者に対する憎しみ……。
それは怒りと言うよりも、憤怒という方が正しい……そんな感情だった。
「うああああぁぁぁぁぁあああ‼︎‼︎」
ドス黒い感情が全身を支配した。
とにかく目の前のこいつを惨たらしく殺してやりたい。
全身の骨を砕いてやりたい。
四肢をもいでやりたい。
首を引き抜いてやりたい。
全身の血を飛び散らせてやりたい。
内臓をグチャグチャにしてやりたい。
涙ながらに助けてくれと懇願させた上で殺してやりたい。
どんな手を使ってでも……ただ目の前の1人の人間を殺してやりたい。
そんな感情だけが全身を支配した。
「勇者……お前だけは絶対に殺す……」
俺の怨嗟の声が更地の森に響いた。
表現がグロかったかな……なんて今更後悔しても遅い