人魚達
「よ、鎧が……重い……!」
「早く脱げ、沈むぞ!」
「え、でも恥ずかし……」
「いいから早く脱げ!仕方ないだろ!」
『ちょ、儂を水から出してくれい!』
足がつかないほど深い水場は本当に久しぶりだったが、どうにか浮かぶことはできている。爺さんは無視。
祐奈は鎧の留め金を外し、海の底へと沈めた。
「うう……鎧がぁ……」
祐奈が捨てた鎧は妖精界で王様にもらった上等な鎧だったらしい。
そりゃ、悪い事したな。でも、自業自得だろ?
さすがに剣まで手放してしまっては戦闘がままならないので腰にぶら下げているが、このままでは錆びてしまい、使い物にならなくなる。
その時、周囲の水面にに大きな黒い影が。
「いや〜な予感〜っ!」
「まさか……」
『なぁなぁ、儂は?』
やはりというか案の定というか、先程のクジラだった。そして爺さんは無視。
どうやら奴らは群れで行動するらしい。先程のクジラよりも心なしか大きい気がする。
よく見ると両手の指でも数えたりないほどいる。
「マズイな……」
その時、別の小さな人影が高速でこちらへ接近し、クジラをぶっ飛ばした。
「大丈夫?捕まって!」
「うぉう⁉︎」
「あなたは私に〜」
「うひぁっ⁉︎」
俺たちは何者かに腕を引っ張られて物凄いスピードでその場から離脱した。
勿論爺さんはポケットの中だ。
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「その、助かった」
「あ、ありがとう!」
俺たちはクジラから離れてから助けてくれた二人にお礼を言った。
「いえいえ、怪我はありませんか?」
「気にしなくて良いよ〜」
二人とも双子なのか、ものすごくよく似ている。
二人とも別々の装飾品をつけているので見分け自体はつくのだが、ほとんど同じ顔をしている。
そして大きな特徴として、腕には鱗とヒレ、背中には背ビレ、そして下半身は尾びれの様になっていた。
「「人魚?」」
俺たちは二人同時にそういった。
「人魚?いえ、私たちはイルカの獣人族です。私は双子の姉のカイリ。こちらは……」
「妹のマイルだよ〜」
姉のカイリは口調にも表れている通り、カタブツって感じだ。対してマイルの方はふわふわした雰囲気で天然入ってる。
「わ、私は勇者の佐藤祐奈です!」
「俺は魔王のリュート・エステリオだ」
『儂は元魔王のネルヴァ・エステリオじゃ』
取り敢えず自己紹介したが、どう考えてもメンツがおかしい。
勇者と魔王がこうして二人仲良く遭難しているのは相当おかしな事態だ。
というか爺さんは喋るな。話が進まん。
「へぇ〜、魔王様と勇者様なんですか〜。あれ、何で一緒に居るんです〜?」
「まぁ、色々あってな……」
マイルが不思議そうに聞いてきたが、本当に色々ありすぎて説明が難しい。
俺たちが魔王と勇者という立場でありながら一緒に居る理由を説明するのには時間がかかるし、こんな海のど真ん中でする話でもないだろう。
「何はともあれ、陸地に急ぎましょう」
カイリはそう言って俺の腕をとって泳ぎ始めた。先程に比べると速度は抑え目だ。
マイルもカイリにならい、祐奈の手を引いて泳ぐ。
「そうだ、ここってどこなんだ?」
俺はずっと気になっていた疑問を吐き出した。
二人ともこんなとこを泳いでるんだから現在地がわかるかもしれない。
「ここは、亜人界の領海です。あと10キロ程で陸地につきますよ」
じゅ、10キロ……?もう直ぐじゃねえか。根性出したら1日で泳ぎきれるぞ。
しかもここは亜人界なのか……。だったらリーシャ達の所へは比較的すぐに到着できそうだな……。
「じゅ、10キロ……?そんなぁ……」
「しかし、見ていたところコースが大きくそれていましたのであのままではもっと時間がかかったと思われます」
カイリが言った。
俺たちはどうやらずっと見られていたらしい。
「見てたの⁉︎」
「はい」
「そうだよ〜。私はね、助けてあげよ〜って言ったんだけど〜。カイリがダメだ〜って言うから〜」
マイルがほわほわと笑みを浮かべながら言った。
「私たちはそう簡単に手を出すべきではないと判断しました。どう見ても異種族でしたから。しかし、先程は流石に命の危機だと判断しましたので」
「私たち海に住んでる亜人族はよく奴隷にされちゃうんだ〜。だからカイリはダメって言ったんだよ〜。ゴメンね〜?」
成る程な。まぁ、人魚って珍しいもんな。
自分が奴隷にされるのは誰だって嫌だもんな。
「何、気にするな。俺も同じ立場ならそうするだろうよ」
「奴隷か……」
祐奈が小さく呟いていた。奴隷というワードに何か嫌な思い出でもあるのだろうか。
「どうかしたのか?」
「い、いえ!何でもないですよ」
何かありそうだったが、無理に訊き出す必要もないだろう。必要な事だったら祐奈は後で言ってくれるだろうし。
「陽が傾いてきました。少しスピードを出します。陽が落ちるまでに陸につきたいので」
「じゃあ、しっかり捕まっててね〜?」
「「え」」
二人は俺たちの返事を待たずに物凄いスピードで陸地に向かって急発進した。
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「ぶっふぇっ!」
「ゲホゲホゲホ‼︎」
俺たちは陸地で噎せ返っていた。
祐奈は仰向けに倒れてぐったりとしながら虚ろな目でぼんやりと空を見上げている。
俺は肺に入り込んだ水を吐き出して立ち上がった。
その時、俺のそばに二人が立っていた。
立って……?
って、足が⁉︎
「え、お前ら、足?」
「あ、はい、私たちは陸地では尾びれが足になるのです。水中では尾びれに変形します」
よく見たら腕のヒレや背ビレも消えている。
便利な体だなぁ……。水陸両用とは……。
「それより、祐奈が起きないんだが」
俺がそう言うと、カイリは少し申し訳なさそうに謝罪した。
「すみません。少しスピードを出し過ぎたでしょうか」
「いや、仕方ないだろ。陽が沈んだら危ないもんな」
助けてもらった身としては文句も言えないし、安全に陸地に辿り着けて本当に良かった。
しかし、これが本当に安全だったのかは疑問が残る。まぁ、今特に怪我が無いならいいか。
「ねえねえ、お腹減ったし早く帰ろ〜」
マイルは動かない祐奈を担いでさっさと行ってしまった。
「私たちも行きましょうか」
「ああ……」
俺たちはカイリとマイルの住む村へと向かった。
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「ただいま〜」
「ただいま」
二人はさっさと家の中に入っていった。
ここでずけずけと中に入っていってもいいのだろうか。
「お二人とも、早く中に入ってドア閉めて下さい。寒いです」
「二人共早く〜。ご飯出来てるよ〜?」
「あ、はい」
「お、お邪魔しまーす……」
家の中は普通だった。
海洋種族だからもうちょい文化の違いとかあるのかと思っていたが、食ってるものが魚であるという点以外はアギレラ達と何も変わらない。
イルカは水が無いと死んでしまうと聞いていたが、獣人族は違うのか。
さっきから一滴も水を浴びていないが、二人とも平気そうだ。
まぁ、水を浴びたら体が水中と勘違いして足が変形するのかもなぁ……。
「はい、一杯だべて下さいね」
「ほんと至れり尽くせりだな。本当にすまん」
「いえ、気にしないでください。困った時はお互い様ですよ」
カイリが甲斐甲斐しく俺たちに世話を焼いてくれる。
何だか見ず知らずの他人なのに申し訳ないな。
俺はそんな事を考えながら食卓に並んだ料理を見て驚ろいた。
出てきた料理は刺身だったのだ。
この世界に来てから初めて見る生食。この世界の料理は基本的に生では食わない。
こんな日本的な料理を見るのはこの世界では初めてだ。
考えた事が無いわけでは無いが、正直言って寄生虫とかが怖くて今まで食べられずにいたのだ。
「さ、刺身……?」
祐奈も目をぐるぐるさせながら呟く。
「頂きま〜す」
「頂きます」
カイリとマイルは黙々と食べ始めた。
食べてる間は二人とも無言だ。
二人共雰囲気的に普段から生食をしているらしい。
俺たちも刺身を口に入れた。
「う、うまっ……!」
「おいし……!」
醤油が無いかわりに何やら変な液体がかかっている。
しかし、美味い。
故郷の味、というわけでは無いが、限りなく故郷の味に近い。
歯ごたえ的には鯛に近いな。
俺たちはその後も黙々と刺身料理に舌鼓を打った。
そうして夜は更けていった。