崩壊
「フレイムーーッ‼︎」
俺は叫んだ。
しかし、俺の声をもう、誰にも届かない。
何もかもが消えてしまった。
俺の体の再生が終わった。
しかし、もう何もない。
誰もいない。
「クソッ……!フレイム……!何で、何で死んだ‼︎」
俺は地に伏して、ひたすら地面を殴りつけた。
本当に失ってしまった……。大切な仲間を……。
大きな虚無感と虚脱感が俺を包み込んだ。
こんなに身近な存在が死んでしまうのは実に約5年ぶりだ。
あの時、もう2度と家族を失わないように強くなると誓ったというのに……結局俺は口先だけのクズ野郎だ……。
「フレイム……。すまない……」
俺が弱かったばっかりに……。俺がもっと強ければ……。
フレイムを失わなかったかもしれないのに……。
その時、俺の目の前に小さな何かがフヨフヨと飛んできた。
それはいくつも集まり、まるで虫の群れのように一塊になった。
それは少しずつ大きくなっていく。
まさか……、まさか……!
それは少しずつ大きくなり、最終的に人型を形どった。
それは薄く笑みを浮かべながらこちらへやってきた。
「エ、エレボス……⁉︎」
俺は目を疑った。
フレイムの捨て身の一撃が効いてないのか……⁉︎
そんな……じゃあ、フレイムは何のために死んだんだ……。
エレボスの再生は衣服まで回す余裕がなかったのか、全裸だ。
「んん……っはぁ……、本当に死ぬかと思ったぞ。アレはもう、半分諦めてた。古龍種にしては強過ぎないか……?アイツ」
エレボスはそう言って何もない場所からこちらの地面へと降り立った。
血まみれだった顔も完全に再生し、攻撃される直前の何も変わらない。
コイツは……バケモノだ……。
古龍種が自身の命の崩壊と引き換えに撃つ最強の一撃で持ってしても、倒せない。消せない。
「取り敢えず、ローグとの約束通りお前を殺して、そのあと逃げた奴を追いかけて殺す。それで俺の仕事は終わりだ」
「……く、クソッ……!」
俺は逃げなかった。
俺が逃げたら祐奈とアスタとベルの命は無い。
逃げられないんだ。
もうたくさんだ。仲間を失うなんて、もう2度とごめんだ。
失いたく無い……。失いたく無い。失いたく無いッ!
この世界はあまりにも残酷すぎる。俺から大切なものをことごとく奪っていく。
だから、俺はそんなクソッタレな世界を変えると誓ったんだ……!
「逃げるかよ……。逃げてたまるか!」
俺は叫んだ。
自分を勇気づけるように。
そうでもしなければ、俺の心は押し潰れてしまいそうだった。
「…………」
エレボスは何も言わなかった。そして、無言で一歩踏み出した。
その時、
ドロリ、と
唐突にエレボスの体が崩壊した。
「…………っ⁉︎」
エレボスは驚愕の表情を顔に浮かべた。
直ぐさま、体を再生させる。しかし、再生したそばからまたドロリと体が崩れ落ちる。
「な、何が……起こってるんだ……?」
俺には何が何だかわからなかった。
ただ、分かるのはエレボスの体内で、奴の再生能力を超える速度で破壊が起こっているということ。
「んん……、あの古龍種……。何てモノを置き土産しやがる……。ウッ……」
エレボスの体は再生しては崩壊を繰り返し続けた。何度も何度も。
コレが……フレイムの最後の一撃の効果……?
再生不可能になる程破壊するのでは無く、何度再生しても破壊し続けるという事。
俺はその間、ずっと無言で立ち尽くしていた。
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エレボスは何度再生しても崩壊するので再生をやめたい気分だった。
しかし、エレボスの身体の再生能力は自動発動なのでやめる事はできない。
しかし、魔力は食う。つまり、他の行動に魔力を回す余裕が無くなってしまったのだ。
神とはその世界の心臓と同義。
エレボスが魔力を全く行使できなくなるということは、ゲートを維持する事が出来なくなるという事だ。
エレボスはため息をついた。
ぁぁ……、ローグのやつ、怒るかもな……。
エレボスに死への恐怖は無い。
気がついたら何をされても死なない身体だった上、神として高い戦闘能力を有していた。死の危険と隣り合わせになった事などただの一度も無い。
今回が初めてとなる生命の危機。しかし、エレボスの精神状態はあくまでフラットだった。
気になるのはたった一人の友人が怒るんじゃ無いか?そんなの事だけだった。
もしかすると、こんな状態になってしまった自分の心配をしてくれるだろうか?とも思ったが、直ぐにその考えは振り切った。
ローグはそんな甘い奴じゃない。だから、こうして親交を保てているのだから。
こうなってしまっては自分は役立たずだ。
エレボスは元来、面倒臭がり屋なのでやっと高みの見物を決めこめると、むしろ喜んですらいた。
どうせ死なないのだから……、と。
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不意に、空間が歪んだ。
「なっ……!一体……何が……!」
「ん……、もう数分するとゲートが消える。俺の魔力が限界値に達しているからな。全く……、神の魔力をここまで摩耗させるとはな……。恐ろしい奴らだ」
エレボスはケロっとしながら言った。コイツは……、まだ死なないのかよ……。
どうやら体が崩壊すると同時に再生する事でどうにか原型を維持しているらしい。
……俺はコイツに終ぞ勝つ事はできなかった。
絶望的なまでの戦力差。これをどう埋めればいいんだ……?ローグと戦うためにはこのままじゃあダメだ。どうにかして強くならねばならない……。
「ん、早く行け。仲間達と合流してから出て行ったほうがいいぞ。転移は完全ランダムだからな。向こうではぐれてしまう」
そう言ってエレボスはひらひらと手を振った。
……何処までも人あたりの読めない、マイペースな奴だ。
「お前はどうするんだよ」
「んー、俺は……そうだな。もう何も出来ないし、一般人として引きこもって生きていくかな」
「何だそれ」
少し吹き出しそうになった。神様が引籠る?天照大御神かよ。岩戸の陰に引きこもるってか?
「早く行け。もうすぐ崩壊するぞ」
「ああ」
俺は短く答えるとエレボスにクルリと背を向けて、墓地の方向へと急いだ。
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「んあぁ……、これからどうやって生活しようか……。生まれてこのかた金なんて稼いだ事ないし……。困った……」
エレボスは大きく伸びをしながら言った。
今まで自分を縛っていたモノはもう何もない。もう神として魔力を行使する事はできないのだ。
全てのしがらみから解放された気分だった。
まぁ、何をされても死なないのは今まで通りだが。
「そうだな……。アレが魔王になるのなら、魔界に行くのもアリか……?」
エレボスは今後の人生に割とポジティブだった。
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俺はひたすら走った。
周囲の空間や地面は既にひび割れ、天変地異の様相を呈している。
多分ここに居てくれるハズだ……!
俺はジイさんの棺桶が置いてある掘っ建て小屋へと向かった。
「みんな!居るか⁉︎」
勢いよく扉を開けるとそこには3人の姿が。
「リュートさん!無事だったんですね!」
「ああ、取り敢えず固まっとくぞ。時期にこの世界は崩壊する!」
「え、超急展開なんだけど」
アスタとベルは並んで眠っているようだ。
『孫!儂も連れてけよ!分かっとるか?』
「はいはい、分かっとる分かっとる。じゃあ、爺さんの棺桶に捕まれ!」
俺がそう言った時、フワッとした感覚が全身を襲った。
転移が始まった……!
「うおわああああぁぁぁぁ‼︎」
「きゃああああぁぁぁぁ‼︎」
俺と祐奈は叫びながら光り輝く穴のようなものに吸い込まれていった。
離れないように、お互いの手をしっかりと握りあいながら。