絶望
「んん……、さぁ、こい。お前の自慢の力を見せてくれ」
「言われなくとも……っ‼︎」
跳躍。
俺は地を蹴り、距離を殺した。
「……っ⁉︎」
エレボスの顔が驚愕に染まる。
次の瞬間。俺は右手を一閃させ、エレボスの上半身を消しとばした。
「んんー、速いな……」
しかし、エレボスは何の問題も無いといった様子で再生する。
「でも、そんなんじゃぁ、俺は倒せない。どうする?」
エレボスはそう、おどけた様子で言った。
「まだまだお楽しみはこれからだ。退屈はさせないさ」
俺は空中に飛び上がり、魔力を解放する。まだまだあるんだから使わなきゃもったい無い。
「『激雷雨』!」
俺は空中に作り出した魔法陣から大量の雷を文字どおり雨のように降らせた。
これで黒こげになって終わってくれればいいのだが……。
「やっぱ、そう簡単にいくわけねえか……」
エレボスは身体中から煙を上げてはいるものの、ケロっとした様子で立っていた。勿論無傷で。
「んん……、全く……魔王ってのは皆そんなんなのか?疲れるな。安請け合いするんじゃなかった」
エレボスは耳の裏をポリポリと掻きながら後悔した様子で溜息をついた。
「んー、俺は単純作業は嫌いじゃ無いけど、考えて仕事するのは嫌いなんだよ」
めっちゃ分かるけども。
待て待て、何敵に共感してんだ。
でもなぁ、確かになぁ……。人に与えられた単純な仕事って無心でやってたらいつの間にか終わるし、慣れれば簡単だし、失敗しても人のせいにしやすいし、いいこと尽くめだよな。
っと……、思考が脱線した。
今は戦闘に集中せねば。
ゾワッ……
突然俺はエレボスからイヤな雰囲気を感じ取り、少し距離をとった。
次の瞬間
ドゴン!
先ほどまで俺の居た場所が爆音とともに消え去った。
それはまるで空間ごと削り取られた様に。
「なっ……」
「んー、惜しい」
なんだ今の……。ヴァニラさんのスタ○ドかよ……?
ガオン!って効果音が聞こえて来たような気がする。
「『暗黒滅却』。俺のとっておきだ」
「なんだそれ、チートかよ……」
「んー、お前も人の事言えんだろ。
これは出現した場所を空間ごと削り取る魔法だ。削り取られた空間がどこへ行くのかは俺にも分からん」
ご丁寧に解説してくれた。
強い敵キャラあるあるだな。
「いいのかよ?そんな事教えて」
「ん、教えてもなんの問題も無い」
「ははっ!そりゃあ確かにっ!」
そう言って俺は横っ飛びに地面を蹴った。
一瞬以下の間を空けて、先ほどまで俺の居た場所の空間が削り取られ、消えた。
こいつに勝つためにはこの攻撃を一撃でも受けちゃいけ無い。どうなるかわかったもんじゃ無い。
不容易に受けて再生が遅くなったり、可能性は低いが、再生が不可能になったりしたら勝ちの目が消えてしまう。
俺はあの攻撃を食らわ無いように動き回りながらあいつを再生出来無いほどにぶっ壊す必要がある。
勝利条件がはっきりしてるのはいいもんだ。
俺は超高速でエレボスの周囲を跳び回った。奴の意識を撹乱するためだ。
「んー、バカだな。その程度の速度に追いつけないとでも?」
俺の背後に突如エレボスが出現した。
でもな、読んでたぜ。
俺はすぐに後ろへ向かって雷魔法をぶっ放した。
「『雷光槍撃!」
ボボッ!
雷魔法はエレボスの腹部を貫通した。
しかし、一瞬で再生する。
「『轟雷音震』!」
俺は間髪入れずにエレボスの身体に触れ、ゼロ距離で更に追加で魔法を発動する。
コレは電撃とともに、雷の轟音を相手の体内で轟かせる魔法だ。
一般人にコレをやるとほぼ確定で死亡する荒技なのだが……。
「んん……、流石にこれはヤバいかと思った……」
冷や汗を垂らしていたものの問題無く再生が完了したらしい。
まさか、ここまでやっても効かないとは……。
今の俺なら負ける事は無いだろうが、これじゃあどう足掻いても勝てない。
そしてこのままの状態が続けばいずれ俺の魔力は底をつき、殺されてしまう。
クソッ!だったら……!
「『絶対不侵圏』!」
現在、俺とエレボスの彼我距離はかなりの近さだ。
これ程近くならば、『絶対不侵圏』でバラバラにできる!
俺は円の中にエレボスを取り込んだ。
「ん、何だこれ……?……ッ!……ぐっ!」
気づいたときにはもう遅い。
『絶対不侵圏』による攻撃は一瞬でエレボスをバラバラに刻んでいた。
やはり、爺さんが俺にこの技を見せたときは手加減していたらしい。本気でやれば体を八つ裂きにすることなど容易いのだ。
ましてや今の俺は『魂喰』によって魔力を底上げしている状態なのだ。
細胞の一つすら残らずに刻んでやる!
しかし、それでも破片は再生をしようと動き出す。
俺はダメ押しに破片全てを魔法で一掃した。
「『轟雷天衝』‼︎」
俺の持ちうる最強の攻撃魔法で前方に存在する全てを薙ぎはらう。
圧倒的で、暴力的な破壊力。
俺が約半年かけて研鑽を積んだ結果、完成した俺の使える中では最強の雷魔法。
しかし、
少しずつ、少しずつだが、確実に粒子のような存在となってもまだ再生しようとしていた。
「バカな……そんな、嘘だろ……⁉︎」
なんと、俺の最強の攻撃をもってしても、こいつを消し去る事は不可能だったのだ。
エレボスの身体はゆっくりと、だが、着実に再生していった。
「どうすりゃいいんだ……。こんなバケモノ……」
俺は奇しくも昔の自分に対する感想と同じ事を言っていた。
俺がバケモノだって……?生温い。なんて生温い……。本当のバケモノは……本当のバケモノは……!
「ん、くっ……。今回はマジで危なかった。死ぬかと思った」
俺なんかとは比較にもならない……。
圧倒的な再生力に裏打ちされた絶望。
勝てない。
それは、俺が殺されるから勝てないのではない。エレボスが死なないから勝てないのだ。
もっと言うなら、エレボスは……何をされても絶対に負けない。
「んん、流石に今のは危なかった。あと、ちょっと頭にきた」
そう言ってエレボスはヒュッ!という音と共にその場から搔き消え、次の瞬間には俺は蹴り飛ばされていた。
「ぐうぁっ!」
「んー、それで終わりと思うなよ……。『暗黒滅却』!」
ゴリッ!
俺の左半身が削り取られ、消し飛んだ。
「うああああぁぁぁぁ‼︎」
痛い。
俺の削り取られた、半身があった場所からおびただしい量の血液がドロドロと流れ出す。
あまりの痛みに感覚が麻痺してきたのか、見えない、聞こえない。周囲の様子がうかがえない。
「んー、無様だな」
ドゴッ‼︎
俺は蹴り飛ばされ、受け身を取ることもできず、無様に地面を転がった。
痛い。その痛みすらきえうせるほどの痛み。痛みを新たな痛みが覆い、包んでいく。
俺身体はこんな状況でもいつもと変わらずゆっくりと再生を開始した。
しかし、
俺は絶望に苛まれていた。
どう足掻いても勝てない敵。
何をしても死なない存在。
俺は生きる事を半ば諦めてしまっていた。
身体が再生しても、もうどうしようもない……。
俺が動くことも出来ず、ダラリと腕を投げ出したその時、
『諦めるな‼︎』
どこかから声が響いた。
それはとても聞き覚えのある、雄大で力強い声だった。