鋼のアスタロト
「アスタ、異形群ってなんだ?」
異形群って言葉の響きからしてヤバそうなんだけど。
「昼間にリュート様が襲われた奴っすよ。ゲゼルマシュベルとかです」
「成る程。で、なんかヤバイのか?」
「あの剣幕っすから。多分えらい数なんでしょうね」
アスタはかなり落ち着いた様子だ。
「成る程な。で、撃退するんだろ?」
「はい、できるだけ討伐っすけど。助太刀頼めるっすか?」
「当たり前だろ。祐奈を見てみろ」
俺は祐奈を指差した。
祐奈は剣をブンブン振り回して肩周りの関節をゴキゴキ鳴らしていた。戦闘準備万端といった様子だ。
勿論俺だっていつでも準備オーケーだ。今は腹一杯だしな。
「頼もしいっすよ……」
俺たちは数人の戦士と共に外へと出た。
この村に住んでいるのは約6割が女子供老人だ。そして残りの4割の内半分は非戦闘要員なのだ。
つまり、実質的にこの村の戦士は20人程度である。
「よし、皆!聞いてくれ!これから異形群を撃退、討伐する!犠牲は出ないように、死の危険を感じたら一時退却してくれ!」
アスタが戦士の代表として指揮を取るらしい。
「「「おう!」」」
戦士達が一斉に応える。
そこにはベルの姿もあった。
「あっ!」
その時、祐奈が虚空を指差した。
他の奴には知覚できないような速度で鋭い槍のようなものがアスタへと突き刺さった。
いや、正確に言えば突き刺さる事は出来なかったのだが。
ガキィンッ!
硬質なもの同士がぶつかる音が響いてカランカランと音を立てながら槍は地面に落ちた。
え……、今、突き刺ささったよな……?
「ん?」
そう言いながらキョトンとした表情でアスタが振り返る。
「ありゃ、もう先制攻撃っすか……。あんまりにも弱すぎて感じなかったっすよ……」
感じなかっただと……⁉︎
あいつの身体……尋常じゃ無いくらいに硬い‼︎普通人体からガキィンッ!とかいう音をするか⁉︎
すると後ろからベルがやってきて俺に耳打ちした。
「アレが、アスタが『鋼』の異名を持つ所以」
多分普通に喋ってるんだろうけど耳打ちしているように感じるくらい声が小さい。
「『鋼』……?」
「そう。アスタは外界では『鋼のアスタロト』と呼ばれていた」
「アスタ……ロト……?」
アスタロトって確か……なんかすげえ悪魔の名前じゃなかったっけ?
「さぁ!始めるっすよ!」
アスタはそう叫ぶと、異形群へと突っ込んでいった。
「いくよ!『ブレイブフォース』!」
祐奈も続く。
「行くか、ベル」
「御意。殲滅する」
俺とベルも戦線へと向かった。
そこからは一方的だった。
いくら大群で押し寄せていてもこちらは熟練の戦士達、魔王、勇者だ。負けるはずが無い。
「『百重強化』‼︎」
「は?」
聞き間違いか?なんか恐ろしい単語が聞こえたんだけど……。
アスタを見やると、いや、正確には姿は見えなかったが、何が起こっているのかはわかる。
見えないほどの速度で異形群の首を刎ねていっているのだ。
百……?そんなに強化してなんで身体が崩れないんだ……?
それに、強化し過ぎたら身体に激痛が走って動けたもんじゃなくなるはずなのに……。
アスタの身体は先ほど見たとおり異常に強靭だ。だからと言って痛覚を克服する事は不可能だ。
一体どういうカラクリなんだ……?
「オラオラオラオラオラオラオラァ‼︎」
アスタは目を血走らせながら異形群を叩き潰す。
「ちょっとマズイ……」
その時、ベルが動いた。
細い炎の道筋を飛行機雲のように作りながら高速でアスタの背後に接近し、手刀を叩き込んだ。
アスタは不意をつかれたように地面にズザザザっと倒れこむ。
「ストップ。落ち着いて」
「あああっ⁉︎離せこの、ブチ殺すぞ!……あ、その、すまん……」
「いい」
アスタがすまなさそうに謝った。ベルは澄ました顔だ。
あいつ、身体を強化し過ぎて意識が飛んでたのか……?
「こ、この調子ならなんの問題もねーし、俺は休んでもいいっすか?」
「ああ、あの様子を見るに今回の戦闘は休んだほうがいいだろ。お前の穴は俺と祐奈で埋めるさ」
「すいません」
「何、気にするな。世話になってる礼もあるんだ」
あの戦闘スタイルにはデメリットがある……俺もやり過ぎたらそうなるのかもな……。
その時、祐奈が異形群を斬り伏せながらこちらへ来た。
「リュートさん!いくよ!『ブレイブフォース』!」
「おう!『十重強化』!」
俺たちは異形群へ向かっていった。
「私も続く。『獄炎流星』」
突然、空中から灼熱の隕石が多数飛来した。
かなり大規模な炎魔法だ。これなら周囲の異形群を一掃できるだろう。
これはかなり有効な攻撃だと思われた。
祐奈と俺が突っ込んでいった場所に向かって撃っていなければ。
フレンドリーファイアは戦場での主な死因の一つだ。だが、こんな大規模なフレンドリーファイア始めて見た。
スドドドドドドォン‼︎
「どわああぁぁぁぁ‼︎殺す気かぁ‼︎」
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ‼︎」
俺たちは何とか九死に一生を得た。
ベルの攻撃が終了した時、俺と祐奈以外に立っているものは居なかった。
その後、肩で息をしている俺たちの元へベルがやって来た。
「ごめん」
「「ごめんで済むかぁ‼︎」」