ゲート内の村
俺たちはアスタに連れられ、ゲートの内部を歩いていた。
俺たち二人の後ろからはベルが無言でついてくる。
腹ごしらえをした俺たちはアスタが拠点にしている場所へと案内されているのだ。
ちなみに、腹ごしらえをしたと言ったが、別に腹が一杯になった訳ではない。
「もうちょいっすよ」
俺たちは行くあてもないし、帰り方も分からないしで正直気が滅入っていた。
祐奈もさっきから無言でずっと俯いている。
「ほらほらっ!着きましたよ!顔あげて下さいよ!」
アスタがテンション上げて言った。
顔を上げるとそこには……なんと、普通の街並みが広がっていた。街と言っては些か小さいが、それでも生活圏が存在している事に驚きを隠せなかった。
地面がボコボコしていたり、所々壊れていたり、二階部分が明らかに削り取られているような建物はあるが、それでもちゃんとした村だった。
「ここが俺たちが作った、テンカ村っす!」
「わぁ……!」
祐奈が感嘆の声を上げる。
「ど、どういう事だ……?」
俺は感嘆より先に驚愕した。ここはゲートの内部のはずなのに、なぜ村があるんだ?
「驚きました?ゲートの中には外からのものが大量に送られてくるんで基本的に瓦礫まみれなんすよ。さっきみたいに何もない場所って珍しいんすよ?
それで、送られてきた瓦礫やら土やらで何年もかけて村を作ったんすよ!」
アスタがしたり顔で解説を始める。
「ここには200人ほどの人々が集まって生活してるんすよ。種族なんて関係無くですよ?凄くないすか?」
種族関係無く……?そんな事が可能なのか……?
いや、でもよく見たら向こうでは人族と魔族が楽しそうに会話してるし……。よく見たらその間には見た感じハーフの男の子もいる。アレってもしかして……。
「あ、気づきました?あの二人は夫婦なんすよ。人族と魔族何ですけどねぇ」
「本当、なんだな……」
俺は二人の夫婦を見ながら感慨深い雰囲気になった。俺の目指す世界はこんな感じ何だろうなっていう事を実感した。
あの二人の夫婦を俺の両親と重ねて見ていたのかもしれない。
「ここは人々は、心の暖かさってやつが外の世界とは段違いっすからねー。まぁ、環境は良くないですけどね。光射さないし」
そうだ、光が射さないのになぜ生きていけるんだ?光がないと植物が育たないだろうに。
「あれを見て下さい」
そう言ってアスタの指差す方向を見てみた。
そこにはビニールハウスらしきものが。
「アレは……」
「はい、野菜部屋です。あそこには光魔導士が数人常駐していて、野菜の面倒を見てるんですよ。
光魔導士と水魔導士が居たら食料には困りませんし、炎魔導士がいれば料理もなんのそのっす。闇魔導士がいればゲートの魔獣から身を隠すのも簡単なんですよ!」
「凄いな……。こんなに自由な場所を俺は見た事ないぞ……!」
「そうっすか?」
俺が興奮気味に言うと、アスタは少し嬉しそうに笑った。
何だ……何ていうか……ゲートの中でも皆逞しく生きてるんだなぁ……。
極限状態なら種族間差別なんてしてる場合じゃねえもんなぁ……。
「でも、何でこんなに多種族が集まってるんだ?ゲートは魔界にしか無いハズだろ?」
「え?そうなんすか?」
え?どういう事?
もしかして魔界以外にもあったのか?ゲートが。
「俺が吸い込まれた時、俺は魔界に居ましたけど、ここには全種族居ますし、勘違いじゃ無いすか?」
「いや、そんなハズは無い。俺が物心ついたときからゲートは魔界にしかなかったし、それの所為で魔族と人族が争ってるんだぞ?」
「おかしいっすねぇ……。ってか、魔族と人族って仲悪いんすか⁉︎」
「人族と魔族って仲悪いイメージ無いのか?お前何年前からここにいるんだ?」
「かれこれ10年以上はいますねぇ……最初の方は時間の感覚が掴めなくてよく分かんないですけど。
あ、でもここに定住し始めたのはここ最近っすよ?」
10年以上ゲートの内部で生活してたら話に齟齬も生まれるだろう。仕方が無い。
ふと横を見ると祐奈がいない。一体どこに行ったんだ?
「あいつ……どこいったんだ?」
「アレじゃないすか?」
アスタはビニールハウスの一角を指差した。
「うまっ!何コレ⁉︎トマトじゃん!超美味しい!」
そこでは祐奈がトマトみたいな食べ物を夢中で食べていた。
多分それトマトじゃないぞ。
すぐ隣で光魔導士と思しき若い男が祐奈の食べっぷりを見て、嬉しそうな顔をしていた。
「コレはトマトじゃ無くてトマソですよ?お姉さん」
「え、トマソ?何それ、もしかして名前考えるの面倒くさくなったの?」
俺と似たような反応をするな。
しかも、ツッコミながらも食う手を止めない。食い意地張ってやがる。
まぁ、気持ちはわからんでもないがな……。さっき触手食わされたもんな。
「ハイハイ!皆〜!ご飯よ〜!」
遠くの方から竜人族や人族のおばさんが大声を出していた。
「ご飯……?どういう事だよ……?」
「今日はお客さんがいるから皆で食うんすよ!ほら、教会に行きましょう!早く行かないと食べ盛りのガキに食い尽くされますよ!」
そう言うと、アスタとベルは凄いスピードで走り出した。
「私も行くっ!」
祐奈が続く。
「あ、おい、ちょ、まてよ!」
俺も急いで走り出した。
まぁ、詳しい話は後でも聞けるよな。
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そこは教会とは名ばかりのどでかい食堂だった。
窓のそばに申し訳程度に十字架が置かれている。しかもハリボテ。
「おい、これのどこが教会だ」
「いやぁ、俺たち魔族に教会なんて分かるわけ無いじゃないですか。人族の子供が作ったんですよ、あの十字架。本当はここ食堂って名前なんですよ?」
「食堂なのかよ!」
俺たちはそう言いながらも食べ物を皿へと盛り付け始めた。
今日の飯はバイキング形式だ。
ゲゼルマシュベルの触手は子供達に大人気らしく、追加されるとあっという間になくなっていった。
それを見た祐奈はあんぐりと口を開けていた。放っておこう。
流石にゲゼルマシュベルは遠慮したいので、俺たち二人は豚肉や野菜をとって食べていた。
椅子の後ろ側では、子供達が楽しそうに走り回りながら大人たちの皿から食べ物を盗んでは口に入れては注意されていた。本当に楽しそうだな……。
その時、祐奈の皿から子供が豚肉を盗っていった。
「ああっ!このガキ!私の肉を返せぇっ‼︎」
祐奈が姿勢を低くして子供たちと追いかけっこを始めた。
男の子は祐奈から奪った肉をさっさと口の中に入れて噛んで見せた。
「へへーんだ!」
「このヤロ!新しい肉持ってくるまで絶対許してやんない!」
祐奈が起こると男の子はキャハハハハ‼︎と笑いながら脱兎の如く駆け出した。その後ろを祐奈が追いかける。
全く……お前、自分の歳考えろよ……。
俺は隣でそんな騒動が起こっている間も黙々と飯をかっ込んでいた。
俺、菜食主義者になっても良いな……。それほどには美味い野菜だった。
瑞々しいと言うか……何というか……やはり、俺に食レポは向いていないな。良い感想が浮かんでこない。
「楽しんでるっすねぇ〜」
「何だ、アスタ」
アスタが俺の隣に座った。
皿を戻してきたらしい。
「もう食わないのか?」
「もう腹一杯っすよ。大体、昼間にゲゼルの足食い過ぎたんすよねー」
ゲゼルの足っていう言い方に日常って感じが出てて嫌なんですけど。
ゲゼルマシュベルの触手って言って欲しいな。イヤ、やっぱ言って欲しくない。
「ベルはどうした?」
「ベルは炎魔導士なので、飯食ったら料理番っす」
「そうなのか」
「はい、ベルはそりゃあスッゲェ炎魔導士なんすよ?」
「料理番は皆炎魔導士なのか?」
「いえ、そう言うわけじゃないっすけど、まぁ、炎魔導士が多いっすね」
そう言いながら、アスタは俺の皿の野菜をつまみ始めた。
「食うな!自分のやつ食えよ!」
「人が食ってるやつって無性に美味そうに見えるんすよねー」
「分かるけども」
遠くの方から祐奈の声がした。
「このガキ!やっと捕まえた!さぁ、肉を持ってこい!さもないと、こうだぞ!」
「ギャ〜!やめて〜!分かった!分かったから!ヒィッ‼︎ヒィ!」
何やってんだあいつら……。
そう思って覗きに行ったら、祐奈が男の子をコチョコチョの刑に処していた。
「コチョコチョコチョコチョコチョコチョ!」
「分かった!分かったってば!ちょ!ヒィ!お姉ちゃん!ごめんなさい!やめて!ヒィっ!」
「コチョコチョコチョコチョ!」
「その辺にしとけバカ」
俺は祐奈の頭にチョップして男の子から引き剥がした。
「ああ、何するんですか〜」
「ヒィヒィ言ってんじゃねえか」
「はぁ……はぁ……はぁ……ぐるじい……」
男の子は息を切らして食堂の床に寝そべった。祐奈はその隣に腰を下ろして男の子の頰を軽くつねった。
「くぉぉるぁ……もう2度としないって誓えるくぁ?」
ドスを利かせて言っているつもりなのだろうが、バカにしているようにしか聞こえない。
祐奈は手をわきわきしながら男の子に詰め寄った。
「誓うから!もうコチョコチョはやめて!」
結構トラウマになっているらしい。
だから、やり過ぎだと言ったんだろうに。
俺は二人の事は放っておいて流し場に皿を返しに行った。
「ごちそうさん、おばちゃん」
「はい、よろしゅうおあがり!」
おばちゃんは笑顔で俺の皿を受け取って洗い物の作業に戻った。
俺は軽く会釈してアスタの元へと戻ろうとした。今日の宿を融通して貰わねば。
その時、外から数人の男が外から息を切らして駆け込んで来た。
「マズイ!異形群だ!皆、地下へ避難しろ!」
異形群?なんだそれ?
俺は言葉の意味は分からなかったが、雰囲気が緊迫しているのはなんとなく分かった。