ゲートの内側の世界
新章開幕です
ゲートは世界中に散らばっていた。
魔界に一つだけしかなかったゲートは今や世界中に存在し、更にそれは日夜大きく成長しているのだ。
ゲートの進行は目に見えて早くなっていた。これでは世界が飲み込まれるのは時間の問題だ。
少しずつ世界を侵食し、大地、空、海を呑み込む。そこに住む人々の命もろとも。
既に、人々にはどうする事も出来ない状況となっていた。
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「祐奈、起きろ!祐奈!」
俺は祐奈の頰をペチペチと叩いた。
しかし、全く起きる様子は無い。
多分気絶してるんじゃなくて寝てるんだろうな。すやすやと寝息が聞こえてくる。
しかも、よく聞こえないが何やらゴニョゴニョと寝言も言っている
まぁ、ずっと戦闘続きだったし、仕方ないか。
俺は祐奈を放って置いて周囲を見渡した。
しかし、見渡す限り黒っぽい景色が広がるのみ。
これが、ゲートの向こう側か……。
これから一体どうすればいいんだ?
そもそも自分達がどこから入って来たのか全く分からない。この世界に出口なんてあるのだろうか?
出口が無かったとしたらそれはマジでヤバイがな。
一生こんな味気ない場所で生きていくなんて真っ平御免だ。
嗚呼、短い結婚生活だったなぁ……。まだ結婚してから半年も経っていないのに……。
そんな事を考えていると隣から寝言が聞こえてきた。
「んん……ダメ……ソレは……ソレは私のハンバーグ!」
ガバッと祐奈が飛び起きた。
何て夢見てやがる。状況分かってねえのか。
まあ、気持ちはわからんでも無いがな。この世界にハンバーグなんて無いもんな。
「起きたか……怪我とかは、まぁ、無いよな?」
「は、はい……大丈夫です……」
祐奈は恥ずかしそうに頰を染めながら答えた。寝言を聞かれたのが恥ずかしかったのだろう。
祐奈の中では俺は年上の大人の男なんだろうけど、何だか敬語では居心地が悪いな。
「タメで良いぞ?今は俺の方が年下だしな」
「で、でも……タメ口なんて……」
「良いって、俺がそう頼んでるんだ。俺のことはリュートで良いよ」
「リ、リュート……」
祐奈はそう言った後、俯いて顔を両手で覆ってしまった。
相当恥ずかしかったらしいな。
「しかし、ここからどうやって出たもんかねー」
「そうですね……あ、そ、そうだね……私達が入って来た穴があれば良いんだけど……」
「周りを見てもそんなもんは無かったな。
俺たちが意識を失っている間に消えちまったんだろう。ま、そんなもんがあったとしたらの話だが」
そして話す事もなく、俺たちは黙り込んで行くあてもなく歩き出した。
不用意に動くのは良く無いとは思ったが、助けが来るわけでも無いし、俺たちの戦闘能力が有れば、相手が神じゃ無い限り大丈夫だろう。
もし、相手が神だったら、仲間がいても話は同じだしな。
「み、見て!あっちに何かいます!」
「なになに……?」
俺は強化魔法を使って視力を強化し、目を凝らした。
サソリのような生き物がモゾモゾと蠢いているのが見える。
「大サソリだな……こっちにも居るのか……」
「大サソリ……ですか?あ、ええと、大サソリって何?」
祐奈がぎこちなく問いかけてくる。やはり、突然敬語に切り替えるのは難しいのだろう。
「大サソリは……なんつーか……美味い」
「成る程……今日のご飯ですね!あ、その……」
「やっぱり無理しなくても良いぞ?」
「ご、ごめんなさい……」
「謝るな謝るな」
突然タメ口に切り替えるのはやはり無理があるよな。こういうのは徐々にで良いんだ徐々にで。
「しかし、数が多いな……一匹いたら腹一杯になるから……それ以上はあまり殺したく無いんだが」
「じゃあ、私が行ってきます!」
そう言って祐奈は元気良く一人で行ってしまった。
祐奈に限って大サソリなんかに負けることなど有り得無いので行かせたが、どうやって一匹だけ捕獲する気なのだろうか?
軽く5、6匹はいるぞ。
すると、おもむろに祐奈は剣を取り出し、その剣で光を放った。
サソリは基本的に夜行性の生き物だ。更に、ゲートの内部も薄暗い。つまり、彼奴らが夜行性である可能性は非常に高い。
そんな奴らがいきなり強い光を浴びせられたらどうなる?答えは簡単だ。身体の動きが硬直したり、どこか物陰に隠れようとするのだ。
案の定、大サソリは散り散りになった。
そして祐奈は剣を一閃し、その内の1匹からハサミをもぎ取った。
祐奈はそのハサミを使ってサソリの体を引き裂き、ズルズルと引きずりながらこちらへと戻ってきた。
恐ろしいまでに手際のいい狩りだった。
大サソリ達の硬直が解けた頃には祐奈は完全に奴らのアクティブレンジの外側まで脱出していた。
3年間も勇者をやってるんだからここまで強くて当然と言えば当然だが、やはり戦慄する程の強さだ。
今は味方だから心強いが、つい最近まで敵だったと思うと本当にゾッとしない話である。
「これ、結構硬いけどどうやって食べるんです?」
「ああ、まずはカリカリになるまで焼くんだ」
「既にカリカリだけど。というかカチカチだけど」
「良い感じに焼けこげるくらいまで焼くって事な。二人でやったほうが効率いいし、1、2の3で『炎弾』な?」
「うん、分かった」
打ち合わせを終えた後、俺は指で合図しながら言った。
「よし行くぞ〜1、2の3、『炎弾』!」
「『炎弾』!」
ボシュッ!
軽快な炎の音と共にサソリが一瞬で焼けた。
「おし、良い感じだ」
「でも、硬くて食べられませんよ?どうするの?」
「まずは冷めるのを待つ。甲殻は今、滅茶苦茶熱いから食えたもんじゃない。
で、良い感じに冷めたら、自分の顎と歯を強化魔法で強化して頂きまーすだ」
「成る程……。分かりました!」
流石の順応能力だ。
リーシャとアクアはこの食い方に難色を示していたが、祐奈は違うらしい。
普通の女の子は「顎と歯を強化魔法で強化する」って所にツッコミを入れるんだがな……。やはり勇者は他の女子とは一線を画するな。
この子本当に日本人なのかを疑うレベルでワイルドなんだが。
「ちなみに味の方は……?」
「鳥みたいな味がするな。まぁ、味付けが無いのはちょっと寂しいけどな」
鳥みたいな味と聞いて祐奈は目を輝かせた。
鳥なんてかなり長い事食べて無いのだろう。
「いっただっきまーす!『強化魔法』!」
祐奈はテンションアゲアゲで唱和した。
「頂きまーす、『強化魔法』」
俺たち二人はサソリにかぶりついた。
ボリッガリッゴキッギリリッ‼︎というおよそ口からなってはいけないような音が周囲に鳴り響く。
「お、美味しい!本当に鳥みたいな味がする!」
「だろー?」
祐奈は鳥肉にありつけて、俺は共通の趣味を持つ(かもしれない)相手を見つけて、テンションが上がっていた。
周囲には相も変わらず、ゴキャゴリュグシャバリィ‼︎という音が鳴り響いていた。