凍結の奇跡
「その名で呼ぶのはおやめ下さい。神から賜ったその名は既に捨てました。私のことはルシファーとお呼び下さい」
ルシファーと名乗った男は冷静に答えながら、俺の元へと駆け寄った。
ルシファーだって……?ルシファーって言ったら……ソイツは……。
「ル……シ……ファー……?」
「魔王様。お迎えが遅くなり、申し訳ございません。《七大罪》が一人、ルシファー。ただいま参上致しました」
ルシファーは恭しく俺に首を垂れながらそう言った。
「君は天界に幽閉していたはずなんだけどね〜?どうやって出てきたのかな〜?」
後ろからローグが呑気な声で問う。
しかし、目はルシファーを憎々しげに睨みつけている。
「堕天した身なれど、私は暁の天使。あなた方のかけた最高の結界も、時間さえあれば解くことは可能です。まぁ、数年がかりの仕事とはなってしまいましたが」
俺の8歳の誕生日の時に居なかったのはそういう理由だったのか……。
あれから約6年間ずっと幽閉されていたのか……?いや、それ以上長いこと閉じ込められていたと考える方が自然だ。
ルシファーはゆっくりと俺の体を起こした。
「今回はぼくも運命弄って無いんだけどなぁ〜。全く……運がいいねえ、リュートくんは……」
ローグを無視してルシファーは俺を抱き上げ祐奈へと預けた。
「勇者よ……魔王様を頼んだ。私はローグ様の足止めをする。行け」
「わ、分かりました……」
祐奈はガクガクと答えた。
「魔王様……また後でお会いしましょう。その時に私の知る全てをお話し致します」
それだけ言うとルシファーは俺たちから背を向けた。
祐奈はルシファーに向けて軽く頷き、走り出した。
「馬鹿な天使だ……。「またお会いしましょう」だって?僕から逃げられるとでも思ってるの?一人残らず死体すら残さずに消し去ってあげようか?」
「もちろん逃げられると思っていますよ。これでも私は昔、天使長ルシフェルだったのですよ?よもや、無傷で私を倒せるとお思いで?」
ルシファーは真面目な顔で返した。
ローグはつまらなさそうに続ける。
「全く……可愛く無い部下だよ……」
「新参者の上司が……おこがましいですね」
鼻からハンッと息を吐きながらルシファーが言った。完全に煽っている。
「そんなに殺してほしいなら早く言いなよ……今直ぐ消してやるからさぁ」
「虚勢ばかりお張りになるのでは無く、かかって来てはいかがでしょう?遠巻きに吠えたてる犬の様に滑稽でございますよ?」
遂にローグの顔に青筋がピクピクと浮かんだ。完全にブチギレモードである。
「………………殺す」
「殺す殺すと言っているお暇があるのなら、さっさと殺してはいかがですか?」
「………………『神槍』!」
今度はローグは反論せずに音も無くルシファーへと矢を放った。
ルシファーはそれを余所見しながら消し去った。
「ローグ様。その様な攻撃では、私の体に傷一つ付けることは叶いませんよ。それとも、手加減して頂けるのですか?」
「へぇ……全く、天使長如きが、偉くなったもんだねぇ?」
「事実偉いですから」
「君と話してると段々イライラが溜まってきて健康に良くないよ……さっさと切り上げよう」
「おや、健康にお気を使っておいでですか?長いこと生きていらっしゃるので身体にガタが来たのですか?」
「全く、流れる様に人を煽るね、君は」
「申し訳ございません。生まれ持ってこの様な舌だったものですから」
「全く反省していない謝罪、痛み入るよ」
「大変恐縮でございます」
「取り敢えずイライラするし、君にはこの世から退場して貰うよ……」
そう言うとローグは先ほど作った光の槍を幾つも作り出し、ルシファーへと打ち出した。
「『凍結魔法』」
ルシファーは前方へと手を伸ばし、迫り来る光の束を『凍結』させた。
ローグの放った光はその場で雲散霧消する。
「ち、厄介だねえ……その『奇跡』」
「お褒めに預かり光栄至極」
『奇跡』
それは魔法とは似て非なるものである。
神族、天使族の用いる魔法の様な現象を奇跡と呼ぶ。
魔力を使用せずに魔法と同等もしくはそれ以上の効果を持つ天界の御業である。
勇者の力も厳密には『奇跡』に分類される。
ルシファーは元々天使族でありながら堕天した為、『魔法』と『奇跡』の両方の使用が可能だ。
「『氷結投槍』
ルシファーが氷の槍を放つ。
「フン……」
しかし、ローグはそれを物ともせずに、面倒臭そうに払いのけ、光の矢を放つ。
「『百神矢』!」
「『氷結霧』」
ルシファーの周囲の気温が突然下がり、霧が発生する。
「霧は光をぼやけさせます」
「これで僕が無力になったとでも……?『神裁撃』!」
光を纏ったローグの拳が、強引に霧をかき消しながらルシファーへと迫る。
しかし、ルシファーに攻撃が当たった途端にルシファーの姿は消え去った。
「『氷結蜃気楼』……蜃気楼で私のダミーを作ってみました。なかなか精巧な出来だったでしょう?」
「このっ……!」
ブチ切れた様子のローグをルシファーが手を上げて制した。
「頭に血が上っていては私には勝てませんよ。私の『奇跡』はどちらかと言うと搦め手の方が得意なのですから」
「……そうだね。少し冷静になったよ。ありがとうね」
そう言うとローグは憤怒の形相を崩した。
ルシファーは先程からの冷静沈着な表情を崩さずに応じる。
「礼には及びません。それに、時間稼ぎならもう結構ですので、お暇させて頂きます」
「早いね。もうちょっとゆっくりしていきなよ」
「いえ、所用がありますので」
「フッ……!」
ローグは光の槍を投擲したが、それがルシファーに当たる事はなかった。
ルシファーはローグの眼前から一瞬の内に消え去った。
「ちっ……『時間凍結』か……流石にそこまでされると逃げられちゃうか……あー!情けないなぁ!」
ローグはルシファーの消え去った虚空を見つめて呟いた。
「これで終わると思わないことだね……」
ルシファーやっと登場です。最初期からずっと登場を先延ばしにしていましたが、満を持してのって感じです