役に立たない予備知識
次の日
昼食を食べた後、ジルは自室に俺とアクアを呼びつけた。
暇だったらしくリーシャも一緒についてきた。
部屋に行くとジルは緊張した様子で部屋の真ん中に仁王立ちしていた。シュール。
「そら、結婚祝いだ」
そう言ってジルは俺とアクアに何やら大きめの箱を差し出してきた。
「食器類だ。何かと必要になるだろうからな。選別だ」
そう言ってジルは照れ臭そうにそっぽを向いた。
そういえばコイツ朝からなんだかソワソワしていたな。これを渡そうとしていたのか。
「良いのか?こんなに良いものを……」
「婚姻を結んだ友人には贈り物を送るのが竜人族の慣習だ」
「エルフは祝詞をあげるんだよ?私は祝詞なんて覚えてないから言えないけど」
「ダメじゃん」
魔族にはそういうのあるんだろうか?自分自身が魔族なのにそういう種族の常識を知らんのは問題だなぁ……勉強するべきか?
「そういえば、お前はどうするのだ?」
おもむろにジルがリーシャに聞いた。
「何が?」
「住む場所だ。こいつらは新婚だぞ、一緒に住むわけにもいくまい」
「まぁ、お金はあるし、宿にでも一人で泊まるよ」
リーシャは少し寂しそうな顔をしながら言った。
俺たちは3年も一緒に生活してたんだ。
よく考えたらアクアからしてもそれは微妙な気分だろうな。
「仲間なのだろう?ならば近くにいた方が良いだろう。幸い、俺の屋敷からこいつらのは近いからな。俺が屋敷の部屋を貸してやろう。光栄に思え!」
フハハハハ!と笑いながらドヤ顔で言い放った。こいつは空気を読めんのか。
「そういうことならお言葉に甘えようかな?宿代浮くし」
宿代浮かせられるのが好条件だったらしい。
「良いのかよ」
俺は割と心配していたのだが、杞憂だったようだな。
長いこと一緒に暮らしていたが、男女の関係になる事は終ぞなかったなぁ……俺も必死だったしな……。
まぁ、悪巫山戯はした事あるけど。
俺は追憶に浸りながらぼんやりと窓の外を眺めていた。
俺は暇になるとぼーっと遠くの景色を眺める癖があるのだ。
多分アクアも同じなのだろう、やることが無い場合アクアはいつも遠くの方を見つめてぼんやりしている。
その日は夕食を厄介になってから新居へ向かうこととなった。
さて、新しい家に引っ越すということなので荷物を纏めねばならないのだが、全く何もしていない。
「アクア、荷物まとめたか?」
「私、殆ど荷物なんか無いよ……?」
「そっか……」
そういやそうだった……こいつは殆ど私物を持っていないんだった……。
「でも、お前、服は良いのか?そこそこ良いもん持ってるじゃねえか」
「いい、いらない」
おい、後ろでジルが項垂れてるぞ。折角買ってもらったのにそういうこと言ってやるなよ……。
まさか、一回も着てないんじゃ無いだろうな?
俺はアクアの見てないところでこっそりとジルに耳打ちした。
「後で俺から渡しとくから……な?」
「おう……頼む……」
めっちゃテンション下がってる。これは立ち直るのに時間がかかりそうだ。
励ますのはメイドに任せよう。
俺はアクアを伴って家へと向かった。
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そして夕方。
アクアはスキップでもしそうなくらいにご機嫌だった。
見るからに頰が緩んでいる。表情が弛緩しきっている。いつもの表情が薄いアクアにしてはかなり珍しい光景だ。
結婚式とかそういうのがこの世界には無いらしいし、もちろん婚姻届なんてものも存在しない。
なので、俺たちは儀式的な契りを結んだわけでは無い。だが、俺の隣を歩くこの女性は一昨日から俺の妻なのだ。
そう思うとなんだか感慨深くなってきた。
「……、どうかした?」
アクアは立ち止まって俺を振り返った。
「いや……なんでも無いさ」
「……そう」
「アクア……俺、きっとお前を幸せにしてみせる」
照れ臭かったが、なんだか言いたくなってしまった。が、言った後、死ぬほど恥ずかしくなった。
やべえ、穴があったら入った後に蓋して永久にそこで寝たい……。
「うん……よろしく、お願いします」
アクアは少しはにかみながら顔を赤くしてそう言った。
可愛い過ぎか。
この子本当に俺の嫁なの?夢なんじゃね?
俺は自分の頰をつねってみた。
いつもの癖で強化魔法を使ってしまい、肉が千切れるかと思った。あっぶな。
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その日の夜、晩飯を食ったらやることが無い。
ヤることならあるのだが、流石にいきなりそれでは相手に失礼というものだ。
晩飯も食ったし後は寝るだけだ。しかし……
結婚初夜って一体どうすれば良いんですかね⁉︎
どんな顔して待ってれば良いんだ?なんで俺は寝室にダブルベッドを置いちまったんだ?アクアに先にシャワーを浴びてきて貰えば良かった!
俺はもうどうすればいいのかわからなかくなってひたすらベッドをゴロゴロ転がり続けた。
そうこうしてるとアクアがシャワーを浴び終えたらしくこちらへやって来た。
全裸で。
「なんでやねん!」
全裸に驚くとかじゃなくて真っ先にツッコミを入れてしまった。これは男として、夫としてどうだろうか。
「今からするんでしょ……?」
アクアは気にしてない風だ。気にして欲しい。
「もうちょっと雰囲気とかあるだろ!普通は!」
「それもそうか……ちょっと、待ってて」
そう言ってアクアは脱衣所へと姿を消した。
1分くらいでまた出てきた。
今度は下着で。
「あんま変わってなく無いか⁉︎」
「これで十分……」
男らし過ぎる。なんでこんなに思い切りがいいんだ俺の嫁は。
そんなことを考えているとアクアはさっさと俺のことをベッドに押し倒した。
「ちょ、ま、あ、アクアさん……?」
「抵抗しようと思ったら出来るよね……?」
そう言いながらアクアはおれの寝間着を素早く剥いていく。なんという早業。
「いや、そりゃぁ、で、出来るけど……」
俺はドギマギしながらアクアから目を逸らした。
女の子に迫られるって、童貞には経験値が足りませんぜ。
「する?しない?」
アクアは俺に選択を迫ってきた。そんなこと言われたら答えは一つしか無い。
「……し、します」
俺はしどろもどろになりながらも何とか答えた。
「リュート……大好きだよ……」
アクアは俺にキスしながら覆い被さってきた。
「あ、ちょ、ま……あっ」
俺はぼんやりとした意識の中で自分の経験値の低さを呪った。
AVの知識なんて本番には大して役に立たないという事が分かっただけでも、収穫かも知れない。