普通の家
朝食を食べ終わった後、俺とアクアは二人で街に出た。
今日の予定は、午前中は宝石商へ行って、午後からはジルとアクアと3人で不動産屋だ。
今は結婚指輪を買うために宝石商にいる。
しかし、この世界には結婚指輪という概念が無いらしい。
良いだろう、ならば俺がその概念を作り出してやる。
俺はジルの斡旋してくれた宝石商の所へ行って魔石を見せてもらった。
折角だから見た目と実用性を兼ねているものを渡したい。勿論見た目重視で。
俺は三年間冒険者稼業で相当稼いでいたので懐はかなり暖かいのだ。
指輪にはめる程度の大きさの魔石を買うのは何の問題も無い。
魔石を加工するのは金がかかるかも知れないが、そんなもの知ったことでは無い。
「どれが良い?」
俺は宝石商でアクアに魔石を選ばせていた。
この店で1番高いやつは金貨1000枚とか書いてて何かの間違いかと思い、思わず二度見してしまった。
流石に金貨1000枚なんて持ってない。
「これ……」
アクアは魔石を選んだらしく、俺の服の袖をクイクイと引っ張った。
アクアが選んだのはアクアの髪の色と同じで透き通った青だ。何だかサファイアみたいだな。
俺はアクアの選んだやつと同じものを買った。結婚指輪って宝石とかつけないものなんだっけ?まぁいいか、忘れた。
前世では結婚なんてものには全く縁がなかったからな、サファイアどころか宝石なんて直接見たことなんて一度も無い。ゲームでは見たことあるけどな。ポケモ○とか。
青い魔石は敏捷値のステータスに補正がかかるのだ。
うん、別に無くてもいいな。買い物が素早く終わりそうだ。
この世界に結婚指輪は無いが、指輪は普通にあるのだ。後ろに名前彫ってくれって頼めるのかな……。
「リングの裏側に名前を彫れるか?」
「勿論可能ですよ。その分代金は頂きますが」
「それじゃあ頼む」
「分かりました、お名前をお伺いします」
「……アクア・エステリオ」
アクアが顔を赤くしながら言った。
……恥ずかしい。
「リュート・エステリオだ」
「奥様へプレゼントですか?」
「まぁ、そんなようなものだな」
奥様になるからプレゼントなんだがな。微妙なニュアンスの違いだ。
注文を終えて俺たちはジルとの待ち合わせの場所へ向かった。
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待ち合わせの場所は街の中心にある噴水広場だ。
「遅いぞ!人を待たせるとはどういう了見だ!」
「悪い悪い、飯食っててさ」
「なにぃ⁉︎」
宝石商で注文を終えた後、アクアの腹がゴロゴロとあんまり可愛らしくない音を立てていたので昼飯を食べに行ったら、案の定遅れてしまったのだ。すいませんでした確信犯です。
「お前、人を待たせた上、飯を食っていただと……?俺はまだ昼飯食ってないのに……?」
「悪かったって、怒るな怒るな」
俺たちはジルに連れられて不動産屋へと向かった。
着いた瞬間に思ったのは、「なんか俺、場違いだなあ」という感想だった。
不動産屋の外観は相当に綺麗で一般庶民である俺が立ち入っていいのかどうか気になるところだ。
不動産屋の店主はジルの紹介だと分かると途端に胡散臭そうな顔から一変して朗らかな顔つきになった。コレが客毎に態度を変えるということなんだな。
「安心しておけ、俺が紹介した客だ。ぼったくられることは無い」
ジルはニヤリと笑いながら言った。こいつは本当にニヤリ笑いが似合う男だな。
「そりゃどーも」
俺はアクアに目をやった。
アクアはいつものようにマイペースにカタログを眺めていた。が、多分意味がわかってないんだろう。目が死んでる。
アクアの後ろからカタログを覗き込んでみた。
俺も訳が分からなかったが、これだけは分かる。高い。
「オイ、お前なんのつもりでこんな豪邸見せてんだ?」
「なんだ?住まいを買うのでは無いのか?」
「これ以外は住まいでは無いと申すか……?」
こいつとは価値観が合わない。
「そうは言わんが……少しばかり小さく無いか?」
ダメだこいつ……早くなんとかしないと……。
貴族のボンボンだから金銭感覚がおかしいんだコイツ。
「もう良い、俺が自分の身の丈に合ったやつを探すから」
俺はジルを放って店主に相談した。
「予算はこれくらいで二人で住む家だ」
「新婚でございますか?」
「ああ」
「かしこまりました。ピッタリのものがございます」
そう言って店主は俺たちを街の空き家に連れて行った。
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普通だ。
普通の家だった。東京でこの家を買おうと思うとウン千万円くらいはするだろうけど、めっちゃ普通だ。
良くある住宅って感じで個性というものが見当たらない。というか隣の家と見分けがつかない。
「この家ならば現在買い手も付いておりませんし、ご家族で住むのにもなんの問題も無いでしょう。それに提示なされた予算で購入が可能です」
この人……俺たちが新婚だから、今後新たに家族ができることを考慮してこの家を選んだのか……。コレがプロってやつなのか……。
「奴隷宿舎より小さいぞ?良いのか?」
ジルが横から口を出す。
「お前な……お前のとこの奴隷宿舎には何人奴隷がいると思ってるんだ?俺はここに二人で住むの!」
俺たちは中に入ってみた。
アクアは割と感動しているようで目の奥をキラキラさせながら辺りを見回していた。
「おい、部屋が5個しか無いぞ?」
ジルが目を白黒させながら言った。
「十分だろが!」
全く、これだから金持ちのボンボンは……。
一回は部屋が一つと居間となっていた。リビングダイニングというやつだ。
ここで飯を作ったり食ったりするのだろう。
二階は寝室と合わせて部屋が3つ。基本的に一階で過ごすことになるだろう。
「どうだ?アクア。良い感じじゃあないか?」
「うん……良い感じ」
アクアは感情の起伏が激しいタイプじゃ無いので感動が薄いように感じるが、多分今は割と機嫌が良い。
気に入ってくれたようだ。
「じゃあここにするか」
「……うん」
「なんだお前達、もう決めたのか?即断即決だな」
「まぁな、でも良い家じゃないか」
俺はそこそこ満足していた。アクアも喜んでいるようだし。
「ふん、まぁ、俺の屋敷からも近いしな。良いんじゃあないか?」
「なんだ、近くで嬉しいのか?」
俺は意地悪く笑いながら言った。
「そ、そんなことは言っていない!ま、まぁ、週末に夕食に招待してやるくらいはしてやろう。感謝するんだな!」
寂しいのか……可愛いとこもあるな。本当に俺より年上なのか?
俺たちは不動産契約を済ませてさっさと屋敷に戻った。なにかと予定が早く終わって良かった。