万事休す
ジルが部屋で紅茶を飲んでいると屋敷全体に地響きが鳴り響いた。
「な、何だ⁉︎」
すぐに部屋にマールが息急き切ってやってきた。
「ジル様!古龍種です!そ、それも、三頭も……!」
「な、何……だと……?」
三頭……?例年でも古龍種が一頭現れるだけで相当苦しい戦いを迫られるというのに……。
そもそも、古龍種が現れること自体が異常なのだ。何故三頭も……。
ジルは焦っていた。いくら何でも古龍種三頭はヤバイ。
現在確認されている龍種は大きく分けて4種類。
翼竜種、双腕種、海竜種、そして古龍種だ。
翼竜種は大きな2対の羽を持つ龍種で主に高地で生活している。世界中で最も多く確認されている龍種でもある。
双腕種は一対の羽を持つが、飛べない種が多い。四肢が非常に発達しており、陸上で主に生活している。
海竜種は羽を持つ種は少なく、水中もしくは水辺での生活に体が適応している。
そして、古龍種。
圧倒的な力を持つ最強と絶望の代名詞。
大きな一対の羽。発達した四肢。多くの魔法攻撃、物理攻撃に耐性を持つ強固な鱗。全てにおいて他の龍種を圧倒的に上回る。
希少な種で、発見は困難。
そんな古龍種が三頭も現れたのだ。
街が徐々に絶望に染まっていく。
「くっ、一頭だけなら俺が一人でも相手をできる。間に合うか……?戦士は武器を取れ、戦うぞ!」
ジルはそう言って部屋の傍から剣を取って、窓枠を蹴って街の中央へと飛んだ。
「ジル様!」
マールの声はジルには届かなかった。
その時、マールの背後から声がした。
「任せて、私が行く……」
マールが声のした方向を振り向くとそこには水が数滴あっただけで、誰もいなかった。
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「おいおい、本格的にヤバイぞ、その話が本当なら古龍種が三頭はヤバイだろ……」
俺とリーシャはフレイムから龍種についての説明を聞いた。
フレイムぐらいの強さの奴が三頭は絶望感あるぞ……。
『やつら、バラバラに侵攻を開始したぞ!』
「ちっ、古龍種は知能も高いらしいしなぁ……そりゃそうするか……」
見ていても埒があかない。街の人々はこのままでは死んでしまう。
「いこう、リュート」
「いや、俺一人で行く。リーシャはここで待っててくれ。古龍種に魔法攻撃は殆ど効果が無い。でも、俺なら殺れる」
「でもっ……!」
「頼む、リーシャ」
俺はリーシャの瞳を覗き込むように見つめた。リーシャには傷ついて欲しくはなかった。
「……分かった。その代わり、怪我しないようにね!」
「おう」
俺はリーシャに手を振りながら歩き始めた。
俺には自信があった。
俺はあれから強くなった。
2度と家族を失わないために、2度と誰にも負けないために、俺は強くなった。
しかし俺は負けた。俺は一度ならず2度までも家族を失った。
そして俺は壮絶な苦痛と絶望とを引き換えに、不死身の肉体と龍種の力を手に入れた。
「もう、誰にも負けねえ……」
俺は一人呟き、一歩を踏み出しながらいつもの魔法を使った。
「『五重強化』」
俺は勢いよく地面を蹴り、一頭の古龍種に突っ込んだ。
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「くっ……そぉっ‼︎」
ジルは古龍種の一頭との戦闘を開始していた。
しかし、古龍種は竜人族一人に何とかできるような敵ではなかった。
「ぐあっ!」
ジルは古龍種の一撃で吹き飛んだ。
『貴様ら紛い物如きが、本物に勝てるわけがなかろう……』
古龍種がゆっくりと口を開く。
「…………」
ジルは無言で立ち上がった。
「紛い物ねぇ……言ってくれるじゃねえか」
そう言ってジルは全身の魔力を増幅し始めた。
『ほぅ……貴様、出来るのか……』
「うおおおおおおおっ‼︎」
ジルの体がバキバキと音を立てながら変形していく。
手は龍のような鋭い鉤爪に、歯は龍のような鋭い牙に、背中からは羽や尾が生え、目は爛々と赤く光っている。
「うおおおおああああ‼︎」
竜化。
一部の竜人族のみが使用する事かできる身体強化能力である。
体の一部、もしくは全身を龍種のモノに変化させる事で飛躍的に戦闘能力を高めるのだ。
『所詮は紛い物よ!』
そう言い放ち、息炎を吐いた。
ジルはその時、息炎に突っ込んだ。
「うおおおおおっ!」
ジルは体の鱗で炎を防御し、強引にブレスを突破した。
「おらぁ‼︎」
ジルは古龍種の首のあたりに思い切り重い一撃を加えた。
『グオオオオオオ‼︎』
その時、古龍種の尻尾が鞭のようにしなり、ジルへと迫ってきた。
「くっ!」
ジルは両手をクロスして防御体制をとった。鱗の防御力があれば、一撃は耐えることが出来るはずだ。
「『水渦防壁』」
その時、ジルの周囲を水の防壁が包み込んだ。
水の防壁が古龍種の尾の一撃を横に逸らした。
「アクアか⁉︎」
「……ジル、大丈夫……?」
「ああ!」
そう言ってジルは古龍種の腹部に攻撃を叩き込んだ。
「後ろにアイツが居るんだから、いいとこ見せなきゃなぁっ‼︎」
ドゴォッ‼︎
『グオオ……紛い物の分際で……』
腹部に大穴が開いた古龍種のか細い声が耳元に響いた。
「……ざまぁねえな」
それだけ言い残し、息を引き取った古龍種を尻目にアクアの元へと戻った。
「アクア、何で来たんだ?」
「……、マールに行くって言っちゃったから」
「意味わかんねえよ。治療を頼む」
ジルの体は先程の戦いでかなり傷ついていた。体の至る所に火傷や切り傷が付いていて、気を抜くと意識を失ってしまいそうだった。
「ん……」
アクアがジルの治療を始めた。
「ひどい怪我……。ちょっと、時間がかかる……」
「できるだけ早く頼むぞ……」
直ぐにでも戦いに出なければならない。まだ古龍種は二頭も残っているのだ。
もしも、今襲われたらひとたまりもない。
ゾクッ!
その時、ジルの首筋から背筋にかけて悪寒が走った。
ゆっくりと後ろを振り向くと、
そこには2頭目の古龍種が。
「アクア‼︎今直ぐ逃げるぞッ‼︎」
ジルはアクアを抱えて走り出した。
死ぬ。どう考えても勝てない。
周囲に人がいない。ということは、あの古龍種にやられてしまったのだろう。
この傷じゃあアクアと協力しても、あの古龍種には勝てないだろう。かといって、今治療している時間はない。
背後から古龍種の爪がジルの背中を切り裂いた。
「ッ!」
ジルとアクアはなす術なく倒れる。
アクアに怪我はない。
ジルはアクアに爪が当たらないようにアクアをかばったのだ。
「『激流砲弾』!」
アクアが巨大な水弾を放つが、古龍種の鱗は殆どの魔法攻撃を通さない。
「ダメ……全然効かない……」
「万事休すか……」
ジルは力なく笑った。
背後には壁、目の前には古龍種。
どこにも逃げ場は無い。
「クソッタレ……」
次の瞬間には、ジルの目の前に古龍種の息炎が迫ってきていた。
今回は龍種の設定を書いてみました。ワイアームの当て字は適当です