古龍種の侵攻
ジルは母親の持ってきた縁談話をやんわりと断り、部屋へと戻っていた。
「ったく……そろそろ忙しくなるというのに……母様と言ったら……」
そう言ってジルは縁談相手の写真を横へと押しやった。
ゴボウみたいな顔の女性との縁談を断ったと思ったら母親はまた別の相手の写真を渡してきたのだ。
正直、ジルは縁談なんてあまりしたくないのだ。
今度の相手はそこそこ美人だったが、別に好みの顔ではなかった。
というかよく知らない相手と結婚なんて気が進まないに決まっている。
「ジル様」
ノックの音が聞こえた。マールだろう。
「入れ」
「失礼します。紅茶をお持ちしました」
「気がきくな。ちょうど飲みたい気分だった」
コポコポと紅茶を注ぐ音が部屋に静かに響いた。
マールはジルの傍で甲斐甲斐しく世話を焼く。マールはジルが物心ついたときからずっとジルのメイドをしているのだ。
「ところでジル様。もう、龍王祭の季節ですね」
「む、そうだな。やはり戦士が少なくなってきている。今回も危険を伴うことになるだろうな」
ジルはそう言いながら紅茶をすすった。マールが何を言っても吹き出さないように気をつけていたが、マールは特に何も言わなかった。
「どうか、ご無事で」
龍王祭とは、祭りとは名ばかりの毎年確実に起こる災害だ。
その災害の名は龍災と呼ばれる。
竜人界には多数の龍種が生息しており、その中でも大きな龍が群れを率いて街へと攻め込んでくるのだ。
例年は翼竜種が数百という群れで襲来した。
毎年強力な龍種が攻めてくるので撃退するのが戦士の仕事だ。
そして、何故か毎年決まった時期に攻め込んでくるので龍王災と呼ばれていたのが転じて、龍王祭と呼ばれるようになったのだ。
この龍王祭は、龍種討伐もしくは撃退後は祭同然のムードになるのであながち間違いではない。
龍種との戦闘に参加出来るのは成人男子のみ。一人前の戦士のみが参加を認められるのだ。
ジルは今年で竜人族の成人なので、戦士として龍王祭で戦いに出ることが決まっているのだ。
しかし、危険な戦いなので、戦闘に参加しないものも多い。ジルは貴族として参加する事を決めたのだった。
「言っておくが、俺は一人でもやるぞ」
「お一人の場合は危険なのでお逃げください」
マールは紅茶を注ぎながらジルの机の端に寄せられた縁談の写真を見た。
「見ないのですか?」
「必要ない。母様には俺から断っておく」
「お見合いはなさらないのですか?」
「もういい。相手ぐらい自分で見つけるさ」
そう言ってジルは写真を机の横の台に放り出した。
「承知致しました。失礼いたします」
それだけ言うとマールは紅茶のセットを持って退室した。
一人になったジルは大きく溜息をついた。
「はぁ……なんかここ数年、溜息多いな……俺」
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俺はその日もリーシャとともに貴族の家の捜索をした。現在はその帰り道に晩飯の買い出しだ。
「何だか街が騒がしいな」
「もうそろそろ龍王祭だからね」
リーシャは買い物かごを両手にぶら下げて鼻歌交じりにいった。
「龍王祭って何だ、それ?」
「んー、龍種が街に来るからそれを倒すか、撃退する行事……で良いのかな?まぁ、それのことよ」
「それってヤバくないのか?」
「結構毎年大丈夫らしいよ?竜人族は強いしね」
「ならいいけどさ……」
俺は少し不安になっていた。竜人族はどれほど強いのか見当もつかない。戦ったことないしな。
「そんな事よりさ、コレとコレどっちがいいと思う?」
リーシャはなんかピーマンみたいな野菜と人参みたいな野菜を手にとって真剣な表情で悩んでいる。
「今日は野菜炒めにしようと思ったんだけど」
「じゃあ、こっちで」
俺にとっては滅茶苦茶どっちでも良かったのだが、適当に人参を選んでおいた。俺は前世ではピーマン苦手だったのだ。
「そっか、じゃあこっちにしようっと」
そう言ってリーシャは人参を戻してピーマンを買った。
「おい、何で俺に意見を求めた?」
「リュート、ピーマソ苦手でしょ?苦手は克服しなきゃ」
何でばれたし。
ってかそれピーマソっていうの?誰が名付けたの?まんまピーマンじゃねえか。
「ちなみにコレは何て野菜なんだ?」
俺は人参を指差してリーシャに聞いてみた。
「キャロッソ」
「全部に『ソ』がつくんかい!」
誰だこの世界の言語作ったやつ!考えんの面倒臭くなったアメリカ人じゃないだろうな!
割とデカイ声で突っ込んだので周囲から視線を浴びてしまった。
「はいはい、静かにね。今日はピーマソとオーク肉の野菜炒めだよー」
「腹減った……」
俺は腹が減りまくってしんどくなっていた。
その時、街全体に地響きが響き渡った。
「何だ何だ⁉︎」
「リュート、見て!」
俺はリーシャの指差した方向を見た。
何とそこには三体の龍種が居たのだ。
「さ、三体も……」
『アレは……古龍種ではないか!』
「フレイム、居たのか」
『お主、我のこと忘れとったやろ』
「すまん、完全に忘れてた。だってお前喋らないしさ……。あと混ざってるぞ」
『まぁ良いわ。竜人族がどうするのか、見ものだな』
「で、これが祭りなのか?」
俺は街を適当に見回してみたが、祭りというより侵略という方が相応しい様子なのだが。
「いや、祭りって言うのは名ばかりでどっちかというとこれは災害に分類されるらしいわよ?」
「俺たちはどうする?」
「少し様子を見ましょう。竜人族が何とかできるかもしれないし」
そう言ってリーシャは戦闘に出ようとはせずそばの家の壁に寄りかかった。
俺達は少しの間だけ、竜人族の戦いぶりを見物することにした。
しかし、数分後には街はパニックに陥っていた。