馬子にも衣装
目の前にはリュートがいる。死んだはずのリュートが……。
アクアはリュートに駆け寄った。
「アクア……ずっと捜してたんだ……やっと見つけた。もう絶対に離さない……」
「リュート……」
二人は固く抱き合う。この上なく幸せな時間だった。
この時間が永遠に続けばいいのに……。
「オイコラ!起きろ、アクア!」
そこで夢の映像はブツッ!と途切れ、目の前にはジルの顔が。
目を覚ましたアクアはあからさまにがっかりした顔をした。
あの幸せな光景はすべて夢だったのか……。そう思った途端にジルがなんだか鬱陶しくなってきた。
とてつもなく不機嫌な様子でジルの顔をジロリと睨みつける。
「な、何だよ」
「………………………………別に」
「何だよ、今の間は」
「………………………………………………………………別に、何でもない」
「文句があるなら言えよ」
「じゃあ、出てって」
そう言ってアクアはジルを部屋から締め出した。
「オイ!言えとは言ったが従うとは言ってないぞ!入れろ!コラ!」
「うるさい」
そう言ってアクアはまたベッドに入って二度寝を敢行した。
もう一度あの夢を見ようとしているのだ。
「オイ!アクア!開けろこのヤロー!」
アクアは外から響くジルの声を無視して再度眠りについた。
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「ほら起きな、いつまで寝てるんだい?」
そう言って部屋長に揺り起こされた。
結局もう一度あの夢を見るどころか、夢自体見れなかった。爆睡していたらしい。
あれからどれ程経ったのだろうか、もうお昼頃だ。
部屋から出るとドアの前でジルが仁王立ちしていた。
「……何?」
「……別に。ちょっと来い」
そう言ってジルはアクアの手を取って歩き出した。いつもの事だ。
アクアはなすがままにジルに手を引かれ歩く。
「……何なの?」
ジルの部屋まで連れ込まれたアクアはボンヤリとしながら要件を聞いた。
「ほら」
そう言ってジルはアクアに細長い箱を投げてよこした。
それを開けるとそのには小さな魔石の埋まったネックレスがあった。
「昨日誕生日だったんだろ?1日遅れで悪かったな……」
ジルは照れくさそうに首筋をポリポリ掻きながらいった。
「……ありがと」
そう言ってアクアは服のポケットにネックレスを箱ごとしまおうとした。
「お、おい、つけてみろよ」
「……わかった」
仕方がない、といった様子でアクアはネックレスをつけてみた。
「……どう?」
「ふん、馬子にも衣装ってやつだな」
「……捨てようかな」
「に、似合ってる!」
ジルは慌ててそう付け加えた。
「……そう」
そう言ってアクアはネックレスをつけたまま部屋を後にした。
「何だよ、もうちょっとなんかないのかよ……」
ジルはそうぼやいた。
だが、ジルは気付いていない。部屋を後にしたアクアが嬉しそうに笑っていたことを。
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ジルは自室に戻りボーッとしていた。
そこそこ良いものを買ったつもりだったのだが……アクアはアクセサリー類があまり好きてはないのだろうか?
そんなことを考えていた。
その時、ドアの向こうからノックの音が聞こえた。
「ジル様」
「入れ」
ジルのメイドのマールだった。
年の頃はジルより少し年上、雰囲気は眼鏡の似合う知的なお姉様タイプだ。長い黒髪を後ろで一つに束ねている。
「お飲み物をお持ちしました」
「ん、そこに置いといてくれ」
ジルは適当に返事をして考え事に戻った。どうすればアクアの気を引けるのか皆目見当もつかない。
「何かお悩み事でも?」
「いや、何も」
ジルは少し白々し過ぎたか?と思いながらも踏ん反り返っておく。
「嘘ですね。大方、先日訪ねてきたエルフのことが気になっているのでしょう?」
全く違うのだが、適当に頷いておいた。
「そ、そうだ。よく分かったな」
「もう5年近くジル様のメイドですから」
5年近くメイドをしていても主人の心を読めるようにはならないらしい。
ジルは声を震えさせながら応えた。
「そ、そうか。流石だな」
マールはゆっくりとジルの机の側までやってきて紅茶を淹れた。
マールはこの屋敷のメイドの子供として生まれ、物心ついた時からジルのメイドとなる為に教育を受けてきた生粋のメイドなのだ。
紅茶を淹れる技術なんかもかなり高水準であると言えるだろう。
「ありがとう」
そう言ってジルは紅茶に口をつけた。やはり美味い。
「差し出がましい意見かもしれませんが、そろそろジル様も妻を娶る必要があるのでは?」
「おぼっ……‼︎」
ジルは盛大に紅茶をマールの顔面に吹き出した。
「す、すまんっ……!」
「いえ……」
そう言ってマールは眼鏡を外してタオルで顔を拭う。
「ジル様は濡れてませんか?」
「いや、俺は大丈夫だ」
「服が濡れてしまいましたので、着替えて参ります」
「そ、そうか。すまんな」
「いえ、お気になさらず」
そう言ってマールは紅茶のポットを持って退室した。
ジルは一人になった部屋の中で盛大に溜息をつきながら独りごちた。
「妻……か……」
よく考えたらジルはもう17歳だ。一般的な竜人族は結婚している年齢だ。
ジルは仮にも貴族なのだ。結婚は必須事項だろう。ジルの親はそういったことには無頓着なのですっかり失念していた。
そんな時、ジルの脳裏にアクアの顔が浮かんだ。
「いやいやいや、それは無理だ。あいつは奴隷だぞ……」
しかし、アクアの顔が頭から離れない。
「しかし、あいつは俺のことを好いていないしな……」
他の国ではどうか知らないが、貴族と奴隷が結婚するのは不可能ではない。しかし、正室にするのは不可能だ。竜人界の法で決まっている。
つまり奴隷は妾として囲うことしか出来ないのだ。
奴隷じゃ無ければ正室に出来るのだが……。
「いっそのこと、奴を解放するか?市民にすれば結婚は出来るが、そうなると俺があいつを養う口実が無くなってしまう……」
「ジル様」
「うおおおおっ!⁉︎」
マールが新しい紅茶のポットを持ってやってきた。服も着替えたらしい。
「どうかなさいましたか?」
「いや、何か聞こえたか?」
「いえ、特に何も……」
「そ、そうか。なら良い」
マールは紅茶をコポコポと注ぎ始めた。そういえばさっきマールが淹れてくれた紅茶をジルは殆ど飲んでいなかった。
「すまんな。ありがとう」
そう言ってジルは紅茶に口をつけた。
「ジル様はアクアを妻とするおつもりなのですか?」
「おぼっ……‼︎」
ジルはまた紅茶を吹き出した。
「なっ、き、聞いていたのか⁉︎」
「いえ、鎌をかけただけですが」
そう言いながらマールは眼鏡を外してタオルで顔を拭き始めた。
「なぁっ⁉︎」
「やはり、ジル様はアクアの事を好いておいでだったのですね?」
どうやらバレていたらしい。
「いや、そんな訳ないだろ」
「隠さずとも結構ですよ?」
「いや、まぁ、百歩譲って俺がアクアを好きだとして……」
「奴隷を妻とすることは不可能ですよ」
マールは冷たい瞳でジルを見つめながら言い放った。
「……分かってるよ」
ジルの答えに満足したように、マールは傍から写真を取り出した。
「奥様が、ジル様に縁談の話があるとのことです」
「とうとう来たか……俺も17だし、母様も焦ってるのかねぇ」
「当然です。ジル様はドラグーン家の当主なのですよ?もっと自覚を持って頂かなければ」
「分かってるよ……すぐ行くと伝えてくれ」
ジルは縁談相手の写真を見て、憂鬱な気分になりながらも話だけは聞くことにした。
正直言うと、相手の顔はなんだかゴボウに似てた。
勿論、ジルのタイプではない。ジルは面食いなのだ。
最近思ったんですが、リュートの幼少時のメイドとエルフの王女の名前が同じな様な気がします