ご機嫌取り
「おい、悪かったってば……ワザとじゃねぇって言ってるだろ?」
「フン!私に触るなケダモノ!」
「…………」
リーシャは朝からずっとこんな感じだ。
何度謝っても許してくれない。
これは少し時間を置いてから再度謝るべきだろうな。多分今は話を聞いてくれない。
俺はリーシャに何かしら物を買ってそれを持って謝ろうと思い、街へと出て行った。
もので釣ったほうが人の機嫌は治りやすいものだからな。
シェガルの街は結構賑わっていた。
元々界境に近い街は人の往来が激しいので、よく栄えているのだ。
俺は女の子の機嫌が直りそうなものを探して街を適当にぶらついた。
しかし、この街、前来た時も思ったのだが……驚く程食い物しか置いてない。
雑貨屋が無いわけでは無いのだが、何というか殆どが日用雑貨なのだ。
食い物の屋台が滅茶苦茶多い。まず、焼肉屋が多い。焼肉激戦区とかいうレベルじゃない。
というか鶴橋を軽く超えるレベルで焼肉屋がある。焼肉屋の隣に焼肉屋があるって一体どういうことなんだってばよ?
というか肉料理店や精肉店の数が尋常じゃない。焼き鳥とか豚の丸焼きとかの肉を焼く匂いが街全体に充満している。
八百屋とか果物屋もあるにはあるのだが、相対的に見るとかなり少ない。数は亜人界とそんなに変わらないのに。
この街は元々狩猟民族だった竜人族の街だ。魔石なんかの類はモンスターの体内や高難易度ダンジョンで採れるものなので割と出回っているが、アクセサリーなどの貴金属類が殆ど出回っていないのだ。
「コレはリーシャへのプレゼント選びが難航する事になるな……」
しかし、どこを見回しても焼肉屋ばっかりだ。
そして、俺は気づいてしまった。
この街の抱える、貴金属類が殆ど流通していない事以上に重大な欠点に。
米が無いのだ。
そういえば小さい頃からパンは食ったことはあるが米を食ったことはなかったぞ。
この世界には米が無いのか?
いや、そんなはずは無い。この広い世界に米の生育できる場所が無いはずが無いのだ。
適度に雨が降る温暖な日本のような土地が何処かにあるはずなんだ。
焼肉屋でライスじゃなくてパンが出てきたときは本当に戸惑ったものだ。
そもそも焼肉屋にライスが無いなど言語道断だ。米はどんなものにでも合う最高の食べ物なのだ。
米に炭水化物も良し、米に肉も良し、米に野菜も良し。
米を作るのに必要な要素はこうだ。
水はけの良い土壌。
平らな土地。
適切な昼と夜の温度差。
そして大量の水だ。多分。
水は魔法でいくらでも生産できるからいいとして、土地の問題はデカイな……。
少し調べてみたところ、これらすべての要素を兼ね備えている土地は……
なんと人間界だけだった。
「マジかよ……」
俺は絶望した。
人間界から竜人界は非常に遠い。簡単に貿易ができる距離では無い。
あまりに距離が遠すぎるので食材の貿易が全く出来ないのだ。
そして魔界と人間界は現在の界交が断絶しているので米を仕入れるのは不可能。
当然亜人界と人間界も遠すぎて食材の貿易なんてしてるわけが無い。
米の文化は妖精界と人間界にしか無いのだ。
俺は将来ここに米を流通させてやると心に誓いながら、リーシャのプレゼント探しに戻った。
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それから約半日の間街をぶらぶらと彷徨い歩いた。
あまりに何もなさすぎる。
俺はアクセサリーを諦めて、何か美味いものでも買って機嫌をとろうと思い、リーシャの好きそうなフルーツを果物籠いっぱいに買って家に帰ることにした。
気がつくと空模様は既に夕暮れになっていた。
「た、ただいま〜……」
俺は家に入るといつも出迎えてくれるリーシャが出てこない。やはり怒っているのだろうか。
と、思っていると奥の方から「うわっ!」という声とジュワジュワと油の弾ける音が聞こえてくる。
俺はすぐに玄関を抜けてキッチンの方へ向かうと、そこでリーシャはゲテモノと言って絶対に食おうとしないサソリをなんと調理しようと格闘していた。
「な、何やってんだ……?」
リーシャがいつも絶対に食おうとしないサソリを調理しているのだ。誰だって驚く。俺だって驚く。超驚く。
「いや、その……ちょっと、今朝は言い過ぎたかな〜、なーんて思ってさ……。ほら、リュートはコレ好きでしょ?」
なんと、リーシャは俺が怒ってると思って機嫌を取ろうとしてたのか。
俺は口元から笑みがこぼれた。
「なーんだよ、俺たち同じ事考えてたのかよ……」
俺は笑いながら果物籠を差し出した。
「これって……」
「いや、あまりにも何にもなかったからさ……リーシャは果物好きだし、コレで機嫌直してくれないかなって思ってな……」
リーシャは笑いながら果物籠を受け取った。
「あはは、もう、私そんなに怒ってた?」
「めっちゃ怒ってたじゃんかよ、話も聞いてくれなかったし」
「はいはい、ごめんごめん!ご飯にしよ?」
「おう、今日はサソリ尽くしか?」
「そんな訳ないでしょ⁉︎私の分は他にあります〜!」
「え、そりゃないだろ」
その日の料理は大量のサソリの唐揚げとサラダとパンと鶏肉だった。
鶏肉はリーシャの分しかなかった。
「お前……今日くらい一緒に食えよ!」
「えー、やだー!」
「良いから食え!」
結局最後にはリーシャが折れて、渋々サソリをひと口齧った。
リーシャの口元からゴキッと鈍い音がした。
「ちょ!かったい!アンタいつもこんなのバリバリ食ってたの⁉︎」
「ちゃんと顎と歯を強化しないと食べられないし、歯が折れるぞ?」
「何でそこまでしてサソリを食べなきゃいけないの⁉︎」
幸いリーシャの歯は折れていなかったが、それ以来リーシャがサソリに手をつけることは絶対になかった。
俺は仕方がなく一人でバリバリとサソリを食いきった。
その後お返しにとリーシャは俺に鶏肉を一切れくれた。
なんだかんだ言って俺たちはそこそこ仲が良かったのだった。