三年後
あれから三年の月日が経った。
ここは亜人界の北西にある、亜人界と竜人界の界境に最も近い街、エクレリア。
リュートはリーシャと共にここに住んでいた。
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ドスッ!
「リュート、無事⁉︎」
「うん?ああ、大丈夫だ」
俺は大きなサソリのような魔獣の硬い甲殻を貫いた。
「今日の晩飯はサソリ肉だな」
「そんなの食べたくない」
「ムカデ肉とサソリ肉とクモ肉、どれが良い?」
「もう少しマシな食べ物を持って来なさいよ!何で選択肢が全部ゲテモノなの⁉︎」
「俺のオススメはサソリ肉だぞ?マジで美味しいから、鳥みたいな味がするから」
「嫌だ!そんな物食べたくない!」
俺は割とカエルとかサソリとかの肉はいけると思うのだが、リーシャはそういうゲテモノは苦手らしくいつも食すのを拒否するのだ。
俺は全長数mのサソリを左手で担ぎながら、炎魔法で焼いたサソリのハサミをバリバリ齧っていた。
コレがカリカリしてて美味いのだ。
欠点は強化魔法で顎と歯を強化しないと食えない点だな。
うん、割と重大な欠点だった。
「全く……少し目を離すとすぐこれなんだから……」
とリーシャがぼやく。
「こういうの食ってるから大っきくなれたんかなぁ……」
「絶対関係ない!」
ここ数年で俺の体はすっかりデカくなった。
現在の身長は175cmほどだ、その上まだ成長中だ。
今の身長は前世とほとんど変わらない。今の方が少し大きいかな。
俺はいつの間にかリーシャよりデカくなっていた。
俺の身長が急に伸び始めてからはリーシャと一緒のベッドで寝ることもなくなったが、昔は普通に寝ながら胸とか揉んでたからな。
多分今揉んだら死ぬほど殴られるだろうから絶対やらないけど。
やはり見た目は大切だな。
俺は3年前に、生活費を稼ぐために、冒険者になった。
既に冒険者だったリーシャが居たのでスタートも楽だったし、俺は不死身な上、龍と同化していたので直ぐに高ランク冒険者になった。
冒険者稼業で生活費を稼ぐのは割と楽だった。
あれからずっとアクアを探しているのだが、一向に見つからない。
俺の中では、半分諦めムードが漂っていた。
「はぁ……」
「どうかした?」
「いや、最近はずっとこんなことしてるなって……」
「アクアちゃんの事?」
「ああ」
アクアは今頃何をしているのだろうか……辛い目に遭っていないだろうか。
誰かの慰みモノになっていたらどうしよう。
そんな事ばかり考えてしまう。
一度魔界や竜人界にも行ったのだが、見つからなかった。
もしかして人間界や妖精界にいるのだろうか。
奴隷は売られたらどこへ行くか全くわからない。全世界を探すことなどほぼ不可能だ。
結局、3年経ってもアクアは見つからなかったのだ。
「そうだ、もう一度竜人界に行ってみようか」
リーシャがそう呟いた。
「何でだよ?」
「前は街を一通り見てきたけど、向こう側の界境の街には貴族がたくさんいるし、もしかしたらそこで飼われているかも」
「今回は貴族の家を探すってことか?」
「そゆこと」
成る程……確かに、貴族の家を捜すのは良い案だ。それに前回は聞き込みはしたが、人の家の中までは見てない。
「よし、やるか」
「じゃあ、行こうか」
即断即決。俺たちは直ぐに界境へと向かった。
「すいませーん、通してもらえます?」
「ん、リュート殿か、どうぞ」
俺は何かと街に貢献しているので、界境は顔パスなのだ。
俺とリーシャは竜人界の界境付近の街、シェガルへと向かった。
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アクアは今日もいつも通り、窓から外を眺めながらボーッとしていた。
3年間毎日大体こんな感じだ。
ジルが呼びに来るまで奴隷用宿舎から窓の外を眺めてボーッとして、ジルが来たらジルが満足するまで何かしらに付き合う。
三年前のアレ以来、無理矢理犯されそうになるという事は一度も無かった。
特段逃げたいとも思わなかった。逃げたところで何もする事がないのだから。
だから、ジルもアクアに首輪や枷をつけることはしなかった。
「アクア、毎日毎日つまんなさそうな顔してんじゃねえよ。笑え」
「無理」
リュートが死んで以来、アクアは笑うどころか、感情を表に出す事が難しくなっていた。
アクアは元々そんなに感情の起伏が激しいタイプではないので、元の性格に拍車が掛かったように無表情になっていた。
ジルはそれが気に入らない。
三年前に無理矢理犯そうとした時は涙を流して反抗したというのに、あれっきり感情を表に出そうとしない。
「いいから笑えよ」
ジルはアクアの頬を軽くつねってみた。
ただ、表情筋が強張っただけで何の改善も見られない。
「いひゃい」
ジルは嘆息しながら手を離した。
アクアはここ最近でめっきり女性らしくなっていた。
出るところはでて引っ込むところは引っ込んでる。メリハリのある体つきに成長していた。
正直、ジルは力でアクアを征服することは可能、というか簡単だった。
だが、どうも気が進まなかったので、3年間一度も手を出していないのだ。
「はぁ……」
ジルは大きくため息をついた。
隣を歩くアクアはジルに見向きもしない。
これは嫌われているのではない、興味が無いのだ。
ジルはプライドの高い性格をしていたのでこれも気に入らない要因の一つだった。
ある日、ジルの屋敷に一人のエルフが訪ねてきた。
「旦那様にお会いしたいとのことです」
「アポイントメントも取っていないというのに、非常識な奴だな」
去年にジルの父親は家督をジルに譲ったので、現在の家長はジルである。
機嫌が悪かったジルはそのエルフを追いかえせとメイドに命令した。
「それが、シュベリオの者だと名乗っておりまして……」
「シュベリオだと?」
シュベリオとは妖精界の名家の一つだ。
何故妖精界なんぞから、こんな竜人界の端っこに……。
だが、相手は名家のエルフだ。界交に支障が出る可能性もある。ここは邪険にするわけにもいかないだろう。
「仕方が無いな……。会おう」
そう言ってジルが立ち上がるとアクアはそそくさと部屋を出て行こうとした。
「お前も来い」
ジルはそう言ってアクアの手を掴もうもしたが、
「いや」
そう言ってアクアはジルの手をするりと躱し、部屋を出て行った。
「あんのクソアマ……」
ジルは苛立ちながらアクアの後ろ姿を凝視していたが、よく考えたらいつもの事なので直ぐに平常運転に戻った。
ジルはアクアの態度に憤慨しながらも応接間に向かった。
ジルが応接間に入ると、そこには胸のデカイエルフがいた。
エルフは総じて肌の白い種族だが、目の前のエルフの肌は浅黒かった。
「……ハーフエルフか」
ジルが小さく呟くと相手のエルフは気分を害したように答えた。
「その通りですが、何か?」
「いやいや、失敬。私にはハーフに対する差別意識などありませんよ。楽にして下さい」
ボソッと呟いたつもりだったというのに、全く耳の良い種族だ。
そう思ったが今度は表情に出さない様に気をつけた。
「どうも」
ジルが促すと相手のエルフは素直に椅子に腰掛けた。
「お名前を伺っても?」
「妖精界のミストリエ出身、リーシャ・シュベリオと申します」
「それはそれは遠くからわざわざ。私はここの主のジル・ドラグーンと申します。それで、リーシャ殿。此度はどの様なご用件で?」
「今回は貴方に直にお話ししたい事が……」
リーシャはそう言いながら何気なく窓の外へと視線を移した。
そこには打ち合わせ通り、リュートの姿が。
リュートはグッと親指を突き出しながら屋敷の敷地内へと入っていった。
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今回の計画はこうだ。
リーシャが主人の目を惹きつける。
その間俺が屋敷の中を強化魔法を使って走り回り、勝手に捜索する。
以上。
俺はまず奴隷宿舎を見に行った。
男部屋と女部屋がある様なので女部屋を覗いたら中の人に悲鳴を上げられた。
その一瞬でアクアを探したが、アクアどころか青髪の女性が一人もいなかった。
まぁ、一軒目でいきなり見つかるとは思っていなかったからそこまで大きく落胆したわけでは無いが、それでも少し落ち込んだ。
時間帯的に多くの奴隷が宿舎にいる時間なので、ここに居ないのならこの家では飼われていないという事なのだろう。
俺は少し落ち込んだが、気を取り直して別の場所を捜索するため、奴隷宿舎の屋根を蹴って飛び上がった。
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アクアはジルと別れた後、庭の噴水を少しの間眺めていた。
ボーッと何かを見つめていると昔の事を思い出す。
リュート、フレイム、ジェイド、フェリア、アギレラの顔が浮かんでは消えた。
アクアの両目からまた涙が溢れてきた。
こうしてアクアは一人になると昔の事を思い出しては泣くのだ。
アクアは両目をゴシゴシと擦りながら立ち上がり、奴隷宿舎に向かった。
その時、アクアの滲む両目は宿舎の屋根から飛び出す人影をとらえた。
「何だろ……?」
涙をしっかりと拭ってその場所を再度直視し、確認した時には、そこには誰もいなかった。
冒険者とはモンハ○のハンターみたいなものです