サナリアへ
カルリアに到着した。
カルリアは獣人族の街なのだが、獣人族の中でも種類があるらしく、ここは主に猫科の獣人族が多く住んでいる。
サナリアには犬科の獣人族が多く住んでいるらしい。
カルリアとサナリアは仲が悪いのかと思ったが、そうでも無いらしい。
獣人族同士は基本的に争わず、お互いがお互いの長所を生かし、助け合って生きているらしい。
つまるところ、この前のジイさんは例外ってことだ。
ちなみにこの街では龍種をそこまで怖がらないらしく、疲れていてうっかり街の中にフレイムを入れてしまったが、そこまで大きな騒ぎにはならなかった。
フレイムには馬小屋に入ってもらい、俺たちは宿屋に泊まった。
何だか悪い気もしたが、店主がフレイムの為に柔らかめの藁とか敷いてくれた所為か、フレイムの機嫌は割と良かった。
アクアは最近、フレイムにひっ付いて寝るより、俺の隣で寝る事が多くなってきた。あまりよろしくない傾向ではあるが、役得なので黙っておく。
偶に寝相の悪いアクアは寝ながら俺に抱きついてきたりするのだ。
俺はこの子と13歳になったら結婚するのだ。しかし、今すぐ結婚するのも悪くない、むしろ良い。
いや、ダメだ。約束したことを破るのは男じゃないぞ。
だからここは我慢して引っ付いてくるアクアをしっかりと引き剥がしておく。
次の日の朝
「ここからサナリアまで馬で5日ほどかかる。徒歩なら一月くらい掛かる。
俺たちがお前達と一緒に居られるのはそこまでだ。まぁ、リュートも強いし、フレイムも居るし、心配はしていないがな」
しかし、俺はかなり心配だ。
あの獣人族のジイさんもアギレラが居なければ俺はやられていたかもしれない。
勇者を倒して調子に乗っていたが、あれ以来、あの時のような次元の違う力が出せないのだ。
俺の不安を察したのか、アクアは優しく包み込むように俺の手を握って言った。
「リュート、大丈夫だよ……大丈夫。ね?」
「あ、ああ……ありがとう、アクア」
俺は不安を完全に拭うことは出来なかったが、アクアに手を握られて少しだけだが安心出来た。
「おい、二人とも、イチャイチャしてないでさっさと行くぞ?」
「うぉう、ブーメラン」
おたくらだって隙あらばイチャイチャしてるでしょうが。
「何だと!」
出発する頃には俺は大分リラックスしていた。
---
俺たちはサナリアまで馬を全速力で走らせた。
前に俺たちを襲ってきてジイさんは助っ人を呼んでまた来ると踏んでいたので、常に警戒を怠らずに旅を進めていた。
だが、全然出てこない。
すぐにでも襲ってくると思っていたのだが、全く出てこないのだ。
昔から長時間集中するのは得意だったのだが、漠然としたものに緊張を張り巡らせ続けるのは少しばかりキツい。
目の前の仕事にひたすら集中するのは多分今でも得意だが。
「リュート、緊張の糸を解くな。いつ襲われるかわからんのだぞ」
「そうは言っても……流石に疲れてきた……」
「アギレラ、リュートはまだ子供なんだ。大目に見てやれ。その分私たちが気を張れば良いじゃ無いか」
フェリアが俺をフォローしてくれるのだが、大変申し訳ない気分になってきた。
「む……そうだな。リュートは大人びているから失念していた」
すいません。本当は今年で36歳なんです。立派な大人です。
35年ほどぬるま湯に浸かって生活していたのでこんな根性無しに育ってしまいました。
俺は心の中で二人に謝罪した。
その時、アギレラの耳がピクンと動いた。
「来たぞ」
俺たちはだらけ気味だった雰囲気を一瞬で張り詰めさせた。
「あー、もう直ぐサナリアに着くって時に……」
「今度こそ息の根を止めてやるぞ……」
『五月蝿い羽虫は焼き殺すに限る』
俺はアギレラとフレイムと共に戦闘態勢に入る。
「フェリア、アクアのフォローに回ってくれ。アクアは後ろからデカイ水魔法で援護を頼む」
「……りょーかい」
「来たぞ!避けろ!」
ドゴォォッ!
アギレラの頭上へ攻撃が飛んできた。アギレラは素早く身をかわす。
土埃を上げながら、目の前にダルセンが現れた。
「主との決着をつけに来たぞ……」
「老ぼれめ……今度こそ息の根を止めてやるぞ!」
「ハァァァァ‼︎」
「グルァァァァッ‼︎」
二人が戦い始めたその時、上空から刃のようなものが飛んできた。
俺はすんでのところでそれを躱す。
「何だ⁉︎」
「ほぅ、中々の身のこなしだ……流石は魔王と言ったところかな?」
空中からフワフワと一人の男が降りてくる。空に浮かぶところと言い、さっきの斬撃と言い、コイツは風を操る魔導師の可能性が高いな……。
「お前、魔導師か」
「その通り。我が名は風魔のコーザス。魔王よ……お前の命を頂くぞ」
風魔って……二つ名か。ダサいな。
しかし、魔導師なんてどうやって戦えば良いんだ?
フェリアは魔法遍重タイプじゃ無いからな……魔法一辺倒のタイプと戦うのは初めてだ。
「『撥水滅却弾』」
スドオオオォォッ!
俺の後方から容赦の無い水魔法がコーザスを襲う。
「危ないな……まさかその歳で二級魔法を操るとは……末恐ろしいガキだ」
コーザスは風を身体に纏わり付かせてアクアの水魔法を完璧に防御していた。
「普通の魔導士なら、今ので気絶していただろうな。だが、生憎俺は普通の魔導士じゃあ無い……」
「『激流嵐波』」
数本の水柱がドリルのように渦を巻きながらコーザスを襲う。
「くッ!全く……オイタが過ぎるぞ!」
コーザスは空中へ飛び上がり呪文を詠唱し、アクアへ向かって風魔法を打ち出した。
「油断しすぎだ」
俺はアクアとコーザスのやり取りの間にコーザスの背後に回っていた。
そんな事をしている間に俺がボーッとしている訳が無いだろ?
「し、しまっ……⁉︎」
俺は強化した腕力でコーザスを地面へと吹き飛ばす。
「ぐぁぁっ!」
「おらぁぁぁ!」
更に俺は落下時の運動エネルギーを乗せてコーザスへ蹴りを入れる。
「グフアァッ!」
コーザスは口から血を吐き出しながら気絶した。
「へっ、一丁上がりだな」
「超、余裕……!」
「しかしお前、いつの間にあんなすごい魔法使えるようになったんだ?」
「……こっそり練習してた」
「それ格好良いな……俺もやろうかな」
こっそり修行していつの間にかメッチャ強くなるとか男として憧れるシチュエーションだよなぁ……。
「リュートも一緒に、練習する……?」
「ああ、それもいいな」
『お前達、大丈夫だったか?』
フレイムがこちらへやってきた。牙や爪に血が付いている。八つ裂きにしたのかな……?
「俺たちは大丈夫だ。魔導士を一人倒した」
「凄い?ふーちゃん、褒めてもいいよ?」
『む、アクアは魔法が上手くなったな。流石だ。リュートもよくアクアを守りきった』
よく見るとフレイムの後ろでは焼死体の様になった人達がゴロゴロ転がっている。何人かはその上生々しい切り傷なども入っている。
そういえば、フレイムに面と向かって褒められるのは初めてかもしれないな。フレイムは俺に対していつも当たりキツいからな。
見ると、アギレラとダルセンの方も決着がついた様だ。
「殺せ……」
「言われずとも」
そう言ってアギレラは一瞬の迷いもなく剣でダルセンの首を刎ねた。
アレが戦士ってやつなのか……。
仲間を守るためには敵を容赦なく殺す精神力と高い戦闘能力が必要なのだ。
「終わったか?」
「終わったよ」
アギレラの身体の至る所についた傷が先刻の戦闘の激しさを物語っている。
俺たちは無事に敵を撃退して、サナリアへと向かった。
この時俺たちはもう敵は完全に撃退したと思い込んでいたのだ。
それが悲劇の始まりだった。