不意打ち
「よし、行こう。お姉ちゃん」
「え」
「妖精界に行こう。歩いて魔界まで行こう」
「嘘でしょ?」
「世界の平和を守る勇者なんでしょ?行こうよ、ね?お姉ちゃん」
メイは覚悟を決めた。この頼りないけどほっとけない勇者に一生ついて行こうと決めたのだ。
対して当の勇者はあまり乗り気じゃない。いくら何でもこんなバカみたいな距離を歩くのはキツイ。キツすぎる。
勇者は大きな声で行きたくないとも言えず、小さい声でブツブツと「行きたくない」と呟いていた。
メイがうんざりしたように、祐奈の肩をたたく。
「お姉ちゃん!」
「……わ、分かった、分かったよ!行く、行きます!魔界に行って魔王を倒します!」
「分かってくれた?じゃあ今から行こう!」
「え」
祐奈がいやいやをするように首を小刻みに横に振りながら涙目でメイを見ていた。
何だかメイは祐奈を虐めているような気分になってきた。実際はメイは正しいことをしているというのに。
「……ねぇ、明日からで良いかな……」
ダメだこれ。メイはそう思った。
しかし、祐奈は最大限譲歩した上でこんな事を言っているのだ。ここで要求を突っぱねたらまた駄々を捏ねられる。
メイは嘆息しながらも祐奈の要求を了承した。
「……分かった。今日は休憩しよっか、お姉ちゃん」
パァァッと祐奈は花が咲いたように笑顔になって頷いた。
「うん!」
「その代わり明日は朝早く起きるからね」
「うんうん!」
もう、どっちが勇者なのか分からなかった。
その日は昼間は買い物などをして旅の装備を買い揃え、夜になると早めに寝た。
一応、メイの朝早くに出発するという要求は通っているので最悪叩き起こせば良い。
メイはだんだん祐奈の扱いが上手くなってきていた。
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翌日
祐奈は約束通り早起きして、準備を終えてメイが起きるのを待っていた。
祐奈は昨日寝る前に、あんまり駄々を捏ねて申し訳ないという気分になったので、今日からは出来るだけ迷惑をかけないようにしようと思ったのだった。
しかし、その祐奈の態度にメイは困惑を隠せない。
「ど、どうしたの……?お姉ちゃん……」
「メイ!行くよ!妖精界!」
「あ、うん」
そして二人はメイが昨日に予定していたよりも早く、バレンを出発した。
「ところで今からどこに行か分かってる?」
「え、妖精界でしょ?」
「いきなり妖精界には行けないよ⁉︎物凄く遠いよ⁉︎」
「え、嘘。じゃあ、どこに行くの?」
完全にアホの子である。
「え、そんなことも知らずに出発したの?お姉ちゃん……」
「あ、はい。申し訳ないデス……」
「もう、お姉ちゃんはもうちょっとしっかりしてよね〜」
メイはやれやれと肩をすくめた。
でもメイはこんな祐奈も嫌いではない。むしろそんなとのろも大好きだ。
「まず、これから妖精界に向かいます。ここから妖精界までの道筋にあるセリンという街を目指します。良いですか?お姉ちゃん」
「はいっ、分かりました!」
「本当に大丈夫なのかな……」
色々あったが、二人は妖精界を目指し、歩き始めた。
勇者と魔王が出会うのは一体いつになるのやら。
---魔王side---
俺たちは現在魔界の北端の街、アクロスを目指し、ひたすら森のそばの道をを歩いていた。
長い距離を歩くのが苦手なアクアは相変わらずフレイムの上に乗っているが、アクアを除く俺たち三人は普通に荷物を持って歩く。
前はジェイドの馬車に乗せていたからわからなかったが、これがキツイのだ。
実はこれはアギレラの提案で、もしもはぐれた時に誰か一人に荷物を預けていた場合、野宿ができなくて死に繋がるとの事だ。
あまりに怖い一言だったので、俺たちはアギレラの言葉に従い、自分の荷物は自分で持っているのだ。
アクアだけは例外で荷物ごとフレイムの上だ。羨ましい。
だが、俺は兄貴分だし、大人(気がついたら9歳になっていたので精神年齢36歳)なので弱音を吐かず頑張っているのだ。
「ねぇ、結婚ってどんな感じ?嬉しい?」
「うーん、そうだな……」
さっきから俺たち二人に遠慮せずに女子二人が結婚トークに花を咲かせている。
アクアはそういうのには興味があるらしい。
「……ねぇねぇアギレラ、今どんな気持ち?」
「やめろ」
ちょっとだけアギレラを煽ってみたが、余裕がないっぽいので止めておく。
顔から脂汗が滲み出てる。
「やはり、結婚とは良いものだと思うぞ?好きな人と四六時中一緒に居られる」
フェリアが顔を赤くしながらそう言った途端にアギレラがホッと胸を撫で下ろしていた。緊張してたんだな。
「私は結婚してないけどリュートとずっと一緒にいるよ……?」
「……アクアはリュートのことが好きだったのか?」
「うん、大好き」
アクアがしれっと言い放った。
ええええええ!初耳なんですけど⁉︎そうだったの⁉︎というかそういう話は本人のいないところでして下さい!お願いします!
「おい、リュート。今どんな気持ちだ?」
アギレラがニヤニヤしながら俺を煽ってくる。
「やめろぉぉぉぉぉぉ!」
俺は恥ずかしくて憤死しそうだった。
「フフフフ……」
アギレラぁ、煽り返してくるとは……覚えてろよ。俺はずっと忘れないぞ。
そもそも、俺は前世では女の子に告白したこともされたことも無いのだ。俺にはこういうことに対する耐性というものが全くと言って良い程に無い。
「リュートのどこが良いのだ?端的に言って、外道だぞ。アイツ」
フェリアが俺を横目で見ながら言ってくる。
おい、やめろよ。本人の眼の前ではやめろよ。そりゃ、陰口も嫌だけどさ。
「リュートは強いし優しいよ?」
「それはお前にだけだろう」
それの何が悪いんですかー?ジェイドにだって優しくしてましたー!
ジェイドには優しく甘やかされていた、が正しい気がするが。
「リュートは家族には優しくするんだよ?だから……フェリアとアギレラにも優しくしてくれるよ」
「そうか、アクアはリュートの事を良く理解しているのだな……」
なんて言いながらフェリアはしみじみとアクアを見つめた後俺を見てきた。
ちょ、本当やめて!恥ずかしいから!
「おい、リュート」
横からドスの効いた野太い声が聞こえる。
「ナンデスカ」
「お前は将来、アクアと結婚するんだろうな……」
「いや、そんなの分かんないけど」
「いや、この感じはするな。お前、アクアに結婚してくれと言われたら断らんだろ」
「う……確かに……」
絶対に断らんな。それだけは確実だ。
「なら、アクアの事を守ってやるんだぞ?」
「……それは、アクアと結婚しなくてもする。もう決めてるんだ」
「ほぅ……?」
「俺は去年くらいに家族を皆失ったんだ。その時に唯一生き残っていたのがアクアだった。だから、俺はその時に誓ったんだ。家族は絶対に守るって」
「そうか」
そう言ったきり、アギレラは何も言わなかった。アギレラも同じ気持ちなんだろうか、フェリアを守ると。
何だか俺はアギレラと分かり合えた気がした。
するとその時、アクアがトントンと肩を叩いてくる。
「なんだ、どうした?」
「ねぇ、リュート。結婚しよう……?」
「はぁっ⁉︎」
アイエエエエ⁉︎ナンデ⁉︎ケッコンナンデ⁉︎
その話題まだ終わってなかったの?アギレラとの会話でもう終わった気分になってたんだけど!逃げ場なんて無かった!
しかも女の子に求婚された!男女交際すらしたこと無いのに!
俺はどうすれば良いのかわからずあたふたした。ひたすらあたふたした。
「け、結婚なんて出来るわけないだろ、お。俺たちは、ま、まだ9歳だぞ?」
「おい、リュート。落ち着け。結婚は9歳でも出来る」
う、嘘だろ⁉︎この世界どうなってんだ⁉︎
「お、お、俺は、落ち着いて、る、ぞ?」
俺はさらに平常心を失った。
「落ち着いてない奴はみんなそう言うんだ。深呼吸してみろ」
「ふぅー、はぁー、ふぅー」
深呼吸しながら俺は素数を数えていたが、イマイチ落ち着かなかった。おい神父、素数数えて落ち着くのはアンタだけか。
「お前も男なら答えを出せ。アクアの事が好きなのだろう?男らしく無いぞ」
何?男らしく無いだと?それは聞き捨てならんぞ。
だが、たしかにこんな事でオタオタしてる様では男らしく無いな。アクアにも失礼だ。
「……分かった」
俺は覚悟を決めた。素数は29くらいで分かんなくなったけど割と落ち着いていた。多分素数は関係無い。
俺は考えをまとめ、意を決して口を開いた。
「アクア……お前の気持ちは嬉しい。俺もお前が好きだ。……でもな、俺たちはまだ9歳だ」
「つまり……?」
「つ、つまりだ、俺たち魔族は13歳で成人するだろ?だ、だから……その、13になってお前の気持ちが変わってなかったら……結婚しよう」
これが俺の精一杯の気持ちだ。今結婚するのは違う気がする。
アクアは長いこと同年代の男とは俺としか話してないのだ。それじゃあ俺の事を好きになるのも仕方が無い。
でも今から四年もあったら何かしら出会いがあるだろう。答えを急ぐ必要は無い。我ながら良い考えだ。
「……分かった」
アクアも分かってくれたらしい。物分りのいいやつでよかった。
「そっか、分かってくれた……ンっ?」
その時、俺の唇に今まで体験したことの無い柔らかい感触がした。
俺はアクアに不意打ちでキスされた。
少しして、アクアが唇を離しながら言った。
「今日はこれで我慢しとく……」
「……お、おぅ」
女の子とキスしたのは前世も含めてさっきのが初めてだった。
アクアが意外と積極的な女の子だったことは俺の唯一の誤算と言ってもいい。
どんどんアクアの口調が変わってますが、意図的です