怒れる勇者
イシュリオ領主、トーラス・デオーネは優雅に夜のワインを楽しんでいた。
トーラスは40を過ぎてからよくワインを飲むようになった。ワインを片手に見る街の景色が大好きだからだ。
眼下には夜にもかかわらずあくせく働く領民達……実にトーラスの自尊心を満たしてくれる光景だった。
トーラスは昔から狂的なジャリズ教徒であり、屋敷にも数人の亜人奴隷を持っている。
何故トーラスが嫌いな、いや憎んですらいる亜人の奴隷を買っているのか。
答えは簡単だ。
亜人を虐め、嗜虐心を満たすためである。
さらに、タチの悪いことに、トーラスが亜人を憎んでいるのに明確な理由は存在しない。
ただ単に気に食わないだけなのだ。
人間よりも劣っているはずの種族のくせに人間の様な生活をするのがたまらなく気に食わない。そう考えているのだ。
今日も亜人奴隷を飽きるまで鞭打ってシャワーを浴びてワインを飲んでいる。これが何時ものトーラスの日課だった。
この日、トーラスはどうも虫の居所が良くなかった。昼間に奴隷を競り落とそうとしたら異国の富豪に競り負けたのだ。
亜人奴隷を何度鞭打っても、どうにも気分が晴れない。ワインを飲んだらもう一度奴隷共を鞭打ちに行こう。
そう考えていたその時、
ドガシャアアアン!
屋敷の扉が叩き割れる音が響いた。扉が、である。
トーラスは焦って勢いよく立ち上がった。
1人の警備兵がトーラスの部屋に息を切らしながら走ってきた。
「何事だ⁉︎」
「し、侵入者です!」
「侵入者だと⁉︎いったい何人だ!」
「そ、それが……」
「どうした、早く言え!」
「ひ、1人……です……」
「ひ、1人だと⁉︎」
にわかには信じられなかった。
何と、警備体制も万端な巨大なトーラスの屋敷にたった1人の人間が正面から侵入してきたというのだ。
階下から悲鳴と破壊音が聞こえてくる。
(屋敷の警備兵では相手にならないということか……)
そして音が止んだ。不意にトーラスの部屋の扉がドカッ!と蹴破られる。
前方から1人の少女が歩いて来た。
トーラスはその少女が勇者だということには気付かない。
気付いていたとしたら、どうにかして取り入るためにあの手この手で接待しただろう。
「お前が侵入者か……何が目的だ……?金か?」
「……私の目的はたった一つ……あんたに、罪を償わせてやることだ……」
祐奈はゆらりと剣をトーラスに突きつけた。
「あんただろ?樹海にあった獣人族の集落を滅ぼしたやつは……」
「お、お前……何者なんだ……」
「私は勇者よ。さっさと質問に答えて」
メイはイシュリオ近郊の樹海の集落に母親と2人で住んでいた。それを、ある日突然奪われたのだ。
さらに、メイは祐奈が助けなければ奴隷になるところだったのだ。
メイを悲しませた全ての元凶が目の前にいるこの男なのだ。
実際、メイの故郷が消えたた時期と、イシュリオの領主がメイの故郷の森を焼き尽くした時期は完全に一致する。
つまり、コイツがメイの母親の仇なのだ。
「あんただろって聞いてんのよ!」
祐奈は激昂して叫んだ。
「そ、それがどうしたというんだ……」
ボソッとトーラスがそう言った瞬間。トーラスの耳を斬撃が掠めて飛んでいった。
「ヒイイイィィイ‼︎」
「何?聞こえなかったんだけど。返答によっちゃあ生かしといてやるわよ」
「そっ、それは……ち、違う!私は命令されていて……!」
「へぇ……領主様ともあろう者が誰に命令されたの?王様?」
この後に及んでまだ祐奈を騙そうとするトーラスに祐奈は吐き気がした。
そもそもさっきの言葉が勇者に聞こえてない訳がないのだ。
「私、ナーシャ王女と友達なんだけど、手紙で聞いてみようか?」
「あ……あ……」
「何?もしかして、嘘ついたの?」
「い、いや……その……た、頼む!い、命だけは!命だけは助けてくれぇ‼︎」
トーラスは見っともなく祐奈の足に縋り付いて命乞いをはじめた。
祐奈は本当に吐きそうになった。
こんな気持ちの悪い人間がいるのか。こんな人間が亜人を差別しているのか。
どうせ昼間、メイに石を投げた人間もこんな感じのクズに違いない。
祐奈は鬱陶しそうにトーラスを蹴飛ばして、吐き捨てるように言った。
「うあっ……!」
「いい加減にしろよアンタ……あんたが滅ぼした村の人はアンタに絶対に同じ事を言っただろうよ……でも、皆死んだ。殺された。
そして、もし私が間に合わなかったら、あの時生き残った人は……メイは、奴隷になっていた!」
祐奈は精一杯の侮蔑を込めてトーラスを睨みつけた。
「このクズ……アンタのせいで何人の人が不幸になったと思ってるの……?あんたなんて死んだ方が良い……‼︎」
そう言って祐奈は剣を振り上げた。
「やめて!お姉ちゃん!」
その時、後ろからメイが祐奈を抱きしめていた。
「メイ……?」
「ダメだよ!殺しちゃ!殺しちゃダメ!」
「なんで……?聞いてたでしょ⁉︎コイツはメイのお母さんの仇なんだよ⁉︎」
「殺したら……お姉ちゃんが、遠くに行ってしまう気がする……。お願いだから、殺さないで!」
メイは泣いていた。
一瞬、メイが何故泣いているのか祐奈には分からなかった。
「こんなやつ殺さなくて良い!牢屋に入れれば良い!そうでしょ⁉︎」
祐奈はハッとした。
こんなにもメイは強い。祐奈なんかよりもずっと強い。
復讐は何も生まないなんて……それは大切なものを失っていない人のエゴだ。
それでも、メイは復讐しようとは言わなかった。牢屋に入れれば良いと言った。
(メイに比べて私は弱いな……勇者なのに……)
「分かったよ……メイ。コイツは、殺さないでおく」
祐奈は剣を降ろして、メイを抱き締めた。
「王様に手紙で言ってみるよ。王様はイーリス教徒だし、亜人差別は許してないはずだからね。コイツを牢屋暮らしさせるくらいは出来るかな」
「お姉ちゃん……顔広いね……」
「勇者ですから」
「くっ……獣人風情が……」
トーラスはまだ憎まれ口を叩く余裕があるらしい。殺されないと確信したからだろうか。
祐奈は容赦なくトーラスの腕を切り落とした。
「ぐあぁぁぁ!ぐあぁぁぁああ!」
「言っとくけど、殺さないってだけだからね?」
祐奈はトーラスを縛りつけた。ワイヤーみたいに細い糸で丁寧にキツく縛りつけた。
肉が千切れれば良いな……くらいの気持ちで縛りつけた。
「ぐあぁぁぁ!や、やめろ!」
「うるさい!クズ!」
祐奈は思いっきりトーラスの顔面に拳をぶち込んだ。
そして、トーラスは意識を失った。
後日、王都からの使者がトーラスを拘束した。
祐奈はトーラスの罪状をよく分かっていなかったが、私怨による他種族の侵略が主な罪らしい。
ジャリズ教は認められてはいるが、他種族の侵略は国家間の問題なので独断専行は罰せられるらしい。
(あれ、勝手にやってたんだ)
祐奈は直接何発も殴った上、片腕を切り落としたので割と晴れやかな気分だった。
その日、メイと一緒に入ったお風呂は最高だった。
祐奈は昨日何もしなかった分、慎ましいメイのちっぱいを揉みまくった。変態である。
あまりに急展開だったので、辻褄合わせるために前回を改稿しました。どうしてこうなった……