ジャリズ教
ここは、王都ガレアから数十キロの距離にある街、イシュリオ。
祐奈は奴隷にされかけた時、かなりの距離を馬車で運ばれていたのでこの街は割と近かったのだ。
「いやー、久し振りにお風呂に入れるね、メイ!」
「う、うん」
「あれ、どうしたの?嬉しくないの?」
「う、ううん?嬉しいよ?」
メイはどうしたのだろうか。
女子としては体を洗えないのは死活問題だ。
一応未熟ながらも祐奈は水魔法を使えるが、いかんせん水魔法は苦手なのだ。
そんなに長いこと持たないので、川や池で洗った方が楽なのだ。それでも洗わないよりマシなので川や池が無かったら無理してでも水魔法で洗うが。
しかし、街に来るとお湯に浸かれるのだ。これは大きい。
祐奈はウキウキする気分を抑えられなかった。
なのにどうしてメイは嬉しそうじゃないんだろうか……。
その時、祐奈の耳にこんな言葉が入ってきた。
「あの耳……まさか、獣人族か……?」「おい、見ろよ……獣人族だぜ……」「うわ、獣人族だ……」「なんで、いるんだよ……」「出てけよな……」「死ねよ……亜人め……」
言いながら石を投げてくるものもいた。
この街には獣人族差別があるのか。
祐奈は呑気にも風呂の事しか考えてなかったが、聴覚の優れているメイにはコレがずっと聞こえていたのだろう。
祐奈は頭に血が上って、大声を張り上げた。
「卑怯者!寄ってたかってこんな小さい子を!恥を知りなさい!大体、獣人族だからって何だってのよ!」
「やめて、お姉ちゃん。もういいから」
「でも……!」
メイはすかさず祐奈の手を掴んだ。
こんな事をしたら祐奈まで差別対象にされてしまう。そう考えたのだろう。
それに、意味がない。ここで祐奈が何か言ったところで差別意識をどうにかするなんて不可能だ。
「クソッ!本当に腐ってる!」
祐奈はメイを連れて憤慨しながら宿屋へと入っていった。
「一泊いくら?」
「朝飯付きで1人銀貨4枚だ」
店主はよそ見しながら言った。
祐奈は何度かこの手の宿屋に泊まった事があるし、ぼったくられた事もある。
店主がこんな態度をとってる時はぼったくってる時だ。
「おい、今私は機嫌が悪いんだ……ボるつもりならあんたの頭斬りとばすぞ」
祐奈は鋭い目つきで店主を睨みつけると、店主は狼狽しながら本当の事を言った。
「な……何だよ、あんた……分かったよ……2人で銀貨4枚だ……本当だ!」
「ちょっと高いけどまぁいいか。いくよメイ」
「う、うん」
その日、久し振りに店でご飯を食べて風呂に入れたが、祐奈は全く楽しい気分にはなれなかった。
---
その日の夜、メイが寝た後、祐奈はカウンターで店主に愚痴を言っていた。
「何なのよアイツ等!皆してメイにあんな事言いやがって……ふざけんな!獣人族だからって何が悪いのよ!絶対許せない!アイツ等、石まで投げたのよ⁉︎」
祐奈は激昂しながらコップをカウンターに叩きつけた。
メイは気にしてない様子だったが、祐奈はそうではない。
むしろ、自分の大好きな女の子を差別されているのだ。自分が差別されるよりも許せない。
そんな祐奈の愚痴を黙って聞いていた店主がやっと口を開いた。
「お客さん、あんたの気持ちは分からんでもねえけどな……その考えをこの街の奴らに押し付けるのは無理ってもんだ」
「……なんで?」
「この街ではな……ジャリズ教ってのが主流なんだよ」
「何それ……」
店主は祐奈のコップに飲み物を注ぎながら話し始めた。
「あんたジャリズ教知らねえのか……。
じゃあそっから説明すっけど、この国には二つの大きな宗教団体があるんだ。それがイーリス教とジャリズ教だ。
イーリス教は魔族のみを差別してる宗教だがな、ジャリズ教はそうじゃない。人間至上主義の宗教なのさ。アイツ等は人間以外の全ての種族を毛嫌いしてるってわけよ」
「そ、そんな……。でも、王都ではジャリズ教徒なんて居なかったけど」
「ガレアは王様がイーリス教徒なんだろ?でもな、この街の領主様は熱心なジャリズ教徒なのよ」
店主はやれやれと首を振りながら更に続けた。
「ジャリズ教徒の中でも領主様ってのがまた過激派でねぇ、奴自身が現地まで行って、多くの亜人族や魔族を侵略し、虐殺し、隷属させたりしてんのよ。
最近じゃあ、近所の森にあった獣人族の集落を全部ぶっ壊して帰ってきやがった。
控えめに言ってもクズな宗教だと思うぜ。イーリス教の方が何倍もマシだ。こんな事言ってんのを聞かれちゃあ、俺の首が飛ぶけどな」
私は呆然とした。今の言葉が聞き間違えで無いとしたら……。
「ちょっと待って……ここの近くの森って……」
「ああ、此処から何キロか離れたところにある樹海だよ」
あそこはメイの故郷だった森だ。
そこを壊してきた……?
(まさか……まさか……‼︎)
祐奈はカウンターにコップをタン!と置いて立ち上がった。
「成る程ね……諸悪の根源はこの街の領主様か……ありがとう、おっちゃん。嬉しかったよ、そう考えてる人がいてくれて」
「お、おい待ちな……あんた……何する気だい……?」
狼狽しながら店主が祐奈を呼び止める。
祐奈は笑顔で振り向いて答えた。
「ちょーっと、領主様ぶっ飛ばしてくるわ。領主様の家教えてくれる?」
片手に剣を携えて。
店主は無言で頷くしかなかった。