エウロス・ミストレア
お久しぶりです。一月ぶりですね
朝、目を覚ました俺の目の前には可愛らしい寝顔を無防備に晒す嫁の姿があった
昨晩は夜遅くまで運動したのでアクアもよく眠っている。
俺はアクアを起こさないように態勢を起こし、窓の外へと目をやる。
陽光が差し込み、とても清々しい朝だ。
妖精界の森はとても綺麗で、マイナスイオン的な何かを絶えず放出しているように感じる。それがなんなのかは俺にもよくわからないが、取り敢えず魔界の森とは大違い、という奴だ。魔界の森はなんだか禍々しい。
「……ん、おはよ……リュート……」
「ん、起きたか。おはよう、アクア」
俺が起き上がった時のベッドの軋む音に反応したのか、アクアはまるで子供のように両目を擦りながら寝ぼけ眼で起き上がる。
そしてゆっくりとベッドに座り込むと俺の頰に口付けした。
「……おはよ」
「ね、寝ぼけてんのか?ほら、飯いくぞ。服着ろ」
「……ん」
俺は相変わらず嫁のこういう仕草にドキッとさせられる。結婚して結構経つし子供もいるのだが、まだまだアクアにはドキドキしっぱなしだ。しかし結婚生活には時たまの初々しさが必要なんだと思う。いや、結婚するのは初めてだからその辺りはよく知らないんだが。
「……人間界は、いつ行くの?」
「フェリアが治ったらだな。あいつの事だ、無理してでも転移魔法を起動しようとするだろうけどな……」
転移魔法は体力、精神力、魔力を大きく消費する大魔術だ。物を瞬間移動させる魔法なのだから当然だろう。
今のフェリアはマキナによる獣人界侵攻で負った怪我が完治していない。更に、フェリアは手傷を追いながら人を10人近く転移させる巨大な転移魔法を行使したのだ。完治するまでずっと寝ていて欲しい。
「だが、祐奈のあの焦り様……何か良くないことが起ころうとしてる……。フェリアに無理してもらうしかないのか……?」
転移魔法はよほど優れた魔術師で無ければ使えない。そのため、使用可能な魔術師はエルフに多い。一応アリスの様に別の種族でも少ないが存在はする。
「……エルフなら、妖精王のおじさんがいるけど、どう……?リュート」
「そうだ……何もフェリアに拘る必要なんて無いじゃねえか……なんでそんな簡単なことに気がつかなかったんだ……」
アクアの言葉に俺は一筋の光を見た。
あのおっさんはエルフの中でも最も優れた術師だと聞く。転移魔法が使えるはずだ。
「ありがとな、アクア!お前ってたまに天才だな!」
「……それって褒めてる?」
俺の言い方に少し膨れた態度をとるアクア。あざと可愛い。
「悪い悪い。そうと決まればおっさんに話通してくる。お前も来るか?」
「……うん」
アクアと二人きりで歩くのは本当に久しぶりだ。そんなことを考えながら、俺はアクアと共に王の間へと向かうのだった。
---
「転移魔法?余はそんなもの使えんぞ」
「えっ……う、嘘だろ?」
王の間にて開口一番告げられた言葉に俺はあんぐりと口を開けた。
「嘘では無い。余は確かに王だが万能では無いのだ」
使えない魔法もある。それでたまたま転移魔法が使えないのか。
「余はそれほど高度な魔法は使えぬ。だが、魔力と精神力だけは常識をはるかに超えておってな。だからこうして王の座に座っていられるわけだ」
成る程、つまり簡単な魔法はほぼ無限に撃てるが難しい魔法はそもそも使えないということなのか。
原理はわかったが手詰まりになってしまった。
「サリアに頼めばよかろう。あれは生まれつき余には似ておらず高度な魔法の行使が可能だ」
「……サリアの方が、魔法、上手なの……?」
「だな!ヌハハハハ!不甲斐ない王ですまぬな!」
バシバシ俺の背中を叩きながら笑うおっさん。痛いって。
俺は背中をさすりながらおっさんに礼を言った。
「いや、良いんだ。サリアに頼んでくる。無理言って悪かった。ありがとな、おっさん」
「ふむ、そのおっさんと呼ぶの辞めぬか?余はこれでも王なのだが」
「嫌ならやめるけど、なんて呼ぼうか。名前教えてくれよ」
「なっ……余の名を知らぬのか⁉︎」
一国の王の名を覚えてないなんて常識を問われてしまうだろうが知らないものは仕方がない。というか教えてくれないんだもん。
素直に謝っておこう。
「悪い、知らねえ」
「むぅう……余の名はエウロス。エウロス・ミストレアだ」
むくれながらもおっさんは名を名乗ってくれた。
しかし、エウロスって名前だったのか……なんかしっくり来ねえな。今後も妖精王のおっさんと呼ばせてもらいたいものだ。
「じゃあエウロスのおっさんか」
「おっさんを辞めよと言うのに」
「じゃあ……エウロスさん?」
「ふむ、何か堅苦しいな」
「エウロスって呼び捨てにするのもなんか違わないか?」
「だな……。ふむ、じゃあおっさんのままで良い」
「良いのかよ」
心の中で半ばずっこけた。マジで良いのかよ。
「仕方が無かろう。良い呼称が思い浮かばぬのだから」
「エウロス殿とかエウロス様ってのは?」
「お主にその呼び方をされると思うと寒気が出るわ」
「酷い言い様だ」
ニヤリと笑いながらおっさんは歩いて行った。俺は今からサリアの元へと向かうわけだが何だかお使いクエストをやらされている気分だ。
---
「つーわけでお前の元に来た訳だ」
「リュート様のお頼みでしたら喜んで受けさせていただきますね」
サリアは快く俺の頼みを聞いてくれた。何故リーシャと一緒にいるのかは聞かないでおこう。たまにリーシャとアイコンタクトをして頬を染めているのも気のせいということにしておこう。
「サリアは魔法がとっても上手いのよー。転移魔法だってそんな大した人数じゃないんでしょう?」
「俺とアクアとアスタだな。マキナは自分で転移出来るから。合計で3人だけだ」
「私も行くから4人よ」
リーシャは悪戯っぽく笑って親指を立てた。
「お前も来るのかよ、人間界ってのはエルフみたいに見るからに他種族だと分かる奴にとっては危ない場所だぞ」
「知ってるわよ。でもアンタのこと保護者として放って置けないわ」
「いつまで保護者ヅラするんだよ……。どうなっても知らねーぞ」
8歳の俺を拾って成人の年齢まで育ててくれたのはリーシャだ。
間違い無く保護者ではあるし、リーシャとはもうそろそろ10年の付き合いになる。一緒に過ごした時間でいえばアクアよりも長い。
俺だってリーシャの事を姉のように感じている。だからこそあまり危険に晒したくはないのだが……。
「アンタは何でもかんでも心配し過ぎよ。みんなそんなに弱くないわ。自分の身ぐらい守れるわよ?」
「そりゃお前……分かってるさ……。でも心配なもんは心配なんだよ」
こんな事リーシャだけじゃ無い、他のみんなにもよく言われる事だ。手の届く範囲に守りたい人が増え過ぎたのかも知れない。
でも全部守りたいと思うのは悪い事じゃ無いと思う。やはり傲慢なのだろうか。俺にはよくわからない。
「リュート様、私ならいつでも魔法陣の作成が可能です。出発はいつになさいますか?」
「そうだな……じゃあ昼過ぎにしよう。出来るだけ早い方がいい。都合のいいことに今回の出発メンバーはフットワークの軽いやつばっかりだ」
荷造りに時間がかかるような奴らじゃ無い。リーシャと俺はちゃんと準備するタイプだが、その準備は事前にする派なので時間はかからない。
「リーシャ、準備出来てるか?」
「勿論。あんたは?」
「俺もだ」
アクアもさすがに手ぶらはまずいので必要なものは持たせた。アスタは知らん。
「では昼食を摂ったら王の間に。あそこなら広いですし見送りもしやすいです」
「分かった。ありがとな、サリア」
サリアはそう言ってニコニコ笑っていた。
サリアはリーシャに寄り添い、袖を軽く握った。リーシャが心配だが、必死でそれを表に出すまいとしているのだろう。リーシャの袖を握る手が小刻みに震えている。
「…………部屋に戻るか」
「……うん、行こ」
俺はアクアと二人で部屋に戻るのだった。




