ジン・カザマ
成し遂げたぜ
一応戦争後の用事をあらかた済ませ、俺は自分の部屋へ戻っていた。
久し振りに家族達とゆっくり過ごせる時間だが、俺には確かめねばならないことがある。
そう、ジンのことだ。
ローグの言葉の真意を確かめる必要がある。
「……リュート、考え事……?ぼーっとしてる……」
「ん?ま、まぁな……。少しきになる事があってさ……」
アクアに言われて俺は口ごもる。
何故か切り出せないのだ。そもそもどうやってこの話を切り出すんだ?
息子が転生者かもしれないから少し二人きりで話がしたいとでもいうのか?俺自身が転生者であることをアクアには話していないし、そもそもアクアは転生者が何か分からないだろう。
「エマは……よく寝てるな……」
「……うん。でも珍しくジンが起きてる……」
ジンは自分が呼ばれたと思ったのかこちらを振り向いて小首を傾げる。
やはり、転生者にしては行動が幼すぎる気もする。それに、昔はこの子はよく泣いていた。
俺は生まれた頃から泣いた事が殆どない。演技したことは少しぐらいあるがエルザにはすぐに嘘泣きだとバレてしまっていた。
転生者が泣いたりするか?考えれば考えるほどドツボにハマっていくようだ。
やはり俺は恐れているのだろう。息子が転生者かもしれない。俺の本当の息子じゃないのかもしれない、と。
「はは……、何言ってんだ俺は……それを言ったら俺自身はどうなるんだ……」
生まれると同時に母は死んだ。
俺を産んだことで体力が無くなり、衰弱して死んだ。俺が殺したも同然だ。
俺が本当の息子じゃないとわかれば、母は悲しむだろう。その体から出て行けと言われるかもしれない。
俺は受け止めるべきなのだ。俺とアクアの子供なんだ。精神は違うかもしれないが、アクアがお腹を痛めて産んだ子なのだから。
俺は意を決して口を開く。
「アクア……、ジンと二人で話がしたいんだ。少し出てくる。良いか?」
「……分かった。すぐ済む……?」
「あぁ、すぐに済むさ」
俺の態度で察したのか、アクアはやけに物分かり良く頷いた。
俺が屈むとジンは無邪気に俺へと手を伸ばしてきた。大方遊んでくれると思っているのだろう。やはりこの仕草も年相応のものだ。
「ジン、パパと外に行こうか」
「パパ?どーしたの?」
「うん?何でもないさ。ホラ、行くぞ」
「……行ってらっしゃい。気をつけてね……?」
「おう」
俺はジンを片手で抱いて部屋を後にした。
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俺は城のバルコニーの手すりに寄りかかりながらジンへと言葉をかけた。
「お前……転生者……なのか……?」
声が震えている。
何故転生者ではダメなのだろうか。別に構わないじゃないか。
違う。
自分がそうだったから擁護してるだけだ。本当は俺の存在も許されるべきものじゃない。
俺は受け止めるべきだ。ジンは俺自身である可能性もあるのだ。
そして、ジンはゆっくりと口を開け……
頭の上にハテナマークを浮かべながら首をかしげた。
そう、ジンの反応は俺の想像とは全く違うものだったのだ。
「てんせーしゃ……?」
「わ、分からないのか……?」
「ご、ごめんなさい……」
「あ、いや、怒ってないぞ?謝らなくて良いんだ」
俺は拍子抜けした。
ジンは惚けてるんじゃない。直感でわかる。本当に転生者が何か分からないのだ。
むしろ俺の声に怒られてると思ったのか、俯いて泣きそうな顔をしている。
俺は急いでジンを抱き上げて宥める。
「あー、泣くな泣くな。怒ってないぞー?パパ怒ってないから。な、な?」
「……うん……うん……」
「なんだ……俺の杞憂か。やっぱりローグの嘘だったんだな……」
俺はジンを足元に下ろして思わず安堵の息を漏らす。
しかし、次の瞬間俺の呼吸は止まった。
足元に居るジンから声がしたのだ。
だが、その声はジンのものではなかった。
『ジン、少し私に話をさせてはくれないか?』
「……え、う、うん……良いけど……」
『すまないな。少しだけ体を借りるぞ』
ジンが独り言を言い始めた。
だが、俺はこれが独り言ではないと分かった。
明らかにジンの中に別の人間がいる。
ジンはその男とは意外と仲良くしているようだ。
『さて、リュート・エステリオ……だな?』
「誰だお前。ジンじゃぁ……無いよな?」
『あぁ、私は貴様の息子では無い』
ジンは別人になっていた。
いや、見た目は完全にジンだ。3歳児特有の幼い顔立ちに俺によく似た鋭い目つきと黒い髪。
だが、ジンと同じなのは見た目だけだ。雰囲気や、体から放たれる『圧』がまるで違う。
例えるなら、歴戦の勇士を前にしたかのような緊張感があるのだ。
『まだ名乗ってなかったな……、俺の名はジン・カザマ。ジンと同じ名前だからカザマと呼んでくれ。一応、ジンの身体に居候させてもらってる身だ』
「居候……だと……?」
『貴様もよく知っているだろう。私を転生させてのはあの……クソ神だ』
「ローグか……。でも、なんで一つの体に二つも精神があるんだ?おかしいだろ、普通は一つの体に精神は一つのはずだ!」
『そこの説明には少しばかり時間を取らせてもらうぞ。この説明は貴様にだけはしておくべきだろうからな』
カザマはそう言うと一息ついて、ふっと息を吐いた。
『俺はもともとこの世界に生きていた男だった。そして俺はこの世界で死んだ。死因は老衰だ』
「お前、ジジイだったのかよ」
『無礼だな貴様。まぁ良い、話を続けるぞ。私は死後の世界である男と出会った。それがローグだ』
それは俺と違う点だな。
俺は気がついたらこの世界に転生していた。ローグが介入してくることは無かった。
『ローグは強制的に私に新しい身体をあてがい、転生させようとした。だが、少しトラブルが起こった』
「トラブル……?一体何が起こったんだよ……?」
『ブッキングだ。私が転生する身体には既に先客がいたのさ』
「そんな事があるのか……」
『貴様の世界ではないだろうな。貴様の世界と私の行きた世界では死亡する人間の数が違いすぎる。更に、その日は特に人がよく死んだ日だったのだ。そして、魂がまるで押し寄せるように死後の世界へと飛び込んできた。それによって一つの体に二つの魂が、と言うことになったのだろう』
「って事は……他にもお前みたいなやつが大勢いるのか!?」
『そんな訳無かろう。私は転生者だ。生前の記憶を保持している。そんな人間が何人もいてたまるものか。それに、普通一つの体に魂は一つだ。どちらかの魂は転生する事叶わず、その場で永久に消え失せる』
「なっ……!」
だとすれば現に目の前に一つの体に二つの魂を持った存在がいることに説明がつかないじゃないか。
『貴様の考えは手に取るようにわかるぞ。それも説明してやる』
「何があったんだよ……」
『簡単な事だ。私は一度人生を謳歌した身。ならば新たな命のために死ぬのが年寄りの役目だ。私は悔いなく生きた。だから私は転生をやめることにしたのだ。まぁ、ローグに無理に転生させられるのも癪だったからな』
カザマはそう呟くとコツコツと自分の頭を小突いた。
『だが、私が消えようとした時、このガキはなんといったと思う?』
「な、なんて言ったんだ……?」
『ククッ……「一緒に行こう」と、そう言ったのだ。苦しみを何も知らぬ無邪気な笑顔でな。まだ産まれてすらいない魂が、どこの誰ともわからぬ年寄りを自身の体に住まわせる事にしたのだ。滑稽だろう?これが笑わずに居られるか?クククッ……!』
「ジン……」
俺の子は生まれる前から心優しいやつだったんだ。そう思うとなんだか胸が熱くなってきた。
『私は決めたよ。この子を守ると。生前の私のすべての経験と知識を持ってこの子をあらゆる苦難から守り抜くと。この世界はあまりにも多くの闇に満ちている。その闇からこの子を救う事が私の使命だ』
「まさか、今までジンがアクアたちを助けたり、『魂喰』を使ったりしたのは……!」
『あぁ、その通りだ。私の補助無くしては不可能な芸当だろう。だが、私が直接力を下すわけではない。この子の才能がそうさせるのだ。リュート・エステリオ、この子は才能に溢れながらもとても心優しい子に育った。全ては貴様の妻の育児の賜物だ。感謝しておくのだぞ?』
「い、言われるまでもねぇよ……」
俺は照れ臭くなって頭をガリガリとかきながらそっぽを向いた。
嫁が褒められるのは自分が褒められる以上に嬉しいものだ。というか、俺が育児をしなさ過ぎなのでは無いだろうか?
昔から苦労をかけっぱなしだし、何かで埋め合わせをするべきだろう。一応考えておこう。
「カザマ……だっけか。これからも、俺の息子をよろしく頼む。でも、お前に頼りっきりになるつもりはねえ。俺の家族は俺が守る」
『ククッ……、男たるものそうでなくてはな。励めよ若者』
カザマはそういうと引っ込んだのか、ジンの雰囲気が一気にいつもの子供然としたものに戻った。
状況が飲み込めないようで、周囲をキョロキョロと見渡している。
「ジン、帰ろうか。ママが待ってる」
「うん。パパ、だっこ」
「はいはい、おいで」
俺はジンを抱き上げ、アクアの待つ自室へと戻るのだった。
仕事中に携帯をいじり、トイレでいじり、外でいじり、と細かい隙間時間に文章を書く事で何とかやっております。
できる事なら上司を地方に出向させたいです。まじふぁっくです。




