限界を超えて
お久しぶりです。GWなんてなかった
俺の前身は限界を超えて強化されていた。
既に俺の再生能力を持ってしても身体を維持するのが難しい程だ。
全身に激痛が走り、このまま意識を手放してしまいたいと思ってしまう。
だが、
「うおおおおおぁぁぁぁぁぁあ!」
俺は前に進む。
下を向くな、前だけ見てろ。奮い立て、敵を倒せ。
俺の心がそう囁く。
でなければ大切なものを失ってしまうのだから。
「もう……二回もあんな目にあってるんだ……。3回目はねえぞ……ッ!」
俺は自身に言い聞かせるように声を絞り出し、大地を勢いよく蹴った。
まるで弾丸と見紛う用な速度で空中を跳び、俺の拳は痛烈にゼクスの腹部へと突き刺さる。
『ガァァァッ!』
「テメェが神の力を持っていようが関係無ぇ……。テメェの言いたい事は後で聞いてやる。今は……寝てろ!」
『まだ貴様が上のつもりか……!貴様もそうがしれんが、俺も負けられんのだッ!』
俺とゼクスの拳が空中にてぶつかり合う。
バチバチと雷魔法の火花を散らしながら周囲へと衝撃が拡散し、大地が揺れる。
拳の砕ける音が聞こえる。しかし、俺の拳は急速に再生されて行く。
破壊と再生を繰り返すこの感覚にも慣れたものだ。だが、痛いものは痛い。
「うおおおおおぉぉぉぉ!」
その激痛を誤魔化すように千切れんばかりに声を上げる。
ゼクスも呼応するように拳に力を込める。
『ガァァァァァアァァァア!』
ゼクスと俺の魔力は何度もぶつかり合い、その度に互いを破壊し合う。
『このままでは埒が明かんな……。ここで終わらせるぞ!俺のすべての魔力をこの一撃にかける!』
「へぇ、見せてみろよ……、その渾身の一撃って奴を……」
渾身の一撃なんて今打たれたらほぼ終わりじゃねーか。
内心めちゃくちゃ焦っているが、ピンチはチャンスという言葉がある。
この一撃を凌ぎきれば勝てるはずだ。
ならばどうやって凌ぎきる?
「はっ……、無理するしかねーな……。死ぬほど無理してもどうせ死なねぇしな!」
『その余裕がどこまで続くかな……?俺もこの姿にはなりたくなかった……まるで自分が自分じゃなくなるようで……な』
「なに……?」
俺が聞き返すが、その言葉には答えず、ゼクスの影がズズズズ……と動き始めた。
少しずつ巨大に、鋭利に、攻撃的に、ゼクスの身体が変異して行く。
先ほどまで自分と同じ種族であったとは信じられないほどの変貌っぷりだった。
「なんすか……これ……」
呆然とした様子でアスタが呟く。
バケモノだ。
俺は端的にそう思った。
15メートルほどの巨大な体躯。
アンバランスに巨大な腕。
全身からは一体なんのために生えているのか不明な棘が無数に存在した。
「馬鹿な……!さっきまでの魔力をはるかに超えている……!魔王様!おさがりください!」
ルシファーが叫ぶ。
だが、俺は一歩も引かなかった。
「フン……!ここで引く俺ならとっくの昔に逃げてるよ!俺は逃げねえ!」
『グゥオオオオオオオオ!!!』
俺が構えてゼクスを見据えた。
次の瞬間、俺の体は横っ跳びに吹き飛んでいた。
意識が追いつかない。
何が起こった?
気がつくと俺は壁に激突し、全身から血を流していた。
「がはっ!」
まるで今痛みに気がついたとでも言うかのように体が火のように熱くなる。
俺は喀血しながら周囲を見渡す。
「ゼ……クス……!」
『ウオオオオオオオオォォォォ!!!』
既にゼクスは正気ではなかった。
『ガァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!』
滅茶苦茶に両腕を振り回し、ゼクスが地面を抉りながらやってくる。
「くっそおおおっ!」
強い!パワー、スピード両方が俺を超えている!
『ガルアァァ!』
「『雷撃天衝』!」
俺の最強の攻撃魔法を物ともせずにゼクスは俺の体を無造作にひっ掴み地面へと投げつけた。
「ごあ……っ!」
まるでスーパーボールのように派手に弾んだ俺は森の木の上へと落下した。
しかし、ゼクスはそれを見逃さない。
正確無比に追撃し、俺の命を刈り取ろうと魔力を爆発させる。
「お逃げください!魔王様ッ!」
ルシファーの声が虚しく響く。
だが、俺は引かない。
後ろに仲間がいるんだ。
「だから俺は引かねえッ!」
全身の魔力を思い切り発散させる。
後先など考えずに強化術式を限界を超えて行使する。
俺の魔力による奔流がまるで爆風のように周囲に吹き荒れ、残った数少ない木々を揺らした。
俺の突然の強大な魔力にゼクスは少し距離を取った。正気を失っていても戦闘に対する感は健在のようだ。
俺は口の端を釣り上げながら不敵な態度で言った。
「ゼクス。お前は強い。でも俺はお前を倒さなきゃいけない。だから……どんな強い奴でも俺は倒してみせる!それは勿論お前もだ!」
大切な人々を失ってしまう。
俺はそんな目にあうのはもう御免だった。
これ以上誰かを失うと俺という存在が揺らいでしまうような、精神が壊れてしまうような、そんな気がするのだ。
そんな事を考えるだけで底知れない恐怖が全身を支配する。
「俺は怖いのが苦手なんだよ」
冗談交じりに呟いた。
コレは皆の為だ、なんて言うつもりはない。
俺の為だ。俺のエゴのためだ。目の前で仲間に死なれるのが嫌だから戦ってるのだ。
でもそれで良いじゃないか。理由なんて些細な問題だ。
俺の心が奮い立ちさえすれば!
「限界を超える……!コレが俺の全てだ!」
『グゥオオオオオオオオァァァァァ!!!』
俺の言葉をかき消すように咆哮をあげながらゼクスは肥大化した両腕に魔力をまとわせ、振り下ろす。
それは必殺の一撃だった。普通なら正面から受け止めることはできない。
だが、俺はゼクスの腕を正面から受け止めた。
『グオオァッ!』
「へへへ、不思議か?俺がお前の腕を受け止められる事が」
言いながら掌に力を込める。
肉の潰れる嫌な音を立てながらゼクスの巨大な腕は少しずつ形を変えて行く。
「潰れろ……!うおおおぁぁぁぁぁぁぁ!」
『ガルオオオオァァァァアッ!』
俺がゼクスの腕を破壊しようとすると、ゼクスがそれを黙って見ているはずもない。
ゼクスは腕が使えないとはいえ全身武器のようなものだ。
身体中からは大量の魔力が溢れ出しており、常人ならそれに当てられるだけで十分死につながるほどだ。
ゼクスの棘が体に突き刺さり、更にゼクスの口からは竜種の息炎のように雷魔法の魔力弾が撃ち放たれた。
「がぁぁぁぁぁぁぁっ!」
しかし、俺はそれを気合いで耐える。
大声を上げて痛みをごまかす。
そして、
「うらぁぁぁぁぁああっ!」
『ギャァオオオオオオガァァァァッ!』
ゼクスの両腕を豪快に引きちぎった。
切断面からはドバドバと赤黒い血液が噴出する。しかし、俺はそれを意に介さずすぐさま追撃を開始する。
「『雷光音震』!」
ゼロ距離で雷魔法を放ち、完全に息の根を止めるつもりで攻撃する。
どうせこのバケモノの事だ。これだけやってもどうせムックリ立ち上がる事だろう。
『グルオォァッ……!』
俺の予想通り、ゼクスは立ち上がった。
「はぁ、はぁ……。流石としか言いようがねぇ耐久力だぜ……。まだ息があるとは……。ぜぇ……」
片や俺は息が上がっている。
正直言ってこのまま意識を手放してしまったら死んでしまいそうだ。
全身には激痛が走り、言い知れぬ倦怠感が包み込んでいた。
このまま眠ってしまえばどれだけ楽だろうか。
『グル……!ぐっ……!あぁ……、ごぉっ……!』
「あ……ぁ?」
ゼクスは立ち上がった。
だが、少しばかり様子がおかしい。
「そうか……!俺の魔力が奴の体内のやつまで食っちまったのか!」
『グルッ……!』
気がつくとゼクスの体は少しばかり縮んでいる気がする。
先ほど15メートルほどあった巨躯は10メートル以下になっている。更に俺の目の前でどんどん小さくなっていく。
「まさか……、元に戻るのか……?」
「グッ……!ガァァッ!がはぁっ……!はぁっ!はぁ……はぁ……!」
1分もたたないうちにゼクスは元の魔族の姿に戻っていた。
「くそっ……!負けた……か。体が動かん……!」
ゼクスは仰向けに倒れ込み、小さく呟いた。
まるで死を覚悟したとでも言うかのような表情で。
「あ……?」
「何を惚けた顔をしている……。さぁ、殺すがいい。それで魔界は貴様のものだ」
「ははっ……。そりゃ残念だけどよ……もう俺の体も動かねぇよ」
もう俺も体を動かしたくなかった。
なんだか眠くなってきたし。
「貴様、まだそんな甘ったれたことを……」
「悪いけど、ハナからお前を殺すつもりなんざ無かったぜ?」
俺はニヤリと笑いながら言った。
「何だと……っ?」
ゼクスの声を聞きながら俺はルシファーに起こされる。
俺はルシファーの肩に縋るように掴まって顔にべっとりついた血を拭った。
「俺はさ……ずっと魔界を放ったらかしにしてたからさ、その間魔界を守ってくれてたお前には感謝してるんだ」
俺は言葉を切るとゼクスの顔を見つめた。相変わらず呆けた顔をしている。
「だから正直言うとお前に魔界を任せる方がいいとすら思ってた。でも、俺は訳あって王の座が必要なんだ」
そう、俺には王の座が必要なのだ。
ローグを打倒することができるのは王だけ。俺には絶対に必要不可欠なものだ。
だからこそ失うわけにはいかなかった。
だが、戦いを決めた時からゼクスが優秀な男だと言うことはわかっていた。
だから俺は最後の戦いの前にルシファー達にちゃんと話していた。
『ゼクスを仲間に引き入れたい。俺の無茶な頼みだが、聞いてくれるか?』
ルシファー達は渋りながらも最終的には首を縦に振った。
「だからゼクス。お前を一旦黙らせてから仲間に誘う事にしたんだが、どうだ?」
「ははは……、俺は最初から……貴様の掌の上で踊っていたと言うことか……!飛んだ笑い物だな?」
「いいや。最後は俺も計画なんて完全に忘れてぶっ殺すつもりで攻撃したぜ?お前を誘ってるのはそれもある」
戦闘能力に長け、カリスマもあり、何より頭が切れる。そんな人物を引き入れたいと思うのは当然だろう。
また新政権派を巻き込んで新しい魔界を作ることもできる。
これからできる魔界は旧政権派も新政権派も関係ない新しい魔界なのだ。
「ゼクス。俺の部下になれ。お前には相応のポストを用意する」
「………………」
ゼクスは小さく笑うと言った。
「馬鹿にしやがる……。俺の悩みは何だったのだ……。こんなバカの元につかねばならんのか……」
そしてゼクスは大きくため息をつき、目を閉じた。
「貴様が勝者だ。敗者は従うのみだ……。だから、貴様の言葉に従おう。……我が、王よ……」
そして俺の顔をキッと睨むとゼクスはこう付け加えた。
「貴様のために部下になるのではないぞ。俺は魔界のために生きるだけだ。だから貴様を利用してやる」
「はは……、あぁ。そうしてくれ」
魔界のために働くと言っているのなら何の問題もない。むしろ歓迎だ。
「一件落着しましたな?我が王よ。ならばゆっくり休んでいただきます。既に王の身体はボロボロでございます」
次の瞬間、ナヘマーが俺の体をがっちりホールドした。
目の前ではルシファーがゼクスを背負って歩き始めている。
「今日はベッドに縛り付けますのでそのおつもりで、魔王様」
俺は苦笑いしながらナヘマーに担がれるのだった。
「大変だな、貴様も」
その場にゼクスの声が小さく響いたが、答えることはできなかった。




