雷雲
---リュートside---
「デカイ雲だ……。一体誰があんなものを……」
そう言いつつも、俺は少なからず見当をつけていた。
まず雲の発生源が新政権派軍の本拠地であった東側にある。あの場所にはゼクスが拠点としていた建物があるだけだ。
だとすれば、壊滅寸前になった自軍を見て自暴自棄になったゼクスの行動だと考えられる。
「だが、ゼクスは頭のいいやつだ……。そんな事をして戦場に混乱を及ぼすか……?」
だが、そうでないとすれば考えられる相手は1人しかいない。
「ローグ……。またお前が絡んでやがるのか……?」
しかし俺は頭を振って考え直す。
ローグの性格的にあの場にとどまって雷を振りまく、などという堅実な方法で俺を殺そうとはしないだろう。
奴ならば俺を散々苦しませ、嘲笑い、自分が満足してから殺すだろう。
だからこそ、あの雲を発生させたのはローグじゃない。いや、少なくとも制御してるのはローグではない。それだけは自信を持って言える事だ。
それだけ俺とローグは付き合いが長い。
「だったら……、やはりアレはゼクスなのか……?」
その時、俺を置いて雷雲へと接近していた4人が猛スピードで俺の元へと帰って来た。
「魔王様ッ!」
「我が王よ!」
「リュート様!」
『マスター!』
4人が口を揃えて俺の名を呼ぶ。
「な、な、な、ど、どうしたんだよ……?」
「お逃げください!ここにいてはマズイ……!」
「くっ……!ここは私が時間を稼ぐ!ルシファー!王をお連れし、この場から離脱しろ!アレは……バケモノだ!」
『任せた、ナヘマー。マスター、早く』
「待て待て、状況が分からん。いいから説明を……」
「んなことしてる暇ないっすよぉ!さっさと逃げるっす!」
その時、背後から巨大な咆哮が響き渡る。
「来たっすよ……アイツが……!」
「くっ!バケモノめ……!ナヘマー、5秒でいいから時間を稼げ!」
「任せろルシファー!」
『マスター、すぐに移動する。この街はもう終わり。私達は今すぐここから転移する』
俺が状況を理解しないままに戻って来た部下たちが俺を担いで走り出す。
こいつら1人残らず俺の問いに応えようとしない。
仕方がないので遠くの空を凝視する。
「なんじゃありゃあ……」
そこには巨大な何かが屹立して居た。
一応人型だが、守護機兵を遥かに上回るその巨躯に俺は目を剥いた。
雷雲が胸の辺りに漂って絶えず雷撃を放っている。
その雷撃は巨人の身体に直撃しているのだが、全く意に介して居ない様子だ。
その時、巨人の両の目が光った。
「マズイ……ッ!」
「ナヘマー、行きます!王よ!ご武運を!」
「ま、待てっ!ナヘマーッ!」
敵の予備動作を見てナヘマーがその場から大きく大地を蹴って雷雲へと突っ込んだ。
巨人の両目が光った途端、こちらへ向けられた掌から雷撃が放たれる。
「ナヘマーァァァァァァアッ!」
「ガァァァアァァアァァァッ!!!」
しかし、ナヘマーは止まらなかった。
「魔王様!離脱します!『時間凍結』!」
「待て!ナヘマーを置いて行くのかよ!」
「魔王様。あれが我らの選択です。後でいくらでも責めて下さって構いません!しかし!今はここから逃げることだけを考えるのです!」
ルシファーの声が背後からの地響きにかき消される。
そう、近づいて来るのだ。
ナヘマーの次は俺たちだとでも言うかのように。
「…………ッ!くそォッ!」
「ご理解……頂けますか……」
「……分かった」
「では、跳びます……!」
そして、周辺の時間が停止した。
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安全圏まで逃走した俺たちは小さくを息を吐いた。
ルシファーとアスタが2人して息を切らしている。
マキナは遠くの空を見つめて突っ立っている。
俺はそんな3人に向かって怒鳴りつけた。
「どう言うことだ!一体何があった!最初から最後まで俺が納得いくように説明してみせろ!ナヘマーを犠牲にしたんだぞ!」
「あの巨人の正体は……ゼクスです」
「…………やはりか……」
ルシファーの呟くような声に俺は声を漏らす。
やはり俺の予想していた通り、ゼクスだったようだ。
しかし、その実力が想定をはるかに超えていた。
「奴は……もう魔族ではありません。奴の身体は神聖力を放っていました……。アレでは……まるで……」
「神……?」
「はい。まさしく奴は神となっておりました……。正確には私と同じく魔の波動と天の波動を持つ……堕天使のような存在に……」
そもそも堕天使になる方法は二つしかない。
一つ目は天界を追放されることだ。
ルシファーは天界におけるタブーを犯し、天界を出奔して堕天した。
そして、もう一つの方法は欲望にまみれることによって高潔な魂を自ら穢し、黒く染め上げることで打点すると言う方法だ。
ガブリエルが堕天したのはこの方法を使ってのことである。
ルシファーは二つの方法、両方で堕天しているため、より強く堕天の力を使うことができる。
つまり、堕天使とは天界の力と地上の力を併せ持つ存在ということなのだ。
その堕天使と同質の力を持つ地上の存在とはつまり、
「神の力を与えられた魔族……って事か」
「はい。しかも今まで戦ったことのある神とはレベルが違います。奴らは所詮は神族。地上にて本気を出すことは出来ません。しかし、ゼクスは本来地上の存在です。最初から本気でこちらを叩き潰すつもりでしょう……」
神族は地上ではその真の力を発揮することができない。
今まで俺が数多の神族に対して勝利を収めてきたのはそれが原因だ。
正直いって今までで一番キツイ戦いになる、という事だ。
「逃げるほどのもんだったのか」
「はい。一度体制を立て直すべきだと判断いたしました。あのままでは魔王様。貴方の命が……」
「俺の命のために命を投げ出すのはやめろ!悪いが……俺にそんな重い責任を押し付けないでくれ……」
「ですが魔王様……。貴方には責任があります。時期魔王として、我等が主としての責任が。王になるという事は国民の命に責任を持つという事。少々認識が甘いかと」
「……ッ!」
ルシファーは淡々と言い放った。
初めてだった。ルシファーが俺に対してこんなにも冷たい言葉を吐いたのは。
それだけに俺の心の内側をまるで鈍器で殴ったかのような衝撃を残した。
「1を犠牲にして10を救う。それが王に求められるモノです。貴方の考えは……失礼ながら……甘いと言わざるを得ません。全ての人々が手を取り合って生きていける世界を作ることなど不可能なのです。だからこそ、貴方が……王が……存在するのです」
ルシファーはそう言って俺に背を向けた。
俺の返答を待ってアスタとマキナが固唾を呑む。
俺はゆっくりと口を開いた。
「…………ルシファー、お前の行ってる事は本当に正しいと思う。俺の言ってることが子供の駄々と同じだということもわかってる。でもな……俺にはそんなこと無理だ」
「魔王様……」
「目の前で人が死ぬと悲しいじゃないか……。俺は、顔を知ってる、話した事のある、そんな人間が死ぬことが耐えられないんだよ……。笑えるよな……俺は今まで何人か人を殺してきたのにさ」
俺は一息ついて続けた。
「だから俺……戻るわ。お前らここに居ていいぞ」
「なっ……!何を言っているのです!ナヘマーの頑張りを……無駄にするおつもりですか⁉︎」
「そうだ……。俺は……ナヘマーの思いを踏みにじる!そもそも俺はそんなこと頼んだ覚えはないからな!」
やる事が決まると俺は途端に前向きになれるようだ。
確かに、あのゼクスは常軌を逸した魔力を持っている。更にあの雷雲は触れるだけで全身丸焦げだろう。
でも……俺は今までもっとヤバイ修羅場をくぐってきた。絶対生きて帰れると断言はできない。でも、死なない自信はある。
それに、こんなところでいつまでもボヤボヤしてるとナヘマーが死んでしまうかもしれないからな。さっさと行ってさっさと助けてこようじゃないか。
「俺は行くぞ。文句があるならここに残れ」
「ルシファー、リュート様を止めることは出来なそうっすよ?どうするんすか?」
「止むを得まい……。行くしかなかろう」
ルシファーは俺の目の前で大きめのため息をついて、目を伏せた。
ここまであからさまに呆れ返った態度を取られたのは初めての経験だったので何だか新鮮だった。
俺としては「へぇ、ルシファーもこんな態度取るのか」程度にしか思って居ないが、良く考えたらこれ不敬罪じゃないか?
「魔王様。アレに突っ込むなら戦力は多いに越したことはないハズ。ご同行致しましょう。その代わり、全てを捨ててでもあなたの命をお守り致します。この我々の我儘も聞いて頂く。コレが最大限の譲歩です」
「どうせ無理って言ってもいうこと聞かねぇだろお前。勝手にしろよ。俺も勝手にするからさ」
俺はニヤッと笑いながらルシファーの肩のあたりに軽く拳を入れた。
ルシファーは口の端をひきつらせるように微笑み、俺の方に拳を当てた。
「魔王様。死んだら許しません。私は天界に干渉できますから、もし死んだとしても絶対に逃しませんし、許しません。覚悟しておいて下さい。良いですね?」
「おおぅ、怖いなお前……」
何だその脅し。死んだ俺の魂に何するつもりなんだよ怖いわ。
「話はまとまったっすか?なら、さっさと行くっすよ!」
『私もいつでも行ける。マスター、指示を』
「よっしゃ!行くぞお前ら!ナヘマーを助けて、ゼクスを倒して、さっさとこの戦いを終わらせるぞ!」
俺の声に答えるように、3人の影がその場から高速で跳び立った。
お久しぶりです。
ようやく全てのゴタゴタが終わった……
思いきやもうちょい面倒な事が残っているのですが、ようやくひと段落です。
投稿ペースは戻ってくれるはず。私の頭が文章をひねり出せればの話ですが。
お待ちくださっていた方々には本当に申し訳ありませんでした。そして、お待たせいたしました。
次回からも「転生魔王の異世界征服」を宜しくお願い致します。




