勝つということ
「アリス、無事か!」
「はい、リュート様。お帰りなさいませ」
俺が戻るとベルとアリスは負傷兵の手当てをして居た。
一瞬だけ手を止めて俺の目の前で片膝をつく。
「あ、止めてしまったか。俺のことは気にすんな、続けてくれ」
「はっ」
アリスは短く答えると治療を再開した。
アクア程ではないが、アリスも治療魔法が得意なようだ。流石に死を覆すほどの治療魔法を使えないようで、死亡者が近くに横たわっている。
「悪い……、俺の為に……」
「魔王様、この者達の意思がこうさせたのです。貴方が自らを責めることは……」
「だからってヘラヘラしてられないだろ」
そう簡単に割り切れるものではない。
自ら進んで命を差し出す奴がいるはずが無い。今ここで死んでいる奴らだって死にたかったわけでは無いのだ。
なのにその命を俺のせいで落としてしまった。
「謝ったってすまないけど……ごめん。それと、ありがとう。お前達のためにも勝ってみせる……」
薄っぺらい言葉だ。
だが、こう言うしかなかった。
俺が王になったところでこの国が良くなるとは思えない。
政治自体は何も変わらないだろう。もしかすると前より悪くなるかもしれない。
ただ、この争い事はなくなるだろう。それだけでも俺のやっていることには意味がある。そう信じたい。
「死者に冥福を……」
ルシファーがそう呟くと後ろに並ぶアスタ達が揃って目を瞑り、黙祷を捧げる。
俺も慌てて目を閉じた。
鼻につく死臭。
炎魔法による硝煙のような匂い。
そして暗く重苦しい雰囲気。
しかし、外は活気に満ち満ちている。兵士達は現在勝利に酔っているのだ。
だが、今俺たちのいる場所だけは重苦しい空気に支配されて居た。
「さ、リュート様。お疲れでしょうし、お休みください。それに、アクアも……リュート様と共に休みなさい。良いですね?ジン様は私が預かります。ゆっくり休みなさい」
アリスがアクアに軽く目配せするとアクアは得心したようにポンと手を打って俺の腕を引っ張った。
「……分かった。リュート、行こ……?」
「あ、あぁ……」
俺は引きずられるようにアクアについて行く。
ジンはアリスに抱かれて小さく寝息を立てて居た。
エマのいる場所へ連れて行くのだろう。アリスもスタスタと負傷兵の横たわる部屋を出て行った。
「あ、おい……アクア……?」
「なに?」
「いや、休むってのは……その……」
「……お母さんが前言ってた」
「な、何をだ……?」
「……男は戦いで昂った心を女を抱く事で鎮めるって」
俺は半分頭を抱え、半分アリスにグッジョブと叫んだ。
正直気分的にアクアとにゃんにゃんしたかったので子供をどうするか悩んで居たのだが、これは好都合である。
しかし、お義母さんよ。察しがよすぎやしませんか?
「でも、明日もこうして大変なことが多いだろうし普通に休めって意味なんじゃあ……」
「……私も、ゼクスのアジトでいやらしい目つきを向けられて気持ち悪かったし……。ちょっと触られたし……」
「今すぐ行こう。帰ってからとか言ったけどアレ無しな」
王たる者切り替えが早くなくてはな。前言撤回が異様に早い気がするが、気の所為だろう。
そのまま俺はアクアを連れてベッドにダイブした。
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「あー、疲れた……」
次の日、目が覚めた俺は小さな倦怠感に苛まれて居た。
昨夜は久し振りだったのでハッスルしてしまった。
隣では可愛らしい寝息を立てている俺の嫁が布団を独り占めして縮こまっている。
つーか寒いなと思ってたら俺は布団を全部取られてたのかよ。
「はぁ……、昔から変わんねえな」
小さい頃もこうして同衾した次の日の朝は布団を全て奪われて居たものだ。
まだ熟睡しているアクアを残して手早く着替える。
という全裸だったのに布団奪われてたとか……寝てる時の自分の姿を想像したくないな……。
「うぅん……」
小さな声を出し、アクアが俺の手を握ってくる。
眠って居ても可愛い奴め。
「あー、ダメだダメだ」
これ以上アクアを見てると朝っぱらから一戦交えることになってしまう。自重が必要だ。
「アクア、先に起きとくからな」
「うぅ……、リュート……おはよ……」
「あー、寝てても良いぞ?」
「……ううん、起きる」
もぞもぞとアクアが布団からはい出す。当然全裸である。
「ほら、服」
「ん」
側にほっぽり出されて居た服を投げて寄越してやると、寝惚け眼をこすりながらアクアは緩慢な動作で服に袖を通す。
ずっと見て居ては俺の俺が戦闘準備を整えてしまうので目をそらしておく。
「さてと、飯の前にジンとエマの所に行かねーと」
「……だね。いこ、リュート」
「おう、お姫様抱っこしてやろうか?」
「……いい」
「そっか」
アクアはスタスタと俺を置いて歩いて行ってしまった。やはり子供を夜の間放置していたら心配なのだろう。
べ、別に寂しくなんてないんだからねっ。
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「おはようございます、リュート様。アクア、貴方もよく眠れましたか?」
広間へ行くと開口一番アリスが挨拶してきた。
ジンはその腕の中で眠っている。
背後を見やるとエマがきゃっきゃと喜びながらルシファーの髪の毛を引っ張って遊んでいる。
「……うん。おはよう、お母さん。ジンとエマは夜泣きしなかった……?」
「しましたよ。でも私が抱いてあやすとすぐに泣き止みました。どうやら私がおばあちゃんだと分かっているようですね」
おばあちゃんと言ってもアリスはとても若い。
正直アクアの姉だと主張しても容易く通るだろう。
「……お母さんが自分のことおばあちゃんって言ったらなんだか変な感じ」
「そうですか?」
「うん。……まだ若いし。お母さんって感じ」
「まぁ、そうですか?私もいい歳なんですがね……」
一体いくつ何だろうか。少しきになるが、女性に年齢の話はタブーだ。考えるだけで思考を読まれてしまうので俺はこれ以上考えないぞ。
「エマ、パパのところにおいで」
「ぱぱ〜〜!」
「うえっ」
俺の声に応じてルシファーの頭からエマが飛びかかってくる。
両足が首に絡まってグリっと締まった。
「ぱぱ〜、えまね、るしふぁーとあそんだの!かみのけがねー、ぶちーって!」
嬉々としてなんてことしてやがる。男にとって毛髪ほど大事なものはないんだぞ。
そして娘よ、首が絞まってる。そろそろオチそうだから。
「うん、分かったからちょっと離れろ。後、ルシファーの髪の毛抜くな。ハゲるだろ」
「えまははげてもるしふぁーのことすきだよ?」
「それ今だけだから。ハゲたらイケメンが台無しだろ?」
いくらイケメンでも毛が薄かったら魅力半減。いや、それ以下である。ハゲのイケメンってギャップのせいで印象最悪だよ。
「るしふぁーっていけめん?」
「イケメンだ。超イケメン」
「じゃあえまは?」
「超可愛い」
即答である。
すると娘は大層喜んだ。
「ほんとー⁉︎ぱぱだいすきー!」
「うぉう、ウチの娘超可愛い過ぎるんだが」
あぁ、幸せ。これが幸せってやつなんだな。
可愛い嫁と息子と娘に囲まれて。夜には嫁を抱いて、朝起きたら息子と娘を抱きしめる。そして夜はまた嫁を抱く。
こんな最高の生活が出来るのだ。俺の第二の人生、苦難が多いがその分幸せも多い。
「ぱぱー、えまとあそぼー?ねぇ、あそんでくれるー?」
「うーん、今はちょっと無理かなぁ……。ママと遊んでもらえよ」
「やだやだ!ぱぱとあそぶの!」
「えー、じゃあルシファーでどうだ?ダメか?」
「じゃあるしふぁーでいい」
「ルシファーで良いのかよ」
そこは「ぱぱじゃなきゃやだ!」って所じゃないのか?パパよりルシファーなの?
「ねぇ、じんー!るしふぁーとえまとあそぼー!ほらおーきーてー!」
「ねむいよえま……。ぼくまだねる」
「じーーーんーーー!」
あーだこーだ言いながらエマがジンに絡みに行った。
アリスは困った顔で2人を抱いている。
ジンは隣でうるさいエマを意に介していないのかそのまま眠ってしまった。何という精神力。
「さて、アスタ、ルシファー。メフィストフェレスの事だが……」
俺は少し気持ちを切り替えて2人に切り出した。
子供とのスキンシップの時間は終わりだ。
でも後でジンと遊んでやろう。
ルシファーは俺の問いかけに対し、普段の様に硬い表情で恭しく膝をついた。
「はっ。昨日アスタが尋問した結果そこそこの情報を吐きましたが……やはり重要な点はどうしても吐こうとしません。どうやら相当ゼクスという男に忠誠を誓っている様子……」
「ま、予想はしてたが……。だったら、吐いた情報の断片から探るしかないな。何言ってたんだ?」
俺はそんなに頭がいい方ではない。
だが、推理モノの小説も結構読んだことがあるので何とかなるのではないだろうか。やっぱ無理か。
「どうやらメフィストフェレス達はゼクスを幼少期から支えてきたそうです。長く辛い激務に身を任せながら、ずっと魔界の為にと働き続けたと。その為、ゼクスが王にふさわしいと、そんなことを口走っておりました」
「そりゃ……、なんだ……。何つーか、的を得てるって奴だな……」
「なっ、ま、魔王様……⁉︎」
「いや、だってよ。ずっとゼクスがこの国を守ってきたんだろ?勇者にめちゃくちゃにされてガタガタになったこの国をよ……。それをポッと出の俺が横から搔っ攫っちまうのは……なんか違うよな……って思ってさ……」
俺はまるで独り言の様に呟いた。
俺だって王の座がかかっていないのならそんな役職ゼクスに明け渡してやりたい。
だが、そうはいかないのだ。それをやってしまうとローグに絶対に勝てなくなる。奴を倒す為にはこの王の座が必要なのだ。
「分かってる。ここは俺の親父の国で……俺の国だ。でもな……俺は客観的に見れば間違ってるのは俺なんだと思うんだよ……」
「魔王様……」
ルシファーは呆然とした様子で呟いた。
俺がこうして弱気なことを言うのは珍しいのだろうか。
だが、今の自分の立場は理解しているつもりだ。王の座は渡せないのだから。
「だから、一つ考えたことがある。それにはまず、この戦いに勝たなきゃいけない。力を貸してくれ、ルシファー!」
「は、はい!魔王様のお心のままに!」
俺の言葉にルシファーは強く頷いた。
投稿二時間遅れです。忘れてました。




