ルシファー
「ルシファー、アザゼル達の気配はあるか⁉︎」
「今のところはありません!……魔王様、あちらです!」
「よし!」
俺とルシファーは2人で昼の中を駆け回っていた。
まずアクアとジンがどこにいるのかわからない。
やはり新政権派の奴等は旧政権派軍との全面衝突の所為で大部分が出払っているようだ。
アザゼル達、ゼクスの側近は誰もいない。
「この建物に見覚えは?」
「ありません。しかし、これほどの建物です。奴等の目的からしてアクア様を無下に扱うことはあり得ません。地下室などではなく普通の……いや、寧ろ豪華な部屋を手配されているはずです!」
そう、ゼクスの目的はアクアを妻に娶る事。
そうする事で自分の持っていない血統という問題をクリアし、正真正銘の魔王として魔界に君臨するつもりなのだ。
正直言って長い事魔界をほったらかしにしてた俺なんかよりも長く魔界を支え続けた男の方が魔王に向いていると思うのだが、こればかりは仕方がない。
王の地位がなければローグと戦えないのだ。それが無くなるのは非常に困る。
それに、やつが王になって仕舞えば目の上のたんこぶである旧政権派は皆殺しの憂き目に遭うだろう。
長く俺について来てくれたルシファーやアスタまで殺されてしまうし、俺の子供であるジンとエマも確実に命はないだろう。
そんな事になってたまるかってんだ。
そもそも愛する妻であるアクアが他の男のものになるなんて死んでも嫌だ。
「くそッ!何処にもいねえ!」
「ナヘマー達もまだ見つけていないとのことです……。虱潰しに探しましょう」
「あぁ……!」
音信魔法で連絡を取りつつ二手に分かれて捜索する。
ナヘマー達は敵の目を引きつける役目も担っている。どちらかと言うと捜索の本筋は俺たちだ。
「いっそのこと俺らも別れるか……?」
「いえ、それは悪手でしょう。ここは敵地です。なるべく孤立するべきではありません」
「あぁ、分かってる。言ってみただけだよ」
「確かに、その通りだな」
男の声が頭上から響く。
「やっぱ居るか……。メフィストフェレス!」
そう、ゼクスの配下の三人のうちの1人、メフィストフェレスがそこに居た。
「ここで俺は2対1をするハメになった訳だが……。お前達をこの場所で好き勝手させるわけにはいかないな」
「ここに残ってるのはお前だけか?」
「バカか。教えるわけ無いだろ」
メフィストフェレスはガリガリと頭を掻きながら大きくため息をついた。
「ったく、戦争が面倒だからここに居残りして楽な仕事を選んだと思ったのに……、面倒くせえ」
「俺たちがここに来るのは予想外だったか」
「アンタは正面からお姫様を取り返すと思って居たよ」
「ソイツは悪かったな。俺は物語のヒーローじゃ無いんだよ。仕事はさっさと片付けるに限る」
漫画の主人公ならここは正面切ってゼクスを撃破し、悠々とアクアとジンを奪還する、と言うところだろう。
だが、それには負わなくても良いリスクを伴ってしまう。
回避出来るのならば回避するに越したことはないのだ。
「それはアンタに同意だな。仕事はないのが一番だけど」
「そうだな」
話しながらも俺は周囲の魔力反応を探る。
やはりこいつの目的は足止めだ。俺たちを倒すつもりはないのかもしれない。
さっさと戦闘に移行すればいいのに一向に接近すらしてこない。
メフィストフェレスも何かを待って居る可能性がある。
「ルシファー、見つけた」
ここからかなり近い。簡単に魔力の位置を捕捉できるほどの距離だ。
俺は両目を見開き、アクア達の居る部屋の方向を見据える。
ここから東側へ向かった奥の部屋だ。そこに2人ともいる。
ルシファーは即座に頷き、魔力を解放する。
「分かりました。即座に撃破します。魔王様、助太刀を!」
「あぁ……!」
目標の場所は分かった。
ならばこいつに構って居る暇はない。
邪魔者は排除して進ませてもらう。
「『雷撃強化』!」
「『氷結連剣』!」
俺は全身に雷魔法で強化を施し、ルシファーはその場から剣状の氷魔法を何本も投擲する。
「フン……、『転移門』」
しかし、ルシファーの氷の剣はメフィストフェレスの目の前で虚空へと消えた。
「コレが……、お前の魔法か!」
「その通り。俺の得意魔法は転移魔法だ。魔法陣を必要とするレベルの魔法を即座に発生させることが出来る。その代わり、効果を及ぼせる範囲はかなり狭いがな……」
つまり、フェリアとは違って範囲が狭い代わりに簡単に発動させることが可能だ、と言うことらしい。
「例えばさっきの攻撃も消えたんじゃなく『転移』したんだ。そして、その行き先は俺が決めることができる」
「……まさか……。ルシファー!伏せろッ!」
俺の声がルシファーに届くとほぼ同時にルシファーの背後に転移門が出現し、そこから先程ルシファーの放った氷の剣が猛烈な勢いで飛び出して来たのだ。
「くっ……!」
俺の言葉通りに間一髪でルシファーは回避に成功する。
しかし、
「おいおい、悠長だな?」
その時、既にメフィストフェレスはルシファーの目の前に転移して居た。
「何……ッ!」
「自分の剣に気を取られすぎだ……ぜッ!」
「ぐぅあっ!」
強化魔法を施されたメフィストフェレスの足がルシファーの腹部を抉った。
「まだまだ、寝かせねぇぞ。『転移門』!」
吹き飛ぶルシファーが地面に足をつける前に着地地点にメフィストフェレスが再度出現し、ルシファーを蹴り上げる。
「ははははははは!まだまだまだぁ!」
「テメェ!メフィストフェレス!」
俺はすぐに足に強化を集中させ、猛然とメフィストフェレスへと突撃した。
「おらぁぁぁぁぁあッ!」
「おっと、危ない」
しかし次の瞬間には、メフィストフェレスは俺の目の前から忽然と姿を消していた。
「ククク、俺はここだ」
「後ろ……⁉︎」
咄嗟に俺は顔を上げる。しかし、そこには誰もいなかった。
「馬鹿め、今度は下だ!」
「ぐぅはぁっ!」
ゴギッ!と言う鈍い音と共にメフィストフェレスの右の拳が俺の顎へ一撃を加えた。
ブシュッと口から血が吹き出し、顎の骨が砕けた音が体の中で反響する。
「くっ……そ……!」
しかし、すぐさま俺の顎は再生を開始。
メフィストフェレスの転移魔法は出現する場所がどんな空間であろうと関係ないのだ。
転移門の向こう側は異空間となっている。
つまり、地面の中に下半身突っ込んだような状態で出てくることもできるのだ。
これではどこへ出現するのか全く予想ができない。
「アンタの体は厄介だな……、どうやったら死ぬんだ?」
「さぁな……」
「ま、教えるわけないか……」
知っていれば教えてやっても良かったのだが、生憎自分でも知らないんだよ。
知ってるのなら俺が教えて欲しいくらいだぜ。
「だが……、行動不能には出来るんだろう……?」
そう呟くとメフィストフェレスはまたもや眼前から姿を消した。
やはり俺を無力化する方法はバレて居るらしい。
俺は『不死身』以外はいたって普通の魔族なのだ。殺すことは出来ずとも無力化することは可能なのだ。
詰まる所、俺を上手く拘束することができればそれで話は終わりだ、という事だ。
「黙ってやられてたまるかよ……ッ!ルシファー!」
「はいっ!」
ルシファーに時を止めて対処させる。
時を止めて居る間にメフィストフェレスが異空間にいた場合はどうしようもないが、そうではなく俺へと接近して居る最中ならばこちらの攻撃のチャンスとなる。
だが、
「ダメです。何処にもいません」
「やはり異空間の中か……!」
「そういう事だ」
「ルシファー後ろだ!」
「『氷結槍撃』!」
俺の掛け声と共にルシファーが背後へと氷の槍を投擲する。
しかし、それをメフィストフェレスは華麗に回避し、槍は後方へとすっ飛んで行った。
「残念、惜しかったな……」
「だぁぁぁぁぁっ!」
「おっと」
俺は間髪入れずに拳を繰り出す。
しかし、メフィストフェレスはすぐさま転移門を発動させ、何処か別の場所へと転移した。
「くっ……!まさか2対1に持ち込んでもここまでとは……。とんでもねぇ実力だ……」
俺は周囲に気を配るが、奴の気配はない。
完全に魔力の気配を遮断できるようだ。
「申し訳ございません……魔王様……。この私がいながら……」
「ルシファー、奴は倒せるか……?」
「ここで本気を出せばあるいは……。ですが、あまりにも危険です……。まだジン様は私の冷気に耐えられる体ではありませんので……」
確かに、ルシファーの本気の冷気は周囲の物体の動きを制止させるほどの絶対零度だ。
並みの実力をならば大人でも死は免れられない。
ジンはまだ赤ん坊だ。ルシファーの言う通り、ひとたまりもないだろう。
だが、
「ここで俺たちが死ねばどのみちジンの命運も尽きてる。運の良いことにアクア達のいる場所は分かってる。なら、俺が2人を掻っ攫ってこの建物から急いで逃げる。その間にお前は奴を倒すんだ。周りのことなんて一切考えずに奴を倒すことだけを考えろ。良いな?」
「分かりました。魔王様。どうか、ご無事で……」
「2人には軽く声かけとく。まぁ、死にはしないだろ」
「はい。では、魔王様。行って参ります」
「よし、後でな」
ルシファーは俺の前へと少し進み出ると、軽く手に魔力を込めた。
「メフィストフェレス、今から貴様の相手はこの私1人だ。我が主からお許しが出たのでな……。私の本気で貴様の相手をしてやる」
「ほう……。さっきまでは手を抜いていたと……?」
少し癇に障ったのか眉間に皺を寄せ、メフィストフェレスは口元を歪めた。
だが、ルシファーの言っていることはハッタリでもなんでも無い。
それを知っているのは今この場ではルシファーを除けば俺だけだが。
「その通りだ。この建物の内部に幽閉されているであろうアクア様とジン様に危害を加えかねないのでな」
「フッ……、自信満々だな……。その大口、二度と聞けなくしてやろう……。全ての攻撃を受け流すことのできる『転移門』に死角は無い!」
そう言い放つとメフィストフェレスはその場から姿を消した。
転移門を使って一瞬で距離を詰め、今度こそルシファーの息の根を止めるつもりなのだろう。
「魔王様!」
「あぁ!任せたぞ!」
ルシファーの声と共に俺は走る。
メフィストフェレスは俺へ追撃することはなく、ルシファーへと魔力を向けたままだ。
ここでルシファーを始末し、その後で俺を無力化するつもりなのだろう。
「死ね!ルシファー!」
そして、メフィストフェレスがルシファーの真後ろへと出現した。
完全に死角だ。
だが、メフィストフェレスの攻撃がルシファーへと届く事はなかった。
「『絶対零度』」
厳かな響きの詠唱と共にルシファーの周囲の全てがその動きを止めた。
「な……に……⁉︎」
「貴様には私の本気を見せると言っただろう……。コレが、俺の本気だ」
バサッと音を立て、ルシファーの背中から12枚の漆黒の羽が出現する。
そう、堕天の力を十全に発揮したルシファーの魔力は他の誰をも寄せ付けない程の圧倒的な力を持つ。
「いつまで自分が格上だと錯覚していた……?」
「バ、バカな……!まさか……ここまでの実力を……!ト、『転移門』が……動かん……ッ!」
「当然だ。俺の『絶対零度』の領域内では物理運動のみならず魔法運動すら無効化する。全てが私の支配下だ。すでに貴様に勝機はない」
そう、それはただの事実。
ルシファーの『絶対零度』の領域内では何人足りとも自由な行動を許されない。
対抗するには同威力の反属性魔法をぶつけるしか無い。だが、メフィストフェレスはそこまで高度な炎魔法を扱う事はできない。
つまり、ルシファーが本気を出した時点で、メフィストフェレスは文字通り詰んでいたのだ。
メフィストフェレスの全身の感覚が少しずつ冷気により麻痺していく。
「さらばだ、メフィストフェレス」
そのルシファーの声を最後に、メフィストフェレスは意識を失ったのだった。
また次回の投稿は4日後の2月10日になる予定です。
最近は少し忙しくて書く時間が取れないのが理由です。申し訳ない。
投稿ペースを落とすつもりは無いので、次々回からはまた通常の2日に1回ペースに戻る予定です。




