魔王城
---アクアside---
やけに綺麗に整頓された部屋のベッドでアクアは目覚めた。
「う……、ここは……」
手には拘束具が付いている。
奴隷時代に周りのみんなは確かこんなものをつけていたはずだ。
アクアはジルに気に入られていたのでそんなものはつけられていなかったのでアクアにとっては初めての経験だった。
「気が付いたようだな、アクア・エステリオ」
「あなた……さっきの」
アクアが顔を上げると目の前にいたのは一人の黒服に身を包んだひょろりと背の高い男。
アクアを連れ去った張本人。メフィストフェレスだ。
「私の名はメフィストフェレスだ。時期にここに我が主が来るので、粗相の無いようにな」
「……、リュート達は……」
「時期に来るだろう。息の根を止めている時間はなかったのでな」
「そう……。なら、良かった」
そう言って腕の中にいる息子に目をやる。
しっかりと起きているようだ。流石にこんなところで寝られる程の肝は座っていないのだろう。
それとも警戒しているのだろうか?ジンならばあり得ないことでもない。
その時、部屋の外から声がした。
『入るぞ、メフィスト』
「はっ」
言うが否やメフィストフェレスはその場に片膝をつき、頭を低く下げる。
それと同時にドアがバン!と開き、外から一人の男が入ってきた。
金髪碧眼で左目に大きな傷がついている男だった。
やけに目つきが悪いが、なんとなくジルとは似ていないと思った。
「お前がアクアか。ククク……、待っていたぞ。貴様がここへ来ることを……」
「誰……」
「俺か?俺の名はゼクス・バアル。新政権派の当主にして時期魔王だ」
アクアは小さくため息を漏らした。
時期魔王は自分の夫であるリュート・エステリオだ。
アクアは一刻も早くリュートの元へと戻りたかった。
「……私は早く帰りたい。ここから出して」
「断る。俺の言うことを聞かなければ貴様の息子の命はないぞ」
「…………」
そう脅迫されてしまっては何も言えなくなる。
幾ら何でも目の前にいる二人からジンを守りつつ逃げる、なんて芸当が出来るはずもない。
「さて、貴様には一つだけ用がある。単刀直入に言うが、俺の妃となれ。これは命令だ。拒否権はない」
「嫌」
「拒否権はないと言っただろう。貴様はもう俺の妃だ。王の妃だ。光栄だろう?」
「……別に。死んでも嫌」
アクアは肌に蕁麻疹が出てきた。
目の前の男が自分の何を欲しているのかわからないが嫌悪感しか湧かなかった。
ジンの小さな体を抱き締めて拒絶の意を示す。
「……どうして、私を……?」
「貴様の血筋が影響しているのだ、アクア・エステリオよ」
「血筋……?」
アクアは自分の血になど興味はなかった。
母親が生きていたのは嬉しいが、既に死んでいる先祖の事など頭になかった。
「貴様の祖父の名はネルヴァ・エステリオ。先先代魔王だ」
「……ッ!」
ネルヴァ・エステリオ。
アクアはその名をリュートから聞いたことがあった。
確かリュートの祖父……。
アクアは大いに混乱した。
何故自分の祖父と夫の祖父が同じ人物なのか?と。
「貴様の母親、アリスはネルヴァの隠し子だったのさ。先代魔王とは異母兄妹という事だ」
「……だから、何?」
「俺は貴様の血が欲しい。俺には貴様の持つ血筋が必要なのだ」
努めて冷静を装っていたアクアもようやく話に合点がいった。
今知ったばかりの事実だが、自分は魔王家の血筋の者なのだ。
「何故、私が必要なの……?」
エステリオの血を引くものなら他にもいる。
それこそリュート本人がそうなのだから。
アクアは素直な疑問をぶつけた。
「お前が女だからだ。そしてもう一つ、リュート・エステリオには生きていてもらっては困るからだ」
両手を広げつつゼクスは更に続ける。
「新たな魔界に奴は必要無い。だが、民は俺の血について言及するだろう。だからこそ、王家の血を引く貴様を妃とし、俺が王座に着くことに正当性を持たせるのだ」
そう、それだけのために。
アクアはやっとそこで理解する。この男が息子を殺す気だと。
リュートは殺すと明言している。
だが、新たな国の当主となるのならばジンとエマは反乱分子となる。生かしておくのは危険なはず。
しかし、ジンを殺せばアクアは絶対に言うことを聞かない。
そして、ゼクスの目的が今言った通りなのならばアクアの命は保障されている。
つまり、アクアの立場は有利では無いにしても不利でも無い。
「……、もしジンに手を出したら……私は舌を噛む」
「そういうと思って子供を近くに置いてやっているのだろうが。大人しくしておくんだな。では、メフィストよ。あとは頼むぞ」
「はっ」
ゼクスはマントを翻しながら退室した。
メフィストフェレスが大きくため息をついた。
「はぁぁ……。ったく……、あの人もなんで全部説明しちゃうかなぁ……。まぁいいけどさぁ」
メフィストフェレスは大きく再度ため息をついて床に腰を下ろした。
そして左手を軽く一振り。
すると、アクアの手錠がガシャッと音を立てて外れた。
「どうして……」
「別に。窮屈だろう?」
「そう……だけど」
「あ、逃げるのはオススメ出来ないぞ。今逃げると確実にお前の息子の命はない。そのあとお前は舌を噛めないように拘束されるだろうな」
「分かってる……」
目的はアクアの血。
ゆくゆくはアクアと子供をもうけるつもりなのだろう。
そうでなければアクアを妃として迎える意味がない。
「今回は……。リュートが生きてる。……だから絶対助けに来てくれる」
「だから大人しくしとくのか?それは俺も助かるが……」
どうやら見張りを任されているらしいメフィストフェレスは水魔法を使ってガブガブと水を飲み始めた。
前に捕らえられた時とは状況が違う。
今はリュートが生きているのだ。ならば、自分はここで待っていればいい。
そのうち助けに来てくれる。
「ジン、大丈夫だからね。パパが来てくれるから……」
「うん」
アクアとジンは家族を信じて、只ひたすらに待つのだった。
---リュートside---
「見えた、魔王城」
ようやく城へと到着した。
逸る気持ちを抑えつつ魔王城への道を黙々と歩き、ようやっと到着した。
「今……城の中はどうなってるんだ?」
「少々劣化が目立ちます。掃除はしていますが、なにぶん人が住んでいない場所である所為か……やけに劣化が早く……」
「住めるか?」
「はい」
「なら良い」
城門をくぐる。
勿論門兵などいない。
「また……かなりの寂れようだな……。そんだけ人がいないのか……」
懐かしい石造りの床を踏みしめながら中へと入る。
アリスが顔を上げ、声を張り上げた。
「ナヘマー!ナヘマー!何処にいるのですか!出て来なさい!」
返事がない。
どうやらナヘマーは留守らしい。
「いないのか?」
「申し訳ありません……。アレはあまり人の言うことを素直に聞くタイプの男ではなくて……」
「まぁいいだろ。そのうち出て来るさ」
懐かしい景色だった。
壁にかかっている歴代魔王の絵。
見慣れたジジイの顔と見慣れない親父の顔を見比べる。
確かに少し似ている気がしなくもない。俺も将来ジジイのようになるのだろうか。
「魔王様、この方が……初代魔王様です」
「コレが……か」
ルシファーの差した先には初代魔王の肖像があった。
ネームプレートがある。なになに……、
「ヘルカイザー・エステリオ……。って……えらい名前だなオイ」
キラキラネームだった。しかも女だった。
初代魔王の両親はなんで女にこんな名前つけちゃったんだろう。
「ここら辺も懐かしいな……。図書室に食堂……。ルシファー、見ろよ。あの庭で俺、生まれて初めて魔法使ったんだぜ。エルザに褒められたっけ……」
そうやって昔のことを少しずつ思い起こしていった。
図書室で誤って魔道書を燃やしてしまった事。
エルザとギースに稽古をつけてもらってしんどい思いをした事。
毎食毎食メシの見た目がえげつなかった事。
そしてそれが意外と美味かった事。
「ごめんな……皆んな……。8年以上もずっと帰ってこなくて……」
唇を噛み締める。
ようやく俺は、生家へと帰ってきたのだ。