鋼の意志
『魂喰』。
敵の魔力を奪い、自らの糧とする魔法だ。
今の所俺以外に使える奴は実の息子であるジンしか知らない、魔王家に伝わる特殊な魔法だ。
先程までは使えなかったのだ。正確には使っても意味がなかった。
アザゼルの防壁魔法は俺の『魂喰)ソウルイーター)』すら遮断するからだ。
しかし、『貪食防壁』を発動する瞬間だけは防壁が揺らぐ。
そこを突けば魔力を奪える可能性は高い、そう考えた。
もちろん勝算ありきの行動だ。
「なっ……、私の魔力が……ッ!」
「へへ、上手く行ったぜ……!」
無理ならば大きな隙を晒す事になっていたが、上手く行ってよかった。
アザゼルの防壁魔法は少しずつ形を失っていく。
俺に魔力を奪われたため、形を維持することができなくなったのだ。
「くっ……!まさかの展開ですぞ……!ルシファーとは根本的に相性が違っていたようですな……」
「そういう訳だ。やるぞ、アスタ!一気に決める!」
「へへっ!勿論っすよ!」
二人揃って一気に決めに行く。
強化魔法を十全に施した肉体での拳打。
しかし、アザゼルの瞳は未だに戦意を喪失していなかった。
「まだ……やられはしませんぞ……!『防壁鎧』!」
ギンッ!と音を立て、アザゼルの身体への攻撃を不可視の防壁が阻む。
「なっ……、何故……⁉︎」
「先程も言いましたが、もう一度いいますぞ、リュート様……。私は、この防御一辺倒の能力を、文字通り、極めたのですぞ」
力無く息を吐きながらアザゼルは続けた。
「確かに『貪食防壁』は優秀ですな。しかし、『攻撃に反応する』という性質上、まだ受身に回っていると言わざるをえませぬ。それでは、真の攻撃能力とは言えませんな」
そう言ってアザゼルは全身から魔力を発露した。
今まで防壁として使っていた魔力を総動員し、鎧へと昇華しているのだ。
「防壁魔法を使って攻撃することなど不可能。それが長年の研鑽の末に辿り着いた私の答えだったのですぞ……。しかし、ならば別方面のアプローチをすればよろしい」
それ即ち、全身を鎧で包み込むこと。
確かに防御力を上げているだけだ。
しかし、全身にピッタリ張り付くように展開された、文字通り鎧のような防壁魔法はその肉体に防御力に比例した攻撃力を与えるのだ。
「ならばこの状態で肉弾戦を行うだけですぞ。そうすれば、主をお守り出来る……!『強化魔法』!」
アザゼルが全身に『防壁鎧』と『強化魔法』を施す。
次の瞬間、アザゼルの右腕は俺の左胸の辺りを貫いていた。
「ガフッ……!」
一瞬何が起こったのかわからなかった。
大きく血反吐を吐き、ようやく自分が瀕死の重傷を負った事に気がつく。
「このように、私はようやく攻撃力を得た、という訳ですな」
「アザ……ゼル……ッ!」
ゴボリと口から血が溢れる。
不味い……、心臓を貫かれた……!再生が……、遅い……!
俺の心臓は俺の体の根幹をなすものだ。
脳みそなんかよりも心臓の方がよっぽど重要な役割を果たしている。
俺は死ぬことはない。どんな怪我をしても龍の血の力で無尽蔵に再生するからだ。
だが、その再生を支えるものは心臓である。
その心臓が直接貫かれた場合、俺の体の再生能力は全てを心臓の再生へ力を注ぐ。
つまり、心臓を穿たれた場合、他の箇所の再生が著しく遅くなるのだ。
体を細切れにされた時と同じぐらい再生に時間がかかる。
「リュート様ぁっ!」
「ア……ス……タ……!俺、ごと……吹っ飛ばせ……!」
「で、でも……っ!う〜、い、行くっすよ……。だぁぁぁぁっ!」
一瞬迷った様だが、すぐに思い直し、俺ごとアザゼルを殴って吹き飛ばした。
「がはぁっ!……ア、スタ……!俺は少し再生に時間がかかる……!」
「絶対保たせて見せるっす!リュート様!」
「た、のんだ……!」
グジグジと体が再生して行くが、まだ心臓の再生が終了しない様だ。
そして、土煙の中からアザゼルが立ち上がった。
傷一つ付いていない。
「アスタ。貴方の攻撃ももはや私には効きませんな。私の勝ちですぞ」
「そんなもん……、やってみなきゃわかんねぇっすよ!」
「やって見なくても結果は歴然としているから『私の勝ち』なのですぞ」
一瞬にしてアスタの目の前にまで接近したアザゼルは無造作に右腕を振り抜いてアスタを殴り飛ばした。
「ぐぼあぁっ!」
「フフ……、無様ですな。力を持たないにもかかわらず……主を守るとは、烏滸がましいですぞ」
「ぐっ……ごぉぇ……!」
アスタは腹に穴が開いていた。
アスタは治癒能力が高い方だが、再生能力なんて便利なものは持っていない。
「ア……クア……ッ!アスタを……治してくれ……!」
「う、うん……!『治療魔法』!」
「そこ、余計なことをしないで欲しいですぞ」
瞬時にアクアの真後ろに現れたアザゼルはアクアの首根っこを掴んで持ち上げた。
アクアの抱いていた子供二人が地面に倒れる。
アザゼルが二人を見下ろす。
「フム……、リュート様のお子様ですかな?コレも殺せとの命令でしたな……」
「て、めぇっ……、アザゼルぅぅっ!やめろぉぉぉぉぉおッ!」
「残念でしたな、配下が弱くて」
そう呟くとアザゼルは両腕に魔力を集中させ、巨大な球状の防壁魔法を作り出した。
「これにて、押し潰して終いですぞ……。御免ッ!」
「ジンッ!エマァッ!」
しかし、その防壁は双子の目の前にて静止していた。
「何……?」
「大……丈夫……っすよ……。俺が、ついてる……っから……ッ!」
「アス……タ……」
そう、アスタが立ち塞がっていたのだ。
掠れた声を搾り出しながらアスタはゆっくりと顔を上げた。
「何故……どこにそんな力が……!」
「ふうっ……はぁっ……!へへへ、不思議そうなツラしてやがるっすね……。でも、お前には教えてやんねー!地獄に落ちろ!」
そう言ってアスタは中指を立ててみせた。
アザゼルは引っ込めていた鎧を再度構築し、不敵に笑った。
「しかし、相変わらず貴方の勝つ可能性は全くありませんぞ……?」
「言っとくすけど……今……なんだか、負ける気しないっすよ……!」
ドンッ!と土を蹴ってアスタは超高速でアザゼルに接近した。
鎧の上からアザゼルの素肌を殴りつける。
「フン、効かないと言っているのが分からんのですかな?」
「俺バカだから……いちいち細かいこと考えるの面倒くさいんすよね。テメェの防壁がいくら硬かろうが、俺の攻撃がその防御を上回ればいいだけの話!それなら話はシンプルっすよ!この上なくね!」
「ぐぅっ!バカには理屈は通じんということですかな……!土壇場で能力が強化されたところで圧倒的な能力の前には無意味だと言うことを教えてやりますぞ!」
俺はずっとアスタを観察していた。
何故突然強くなったのか?
そして、見ていると、アスタの体に充満する魔力がアスタのものだけではないということがわかった。
そう、俺のものが混じっているのだ。
俺は気分が高揚すると魔力の質が上がる。怒りに呼応して身体能力や魔力を底上げする『怒髪天衝』などがそれの最たる例だ。
それと何か関係があるのだろう。
これには更に、俺とアスタが共に使っている『加護の魔法』が関係しているのだろう。
アスタは強化魔法を主な戦闘方法として運用している。その為、アザゼルは能力が強化されたものだと勘違いしているのだろう。
「うぉぉぉらぁぁぁぁぁあ!」
「ぐぅおおおぉぉぉおおぉっ!」
二人はノーガードで拳を打ち合う。
正確にはアザゼルは常に防御状態だが、アスタは違う。
強化魔法で体が強化されているとはいえ、生身なのだ。だと言うのに、何の抵抗もなく拳を身体にめり込ませている。
「何故……倒れないのですッ!アスタァッ!」
「俺は……テメェを倒すまで倒れられねぇんすよ!理屈なんて関係ねぇ!テメェをぶっ倒すまで俺は絶対に倒れない!絶対にだ!後ろに……守るべき人が居るから……ッ!」
そう叫ぶアスタの背後にはアクアとジンとエマがいるのだ。
アスタは3人を守るように、アザゼルから遮るように立ちふさがる。
「この……貴方のような雑魚ごときにィッ!」
逆上して巨大な球状の防壁魔法を作り出し、アスタの頭上に落下させる。
「こんな……ものっ!」
バキィッンッ!
アスタはそれを左手で粉砕。
続け様にアザゼルの腹部へ拳を突き刺した。
「ごぶぅっ!」
バキンッ!と言う音と共にアザゼルが勢いよく喀血する。
「へへへ、やっとこさっすねぇっ!」
そう、アスタの拳がようやくアザゼルの『防壁鎧』を貫いたのだ。
アザゼルは歯噛みしてアスタの顔を不敵に睨みつける。
「まさか……ここまでとは……!」
「覚悟……するっすよ……!テメェはにはそれが足りてなかった……ッ!」
それだけ言うとアスタはアザゼルへ何度も何度も拳打を浴びせる。
「うおおぉぉぉぉおらぁああぁぁぁぁっ!」
「ぐぅぶぅうぁぁあぁあぁぁぁ!」
アスタの、勝ちだ。
「はぁっ……!はぁっ……!リュ、リュート様……。なんとか……なりましたっす……。ゴフッ……。後、頼みます……」
それだけ言うとアスタはその場に倒れこんで意識を手放した。
良くやった。後は俺たちに任せてくれ。