適材適所
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「あーっはっはっはっは!なんて事ないわね!ゼクス様とアザゼルが危険だって言ってたけど大した事ないわね!あーっはっはっはっは!」
高笑いしながらファルファレルロは仁王立ちして腕組みする。
残るは一人、アスタロトのみ。彼は殺す。
アクアは怪我はさせてもいいが生かして捕まえる。
どちらもファルファレルロにとっては簡単な作業だった。
「……アクア様。俺の前に出ないでくださいっす。大丈夫……リュート様はあれしきじゃあ全くこたえてないっすから……」
「うん、分かってる……。でも、再生に時間が……」
そう。死んではいない。だが、再生に時間がかかるのだ。
魔力を上手く動員出来ればあるいは今すぐ出て来るかもしれないが……。
ファルファレルロはそんな二人の様子を訝しみながらアザゼルに尋ねる。
「ねぇ、アザゼル?アイツは何が危険なの?」
「油断は禁物ですぞ、ファルファレルロ。リュート様は再生能力を有しておられる故」
「えっ……ホントに?」
その時、瓦礫と化した『岩石龍』を吹き飛ばして一人の男が姿を現した。
「なっ!あ、アンタ……なんで無傷なのよ!さ、再生って!そんなのずるい!」
竜の血による再生能力。
ファルファレルロはそれを甘く見ていたのだった。
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「あっぶねぇ……!魔力を残しておいてよかった……」
俺の体は絶対に死なないように出来ているのだ。龍の血は取り込んだものに不死を与えるという恐ろしいものだ。
生き埋めにされても窒息死しないし、体は無尽蔵に再生する。
弱点は今の所は滅龍魔法だけだ。だが、あんな魔法を習得してる奴はなかなかいない。
「リュート様!無事っすか⁉︎」
「なんとかな……。でも、これにアザゼルまで参加してきたらもう手がつけられねぇぞ……!」
するとその時、バキンッ!という音と共に俺の隣に人の気配がした。
この音、そして忍び寄るように現れるこの習性は……!
「ルシファーか!」
「ご迷惑をおかけして誠に申し訳ありません、魔王様」
ルシファーも無傷では無いが無事なようだ。
爆散したのか消滅したのかどちらかわからなかったが、どちらでも無かったらしい。
「やはりというかなんというか……、しぶといですなぁ、ルシファー。今度こそ息の根を完全に止めますぞ」
「フン……!アザゼル。貴様だけは絶対にここで息の根を止めてやるぞ……!」
アザゼルとルシファーは共に剣呑な空気を醸し出す。
二人で盛り上がっているところ悪いが、俺の話を聞いてもらおうかな。
「ルシファー、お前はファルファレルロの相手だ。正直言って、アザゼルは荷が重いはずだ」
「なっ!そ、そんな事は……!」
ルシファーはどうしてもアザゼルを倒したいようだが、ワガママを聞いてられるような場面では無い。
「そんなことあるだろうが。お前が負けるなんて珍しいが、一度とはいえ負けたんだぞ。ここはできるだけ軽い負担で乗り切りたい場面なんだぞ。それは分かるだろう?」
「……わかりました。申し訳ありません、魔王様」
「いや、謝らなくていい。分かればいいんだ」
ルシファーは納得した様子でアザゼルに向き直った。
「アザゼル、貴様の相手は魔王様だ。せいぜい足掻くがいい」
「ほぅ、良いのですかな?私ならこの二人を殺す程度、造作もありませんぞ?」
「言っていろ。お前には無理だ」
そう言うとルシファーはアザゼルから顔を背けた。
俺の命令どおり、ファルファレルロと対峙し、そして殺す。
その意識がありありと滲み出ている。
「ルシファー、やはり貴方は忠実な配下足りうる男。私もそうありたいものでしたなぁ」
「過去形で話すんだな。アザゼル」
「リュート様。それは野暮な言葉でありますぞ。裏切り者である私は既に配下失格です故」
その含みのある物言いに俺は少し好奇心が疼いた。
一つだけ野暮だとわかってはいても質問せずにはいられなかった。
俺は低い声で尋ねる。
「何故裏切った?」
「話す必要はないかと思われますぞ?」
やはりポーカーフェイスを崩さないアザゼル。
これ以上の問答は無用だな。奴も答える気は無いようだ。
「少し気になっただけだ」
「一つだけ言えるとすれば、この世の中……男を動かすものは義理と人情ですぞ。リュート様」
「そんなご高尚なものを持っていたとは。痛み入る」
「これはこれは、手厳しいお言葉ですな」
もう問答する気は無いようで、アザゼルは両腕から魔力を放出し、防壁魔法を展開した。
「どこからでもかかってくると良いですぞ」
「よっぽど自信があるんだな。その防壁」
「当然。私が長き時間を掛け、研鑽に研鑽を重ねた我が魔法の中でも最高傑作ですからな」
ルシファーを圧倒する驚異的な防御能力と、防御一辺倒ではない柔軟さを併せ持つ防壁だ。
その自信があるのも頷けるというものだ。
俺はガリガリと地面を靴の爪先で削りながらフンと息を漏らす。
俺とルシファーでは戦い方がそもそも違う。相性という点もあるだろう。
俺にも勝機はある。
「アスタ、協力してくれ。それと、ルシファー。一人でやれるか?」
「了解っすよ!」
「問題ありません。今度こそこのルシファー、貴方様に勝利をお届け致します……!」
「リュート、援護は任せて……」
俺は全身に魔力を巡らせる。
そして、瞬時に全身の強化を完了させる。
ルシファーとアスタは俺との加護の魔法による強化を受けている。身体能力は十分だ。
「ねぇねぇ、一体誰がワタシの相手してくれるの?そこの白髪のアンタ?」
「ファルファレルロとか言ったな……。貴様の相手はこの私だ」
ルシファーは呟くように言い放ち、ファルファレルロの前に立ちはだかった。
ファルファレルロはムッとした表情で舌を出した。
「い〜〜だ!ワタシのこと舐めてるヤツは皆んなぶっ殺す!アザゼルのお願いとかも関係なく!」
「フン……、かかって来い。お前のようなガキでも俺は手加減せんぞ」
そう言い放つルシファーを包む雰囲気が突如、変わった。
背の16の純白の翼が全て暗黒に染まる。
「初めからフルスロットルだな、ルシファー」
「先程までの自分自身が許せませんので。もう二度と油断などしません。目の前の敵を確実に屠るため、私はこの力を使いましょう」
初めから堕天しての戦闘。
先程のアザゼルとの戦いも堕天していればどうなっていたかわからない。
今からでもアザゼルと戦わせてやってもいいか?
いや、やめておこう。せっかくそれっぽいこと言って丸め込んだのだから。
「魔王様、必ずやあの者の首級を上げてみせます!」
「ワタシを舐めるなぁーっ!」
そして二人の魔法が交差した。
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「さてさて、ルシファーとファルファレルロも始めてしまいましたな。では、我々も始めましょうかな」
「余裕だな、お前」
まさか「開始!」の合図とともに戦闘が始まるとでも思っていたのか?
言っておくが俺の思想は『正々堂々』などではない。
「俺の思想は……『勝てばよかろうなのだ!』だ!」
俺の声より少し早く、アスタのマックス強化を施された右腕がアザゼルの顔面へと迫った。
しかし、硬質な音と共に阻まれる。
流石防壁魔法を極めたと豪語するだけはある。出現速度も相当なものだ。
視認出来ない程の速度で防壁を展開するとは、恐れ入る。
「ぐぅぅあ!まだまだぁっ!」
「くっ……!なんという力……!不味いですぞ……ッ!」
「だぁぁぁぁっ!」
さらに俺の拳が防壁魔法へ突き刺さる。
更に防壁魔法はメキメキと音を立て始める。
「くっ!二人掛かりでも……破れはしませんぞッ!」
少し防壁魔法が強固になった。魔力を更に込めたのだろう。
しかし、アスタはその強固になった防壁魔法をそれ以上の力で粉砕せんと魔力を込める。
ブチブチとアスタの筋繊維が音を立て、アザゼルの防壁魔法が更に悲鳴をあげる。
「『硬化魔法』!」
アスタは自身の腕を硬化させ、耐久性能を大幅に上昇させる。
そしてさらに強化倍率を上乗せしたのだろう。アスタの腕は魔力を受けて色が赤く変色し始めた。
「『雷撃強化』ッ!」
俺も更に強化を上乗せする。
ビキッ!と防壁魔法が破壊の前兆を知らせる音をあげた。
「ぐぅっ……!このまま破らせはしませんぞ!『貪食防壁』!」
「来たか……!」
このまま防御していたのではいつかは破られる。
そう判断したアザゼルは『貪食防壁』を発動した。
グニャリと防壁の形が崩れ、俺たちに向かって牙をむく。
だが、これを待っていた。
奴がこの魔法を使用する瞬間を。
「『魂喰』!」