岩石龍の牙
---リュートside---
「ルシファー!」
なんと俺の目の前でルシファーが消し飛んだのだ。
あのルシファーが。
俺の配下の中でも最強の戦闘能力、最も冷静な頭脳を持つあのルシファーが。
「おっと、それ以上お近づきのないよう……お願いしますぞ?リュート様」
左手を軽くあげてアザゼルがルシファーのいた場所へと駆け寄ろうとする俺を制止する。
アザゼルの『貪食防壁』は油断なくこちらを狙っている……ように見える。
なにせ獣のような見た目をしてはいるが防壁魔法なので何を考えているのかわからない。
何も考えていないと思うが。
「ふむ……、ネヴィロスはやられた様ですな……。まぁ、致し方ありませんな。戻った時にゼクス様に説教されれば良いですぞ」
そう言ってアザゼルはマキナ達の方向を振り返る。
20人ほどいたアザゼルの兵達は全員無力化されていた。
やはりいくら加護による強化を施されていたとしても無理なものは無理らしい。
「ふむ……、だらしないですなぁ。さてさて、どうしたものでしょうな」
そう言ってアザゼルは顎に手をやって少し考え込む様な動作をした。
そんな事よりもルシファーだ。奴の安否がきに成る。
流石に殺されてはいないと思うのだが……。
「致し方がない。ファルファレルロとメフィストフェレスの力も借りねばならんようですな……」
「なっ……!ま、まだ増えるってのか……!」
「増えますぞ。幾ら何でも私1人でこの場の全員を皆殺しにするなど土台無理ですからな」
そう冷静に言うアザゼル。
しかし、応援が到着するまでどうする気なのか。それとも、ここは一旦撤退し、後日……と言う事なのだろうか?
「という訳で、来て欲しいですぞ」
『りょうかーい!アザゼルのお願いだし、ワタシ頑張っちゃうぞー!』
『了解だ。2秒で到着する。……到着した」
次の瞬間、突然アザゼルの隣に空間が出現し、2人の魔族が姿を現した。
1人は金髪ツインテールの小さな女の子。
まだ成人していない様に見える。
もう1人は長身の大男。髪の色は真っ白でシンプルな黒服に金の装飾をつけている。
俺と会話してると見せかけ、音信魔法で連絡を取っていたと言うことか。
そして、ファルファレルロとメフィストフェレス、どちらの能力か分からないが、その能力でこちらに転移して来たのだろう。
そして、アザゼルの隣に出来たあのゲートの様な門。転移魔法による瞬間移動ではなくどこで○ドアでやって来た可能性が高い。
『マスター、奴らは……?』
「さぁな。分かってることは敵の援軍で、多分強いって事だ」
「リュート様……、ルシファーは……?」
「安否が分からん。だが、無事だと信じよう」
敵の処理を終えたマキナ達がこちらへやってくる。
敵は3人。そのうち2人は戦闘スタイルがわからない。
こちらは敵の仲間であるネヴィロスの身柄を拘束している。
更に、数でもこちらに利がある。
だが、アザゼルは単独でルシファーを撃破してしまった。あれをどう倒すか……。
「さて、ではリュート様よ。今から貴方のお命を頂戴する」
「はっ、タダじゃくれてやらねぇぜ。アスタ、ウリエル!」
「はいっす!」
「へいへいへーい」
アスタは気合十分で、ウリエルは気だるげに俺の前に出た。
「あー、テメェ、俺をとっ捕まえた気障ったらしい野郎!確かメフィストフェレスって言ったか!ここであったが100年目だ!ぶっ潰す!」
「ほぅ、ウリエルではないか。生きていたのか」
「あたぼうよ!」
メフィストフェレスはニヤリと口の端を歪めるとその場から忽然と姿を消した。
「なっ!」
「遅い」
ゴッ!
鋭い拳打の音が鳴り、ウリエルは横っ飛びに吹っ飛ばされた。
そう、先程ファルファレルロとメフィストフェレスがやって来た時のゲートの様な門だ。
あれを作り出したのはメフィストフェレスだったのだ。
そして、その能力を使い、ウリエルの真横へ瞬間移動し、殴り飛ばした。
「マキナ!やれるか⁉︎」
『メフィストフェレスを殲滅対象に認定する。マスター、いつでも行ける』
「よし、アリス!マキナの援護を頼む!アクアは俺たちと一緒にアザゼルとファルファレルロの相手だ!」
迅速に指示を出す。
ウリエルが一撃でやられるとは……。一体何がどうなってんだ?
幾ら何でも此奴らは強過ぎる。逆に言うとネヴィロスは俺と相性が良かったのだ。
アスタが一対一でネヴィロスと戦っていた場合逆立ちしたって勝てない。
ここまでの能力だ。此奴らにも弱点があるはずなんだ……!
「ねー、アザゼルー?コイツらはぶっ殺して良いんだっけー?」
「あぁ、そちらのアクアという青い髪の女だけは生かしてほしいですな。ゼクス様の命令ですからな。あ、念のため言っておきますが年増の方の青髪女は殺して良いですぞ」
アリスの表情筋がピキッ!と音を立てた気がした。
「ほむほむ、りょうかーい。じゃあ、オマエ達は全員ぶっ殺すわ!」
突如、ファルファレルロの周囲の土が宙に浮き始めた。
そして、
「『大地掌握』!」
ファルファレルロの魔法の詠唱と共にボゴン!ボゴン!と大きな音を立てながら周囲の地面が隆起し始めたのだ。
「くっ!コイツら揃ってバカみてえに強力な能力持ちやがって!」
別に魔法は『一人一能力制』ではない。
唯こいつらがこの魔法が一番得意ってやつを使うのだ。
大体こうやって実力でのし上がっていくやつは一つの魔法を極めるものだ。
ルシファーは凍結魔法を、アスタなら強化魔法を、アクアなら水魔法を、そして俺なら……なんだろうか。雷魔法かな。
そしてこのファルファレルロという女。見た目は完全に幼女なのだが、どうせ魔族なので本当の年齢は不明だ。
どれだけの年月を土魔法に費やせばここまでの出力が出るっていうんだ……?
「あーっはっはっはっは!気持ちー!アザゼルー!見てるー⁉︎ワタシ、今すっごいよー!」
「あぁ凄いですなー。感服に値しますぞー」
ファルファレルロが少し中空にいるので二人とも少しばかり大きな声を出して意思の疎通を図る。
まるで無邪気な娘に対応する父親の様だ。
やってることは悪魔みたいだけど。
「あーっはっはっはっは!流石は天才のワタシ!アザゼルー!もっと褒めてー!あーっはっはっはっは!」
「後で褒めてあげるので早く攻撃して欲しいですぞー」
「あーっはっはっはっは!りょーかいよ!アザゼル!そこでワタシの勇姿をとくと御覧じるのよ!あーっはっはっはっは!」
ひとしきり笑い、ファルファレルロは胸のあたりを押さえながら引き笑いに移行した。
「あっ、うっ、ひっ、お、お腹痛い……。あはっあははっ!イタタ……」
「おーい、良い加減にして欲しいですぞー」
「ご、ごめんなさい。アザゼル。なんだかワタシ可笑しくって……うくくっ……!」
ファルファレルロは座り込んでひとしきり笑い終わるとすっくと立ち上がり、不遜に大笑いした。
笑いすぎ。
「あーっはっはっはっは!ワタシの名はファルファレルロ!ゼクス様の命令とアザゼルのお願いによりオマエ達を殺すわ!覚悟しなさい!あーっはっはっはっは!」
「言いにくいよな、ファルファレルロって」
「ファルファレルロ、ファルファレルロ、ふぁるふぁれろる……言いにくいっす」
案の定言いにくいらしい。ちなみに俺は滑舌がいい方なので普通に言える。
早口言葉に比べるとファルファレルロって言葉は難易度が低いのだ。
「むがーっ!人の名前を馬鹿にするなーっ!オマエ達は絶対に許してやんない!絶対によ!」
ヤバイ、怒らせた。
「来るぞ……!」
「はい……!あいつ、滅茶苦茶緊張感なく笑ってるっすけど……、隙がないっす……!」
すでに周囲の大地はファルファレルロの支配下にあるのだろう。
定期的に隆起したり沈降したりを繰り返している。
「いっけーっ!『岩石竜』!」
そして、ようやくファルファレルロが攻撃行動に移行した。
ファルファレルロは巨大な岩石の龍を作り出す。
ゴオオオァァァァァァァ!
咆哮を轟かせながら『岩石龍』は俺たちに向かって牙を剥いた。
「『激流槍撃』!」
俺たちの後方からアクアの水魔法による攻撃が『岩石龍』の顔面を穿った。
「あーっはっはっはっは!そんな事しても無駄無駄よ!ワタシの『岩石龍はワタシの魔力によって無尽蔵に再生するのよ!あーっはっはっはっは!」
「面倒クセェ奴だぜ!『雷撃強化』!」
後方からのアクアの援護があるお陰で安全に接近できる。
俺は瞬時に距離を詰め、『岩石龍』の顎のあたりに一撃を加えた。
「だぁから!無駄だってのよ!バカバカバーカ!」
「うるせーな!黙ってろクソガキ!」
一瞬仰け反った『岩石龍』の頭を踏んづけてファルファレルロに肉薄する。
「え、ちょっ!」
「ガキをぶん殴る趣味はねぇが……!少しの間寝て貰う!」
「なーんちゃって。オマエ、ワタシの事……舐めてるわね?」
その時、スゥッとファルファレルロの周囲を取り巻く空気が変わった。
そして、周囲の大地が盛り上がって来る。
「『岩石巨壁』!」
ズァァァッ!と音を立てながら巨大な壁が出現し、俺の攻撃を阻んだ。
更に、『岩石巨壁』はドンドンと数を増やしていく。
「コレは……!」
「フン、ワタシを舐めた事……後悔させてやるわ!やりなさい!『岩石龍』!」
ファルファレルロの号令と共に、なんと、周囲の『岩石巨壁』から無数の『岩石龍』の首が出現したのだ。
全てが寸分の狂いもなく俺を狙っている。更に、周囲の壁のせいでアスタ達は俺への救援を寄越す事が出来ない。
「マズった……!見た目がガキだからって油断してたってのか俺は……!クッソォォッ!」
そして、全ての竜の牙が俺の体を穿った。