ルシファーVSアザゼル
---ルシファーside---
同時刻、ルシファーとアザゼル。
二人は静かに対峙していた。
昔はともに肩を並べて戦ったこともある、友と言える存在であった。
だが、今は……違う。
ただ、倒すべき敵だと。そう、お互いに認識していた。
「さて、感傷に浸るのはこれくらいで良いでしょうかな?では、どこからでも掛かってくると良いですぞ」
「言われずとも……ッ!」
ルシファーはそう言い切る前に姿を消した。
『時間凍結』。
数秒の間だけルシファーは任意に時間を停止させることができる。
アザゼルの得意魔法はかつて共に戦っただけあってルシファーは熟知していた。
その特性ゆえに短期決戦を仕掛けねばならない。
「悪く思うな、アザゼル。すぐに終わらせる!」
停止した時間の中アザゼルが反応を示す筈もない。
このまま一撃で終わらせる腹づもりでルシファーは渾身の魔力を右腕に込め、全力で振り抜いた。
しかし、
ガギィィンッ!
その硬質な音に合わせる様にアザゼルはカラカラと笑う。
「少し遅かったようですなぁ」
「厄介だな……。やはり貴様の十八番だと言うことか……昔と変わらないな」
ルシファーの右腕はアザゼルに届くことなく空中にて静止していた。
まるで不可視の壁に行く手を阻まれているかのように。
いや、それは本当に不可視の壁に阻まれているのだ。
『防壁魔法』
それがアザゼルの得意とする魔法。
通常の防壁魔法は只の攻撃を遮る壁だ。
だが、アザゼルのものは他とは少し毛色が違う。
「さてさて!離れた方が良いのではないですかな?」
「舐めるな……ッ!」
アザゼルの防壁が色を帯びる。
そして次の瞬間、アザゼルの防壁魔法から先ほど受け止めてルシファーの魔力が固まりとなって飛来した。
そう、アザゼルの防壁魔法は攻撃を反射するのだ。正確には攻撃を受け止め、そのエネルギーを魔力弾として発射すると言うものだ。
しかし、反射された魔力弾をルシファーは瞬時に凍結させる。
ルシファーにとって飛んでくると分かっている魔力弾を着弾前に凍結させることなど造作も無い。
「やはり、ルシファー。貴方は強いですな。私では敵いませんかな?」
「フン……!貴様は速やかに片付ける……。『凍結連剣』!」
ルシファーは氷の剣を生成し、高速で投擲する。
だが、アザゼルは仮にも新政権派最高権力者の側近だ。簡単にやられてくれる筈もない。
そして、アザゼルは別に防壁魔法のみが取り柄ではない。
だが、アザゼルは自身の防壁魔法に対して誇りを持っていた。
只のバリアを張るだけの大した事の無い魔法だと言われている物を、文字通り極めたのだ。
どんな物も極める事が出来れば恐ろしいものとなる。
そして、アザゼルが動いた。
「荒れ狂う獣よ、喰らい尽くせ!『貪食防壁』!」
魔法の詠唱と共にアザゼルの防壁が変形する。
それはまるで腹を空かせた肉食獣のように、ルシファーの放った凍結魔法へ向かって一直線に突っ込んでいった。
そして、『貪食防壁』はルシファーの『凍結連剣』を喰った。
「なっ……!」
「どうしましたかな?その様に不思議そうな顔をして」
アザゼルの防壁魔法は待ちに徹するしか方法はない筈。
いつだって受け身な戦闘を展開してきた。少なくともルシファーと肩を並べていた時代はそうだった。
だからこそ、自分から仕掛けてきたアザゼルに対してルシファーは戸惑った。コレは何だ?と。
長く時を生きているルシファーですら知り得ない魔法だった。だが、推測はできる。
「まさか……、それも『防壁魔法』だと?」
「その通り。受け身な自らの戦法に私は長らく疑問を抱いておりましてな。これでは主を守ることは出来ましても主の為に命を懸けて戦う事が出来ませんからな。長く研鑽を積んできたのですぞ」
「その結果がその獣の様な防壁魔法か……」
防御のための魔法を攻撃へと昇華する。
それは並大抵の努力では出来ない事だ。
そこにはアザゼルの苦悩と血の滲むような鍛錬があるのだ。
「ならば私はそれを正面から叩き潰す」
「やれるものならばやってみるが良いですぞ。ですが、そう簡単に私の『貪食防壁』が敗れるとお思いにならぬ様……」
『貪食防壁』は唸りを上げる獣のように大口を開けて牙を向いている。
『貪食防壁』の特性として周囲にある空気中の魔力を喰っているのだろう。
どうやら『貪食防壁』には魔力そのものを探知し、それを喰らうという性質があるようだ。
「ルシファー。貴方が体に魔力を湛えると、我が『貪食防壁』は貴方へ牙を剥きますぞ。どうかその事を心に留めておくよう……」
「フン……!余計なお世話だ!」
ならば、とルシファーは魔力の行使を辞めた。
そう、ルシファーは現在は堕天したため魔族として生活してはいるが、元は天界の住人である天使族なのだ。
元天使のルシファーは魔力ではなく奇跡の使用も可能だ。
「ならば魔力など使わねばよろしい!『氷結列弾』!」
「ククク……、やはり勘違いしているご様子ですな」
次の瞬間、『貪食防壁』がルシファーの放った氷の弾丸を全てくらい尽くし、ルシファーの肩口へと牙を向いた。
ガシュッ!という氷の砕ける音、そしてルシファーの骨の砕ける音が鳴り響き、遅れてルシファーの肩口から血が飛び散る。
「ごあぁぁっ!」
更に、『貪食防壁』はルシファーへと突き立てた牙への力をさらに強める。
「なっ……!何故……!」
「ルシファー、我が『防壁魔法』は魔力による攻撃のみならず物理攻撃をも防御するのです。もちろん奇跡による攻撃も例外では無い。それが我が防壁の特性。ならば、『貪食防壁』にもその特性が適用されるのは当然のことでは無いですかな?」
「成る……程……。私は……勘違いをしていたらしい……」
そう、勘違い。
ルシファーは『貪食防壁』が『魔力のみを探知し、喰らう』と勘違いをしていたのだ。
アザゼルの『防壁魔法』は攻撃全てに作用する。その特性は『防壁魔法』の延長線上に存在する『貪食防壁』も備えていて当然のことなのである。
すると、なんと『貪食防壁』は少しずつ肥大化し始めたのだ。
ルシファーは驚愕をの表情を顔に貼り付けた。
「おっと、肥大化した我が防壁が気になりますかな?」
「……そうか。この『貪食防壁』の肥大化は私の攻撃エネルギーを吸収しての事か……ッ!」
「その通り。察しがいいですぞ。我が『貪食防壁』が反応するのは魔力ではなく攻撃そのもの。そして、私が普段使う『防壁魔法』のように吸収し、反射するという性能を持ち合わせていますぞ」
「何……ッ⁉︎」
吸収し、反射する。
今、ルシファーはエネルギーを直接吸収された。
そしてまだ、『貪食防壁』は反射のプロセスを踏んでいない。
ルシファーは息を飲んだ。
「さぁ、我が真の力を見せましょうぞ!『反射咆哮』!」
「しまっ……!」
次の瞬間、ルシファーの立っていた場所は綺麗に消しとばされた。