痛覚遮断
「いくぜぇ……!おおあぉぉぉらがぁぁぁぁぁぁ!」
突如、ネヴィロスの体がブレたかと思うと俺たちの目の前に出現していた。
速い!
「ぐぅぁっ!」
間一髪でネヴィロスの一撃を防ぐ。
だが、一撃が重い。
俺は体を吹っ飛ばされながらも指示を飛ばす。
「アスタァッ!」
「うおおおぉぉ!『強化魔法』ォッ!」
アスタは現在俺との加護の魔法による常時強化状態にある。
さらにその上から自身の魔力による強化魔法を重ねがけする。
魔力の消費は途轍もなく激しくなってしまうが、一時的な攻撃力は爆発的なものとなる。
「クハハハハハハ!良いぞ!もっと俺を楽しませろォッ!」
「強い……!まさか、ネヴィロス。アンタも加護の魔法を!」
「ったりめぇだろぉが!良い気分だぜ⁉︎クハハハハハハ!」
速い。
ネヴィロスは何も特別な力を使ってはいない。アスタと同じく身体強化の魔法でゴリ押ししているだけだ。
だが、それだけで俺たちを圧倒できるほどのポテンシャルを秘めていた。
このままではラチがあかない……。
一旦距離を取る必要がある。
「くそッ!『雷撃強化』!『雷光天衝』!」
全身を雷魔法でドーピングし、前方を薙ぎ払う。
魔力だけでなく体そのものにも負担をかける大技だが、俺の無尽蔵に再生する体にとってはデメリットはないに等しい。
少し反動で身体から血が吹きだすが、俺の体はすぐに再生を開始する。
痛みにも随分と慣れたものだ。
「ハハッ!気持ち悪りぃ身体だな!リュート様よぉ!まるでバケモンだぜ!」
「ふん、バケモン結構だ。この体も悪くねぇよ」
ネヴィロスはアクロバティックな動きで俺たち二人を華麗にさばき切ってくる。
更に接近時の速度が速い。
俺とアスタ2人を相手にしてもこの強さ。
確かにまだ俺は本気で強化魔法を使っていない。だが、それにしてもネヴィロスは強かった。
まぁ、俺の本気の強化魔法は後先考えないヤケクソ強化だからな。まだボス戦でも無いのにおいそれと使えないのだ。
その時、ネヴィロスの腕があらぬ方向から飛んで来た。
一瞬意識が朦朧とし、すぐに頭を振って意識を取り戻す。
「ぐぅっ!」
どうやらこめかみに当たったらしい。
俺じゃなかったらダメージが体に残って俄然不利になるところだったが、俺の場合勝手にダメージは抜けていく。
「クハハハハハハ!良いぞ!オラオラ!休むんじゃねぇぜ!」
「クッ!お前は軟体動物か!」
コイツの関節は一体どうなっているんだ?痛みが無いのか?
どう考えても人体が無傷で出来るような動きではなかった。
「クハハハハハハ!不思議そうな顔してんなぁ!コイツは俺の特殊な魔法、『痛覚遮断』!俺の体は痛みを感じなくなる!」
「チッ!さっきからまるで攻撃が当たってないかの様な動きはそれが原因か!だが、ネタばらし御苦労!」
先程から攻撃が全く当たっていないわけでは無いのだ。
だが、ネヴィロスの挙動はまるで攻撃が効いていないかのようだった。
その正体は『痛覚遮断』の能力によって痛みを誤魔化していただけに過ぎない。
『痛みが無い』と言うことは痛みが足かせにならないということ。だが、『痛みを感じることが出来ない』という事でもある。
ならば、戦略はまだある。
「『雷撃波撃』!」
俺はネヴィロスへ向けて広範囲の電撃魔法を打ち込む。
この範囲攻撃ならば敵のスピードなど関係ない。
まずこれで距離を取る。
「アスタ、やるぞ。俺と二人でアイツを黙らせる」
俺は小さな声でアスタに短く耳打ちする。
そう、ネヴィロスを倒すための策を一つ見つけたのだ。
「黙らせるって……一体どうやってです?」
「それはな……」
俺は小さな声で早口で短く説明を開始する。
何、簡単だ。
ネヴィロスは痛覚を遮断している。俺の予想だが、痛覚というかダメージとなる感覚を排除しているのだろう。
触れている感覚はあるが、動きの足枷になるような痛みは無い。そして、熱や氷による感覚は無いと思われる。
この予想が外れたとしてもこっちは手立てが減るだけで別にデメリットは無い。
俺のイメージではネヴィロスが気がつかないようにじわじわとダメージを与える、なんて方法をとろうと思う。
アイツは痛覚を遮断しているだけでダメージそのものは受けているはずなのだ。
たとえば体の一部を氷付けにしたらどうだろうか?凍傷になり、足が千切れるまで気がつかないだろう。
それに、雷魔法で攻撃した場合、体の麻痺に気がつかず、体を動かそうとするのでは無いだろうか?
「って訳だ。どうだ?」
「良い考えっすね……。だったらその作戦には囮がいる。違うっすか?」
「いや、違わない。お前には囮になってもらう。俺の全力電撃魔法をぶつける必要があるからな」
やはり、アスタはわかっている。
アスタの基本戦闘スタイルは強化魔法や硬化魔法によるゴリ押しだ。
状態異常とは無縁だろう。俺だって雷魔法しか無いのだが。
「なぁにをボソボソ内緒話してんだー?俺も混ぜてくれよォッ!」
その時、痺れを切らしたネヴィロスが高速で地面を蹴って接近して来た。
やはり少し距離を取るための魔法だったのであまりダメージはない様子だ。
「アスタ!」
「はいっす!」
短く連携をとる。
アスタはゴッ!と鈍い音を響かせながらネヴィロスの強化された豪腕を受け止めた。
「ぐぅぅ……!流石っすね……。でも、俺だって強くなってるんすよ!おらぁぁぁ!」
アスタがネヴィロスの顔面に拳を叩き込む。
ゴキン!とまるで金属同士がぶつかったかのような鈍い音が鳴った。
お互いに加護の魔法と強化魔法によって全身が常識の域を逸した強化を施されているのだ。
「チッ!中々やるじゃねーか!クハハハハハハ!」
「当たり前っすよ!俺はリュート様の側近なんすからね!」
ドゴコゴゴゴゴゴ!と二人はラッシュを打ち合う。
どっかの漫画なら最終局面の胸熱場面じゃ無いか。
二人はブシュブシュッ!と血を吹き出しながらもなおもラッシュを続ける。
しかし、限界がくるのはアスタが先だ。
やはりここに来て痛覚の有無による差が出た。
「くっ……!」
「クハハハハハハ!残念だったな、アスタ!一歩及ばなかったと言ったところか!」
しかし、高笑いするネヴィロスに対し、アスタはニヤリと唇の端を吊り上げた。
「はっ……、何勘違いしてるっすか?計画通りっすよ……!」
「何……?」
その時、ネヴィロスが俺のいる方向を振り返ったが、
もう、遅い。
「『万雷招来』!」
やはり油断した。
今、アスタを倒したと一瞬油断した。
その一瞬を狙い、寸分の狂いもなく幾万もの雷撃の槍がネヴィロスを次々に貫いた。
「ふん……!痛くも痒くもねぇんだよォッ!」
「ぐおぁっ!」
しかし、ネヴィロスはそれを意に介していない様子で俺を殴り飛ばす。
頭おかしいだろ……なんて威力してやがる……!
「トドメを刺してやるぜ……!死になァッ!」
そしてネヴィロスは右腕に魔力を集中させ、俺に向かってそれを振り下ろす……、
ことは、出来なかった。
ふふ……、身体がようやく痺れて来たらしいな……。
「な……何故だ……!何故、体が動かねぇんだ……!」
ネヴィロスは何が起こっているのかわからない様子で喚き散らす。
「ははは……、やはり俺の予想通りだったな、アスタ!」
「ハハッ!ここまで予想通りだったら逆に不気味っすね!」
アスタは即座に軽い治療魔法を掛けながら立ち上がった。
俺は勝手に治る。
「何を……した……!貴様ら……!」
苦々しい表情でネヴィロスは歯噛みしながら言う。
やはり痛覚遮断の所為で自身の体が電撃によって麻痺していることに気がついていない。
普通は痛みがあって、自分が数秒後に麻痺するということに感覚で気がつく。そこで状態異常無効の魔法を自分でかければ良いのだ。
だが、完全に麻痺効果が発動してしまえば一定時間指一本動かすことができなくなる。そうなれば魔法の詠唱は不可能だ。
「別に、ただの麻痺効果だ」
「そっすよ。しかも効果自体はいたって普通のね」
『万雷招来』は威力も極めて高い。麻痺効果はオマケのような物だ。
それも相まって体が動かないだろう。
痛みとダメージは別物だ。
「クッソォォ……!俺が……こんな所で……!」
「フン……、油断したな。ネヴィロス。それがお前の敗因だ」
言いたいセリフランキングかなり上位のやつが言えた。
さて、このままではそのうち麻痺は解けてしまう。そうなる前にトドメを刺しておこう。
「アスタ。やれ」
俺が指パッチンしながら指示を出す。
アスタはニヤリと笑いながら腕をグルグルと回して応えた。
「了解っす!」
ゴギッ!
鈍い音と共にネヴィロスはなす術なく意識を刈り取られた。
どっかで見たことある能力。どこで見たかは覚えてないですけど